小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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由凪様
こんにちは。
長い間不義理をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした(>_<)。
イベントからも大分日が経ってしまい、もう何と言ったら良いのやら……。
と言う訳で、まずは先日はありがとうございました。
事前に頂いたメールも返信出来ないまま今日に至ってしまいましたね……。
何て言うか、本当にもう。
あ、チョコリーフパイとても美味しかったですvv
ご馳走様でした。
全く身構えていなかったので、私の人見知りぶりが遺憾なく発揮されてしまいちゃんとお話出来なかったのが勿体ないなあと今更ながらに思っております(^^;
今度会う機会があったら、もっとゆっくりお話したいです。
普通ににのあい話がしたかったです(>_<)。
緊張し過ぎて大失敗だったなあ……。
そして、大野さんの個展情報もありがとうでした。
残念ながら入場方法が変わってしまい、ますます行けない気が募っております(^^;
うーん、無理かな。当たる気がさっぱりしません……。
一発勝負の方が幾らか倍率は上がるだろうと言う事で、木曜日狙いで頑張って来ます。
駄目ならファミクラ映像で我慢しようと言う覚悟まではしてみたので(笑)。
致し方ないですね。
事務所の見込みが甘過ぎるのが、嵐さんの不幸だなあと思います(^^;
にのが「甘く見られてる」と言う意味はホントに良く分かるよなあと最近思ってばっかりなんですが。
5大ドームも決まったし、そろそろ対応を変えて行って頂かないと困りものですよね……。
ええと、年末に拍手したのが最後なんですよね。
どんだけ不義理をしていたんだって話で……。
そもそも名前を覚えて頂けているなんて思わなかったので、まさかこうしてご連絡を頂けるとは思っておりませんでした。
本当にありがとうございます。
イベントラッシュでなかなか他の事に手が回らず、最近やっと落ち着いて来た次第です。
そろそろ拍手を、と思ったんですが、もうこのメールで一緒くたに送ってしまえ!と何だか結局不躾な感じで感想を送らせてもらっちゃいます(笑)。
基本スローペースなので、由凪さんの素敵更新ペースについていけません……。
とゆー訳で、今日はゆっくりじっくり書きますよー。
めんどくさいですが、お付き合い下さい(^^;
まずは「年賀」。
確実に双方の家族と仲良しだろう二相の幼馴染みな感じが大好きです。
お父さんお母さんにしても、凄い歓迎してくれてそうですもんねー。
きっと何も言わないだろうけど、何となく二人の雰囲気で気付いたりしてて見守っているご両親を希望です(笑)。
あ、凄く今更ですが大野さんはゴルフしないですね。
結局後からの話を繋ぎ合わせると、二相ラブラブなだけじゃないかと思うおぐさんのゴルフ(^^;
おぐさんは平等に皆を大事にしてくれてますが、是非今年もこんな感じで大事にしてあげて欲しいなあ。
何となく相葉さんと大野さんに甘い気がするのは、ファンの欲目ではないはず(笑)。
「撮影」は、ホントにあの写真素晴らしかったですねvv
皆が皆で可愛かったです。
でもさすがにどーぶつさん。
あやし方って言うか、触り方が違う気がします。
あー睫毛長いなあって、これ見る度に思います(笑)。
にのちゃんも、柴は柴でも黒柴ってのが憎いなあと。
合わせてる動物が皆完璧ですよね。
菌まんがは私も大好きでしたvv
アニメしか見た事がないんだけど、ホントにひたすら菌が可愛い。
そして、巷で見ると親友×主人公が多いのが残念ですよね。
でもさすがに二相同志様(笑)。
私も主人公×親友が好きですvv
基本的には白髪受けが多いんだけど、これに関しては親友が可愛過ぎます。
あーばさんのゴスロリ……。
堪んないなあ。
栗山千明ちゃんとか水川あさみちゃん系の綺麗めゴスロリが見れる気がします。
にのちゃんがテレビでは絶対許してくれないだろうけど、是非見てみたいですよねー。
今なら黒髪だし、ばっちり似合うと思う。
うわー、想像しただけでちょっと萌えるな(笑)。
ヲタクにのちゃんの萌え心も絶対くすぐられると思います。
「名前と支配と。」
呼び方ってホントに大切ですよねー。
翔ちゃんの「雅紀」呼びは役得だなあなんて思うんですけど。
彼に関しては「智君」呼びだし、普通に友達でも名前で呼ぶ人なんだろうな、と。
となると、確かににのはまーくん呼びが素敵ですよねvv
相葉さんは確実に「かず」って呼んでるからなあ(^^;
メンバーもちょいちょい呼んでるけど、多分相葉ちゃんの声がダントツで甘い(笑)。
「リオウ」はバイブルですよね。
私の本もぼろぼろです(^^;
あんまり私BLが好きじゃなくて……て言うと語弊があるな。
普通の映画でも同じなんですが、ラブストーリーとかが苦手なんですね。
サスペンスとかミステリーで、話の本筋は別にあるけどその中の感情に恋愛も絡んでいる、みたいなのが好きで。
だから、BLだとちょっと物足りなかったりします(^^;
学生時代は本当に高村さんにお世話になりましたねー。
大体ヤクザやらマフィアやらが大好物なので(笑)。
にのは、童顔なのにヤクザとかだったら面白いだろなー。
そんなパラレルも面白そうです。
「手のひらに。」は、凄く雰囲気が好きです。
にのが飄々としているのは、本当に強い部分もあるんでしょうが弱さを隠す為でもあると思うので。
バランスを崩した時にきっと一番最初に気付くのは相葉さんなんでしょうね。
あの子の賢さは、先天的なものなんだと思います。
絶対的な直感なんですよね。
良く見てる。周りを。
私は末っ子コンビの距離感も好きなので、最後の松潤も素敵でした。
彼らは割と遠くからお互いを見ているような感じがするけど(まあ、どっちもツッコミ役だから一緒にいてもしょうがないのか)、いざと言うときは絶対真っ直ぐ手を伸ばすんだろうなあと。
そう言う意味で嵐さんは、メンバー全員に等しく手を差し伸べる愛情があるので単純に関係性が素敵だなあと。
こんにちは。
長い間不義理をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした(>_<)。
イベントからも大分日が経ってしまい、もう何と言ったら良いのやら……。
と言う訳で、まずは先日はありがとうございました。
事前に頂いたメールも返信出来ないまま今日に至ってしまいましたね……。
何て言うか、本当にもう。
あ、チョコリーフパイとても美味しかったですvv
ご馳走様でした。
全く身構えていなかったので、私の人見知りぶりが遺憾なく発揮されてしまいちゃんとお話出来なかったのが勿体ないなあと今更ながらに思っております(^^;
今度会う機会があったら、もっとゆっくりお話したいです。
普通ににのあい話がしたかったです(>_<)。
緊張し過ぎて大失敗だったなあ……。
そして、大野さんの個展情報もありがとうでした。
残念ながら入場方法が変わってしまい、ますます行けない気が募っております(^^;
うーん、無理かな。当たる気がさっぱりしません……。
一発勝負の方が幾らか倍率は上がるだろうと言う事で、木曜日狙いで頑張って来ます。
駄目ならファミクラ映像で我慢しようと言う覚悟まではしてみたので(笑)。
致し方ないですね。
事務所の見込みが甘過ぎるのが、嵐さんの不幸だなあと思います(^^;
にのが「甘く見られてる」と言う意味はホントに良く分かるよなあと最近思ってばっかりなんですが。
5大ドームも決まったし、そろそろ対応を変えて行って頂かないと困りものですよね……。
ええと、年末に拍手したのが最後なんですよね。
どんだけ不義理をしていたんだって話で……。
そもそも名前を覚えて頂けているなんて思わなかったので、まさかこうしてご連絡を頂けるとは思っておりませんでした。
本当にありがとうございます。
イベントラッシュでなかなか他の事に手が回らず、最近やっと落ち着いて来た次第です。
そろそろ拍手を、と思ったんですが、もうこのメールで一緒くたに送ってしまえ!と何だか結局不躾な感じで感想を送らせてもらっちゃいます(笑)。
基本スローペースなので、由凪さんの素敵更新ペースについていけません……。
とゆー訳で、今日はゆっくりじっくり書きますよー。
めんどくさいですが、お付き合い下さい(^^;
まずは「年賀」。
確実に双方の家族と仲良しだろう二相の幼馴染みな感じが大好きです。
お父さんお母さんにしても、凄い歓迎してくれてそうですもんねー。
きっと何も言わないだろうけど、何となく二人の雰囲気で気付いたりしてて見守っているご両親を希望です(笑)。
あ、凄く今更ですが大野さんはゴルフしないですね。
結局後からの話を繋ぎ合わせると、二相ラブラブなだけじゃないかと思うおぐさんのゴルフ(^^;
おぐさんは平等に皆を大事にしてくれてますが、是非今年もこんな感じで大事にしてあげて欲しいなあ。
何となく相葉さんと大野さんに甘い気がするのは、ファンの欲目ではないはず(笑)。
「撮影」は、ホントにあの写真素晴らしかったですねvv
皆が皆で可愛かったです。
でもさすがにどーぶつさん。
あやし方って言うか、触り方が違う気がします。
あー睫毛長いなあって、これ見る度に思います(笑)。
にのちゃんも、柴は柴でも黒柴ってのが憎いなあと。
合わせてる動物が皆完璧ですよね。
菌まんがは私も大好きでしたvv
アニメしか見た事がないんだけど、ホントにひたすら菌が可愛い。
そして、巷で見ると親友×主人公が多いのが残念ですよね。
でもさすがに二相同志様(笑)。
私も主人公×親友が好きですvv
基本的には白髪受けが多いんだけど、これに関しては親友が可愛過ぎます。
あーばさんのゴスロリ……。
堪んないなあ。
栗山千明ちゃんとか水川あさみちゃん系の綺麗めゴスロリが見れる気がします。
にのちゃんがテレビでは絶対許してくれないだろうけど、是非見てみたいですよねー。
今なら黒髪だし、ばっちり似合うと思う。
うわー、想像しただけでちょっと萌えるな(笑)。
ヲタクにのちゃんの萌え心も絶対くすぐられると思います。
「名前と支配と。」
呼び方ってホントに大切ですよねー。
翔ちゃんの「雅紀」呼びは役得だなあなんて思うんですけど。
彼に関しては「智君」呼びだし、普通に友達でも名前で呼ぶ人なんだろうな、と。
となると、確かににのはまーくん呼びが素敵ですよねvv
相葉さんは確実に「かず」って呼んでるからなあ(^^;
メンバーもちょいちょい呼んでるけど、多分相葉ちゃんの声がダントツで甘い(笑)。
「リオウ」はバイブルですよね。
私の本もぼろぼろです(^^;
あんまり私BLが好きじゃなくて……て言うと語弊があるな。
普通の映画でも同じなんですが、ラブストーリーとかが苦手なんですね。
サスペンスとかミステリーで、話の本筋は別にあるけどその中の感情に恋愛も絡んでいる、みたいなのが好きで。
だから、BLだとちょっと物足りなかったりします(^^;
学生時代は本当に高村さんにお世話になりましたねー。
大体ヤクザやらマフィアやらが大好物なので(笑)。
にのは、童顔なのにヤクザとかだったら面白いだろなー。
そんなパラレルも面白そうです。
「手のひらに。」は、凄く雰囲気が好きです。
にのが飄々としているのは、本当に強い部分もあるんでしょうが弱さを隠す為でもあると思うので。
バランスを崩した時にきっと一番最初に気付くのは相葉さんなんでしょうね。
あの子の賢さは、先天的なものなんだと思います。
絶対的な直感なんですよね。
良く見てる。周りを。
私は末っ子コンビの距離感も好きなので、最後の松潤も素敵でした。
彼らは割と遠くからお互いを見ているような感じがするけど(まあ、どっちもツッコミ役だから一緒にいてもしょうがないのか)、いざと言うときは絶対真っ直ぐ手を伸ばすんだろうなあと。
そう言う意味で嵐さんは、メンバー全員に等しく手を差し伸べる愛情があるので単純に関係性が素敵だなあと。
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今更だ、と思った。
誰に言われなくとも自分が一番分かっている。今更過ぎた。どうして、こんなところまで生きて来て気付いてしまったのだろう。気付かれてしまったのだろう。
唯怖かった。自分が自分でなくなるような、足許が崩れ落ちて行くような、そんな不安。
けれど、何処かで納得する自分もいて。
運命なのだ、と。その手の中に堕ちる事をずっと望んでいた。他の何も見えない位滅茶苦茶にして欲しい。そんな凶暴な衝動が眠っていた。
怖くて不安で、でも堪らなく幸福な自分。
まさか、こんな場所に落ち着くなんて誰が想像しただろうか。今もまだ逃げ出したい気持ちが残る。また距離を離して今までと同じような関係に戻りたかった。
臆病な願いは永遠に果たされない。その指先が決して許しはしなかった。昏い幸福に酔いしれて、そっと目を閉じる。
当たり前にあった愛情が恋に変わった瞬間。
光一は、世界が色を変えるのを確かに感じたのだ。
+++++
今年で自分達はデビュー十周年を迎えるらしい。相変わらず時間の概念がない光一は、スタッフに説明を受けながら「もうそんなになるんや」と他人事のように考えていた。
ソロ活動が定着して大分長い時間が経つ。剛と一緒にいられるのは新曲のプリモーション時期を覗けば、冬だけだった。彼といる時間が増えると、また一年が巡ったのかと奇妙な感覚で思う。
隣に立つ男は、その風貌を徐々に変えて来てはいるけれど、基本的には何も変わらなかった。だから安心する。
会議中に資料から顔を上げて、そろりと相方の横顔を見詰めた。見慣れている筈なのに見飽きないその表情。剛がいなければ呼吸も出来なかった幼い頃を思い出す。
弱くてどうしようもなかった自分はもういないけれど、あの頃と変わらず二人一緒に生きていた。どんなに自分達を取り巻く世界が変わっても、剛に代わる人は存在しない。
一緒にいられる時間が僅かでも、仕事をする仲間が増えて行っても、それだけは変えられない事実だった。剛が良い、とこの心臓は知っている。偽りの多い世界で、数少ない真実の一つだった。
感覚に敏感な剛が、視線に気付いて顔を上げる。逸らす事も出来ずに目を合わせれば、嬉しいみたいな表情で笑われた。
「光一」
「……ん?」
「どないしてん?考えごとか?」
「え……あー」
「その顔はぼーっとしてただけやな。あかんで、ちゃんと話聞かんと」
にやりと笑われて、あ、と思った。小さな会議だ。剛の声でスタッフ全員が自分の方を向いた。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた訳ちゃうくて、その……」
「光一君、お疲れモード?」
「いや、そんな事は」
「ホントだ、疲れた顔してるね。一回休憩挟む?」
「いえ、良いです!大丈夫です」
「休憩させてもらおか。今日、結構話詰めなあかんのやろ?」
「そうですねー。大体の構成位までは考えないと厳しいですね」
「じゃあ、休憩しようや。な、光一」
「けど……」
「あ、ちょうど弁当も届いてるんですよ!ついでに昼休憩にしちゃいましょう」
あっと言う間に話は進んで、スタッフが立ち上がり始める。「光一君もあんまり詰め過ぎないで休憩した方が良いよー」なんて声を掛けられて、居た堪れない気持ちになった。
「剛」
座ったまま動かない剛の名を呼ぶ。振り返った彼に甘やかす仕草で頭を撫でられた。もうすぐ三十を迎える男にして良い事じゃないのに、嫌じゃないから不思議だ。
「ええタイミングやったやん。お前もちゃんと休み」
「俺、疲れてへんよ?」
「うん。大丈夫や、分かってる」
当たり前の顔をして頷かれる。互いの健康状態がどんなものかなんて、言葉にしなくても分かっていた。だから多分、剛はタイミングを伺っていたのだ。休憩に入る為の、上手なきっかけ。
それが我儘ではないのは、剛が自分の事をちゃんと分かっているからだ。確かに、ぼんやりして話を聞いていなかったから。
剛自身と自分の為に、早めの休憩が取れるように周囲を誘導した。狡いな、と思う時もあるけれど、彼がいなければ自分は休憩すら取れずのめり込んでしまうだろうから丁度良い。
「喫煙所行くけど、一緒に行くか?」
「……何で、一緒に行くん」
「ええやん。どうせ行くのに別々で行く事ないやろ。ほら」
椅子の背を引かれて仕方なく起ち上がる。強引なように見えるかも知れないけれど、多分彼なりの優しさだった。いつでも自分の事を見ていてくれる。何をしたいのか何処に行きたいのか、多分自分以上に自分の事を分かっていた。
きっとニコチン切れなんだろうと思って、素直に彼の後を付いて行く。振り返りもしない剛は、非常階段を上ると屋上の扉の手前にある踊り場で立ち止まった。
「此処ええやろ?」
「うん」
「喫煙所も混んでるやろうしな」
「……ありがと」
「何が?」
分からない素振りで剛は笑う。いつまでたっても人に慣れる事が出来なかった。喫煙所と言う狭いスペースで何人もの人間に囲まれるのは苦痛だ。リラックスする為の時間に緊張していてはしょうがなかった。
剛が階段に腰を降ろすのにならって、隣に座る。地面が汚いと言う事よりも、唯傍に寄り添いたかった。携帯灰皿を差し出されて、素直にポケットから煙草を取り出す。
「此処、大丈夫なん?」
「ん?」
「火災報知器とか、」
「ああ、平気やろ。俺一度も鳴った事あらへんもん」
それは平気じゃないだろう、と思ったけれどまあ良いやと煙草を一本銜えて火を点けた。深く吸い込んで煙を肺に溜める。ゆっくりと紫煙を吐き出せば、やっと落ち着いた。
依存しているな、とは思うけれど今更やめ方が分からない。段々喫煙量が増えているのには気付いていた。剛は気まぐれに禁煙をする事があるから、自分程依存している訳ではないのだろう。
「なあ、剛」
「なぁに」
「煙草、やめへんの」
「……それを光一さんが言いますか」
「や、俺はええの。やめる気ないし。でも剛、やめてた事あったやん。もうしないん?禁煙」
「ああ、今んとこはなあ。必要ないし。光一やって、やめろとは言わへんけど、少し量減らした方がええで。お前の吸い方は身体悪くしそうで怖いわ」
「……悪くなんか、ならんもん」
小さく呟けば、子供やなと言われ煙草を持ったままの手で頭をぐしゃぐしゃに掻き回される。誰に触れられるのもストレスだけど、剛にこうやって気まぐれに触られるのだけは心地良かった。
馴染んだ体温のせいかも知れない。幼い頃から傍にある唯一のもの。
掌の感触が不思議な安心をもたらす。剛を見上げて、その黒い瞳を覗き込んだ。大人になっても変わらない、不安定で脆くてでも強い光の残る瞳の奥を覗き込んだ。
「剛」
「ん?」
「十年、なんやなあ」
「ああ、あっと言う間……ではなかったな」
「うん。でも、良かった」
「何が?」
「剛が一緒で」
笑って見せれば、少し驚いたように目を見開く。一瞬固まった後、誤魔化すように剛は煙草を銜えて視線を外した。
「……お前、滅多にそんなん言わん癖に。珍しい事もあるもんやな」
「きしょい……?」
「キショイなんて言うてへんやろ。吃驚しただけや。……俺も、思っとるよ」
「うん」
剛の横顔を追い掛けて見詰める。煙草を吸っているのなんて見慣れた姿なのに、何度でも格好良いと思ってしまう。剛に男性のファンが多いと言うのも頷ける気がした。
同性の自分から見ても、格好良い人だ。わざと弱く見せたり本当に脆いところだってあるけれど。
自分にはないものに憧れた。
「今日の光一はぼんやりさんやなあ。疲れたか?」
「……ううん」
「なら、今日は何でそんなに俺ん事見るん?」
「……見てる?俺」
「おん、めっちゃ気になるわ」
「ごめん」
「ええけど、別に」
ふわ、と甘く笑われて心臓が痛くなった。言葉を紡がない自分に呆れるでもなく、剛にしか出来ない甘やかす遣りようで肩を抱き寄せられる。
促されるまま肩に頭を乗せれば、少し眠りと言われた。別に眠くない、とは言わない。剛の匂いと煙草の匂いが混ざり合って鼻腔を擽った。
安心出来る場所。
刷り込みのように体へ馴染んだ感覚は、いつか剛がいなくなっても変わらないんだろうと思った。唯一絶対の空間。
目を閉じたまま、光一はふと気付いてしまった。
本当は気付かずにいなければならないものだったのかも知れない。そうすれば、今までと変わりのない穏やかな未来が用意されていた筈だ。
けれど、光一は自分の中に根付いたそれを見つけてしまった。
抱き寄せた剛の手が一定のリズムで肩を叩く。とん、とん、と繰り返される仕草に幸福感がこみ上げた。離れたくない、と思ってしまう。
剛は、自分の中で最後に残された「絶対」だった。
捨てる事の多い自分の生き方に後悔はないけれど。いつの間にか、曖昧で不安定な自分の心の中に住んでいるのは、もう剛だけだ。他の誰にも踏み込ませない領域に彼はいた。
この先の人生で、剛以上の存在は現れないだろう。人並みに恋をして、それ以上に仕事にのめり込んで来た自分の人生。好きも嫌いも飛び越えたところで当たり前になってしまった存在。
怖い事だ、と思った。剛以外にも大切な人は沢山いる。今の自分の生活の中で剛との時間が占める割合は少なかった。
それでも。
肩に触れる温もりが心地良い。肩を抱く手のリズムに安心した。唯一の安息の地。
剛の弱さも強さも、全部が大切だった。当たり前の感情だと思っていた。彼が大切なのは当たり前で、今まで意識もしなかったのに。
強烈に湧き上がった感情に光一は戸惑った。デビューしてからは十年だけれど、一緒にいた時間は多分十五年位だ。
何を、今更。
ずっと傍にいたのだから、大切で当たり前だった。自分も剛も嫌いな人間と人生を共に出来る程器用なタチではない。
だとしたら、今この胸の中に広がる感情は何なのだろう。目を閉じたまま、そっとシャツの胸元を押さえた。
体内から変わって行くような感触に上手く対処出来ない。剛の体温が傍にあるだけで安心して、それ以上に大切だと言う感情がこみ上げた。
十年。
そして、多分これから先の人生も。
剛と共に。否、剛とだけ共に生きて行く。
それが嬉しい事なのか怖い事なのか、まだ光一には分からなかった。
+++++
今年は、剛といられる時間がいつもより多い。とは言っても、例年が例年なのでずっと一緒と言う訳ではなかったけれど。
嬉しい、と素直に思って光一は小さく笑みを零す。十周年のイベントは無事に終了した。あれだけで良かったとは思えないけれど、今の自分達が出来る精一杯だったと思う。
もっと一緒に沢山の事が出来たら。
そうは思うけれど、ビジネスとして動いている以上我儘は言えなかった。
……我儘、なんかな。
キンキキッズとして、長い時間を活動する事はいけない事なのだろうか。間違っているのだろうか。一人で動いた方が実益が高いのは勿論分かっている。
けれど、二人で一つだと思っていた。一人の時間が増えても、剛の知らない表情が増えても、ずっと。
いつの日か、そんな話をスタッフにしたら眉を顰めて悲しい顔をされた。肯定の言葉も否定の言葉もなく唯、「光一君は剛君が大事なんですね」とだけ告げられて何だか自分も悲しくなったのを覚えている。
大事だった。唯それだけの感情にどうして悲しい顔をされるのかが分からない。
大切じゃなきゃ一緒にいられないよ。遠く離れていても、ずっと一緒だと思ってるよ。言葉にする事が苦手な自分の、それでも間違いのない本音だった。
季節は秋を迎えている。十周年の記念アルバムの為のレコーディングの真っ最中だった。記念と言っても、いつもと何も変わらない。
常に全力で打ち込むべきだから、変えてはならなかった。いつもと同じテンション、いつもと同じ姿勢。一人でレコーディングするのもいつもの事だった。
先に収録されていても剛の声を聴く事は余りない。聞いてしまってイメージがぶれてしまうのは嫌だったし、聴かなくともちゃんと分かっていた。
それから、誰にも言わないけれど。少しだけ悔しい気持ちもある。剛の歌が上手いのなんて誰でも知っている事だった。今更誉める事も誉められる事もない、当たり前の事実。
綺麗な剛の歌声に自分の声が重なるのは、いつまでたっても慣れなかった。いつも、出来上がりを聴く時に躊躇する。
そうしていつも安心するのだ。上手いや下手ではなく、剛と自分の声は綺麗に重なった。最初から一つのものだったみたいにぴたりと寄り添う。
この世界で生きていて良かったと思える瞬間だった。
一人で入るブースの中。静寂しかない空間で、神経を集中させる。大体、剛が日中に録って自分が夜中に録ると言うのが常だから、スタジオ入りした段階で二十二時を回っていた。
眠気はないけれど、のんびりとしたスタッフの空気のせいかも知れない。ふわ、と意識が途切れる瞬間があって慌てて目を瞑った。
「光一君?」
「すいません!」
ブースの外から名前を呼ばれて、慌てて顔を上げた。このところ、レコーディングにだけ集中出来るから平和ボケしているのだろう。一つの仕事だけに集中出来る時間は少なかったから。
「いや、謝らなくても良いんだけど。眠い?頭痛い?」
「……いや、眠くはないです。ちょっと最近ぼーっとしてもうて」
「まあ、光一君がぼんやりしてるのは、むしろいつもの事だけどねー」
「はは、酷いなあ」
慣れたスタッフといる空間は心地良い。プロ失格ですね、と笑って再び集中すべくヘッドフォンの位置を調整した。
今日中に二曲。上手く行けば夜の内に終わる筈だ。ふ、と息を吐いて雑念を追い払った。最近、気を抜くと剛の事ばかり考えている。
十年って、思ってたより大事なんかも知れん。
自分では通過点に過ぎないと思っていたし、祝われるような事でもないと考えていた。十年は、長くはないけれども短くもない時間だ。
その全てを共有して来た人。
剛。
頭で呼び掛けても意味がない事位分かっていた。こんなに気になるのに、避けている自分にも気付いている。
夏の頃からおかしかった。訳もなく軋む心臓が苦しい。剛を見るだけで、剛の事を考えるだけで不規則に跳ねる心拍。
剛と一緒にいて緊張する事なんてなかった。どんなに辛い事があっても剛のいる場所に帰るのだと思えば平気だと思えた幼い自分がいる。
今は一人でいる事にも慣れたけれど、幼い自分が消えた訳じゃなかった。剛に触れるだけで無条件に安心する心。
ずっとずっと、自分の安息の地は此処だけだと思っていたのに。
裏切りですらあると思った。ひとりでに変わってしまった自分の心臓。
どうして、心拍は勝手に上がってしまうのだろう。目を逸らしたくなる程の強烈な感覚に身動き出来なかった。
曲が上手く耳に入って来ない。どうしよう、と思って視線を彷徨わせた。その刹那。
「光一」
聞き慣れたイントネーションにびくりと肩を震わせた。恐る恐るブースの外へ視線を遣れば、見慣れた姿がある。
どくん、と跳ねた心臓の音を確かに光一は聞いた。あり得ない。剛のレコーディングは、夕方に終了したと聞いていた。
「……つよし」
「どうしてん。おばけ見たみたいな顔して。そんなんや仕事にならへんから、こっち来ぃ」
「え、けど……」
「光一君。根詰め過ぎだよ。休憩にしましょう」
最近、剛に促されて休憩する事が多いな、と反省しつつ重い扉を押し開けた。
「お疲れ」
「……ん」
狭いスタジオで距離を置く事は出来なくて、剛の隣に立つ。穏やかな声音に心臓がぎゅっとされたような気がした。
(ホンマに何なんやろ、これ)
もしかしたら病気だったりするんだろうか。こんな心拍は尋常じゃない。左胸に手を当てて、深く息を吸い込んだ。
「光一?平気か?」
「……っうん。へい、き」
「全然平気じゃない顔して、何言うてんの」
剛の甘い声が耳元で聞こえて反射的に顔を上げた。けれど、その動きを許さずにぎゅっと抱き締められる。
確かに、スキンシップ過剰な部分はあるけれど、カメラも観客もない状態でいきなり触れられたのは初めてだった。
「つ、よし……?」
「光一、キンキでいるとしんどそうやなあ」
「そんな事あらへん」
「じゃあ、何でこんなドキドキしとんの」
不意に剛の右手が首筋に伸びて、頚動脈を押さえられる。隠しようもなく明白なそれに、羞恥心がこみ上げた。
耐え切れずに、剛の肩へ額を押し付けた。恥ずかしくて顔なんか上げられない。
自分がおかしくなってしまったのか。剛の態度がおかしいのか。それすら判別出来ない。
触れた指先の感触が怖かった。少しだけ硬い剛の指。それが、自分の無防備な首に触れている。
「剛……」
「なぁに、泣きそうな声出しとんの。やっぱ子供のようにはいかんなあ。ちっちゃい子はこれで結構落ち着くんやけどな」
「……俺はちっちゃい子やない」
「知っとるよ。でもな、ここんとこ会うたんびにお前子供みたいな顔してるんや。心配にもなるで」
「……心配なんて、せんでええよ」
ふう、と息を吐くと身体を離した。少しだけ俯いて、視線は逸らしたまま。剛を見て緊張するなんて言ったら、きっと傷付けてしまう。
今年は、どうしてもキンキの事を考える時間が多かったから。そう結論付けて、ゆっくりと顔を上げた。
真正面に見詰めれば、見慣れた表情は怖いものではない。心拍だけが警鐘を鳴らしていた。
意味が分からない。こんなに大事な人を目の前にして、自分は何に怯えているのか。見返す漆黒の瞳は光一が信じられる数少ないものだった。
どんなに剛が不安定なところまで堕ちても信じられるのは、この瞳が光を失わないせいだ。手を伸ばせばきっと大丈夫だと、躊躇なく思って今日までを生きて来た。
その存在を自分が疑う訳にはいかない。剛は、今までもこれからもずっと、大切な相方だった。
「光一」
「なぁに?」
「……可哀相やなあ」
「つよし?」
ぽつりと零された言葉の意味が分からない。哀れむような色を持つ視線を向けられて、また怖くなった。剛以外に絶対を持たない自分は、彼を信じられなくなったらこの手に何も残らないのに。
「さ、今日は光ちゃんのレコーディングに立ち会おう思って来たんや。そろそろ準備しよか」
「立ち会う?……聞いてへん」
「今言うたからなあ」
「剛!」
「ごめん。ほら、また一緒に曲作るやろ?やっぱりお前の声のイメージ合った方が作りやすいやろ思って」
上手く話を逸らされた事に光一は気付かず、言われた言葉だけに面食らった。わざわざずらして、なるべくこの心臓を平常に戻そうと思っていたのに。
剛に見られて歌うなんて、絶対に今の自分じゃ出来る筈がない。スタッフもマネージャーも教えてくれないなんて意地悪だった。
もう何年も一緒に録る事はしていない。まるで取り決められた約束事のようにスタジオにいるのは一人だった。打ち合わせで詰めているから、何も話す事はないと言うのが自分達のスタンスだ。
何度でも拍動を早くする心臓に呆れて、思わず溜息を零した。目の前に立つ剛が僅かに眉を顰めたのに気付いたけれど、言い訳する気にもならない。
「絶対に、口出しせんといてな」
「阿呆か。俺がお前にそんな失礼な事する訳ないやろ」
「うん。そうやな。ちょっと聴いたらすぐ帰るんやろ?もう、時間遅いし」
「ああ、まあなあ。でも、イメージ沸かんかったら意味ないしな。適当に見させてもらうわ」
「……あんま、見んなや」
「何やの、それ。恥ずかしいんか」
「恥ずかしい」
素直に言えば、心底吃驚した顔で剛は絶句した。何やねん、その顔。失礼な奴やな。普段の自分を棚に上げると、心の中だけで毒づく。
下らない自分達の会話を黙って聞いていたスタッフに「そろそろ始めても良い?」と声を掛けられたからまたブースの中へと戻った。静寂の空間。
でも、外に剛がいると思うだけで心臓は駄目な事になっていた。どうしよう。緊張する。
剛の視線が向けられているのを見ずとも感じた。ヘッドフォンをつけて集中しようと目を閉じる。今まで一度だって感情に左右されて仕事をした事なんかなかった。
大丈夫。大丈夫。
剛の事を考える時間が増えたから、ほんの少し心臓がいつもと違う反応をしているだけだ。きっと。
言い聞かせる自分自身が納得していないのは分かっていたけれど、剛を意識の外に追いやる為に光一は正直な心臓を意図的に欺いた。
+++++
結局、レコーディングは明け方まで掛かってしまった。スタッフにこんなに迷惑を掛けたのは久しぶりだ。たまにはこんな時もないとね、とスタッフは笑ってくれたけれど。
スケジュールでの上がり時間は二十六時だった。窓の外は既に白んでいる。仕事に没頭し過ぎて時間を忘れるのならまだ良かった。今日は完璧に自分のミスだ。
きちんと制御する事が出来なかった。仕事をしている以上、どうしたって腹が立つ事も悲しい事も沢山あったけれど。いつでもきちんとコントロールをして、自分で軌道修正を掛けていた。今日みたいなのは、本当に久しぶりの事で。
最後まで帰らなかった剛に視線を向けるのすら、今は苦痛だった。まさか無視をして帰る事は出来ないのは分かっている。
「お疲れ」
「お疲れさん。大丈夫か?」
「うん、ごめんな」
「何で俺に謝るねん。まあ、時間掛かったけど、大体のイメージは出来たし」
「出来たん?」
「うん。冬っぽいええのが出来そうやで」
柔らかく笑われて、思わずつられて笑みが零れる。夜は強くない剛の目は少しだけ赤かった。付き合わせてしまったのだと知るのは、やはり苦しい。
「やぁっと笑ったなあ」
「つよ」
「お前、俺といると全然笑わなくなったから。今日もちょっと悪いなあ思ってたんよ」
「今日のは、俺が……」
「うん、まあええわ。終わったんやし。さ、帰ろうか」
「……え」
「もうマネージャー帰したし。一緒、帰ろ」
自分もおかしいけれど、大概剛もおかしい。確かに家は近いから、一緒に帰ったところでそこまでの手間にはならないだろう。
でも。
「……ええよ、俺。タクシー呼ぶし」
明け方まで起きていた剛に少しでも早くゆっくりしてもらいたかった。一緒に車に乗ったら気ぃ遣いの相方は、助手席の自分の事を考えてしまうだろう。
「じゃあな、お疲れさん。剛もレコーディング頑張ってな」
引き留められる前にテーブルの上に放ったままの煙草と携帯を掴んで、スタジオを出た。通りすがりのスタッフに挨拶をしながらも決して後ろは振り返らずに。
もっと上手く躱せれば良かったのだろうけど、自分もまた限界だった。剛の優しい声を聞いてしまうと、訳も分からず手を伸ばしそうになる。
「あ、タクシーないんやっけ……」
さすがにタクシー位は呼べるけれど、とりあえず大通りに出れば捕まるだろうと考える。今立ち止まりたくはなかった。
剛に気遣われるのは心地良い。いつもなら安心する事だった。その好意を受け入れても受け入れなくても、冷たい自分の身体に温かい何かが流れ込んでくる感触が確かにある。
今日は、本当にもう駄目だった。どんどん心臓が壊れている気がする。こんなに痛んでいては、一緒にいられなくなってしまうのに。
外に出ると、朝の冷たい空気に晒されて思わず立ち止まった。剛みたいに一人で出歩く事がないから、明け方の人通りのない時間であっても、不安が先に立つ。
この仕事を始めてから一人で動いている時に良い思いはした事がなかった。本当に何年ぶりかで外に出ている。あ、無理かも。
自分が弱い方だとは思っていないし、一人でどうとでもなると考えているけれど。外を歩く、唯それだけの事が光一には酷く困難だった。
「……っいち!」
背後からの声に、仕方ないなと言う気持ちで振り返る。スタジオを出て十メートルもない所で立ち止まっているのだ。心配性の彼が追い掛けて来る事なんて分かり切っていた。
唇を噛み締めると、振り返る事も出来ずに立ち尽くす。弱い自分が嫌いだった。
名前を呼ばれただけで跳ねる心拍も。
大嫌い。
三十歳を目前にして、こんな子供じみた幼い感情があるなんて思いもしなかった。今更、揺れる感情なんてないと信じていたのに。
剛の手が自分の肩を掴んで強引に振り返らされる。肩で息をしているのが少しおかしくて、噛み締めた唇を解いた。俺の為に一生懸命になる必要ないのにな。
几帳面で優しい、俺の相方。
「っ大丈夫、か!」
「え、あ。うん……」
剛は、自分が外を駄目な事を勿論知っている。ごめんなさい、と思うのはこんな時だった。彼の優しさを全部受け止められるだけの容量が自分にはないのだ。
「ほら、強情張らんと一緒に帰ろ。タクシー呼ぶより早いし、俺も送って行った方が安心やわ。な?」
「……ん」
もう逆らう事など出来なかった。腕を引かれて一度建物の中へ戻ると、エレベーターで地下駐車場へと向かう。この時間でもレコーディング中の人間は多いらしかった。
エレベーターには何人か人が乗っていて、不躾ではない視線が向けられるのに気付く。別に此処で芸能人に遭遇するのは珍しい事ではなかった。
何だろう、と考えてあ、と気付く。剛の手が自分の左手首を捕らえていた。違和感がなかったから、そのままにしていたらしい。
外すべきかどうか悩んで、まあ良いやと其処から視線を外した。顔を見るだけで駄目だったのに、こうして体温が繋がっているだけで不思議な程安心している。
この近い距離にほっとした。
エレベーターを降りると、見慣れた剛の車がすぐ近くに止められている。手を引かれたまま、後を着いて行った。何も不安なものがない感覚。
先刻抱き締められた時は、本当に逃げ出したい程だった。でも、今剛の掌に包まれた左手から全身に温かいものが流れ込んで来ている。安心し過ぎて、溶けてしまいそうだった。
「光一」
「なん?」
剛の声が妙に反響して響いた。車のロックを外した後、助手席の側で向かい合わせで立つ。一番端に止められていたから、必然的に壁と剛に挟まれる事になった。
狭い空間。至近距離で見詰められて、息が詰まった。誰もいない空間でも、剛がいれば怖くない。
そう思って、けれど心臓が裏切った。
剛の闇色の瞳が、ゆっくりと迫って来る。避ける事も逸らす事も出来なかった。
感情を乗せない表情は、整っている分怖く見える。左手を掴んでいた筈の手が背中を抱いた。熱い掌。
どうして自分達は、地下駐車場でこんな距離で向かい合っているのだろう。妙に冷静な自分が、遠くから疑問を投げ掛ける。
その問いに答える前に、剛の唇が頬に触れた。柔らかな接触は光一の心拍を変える事がない。いつもならうるさい筈のそれは、いつも通りのリズムを刻んでいた。
「つ……よ、し?」
「ぉん。やっぱ、お前可哀相やからな」
一瞬で離れた剛は、そのまま額を合わせるから焦点を失った視界は上手く像を結べない。目を瞑るのは癪だったから、真っ直ぐ見詰め続けた。
「何で、可哀相なん?」
先刻も同じ事を言われた。可哀相な事なんか少しもない。思うのに、可哀相だったら剛に優しくされるかも知れないと期待する自分は愚かだった。
「光一が、自分の感情も分からんと、それに振り回されとるから」
「自分の?」
「うん。放っといてやった方がええと思ってたんやけど、いい加減俺も我慢の限界やわ。光一、今自分がどんな顔してるか分かる?」
「……顔?」
「まあ、光ちゃんは鈍い子ぉやからね、しょうがないけども。そんな顔、他の男の前ですんなや」
言いながら、剛の顔がまた近付いて来て今度は反対の頬に口付けられる。もう訳が分からなかった。
でも、怖くない。剛の事を考えている時よりずっと、心臓は穏やかだった。
「剛。お前には、俺ん事分かるの?」
「うん」
「俺は、分かんないよ」
「そうやろな。光ちゃんの苦手分野やもん。な、どんな感じなのか教えて?どんな風に苦しいのか」
「……やや」
「何で?」
「剛ん事……」
「俺?」
「傷付けてまう」
「光ちゃんは優しいなあ。ええよ、大丈夫。絶対に傷付かへんから。教えて?」
優しいのは剛や。俺はお前の優しいの受け止められなくて逃げたのに。
苦しい心臓。ぎゅっと掌で押さえて、恐る恐る最近の変化を話した。
「夏の、頃から……ずっと俺、おかしいんや。剛の傍いたり剛の事考えたりするだけで、凄く心臓が痛くなる。走ったみたいに心拍が早くなって、お前ん事見てられない。さっきも、そうや。お前が優しくしてくれたのに、心臓痛くて一緒にいられんかった。……ごめん」
「謝る事ちゃうで。よぉ言えました。な、光一。これは
苦しい?」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、笑みを象ったままの唇が自分のそれに触れた。うわ、と思ったけれど背中を強く抱かれて逃げる事が出来ない。
抱き締められただけでも駄目なのに、こんな。
心臓が毀れる!
本気でそう思った。けれど、何度も啄ばまれる浅いだけの接触に、心臓は徐々に落ち着いて行く。
え、あれ?
胸で握り締めていた掌をゆっくりと解く。死んでしまうかも知れないと思っていた口付けで、安定して行く心。
「どうや?痛くないやろ?」
「……うん。何で?」
「俺は、結構お前ん事愛して来たつもりなんやけど、やっぱ二人っきりってのは良くなかったなあ」
「どうして、そんな事言うの?俺は二人で良かった」
「ちゃうよ。お前と二人が嫌な訳ちゃう。唯なあ、もっと沢山の人に愛されて、愛されてる事を感じる子に育てたかったなー思ってん。今も十分、お前は愛されてるけどな」
顔の距離を離して、甘やかな表情で剛は笑う。子供にする遣りようだった。ああ、きっと剛は良いお父さんになるな。
人を穏やかにさせる力を持った人だった。俺やって、愛されてる事位分かるよ。でも、どうしたら良いんか分からん。
「こぉんなに可愛いのにな。何処が冷たいんじゃ、って怒りたくなる。でもな、」
言葉を切った剛がまた近付いて、同じように唇に触れられる。安心した。
「俺だけがお前ん事可愛いって知ってればええんかなって思う時もある。こう言うの、何て言うか分かるか?」
「……なに?」
分からなくて、だけど剛が話してくれているのなら何でも良い、と思った。胸の前で解いた両手を注意深く伸ばす。
剛のシャツの裾をぎゅっと握り締めた。ふ、と息を吐いて彼の言葉を待つ。
「なに?」
「うん。光ちゃんがな、このまんま一生気付かないなら俺も知らない振りしておこうと思ったんよ」
「何で」
「お前が、可哀相やから。今よりずっと苦しむの分かってて、俺はそんな事出来ん」
「剛は、何を知ってるん?」
「お前の、大事な、気持ち」
大切に大切に紡がれた言葉にどきりとする。夏からずっと痛む心臓は、もしかしたらもう今までとは全く違うものになっているのかも知れなかった。
痛くて、痛くて。
剛の事を考える度に毀れかけた心臓が、今剛の手で治してもらえるような気がした。彼の言葉に不安と安心を同時に覚える。
今より痛くても良い、剛が全部知っていてくれるのなら。
「俺、苦しくてもええよ?剛、知っとんのやろ?全部」
「うん、そうやな」
「なら、良い。教えて。俺もう、剛ん事見て苦しいの嫌や。お前ん事、好きやのに」
「うん、俺も好きやよ。どんなに離れてても傍にいられなくても、お前が一番大切や」
「うん」
ゆっくりと、目を閉じた。次に目を開けた時に違う世界が広がっていたとしても、剛が離れずにいてくれるなら何も怖くない。
「光一はな、」
「うん」
「俺ん事好きなんよ」
「うん。ん?……え、何それ」
告げられた言葉は、何を今更と言うものだった。剛を好きなのなんて、当たり前過ぎる。
「あー、光ちゃんには難しいかな。言葉より、簡単に分かるもんがあるよ」
「なに?……っ、つ」
名前は、剛の唇に飲み込まれた。深く深く重ねられた口付け。背中を抱く手の力が強まる。抗う術を持たずに、剛の手管に翻弄された。
此処が駐車場である事とか、何で相方に、とか色々抵抗すべき要素はある筈だ。もし、これが剛以外の人間なら確実に抵抗しただろう。
でも、相手は何をされても許してしまう「絶対」の存在だった。
剛から渡されたものを拒絶する方法なんて知らない。全部欲しかった。全部あげたかった。それが危険な衝動だなんて、誰も教えてくれない。
「つ……っ、もう!むり!」
呼吸困難の一歩手前で、どうにか開放された。相方相手に、何をやっているんだろう。思うけれど、身体から余計な力が抜けて行くのをはっきりと感じて、ああこの事かと光一は気付く。
言葉では伝わらないもの。言葉より分かりやすい行為。
彼の思惑はきちんと分かったけれど、だとしたらこの感情は一体何なのか。まだ不安で、離れた剛をしっかりと見詰めた。
この苦しさに名前が欲しい。
「……分かるか?って、分からんって顔してんな」
「うん……」
濡れた唇が、今していた行為をはっきりと示していて恥ずかしくなった。剛と、キス。ネタでドラマのキスシーンを持ち出す事は良くあるけれど、こんな誰もいない所でキスをしたのは初めてだ。
剛は、気持ち悪くないんかな。
自分の為にしてくれたのは、彼にとって苦痛ではなかっただろうか。光一の卑屈な思考が進む前に剛の声が掬い上げる。
「こぉいち」
「……つよ、俺」
「うん、ええのよ。何も心配せんで。お前は、理屈に適ってないとすぐ不安になるからなあ」
よしよし、と頭を撫でられると、どうしようもなく嬉しい気持ちが生まれた。子供扱いは嫌いなんやけどな。
剛だけが、自分の内側に入り込む事が可能なのだ。彼になら、全てをあげても良い。本気で思って、怖くなった。
この感情を、何と呼べば良いのか。
「お前が夏からおかしな事になってんの知ってた。すぐに消えてまうんやったら良いかなって思ってたんやけど。いつまでたっても苦しそうやから、もう手ぇ出してまおうと思ったんよ。お前が一人で苦しいよりは一緒に苦しい方がええしな。……光ちゃん、俺ん事好き?」
「うん。好きやよ?」
「でも、苦しいやろ」
「……ん」
「それな、光一。お前、俺に惚れとんのや」
「ほれる?」
「そ、俺に恋してるって事。やから苦しいし、俺といられんのよ」
唐突な言葉に、光一は声が出なかった。……恋ってあの恋か?池に泳いでる奴ちゃうよな。ベタな事を考えながら、剛の顔をじっと見詰める。
冗談を言っている顔じゃなかった。恋って、普通女の子にするもんちゃうの?俺が剛ん事そう言う意味で好きっておかしいやろ?
思うのに、すとんと納得する心臓があった。
「す、き……なん、俺」
「うん。違うか?」
「剛は、それでええの」
「ええも何も……相変わらずお前鈍いなあ」
柔らかく笑んだ剛は、大切なものを守る仕草で自分を抱き締めた。其処に愛情を感じずにはいられない。長く一緒にいた自分達は、言葉にしなくても全部が伝わってしまうから」
「俺、剛が好きやったんや……」
「苦しいのなくなったやろ?」
「苦しいよ、今も。やって、」
「光ちゃん。俺も、好きなんやよ。何も怖い事ないやん」
「怖い事ばっかや」
抱き締められる身体に甘えて、力を抜いた。何で今更。剛とは一生を共に生きて行く運命共同体だった。
恋になんてしなくても良かったのに。
けれど、正直な心臓は剛の腕の中で穏やかに拍動を刻む。此処にいたいのだと、身体はもう気付いていた。
相方に恋をする。そのリスクの高さも今は見ない振りをして。久しぶりに穏やかになった心臓の導き出す答えを、今は受け入れてみる事にした。
【了】
誰に言われなくとも自分が一番分かっている。今更過ぎた。どうして、こんなところまで生きて来て気付いてしまったのだろう。気付かれてしまったのだろう。
唯怖かった。自分が自分でなくなるような、足許が崩れ落ちて行くような、そんな不安。
けれど、何処かで納得する自分もいて。
運命なのだ、と。その手の中に堕ちる事をずっと望んでいた。他の何も見えない位滅茶苦茶にして欲しい。そんな凶暴な衝動が眠っていた。
怖くて不安で、でも堪らなく幸福な自分。
まさか、こんな場所に落ち着くなんて誰が想像しただろうか。今もまだ逃げ出したい気持ちが残る。また距離を離して今までと同じような関係に戻りたかった。
臆病な願いは永遠に果たされない。その指先が決して許しはしなかった。昏い幸福に酔いしれて、そっと目を閉じる。
当たり前にあった愛情が恋に変わった瞬間。
光一は、世界が色を変えるのを確かに感じたのだ。
+++++
今年で自分達はデビュー十周年を迎えるらしい。相変わらず時間の概念がない光一は、スタッフに説明を受けながら「もうそんなになるんや」と他人事のように考えていた。
ソロ活動が定着して大分長い時間が経つ。剛と一緒にいられるのは新曲のプリモーション時期を覗けば、冬だけだった。彼といる時間が増えると、また一年が巡ったのかと奇妙な感覚で思う。
隣に立つ男は、その風貌を徐々に変えて来てはいるけれど、基本的には何も変わらなかった。だから安心する。
会議中に資料から顔を上げて、そろりと相方の横顔を見詰めた。見慣れている筈なのに見飽きないその表情。剛がいなければ呼吸も出来なかった幼い頃を思い出す。
弱くてどうしようもなかった自分はもういないけれど、あの頃と変わらず二人一緒に生きていた。どんなに自分達を取り巻く世界が変わっても、剛に代わる人は存在しない。
一緒にいられる時間が僅かでも、仕事をする仲間が増えて行っても、それだけは変えられない事実だった。剛が良い、とこの心臓は知っている。偽りの多い世界で、数少ない真実の一つだった。
感覚に敏感な剛が、視線に気付いて顔を上げる。逸らす事も出来ずに目を合わせれば、嬉しいみたいな表情で笑われた。
「光一」
「……ん?」
「どないしてん?考えごとか?」
「え……あー」
「その顔はぼーっとしてただけやな。あかんで、ちゃんと話聞かんと」
にやりと笑われて、あ、と思った。小さな会議だ。剛の声でスタッフ全員が自分の方を向いた。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた訳ちゃうくて、その……」
「光一君、お疲れモード?」
「いや、そんな事は」
「ホントだ、疲れた顔してるね。一回休憩挟む?」
「いえ、良いです!大丈夫です」
「休憩させてもらおか。今日、結構話詰めなあかんのやろ?」
「そうですねー。大体の構成位までは考えないと厳しいですね」
「じゃあ、休憩しようや。な、光一」
「けど……」
「あ、ちょうど弁当も届いてるんですよ!ついでに昼休憩にしちゃいましょう」
あっと言う間に話は進んで、スタッフが立ち上がり始める。「光一君もあんまり詰め過ぎないで休憩した方が良いよー」なんて声を掛けられて、居た堪れない気持ちになった。
「剛」
座ったまま動かない剛の名を呼ぶ。振り返った彼に甘やかす仕草で頭を撫でられた。もうすぐ三十を迎える男にして良い事じゃないのに、嫌じゃないから不思議だ。
「ええタイミングやったやん。お前もちゃんと休み」
「俺、疲れてへんよ?」
「うん。大丈夫や、分かってる」
当たり前の顔をして頷かれる。互いの健康状態がどんなものかなんて、言葉にしなくても分かっていた。だから多分、剛はタイミングを伺っていたのだ。休憩に入る為の、上手なきっかけ。
それが我儘ではないのは、剛が自分の事をちゃんと分かっているからだ。確かに、ぼんやりして話を聞いていなかったから。
剛自身と自分の為に、早めの休憩が取れるように周囲を誘導した。狡いな、と思う時もあるけれど、彼がいなければ自分は休憩すら取れずのめり込んでしまうだろうから丁度良い。
「喫煙所行くけど、一緒に行くか?」
「……何で、一緒に行くん」
「ええやん。どうせ行くのに別々で行く事ないやろ。ほら」
椅子の背を引かれて仕方なく起ち上がる。強引なように見えるかも知れないけれど、多分彼なりの優しさだった。いつでも自分の事を見ていてくれる。何をしたいのか何処に行きたいのか、多分自分以上に自分の事を分かっていた。
きっとニコチン切れなんだろうと思って、素直に彼の後を付いて行く。振り返りもしない剛は、非常階段を上ると屋上の扉の手前にある踊り場で立ち止まった。
「此処ええやろ?」
「うん」
「喫煙所も混んでるやろうしな」
「……ありがと」
「何が?」
分からない素振りで剛は笑う。いつまでたっても人に慣れる事が出来なかった。喫煙所と言う狭いスペースで何人もの人間に囲まれるのは苦痛だ。リラックスする為の時間に緊張していてはしょうがなかった。
剛が階段に腰を降ろすのにならって、隣に座る。地面が汚いと言う事よりも、唯傍に寄り添いたかった。携帯灰皿を差し出されて、素直にポケットから煙草を取り出す。
「此処、大丈夫なん?」
「ん?」
「火災報知器とか、」
「ああ、平気やろ。俺一度も鳴った事あらへんもん」
それは平気じゃないだろう、と思ったけれどまあ良いやと煙草を一本銜えて火を点けた。深く吸い込んで煙を肺に溜める。ゆっくりと紫煙を吐き出せば、やっと落ち着いた。
依存しているな、とは思うけれど今更やめ方が分からない。段々喫煙量が増えているのには気付いていた。剛は気まぐれに禁煙をする事があるから、自分程依存している訳ではないのだろう。
「なあ、剛」
「なぁに」
「煙草、やめへんの」
「……それを光一さんが言いますか」
「や、俺はええの。やめる気ないし。でも剛、やめてた事あったやん。もうしないん?禁煙」
「ああ、今んとこはなあ。必要ないし。光一やって、やめろとは言わへんけど、少し量減らした方がええで。お前の吸い方は身体悪くしそうで怖いわ」
「……悪くなんか、ならんもん」
小さく呟けば、子供やなと言われ煙草を持ったままの手で頭をぐしゃぐしゃに掻き回される。誰に触れられるのもストレスだけど、剛にこうやって気まぐれに触られるのだけは心地良かった。
馴染んだ体温のせいかも知れない。幼い頃から傍にある唯一のもの。
掌の感触が不思議な安心をもたらす。剛を見上げて、その黒い瞳を覗き込んだ。大人になっても変わらない、不安定で脆くてでも強い光の残る瞳の奥を覗き込んだ。
「剛」
「ん?」
「十年、なんやなあ」
「ああ、あっと言う間……ではなかったな」
「うん。でも、良かった」
「何が?」
「剛が一緒で」
笑って見せれば、少し驚いたように目を見開く。一瞬固まった後、誤魔化すように剛は煙草を銜えて視線を外した。
「……お前、滅多にそんなん言わん癖に。珍しい事もあるもんやな」
「きしょい……?」
「キショイなんて言うてへんやろ。吃驚しただけや。……俺も、思っとるよ」
「うん」
剛の横顔を追い掛けて見詰める。煙草を吸っているのなんて見慣れた姿なのに、何度でも格好良いと思ってしまう。剛に男性のファンが多いと言うのも頷ける気がした。
同性の自分から見ても、格好良い人だ。わざと弱く見せたり本当に脆いところだってあるけれど。
自分にはないものに憧れた。
「今日の光一はぼんやりさんやなあ。疲れたか?」
「……ううん」
「なら、今日は何でそんなに俺ん事見るん?」
「……見てる?俺」
「おん、めっちゃ気になるわ」
「ごめん」
「ええけど、別に」
ふわ、と甘く笑われて心臓が痛くなった。言葉を紡がない自分に呆れるでもなく、剛にしか出来ない甘やかす遣りようで肩を抱き寄せられる。
促されるまま肩に頭を乗せれば、少し眠りと言われた。別に眠くない、とは言わない。剛の匂いと煙草の匂いが混ざり合って鼻腔を擽った。
安心出来る場所。
刷り込みのように体へ馴染んだ感覚は、いつか剛がいなくなっても変わらないんだろうと思った。唯一絶対の空間。
目を閉じたまま、光一はふと気付いてしまった。
本当は気付かずにいなければならないものだったのかも知れない。そうすれば、今までと変わりのない穏やかな未来が用意されていた筈だ。
けれど、光一は自分の中に根付いたそれを見つけてしまった。
抱き寄せた剛の手が一定のリズムで肩を叩く。とん、とん、と繰り返される仕草に幸福感がこみ上げた。離れたくない、と思ってしまう。
剛は、自分の中で最後に残された「絶対」だった。
捨てる事の多い自分の生き方に後悔はないけれど。いつの間にか、曖昧で不安定な自分の心の中に住んでいるのは、もう剛だけだ。他の誰にも踏み込ませない領域に彼はいた。
この先の人生で、剛以上の存在は現れないだろう。人並みに恋をして、それ以上に仕事にのめり込んで来た自分の人生。好きも嫌いも飛び越えたところで当たり前になってしまった存在。
怖い事だ、と思った。剛以外にも大切な人は沢山いる。今の自分の生活の中で剛との時間が占める割合は少なかった。
それでも。
肩に触れる温もりが心地良い。肩を抱く手のリズムに安心した。唯一の安息の地。
剛の弱さも強さも、全部が大切だった。当たり前の感情だと思っていた。彼が大切なのは当たり前で、今まで意識もしなかったのに。
強烈に湧き上がった感情に光一は戸惑った。デビューしてからは十年だけれど、一緒にいた時間は多分十五年位だ。
何を、今更。
ずっと傍にいたのだから、大切で当たり前だった。自分も剛も嫌いな人間と人生を共に出来る程器用なタチではない。
だとしたら、今この胸の中に広がる感情は何なのだろう。目を閉じたまま、そっとシャツの胸元を押さえた。
体内から変わって行くような感触に上手く対処出来ない。剛の体温が傍にあるだけで安心して、それ以上に大切だと言う感情がこみ上げた。
十年。
そして、多分これから先の人生も。
剛と共に。否、剛とだけ共に生きて行く。
それが嬉しい事なのか怖い事なのか、まだ光一には分からなかった。
+++++
今年は、剛といられる時間がいつもより多い。とは言っても、例年が例年なのでずっと一緒と言う訳ではなかったけれど。
嬉しい、と素直に思って光一は小さく笑みを零す。十周年のイベントは無事に終了した。あれだけで良かったとは思えないけれど、今の自分達が出来る精一杯だったと思う。
もっと一緒に沢山の事が出来たら。
そうは思うけれど、ビジネスとして動いている以上我儘は言えなかった。
……我儘、なんかな。
キンキキッズとして、長い時間を活動する事はいけない事なのだろうか。間違っているのだろうか。一人で動いた方が実益が高いのは勿論分かっている。
けれど、二人で一つだと思っていた。一人の時間が増えても、剛の知らない表情が増えても、ずっと。
いつの日か、そんな話をスタッフにしたら眉を顰めて悲しい顔をされた。肯定の言葉も否定の言葉もなく唯、「光一君は剛君が大事なんですね」とだけ告げられて何だか自分も悲しくなったのを覚えている。
大事だった。唯それだけの感情にどうして悲しい顔をされるのかが分からない。
大切じゃなきゃ一緒にいられないよ。遠く離れていても、ずっと一緒だと思ってるよ。言葉にする事が苦手な自分の、それでも間違いのない本音だった。
季節は秋を迎えている。十周年の記念アルバムの為のレコーディングの真っ最中だった。記念と言っても、いつもと何も変わらない。
常に全力で打ち込むべきだから、変えてはならなかった。いつもと同じテンション、いつもと同じ姿勢。一人でレコーディングするのもいつもの事だった。
先に収録されていても剛の声を聴く事は余りない。聞いてしまってイメージがぶれてしまうのは嫌だったし、聴かなくともちゃんと分かっていた。
それから、誰にも言わないけれど。少しだけ悔しい気持ちもある。剛の歌が上手いのなんて誰でも知っている事だった。今更誉める事も誉められる事もない、当たり前の事実。
綺麗な剛の歌声に自分の声が重なるのは、いつまでたっても慣れなかった。いつも、出来上がりを聴く時に躊躇する。
そうしていつも安心するのだ。上手いや下手ではなく、剛と自分の声は綺麗に重なった。最初から一つのものだったみたいにぴたりと寄り添う。
この世界で生きていて良かったと思える瞬間だった。
一人で入るブースの中。静寂しかない空間で、神経を集中させる。大体、剛が日中に録って自分が夜中に録ると言うのが常だから、スタジオ入りした段階で二十二時を回っていた。
眠気はないけれど、のんびりとしたスタッフの空気のせいかも知れない。ふわ、と意識が途切れる瞬間があって慌てて目を瞑った。
「光一君?」
「すいません!」
ブースの外から名前を呼ばれて、慌てて顔を上げた。このところ、レコーディングにだけ集中出来るから平和ボケしているのだろう。一つの仕事だけに集中出来る時間は少なかったから。
「いや、謝らなくても良いんだけど。眠い?頭痛い?」
「……いや、眠くはないです。ちょっと最近ぼーっとしてもうて」
「まあ、光一君がぼんやりしてるのは、むしろいつもの事だけどねー」
「はは、酷いなあ」
慣れたスタッフといる空間は心地良い。プロ失格ですね、と笑って再び集中すべくヘッドフォンの位置を調整した。
今日中に二曲。上手く行けば夜の内に終わる筈だ。ふ、と息を吐いて雑念を追い払った。最近、気を抜くと剛の事ばかり考えている。
十年って、思ってたより大事なんかも知れん。
自分では通過点に過ぎないと思っていたし、祝われるような事でもないと考えていた。十年は、長くはないけれども短くもない時間だ。
その全てを共有して来た人。
剛。
頭で呼び掛けても意味がない事位分かっていた。こんなに気になるのに、避けている自分にも気付いている。
夏の頃からおかしかった。訳もなく軋む心臓が苦しい。剛を見るだけで、剛の事を考えるだけで不規則に跳ねる心拍。
剛と一緒にいて緊張する事なんてなかった。どんなに辛い事があっても剛のいる場所に帰るのだと思えば平気だと思えた幼い自分がいる。
今は一人でいる事にも慣れたけれど、幼い自分が消えた訳じゃなかった。剛に触れるだけで無条件に安心する心。
ずっとずっと、自分の安息の地は此処だけだと思っていたのに。
裏切りですらあると思った。ひとりでに変わってしまった自分の心臓。
どうして、心拍は勝手に上がってしまうのだろう。目を逸らしたくなる程の強烈な感覚に身動き出来なかった。
曲が上手く耳に入って来ない。どうしよう、と思って視線を彷徨わせた。その刹那。
「光一」
聞き慣れたイントネーションにびくりと肩を震わせた。恐る恐るブースの外へ視線を遣れば、見慣れた姿がある。
どくん、と跳ねた心臓の音を確かに光一は聞いた。あり得ない。剛のレコーディングは、夕方に終了したと聞いていた。
「……つよし」
「どうしてん。おばけ見たみたいな顔して。そんなんや仕事にならへんから、こっち来ぃ」
「え、けど……」
「光一君。根詰め過ぎだよ。休憩にしましょう」
最近、剛に促されて休憩する事が多いな、と反省しつつ重い扉を押し開けた。
「お疲れ」
「……ん」
狭いスタジオで距離を置く事は出来なくて、剛の隣に立つ。穏やかな声音に心臓がぎゅっとされたような気がした。
(ホンマに何なんやろ、これ)
もしかしたら病気だったりするんだろうか。こんな心拍は尋常じゃない。左胸に手を当てて、深く息を吸い込んだ。
「光一?平気か?」
「……っうん。へい、き」
「全然平気じゃない顔して、何言うてんの」
剛の甘い声が耳元で聞こえて反射的に顔を上げた。けれど、その動きを許さずにぎゅっと抱き締められる。
確かに、スキンシップ過剰な部分はあるけれど、カメラも観客もない状態でいきなり触れられたのは初めてだった。
「つ、よし……?」
「光一、キンキでいるとしんどそうやなあ」
「そんな事あらへん」
「じゃあ、何でこんなドキドキしとんの」
不意に剛の右手が首筋に伸びて、頚動脈を押さえられる。隠しようもなく明白なそれに、羞恥心がこみ上げた。
耐え切れずに、剛の肩へ額を押し付けた。恥ずかしくて顔なんか上げられない。
自分がおかしくなってしまったのか。剛の態度がおかしいのか。それすら判別出来ない。
触れた指先の感触が怖かった。少しだけ硬い剛の指。それが、自分の無防備な首に触れている。
「剛……」
「なぁに、泣きそうな声出しとんの。やっぱ子供のようにはいかんなあ。ちっちゃい子はこれで結構落ち着くんやけどな」
「……俺はちっちゃい子やない」
「知っとるよ。でもな、ここんとこ会うたんびにお前子供みたいな顔してるんや。心配にもなるで」
「……心配なんて、せんでええよ」
ふう、と息を吐くと身体を離した。少しだけ俯いて、視線は逸らしたまま。剛を見て緊張するなんて言ったら、きっと傷付けてしまう。
今年は、どうしてもキンキの事を考える時間が多かったから。そう結論付けて、ゆっくりと顔を上げた。
真正面に見詰めれば、見慣れた表情は怖いものではない。心拍だけが警鐘を鳴らしていた。
意味が分からない。こんなに大事な人を目の前にして、自分は何に怯えているのか。見返す漆黒の瞳は光一が信じられる数少ないものだった。
どんなに剛が不安定なところまで堕ちても信じられるのは、この瞳が光を失わないせいだ。手を伸ばせばきっと大丈夫だと、躊躇なく思って今日までを生きて来た。
その存在を自分が疑う訳にはいかない。剛は、今までもこれからもずっと、大切な相方だった。
「光一」
「なぁに?」
「……可哀相やなあ」
「つよし?」
ぽつりと零された言葉の意味が分からない。哀れむような色を持つ視線を向けられて、また怖くなった。剛以外に絶対を持たない自分は、彼を信じられなくなったらこの手に何も残らないのに。
「さ、今日は光ちゃんのレコーディングに立ち会おう思って来たんや。そろそろ準備しよか」
「立ち会う?……聞いてへん」
「今言うたからなあ」
「剛!」
「ごめん。ほら、また一緒に曲作るやろ?やっぱりお前の声のイメージ合った方が作りやすいやろ思って」
上手く話を逸らされた事に光一は気付かず、言われた言葉だけに面食らった。わざわざずらして、なるべくこの心臓を平常に戻そうと思っていたのに。
剛に見られて歌うなんて、絶対に今の自分じゃ出来る筈がない。スタッフもマネージャーも教えてくれないなんて意地悪だった。
もう何年も一緒に録る事はしていない。まるで取り決められた約束事のようにスタジオにいるのは一人だった。打ち合わせで詰めているから、何も話す事はないと言うのが自分達のスタンスだ。
何度でも拍動を早くする心臓に呆れて、思わず溜息を零した。目の前に立つ剛が僅かに眉を顰めたのに気付いたけれど、言い訳する気にもならない。
「絶対に、口出しせんといてな」
「阿呆か。俺がお前にそんな失礼な事する訳ないやろ」
「うん。そうやな。ちょっと聴いたらすぐ帰るんやろ?もう、時間遅いし」
「ああ、まあなあ。でも、イメージ沸かんかったら意味ないしな。適当に見させてもらうわ」
「……あんま、見んなや」
「何やの、それ。恥ずかしいんか」
「恥ずかしい」
素直に言えば、心底吃驚した顔で剛は絶句した。何やねん、その顔。失礼な奴やな。普段の自分を棚に上げると、心の中だけで毒づく。
下らない自分達の会話を黙って聞いていたスタッフに「そろそろ始めても良い?」と声を掛けられたからまたブースの中へと戻った。静寂の空間。
でも、外に剛がいると思うだけで心臓は駄目な事になっていた。どうしよう。緊張する。
剛の視線が向けられているのを見ずとも感じた。ヘッドフォンをつけて集中しようと目を閉じる。今まで一度だって感情に左右されて仕事をした事なんかなかった。
大丈夫。大丈夫。
剛の事を考える時間が増えたから、ほんの少し心臓がいつもと違う反応をしているだけだ。きっと。
言い聞かせる自分自身が納得していないのは分かっていたけれど、剛を意識の外に追いやる為に光一は正直な心臓を意図的に欺いた。
+++++
結局、レコーディングは明け方まで掛かってしまった。スタッフにこんなに迷惑を掛けたのは久しぶりだ。たまにはこんな時もないとね、とスタッフは笑ってくれたけれど。
スケジュールでの上がり時間は二十六時だった。窓の外は既に白んでいる。仕事に没頭し過ぎて時間を忘れるのならまだ良かった。今日は完璧に自分のミスだ。
きちんと制御する事が出来なかった。仕事をしている以上、どうしたって腹が立つ事も悲しい事も沢山あったけれど。いつでもきちんとコントロールをして、自分で軌道修正を掛けていた。今日みたいなのは、本当に久しぶりの事で。
最後まで帰らなかった剛に視線を向けるのすら、今は苦痛だった。まさか無視をして帰る事は出来ないのは分かっている。
「お疲れ」
「お疲れさん。大丈夫か?」
「うん、ごめんな」
「何で俺に謝るねん。まあ、時間掛かったけど、大体のイメージは出来たし」
「出来たん?」
「うん。冬っぽいええのが出来そうやで」
柔らかく笑われて、思わずつられて笑みが零れる。夜は強くない剛の目は少しだけ赤かった。付き合わせてしまったのだと知るのは、やはり苦しい。
「やぁっと笑ったなあ」
「つよ」
「お前、俺といると全然笑わなくなったから。今日もちょっと悪いなあ思ってたんよ」
「今日のは、俺が……」
「うん、まあええわ。終わったんやし。さ、帰ろうか」
「……え」
「もうマネージャー帰したし。一緒、帰ろ」
自分もおかしいけれど、大概剛もおかしい。確かに家は近いから、一緒に帰ったところでそこまでの手間にはならないだろう。
でも。
「……ええよ、俺。タクシー呼ぶし」
明け方まで起きていた剛に少しでも早くゆっくりしてもらいたかった。一緒に車に乗ったら気ぃ遣いの相方は、助手席の自分の事を考えてしまうだろう。
「じゃあな、お疲れさん。剛もレコーディング頑張ってな」
引き留められる前にテーブルの上に放ったままの煙草と携帯を掴んで、スタジオを出た。通りすがりのスタッフに挨拶をしながらも決して後ろは振り返らずに。
もっと上手く躱せれば良かったのだろうけど、自分もまた限界だった。剛の優しい声を聞いてしまうと、訳も分からず手を伸ばしそうになる。
「あ、タクシーないんやっけ……」
さすがにタクシー位は呼べるけれど、とりあえず大通りに出れば捕まるだろうと考える。今立ち止まりたくはなかった。
剛に気遣われるのは心地良い。いつもなら安心する事だった。その好意を受け入れても受け入れなくても、冷たい自分の身体に温かい何かが流れ込んでくる感触が確かにある。
今日は、本当にもう駄目だった。どんどん心臓が壊れている気がする。こんなに痛んでいては、一緒にいられなくなってしまうのに。
外に出ると、朝の冷たい空気に晒されて思わず立ち止まった。剛みたいに一人で出歩く事がないから、明け方の人通りのない時間であっても、不安が先に立つ。
この仕事を始めてから一人で動いている時に良い思いはした事がなかった。本当に何年ぶりかで外に出ている。あ、無理かも。
自分が弱い方だとは思っていないし、一人でどうとでもなると考えているけれど。外を歩く、唯それだけの事が光一には酷く困難だった。
「……っいち!」
背後からの声に、仕方ないなと言う気持ちで振り返る。スタジオを出て十メートルもない所で立ち止まっているのだ。心配性の彼が追い掛けて来る事なんて分かり切っていた。
唇を噛み締めると、振り返る事も出来ずに立ち尽くす。弱い自分が嫌いだった。
名前を呼ばれただけで跳ねる心拍も。
大嫌い。
三十歳を目前にして、こんな子供じみた幼い感情があるなんて思いもしなかった。今更、揺れる感情なんてないと信じていたのに。
剛の手が自分の肩を掴んで強引に振り返らされる。肩で息をしているのが少しおかしくて、噛み締めた唇を解いた。俺の為に一生懸命になる必要ないのにな。
几帳面で優しい、俺の相方。
「っ大丈夫、か!」
「え、あ。うん……」
剛は、自分が外を駄目な事を勿論知っている。ごめんなさい、と思うのはこんな時だった。彼の優しさを全部受け止められるだけの容量が自分にはないのだ。
「ほら、強情張らんと一緒に帰ろ。タクシー呼ぶより早いし、俺も送って行った方が安心やわ。な?」
「……ん」
もう逆らう事など出来なかった。腕を引かれて一度建物の中へ戻ると、エレベーターで地下駐車場へと向かう。この時間でもレコーディング中の人間は多いらしかった。
エレベーターには何人か人が乗っていて、不躾ではない視線が向けられるのに気付く。別に此処で芸能人に遭遇するのは珍しい事ではなかった。
何だろう、と考えてあ、と気付く。剛の手が自分の左手首を捕らえていた。違和感がなかったから、そのままにしていたらしい。
外すべきかどうか悩んで、まあ良いやと其処から視線を外した。顔を見るだけで駄目だったのに、こうして体温が繋がっているだけで不思議な程安心している。
この近い距離にほっとした。
エレベーターを降りると、見慣れた剛の車がすぐ近くに止められている。手を引かれたまま、後を着いて行った。何も不安なものがない感覚。
先刻抱き締められた時は、本当に逃げ出したい程だった。でも、今剛の掌に包まれた左手から全身に温かいものが流れ込んで来ている。安心し過ぎて、溶けてしまいそうだった。
「光一」
「なん?」
剛の声が妙に反響して響いた。車のロックを外した後、助手席の側で向かい合わせで立つ。一番端に止められていたから、必然的に壁と剛に挟まれる事になった。
狭い空間。至近距離で見詰められて、息が詰まった。誰もいない空間でも、剛がいれば怖くない。
そう思って、けれど心臓が裏切った。
剛の闇色の瞳が、ゆっくりと迫って来る。避ける事も逸らす事も出来なかった。
感情を乗せない表情は、整っている分怖く見える。左手を掴んでいた筈の手が背中を抱いた。熱い掌。
どうして自分達は、地下駐車場でこんな距離で向かい合っているのだろう。妙に冷静な自分が、遠くから疑問を投げ掛ける。
その問いに答える前に、剛の唇が頬に触れた。柔らかな接触は光一の心拍を変える事がない。いつもならうるさい筈のそれは、いつも通りのリズムを刻んでいた。
「つ……よ、し?」
「ぉん。やっぱ、お前可哀相やからな」
一瞬で離れた剛は、そのまま額を合わせるから焦点を失った視界は上手く像を結べない。目を瞑るのは癪だったから、真っ直ぐ見詰め続けた。
「何で、可哀相なん?」
先刻も同じ事を言われた。可哀相な事なんか少しもない。思うのに、可哀相だったら剛に優しくされるかも知れないと期待する自分は愚かだった。
「光一が、自分の感情も分からんと、それに振り回されとるから」
「自分の?」
「うん。放っといてやった方がええと思ってたんやけど、いい加減俺も我慢の限界やわ。光一、今自分がどんな顔してるか分かる?」
「……顔?」
「まあ、光ちゃんは鈍い子ぉやからね、しょうがないけども。そんな顔、他の男の前ですんなや」
言いながら、剛の顔がまた近付いて来て今度は反対の頬に口付けられる。もう訳が分からなかった。
でも、怖くない。剛の事を考えている時よりずっと、心臓は穏やかだった。
「剛。お前には、俺ん事分かるの?」
「うん」
「俺は、分かんないよ」
「そうやろな。光ちゃんの苦手分野やもん。な、どんな感じなのか教えて?どんな風に苦しいのか」
「……やや」
「何で?」
「剛ん事……」
「俺?」
「傷付けてまう」
「光ちゃんは優しいなあ。ええよ、大丈夫。絶対に傷付かへんから。教えて?」
優しいのは剛や。俺はお前の優しいの受け止められなくて逃げたのに。
苦しい心臓。ぎゅっと掌で押さえて、恐る恐る最近の変化を話した。
「夏の、頃から……ずっと俺、おかしいんや。剛の傍いたり剛の事考えたりするだけで、凄く心臓が痛くなる。走ったみたいに心拍が早くなって、お前ん事見てられない。さっきも、そうや。お前が優しくしてくれたのに、心臓痛くて一緒にいられんかった。……ごめん」
「謝る事ちゃうで。よぉ言えました。な、光一。これは
苦しい?」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、笑みを象ったままの唇が自分のそれに触れた。うわ、と思ったけれど背中を強く抱かれて逃げる事が出来ない。
抱き締められただけでも駄目なのに、こんな。
心臓が毀れる!
本気でそう思った。けれど、何度も啄ばまれる浅いだけの接触に、心臓は徐々に落ち着いて行く。
え、あれ?
胸で握り締めていた掌をゆっくりと解く。死んでしまうかも知れないと思っていた口付けで、安定して行く心。
「どうや?痛くないやろ?」
「……うん。何で?」
「俺は、結構お前ん事愛して来たつもりなんやけど、やっぱ二人っきりってのは良くなかったなあ」
「どうして、そんな事言うの?俺は二人で良かった」
「ちゃうよ。お前と二人が嫌な訳ちゃう。唯なあ、もっと沢山の人に愛されて、愛されてる事を感じる子に育てたかったなー思ってん。今も十分、お前は愛されてるけどな」
顔の距離を離して、甘やかな表情で剛は笑う。子供にする遣りようだった。ああ、きっと剛は良いお父さんになるな。
人を穏やかにさせる力を持った人だった。俺やって、愛されてる事位分かるよ。でも、どうしたら良いんか分からん。
「こぉんなに可愛いのにな。何処が冷たいんじゃ、って怒りたくなる。でもな、」
言葉を切った剛がまた近付いて、同じように唇に触れられる。安心した。
「俺だけがお前ん事可愛いって知ってればええんかなって思う時もある。こう言うの、何て言うか分かるか?」
「……なに?」
分からなくて、だけど剛が話してくれているのなら何でも良い、と思った。胸の前で解いた両手を注意深く伸ばす。
剛のシャツの裾をぎゅっと握り締めた。ふ、と息を吐いて彼の言葉を待つ。
「なに?」
「うん。光ちゃんがな、このまんま一生気付かないなら俺も知らない振りしておこうと思ったんよ」
「何で」
「お前が、可哀相やから。今よりずっと苦しむの分かってて、俺はそんな事出来ん」
「剛は、何を知ってるん?」
「お前の、大事な、気持ち」
大切に大切に紡がれた言葉にどきりとする。夏からずっと痛む心臓は、もしかしたらもう今までとは全く違うものになっているのかも知れなかった。
痛くて、痛くて。
剛の事を考える度に毀れかけた心臓が、今剛の手で治してもらえるような気がした。彼の言葉に不安と安心を同時に覚える。
今より痛くても良い、剛が全部知っていてくれるのなら。
「俺、苦しくてもええよ?剛、知っとんのやろ?全部」
「うん、そうやな」
「なら、良い。教えて。俺もう、剛ん事見て苦しいの嫌や。お前ん事、好きやのに」
「うん、俺も好きやよ。どんなに離れてても傍にいられなくても、お前が一番大切や」
「うん」
ゆっくりと、目を閉じた。次に目を開けた時に違う世界が広がっていたとしても、剛が離れずにいてくれるなら何も怖くない。
「光一はな、」
「うん」
「俺ん事好きなんよ」
「うん。ん?……え、何それ」
告げられた言葉は、何を今更と言うものだった。剛を好きなのなんて、当たり前過ぎる。
「あー、光ちゃんには難しいかな。言葉より、簡単に分かるもんがあるよ」
「なに?……っ、つ」
名前は、剛の唇に飲み込まれた。深く深く重ねられた口付け。背中を抱く手の力が強まる。抗う術を持たずに、剛の手管に翻弄された。
此処が駐車場である事とか、何で相方に、とか色々抵抗すべき要素はある筈だ。もし、これが剛以外の人間なら確実に抵抗しただろう。
でも、相手は何をされても許してしまう「絶対」の存在だった。
剛から渡されたものを拒絶する方法なんて知らない。全部欲しかった。全部あげたかった。それが危険な衝動だなんて、誰も教えてくれない。
「つ……っ、もう!むり!」
呼吸困難の一歩手前で、どうにか開放された。相方相手に、何をやっているんだろう。思うけれど、身体から余計な力が抜けて行くのをはっきりと感じて、ああこの事かと光一は気付く。
言葉では伝わらないもの。言葉より分かりやすい行為。
彼の思惑はきちんと分かったけれど、だとしたらこの感情は一体何なのか。まだ不安で、離れた剛をしっかりと見詰めた。
この苦しさに名前が欲しい。
「……分かるか?って、分からんって顔してんな」
「うん……」
濡れた唇が、今していた行為をはっきりと示していて恥ずかしくなった。剛と、キス。ネタでドラマのキスシーンを持ち出す事は良くあるけれど、こんな誰もいない所でキスをしたのは初めてだ。
剛は、気持ち悪くないんかな。
自分の為にしてくれたのは、彼にとって苦痛ではなかっただろうか。光一の卑屈な思考が進む前に剛の声が掬い上げる。
「こぉいち」
「……つよ、俺」
「うん、ええのよ。何も心配せんで。お前は、理屈に適ってないとすぐ不安になるからなあ」
よしよし、と頭を撫でられると、どうしようもなく嬉しい気持ちが生まれた。子供扱いは嫌いなんやけどな。
剛だけが、自分の内側に入り込む事が可能なのだ。彼になら、全てをあげても良い。本気で思って、怖くなった。
この感情を、何と呼べば良いのか。
「お前が夏からおかしな事になってんの知ってた。すぐに消えてまうんやったら良いかなって思ってたんやけど。いつまでたっても苦しそうやから、もう手ぇ出してまおうと思ったんよ。お前が一人で苦しいよりは一緒に苦しい方がええしな。……光ちゃん、俺ん事好き?」
「うん。好きやよ?」
「でも、苦しいやろ」
「……ん」
「それな、光一。お前、俺に惚れとんのや」
「ほれる?」
「そ、俺に恋してるって事。やから苦しいし、俺といられんのよ」
唐突な言葉に、光一は声が出なかった。……恋ってあの恋か?池に泳いでる奴ちゃうよな。ベタな事を考えながら、剛の顔をじっと見詰める。
冗談を言っている顔じゃなかった。恋って、普通女の子にするもんちゃうの?俺が剛ん事そう言う意味で好きっておかしいやろ?
思うのに、すとんと納得する心臓があった。
「す、き……なん、俺」
「うん。違うか?」
「剛は、それでええの」
「ええも何も……相変わらずお前鈍いなあ」
柔らかく笑んだ剛は、大切なものを守る仕草で自分を抱き締めた。其処に愛情を感じずにはいられない。長く一緒にいた自分達は、言葉にしなくても全部が伝わってしまうから」
「俺、剛が好きやったんや……」
「苦しいのなくなったやろ?」
「苦しいよ、今も。やって、」
「光ちゃん。俺も、好きなんやよ。何も怖い事ないやん」
「怖い事ばっかや」
抱き締められる身体に甘えて、力を抜いた。何で今更。剛とは一生を共に生きて行く運命共同体だった。
恋になんてしなくても良かったのに。
けれど、正直な心臓は剛の腕の中で穏やかに拍動を刻む。此処にいたいのだと、身体はもう気付いていた。
相方に恋をする。そのリスクの高さも今は見ない振りをして。久しぶりに穏やかになった心臓の導き出す答えを、今は受け入れてみる事にした。
【了】
「うそっ」
ニノの高い声が、こわんと空気を振るわせた。
俺は突っ伏して顔を上げれない、自分の囲んだ腕の中は、気温が上昇している。
ああ、とうとう言ってしまった。
なんかきまじいから、相談なんてきっとしないだろうと思っていた。
それがこのザマ。おいおい、俺達、まだ付き合って2ヵ月とかじゃね?
なんかもー、情けない。
3 竹本 2008/02/26(Tue) 02:08
「だってアンタら、さんざんべたべた、してるでしょうに。
それで、よく翔ちゃんも我慢できるねぇ」
ニノは予想していた以上には、からかいの言葉を述べなかった。
氷の鳴る音がする。からん。
あー・・・なんかもう、ヤダ。今、すべてが嫌になってきた。
ゆっくりずるずると顔を上げると、すかさずニノは言う。
「どーせおじさんが、釣りに行ったり釣りに行ったり、
フィギュア作ったりしてるんでしょう?」
テーブルに肘をのせ、その腕に顔をだらんとのっけて笑っている。
二人とも帽子をしたままで、格好から見れば、
もしかしたら補導されてしまうんじゃないかってぐらいの、ラフな服装だ。
元々は、ラーメンを奢らされるだけのつもりだった。
4 竹本 2008/02/26(Tue) 02:09
「ちげーよ。あっちが忙しいんだよ。ニュースキャスターだの、
それの勉強だの、友達だの。
アイツ、昔っからずっとそうじゃん。休みの日も、家にぜってーいねーんだ、」
そう言って、グラスに残る大きな氷をからころ鳴らしていじけてみせた。
そうだ。俺が今の今まで自由に過ごしていた時間分、アイツだって、
仕事したり遊んだりで、なんだかんだで動き回っていた。
だから、別に、俺のせいってわけでもない。
5 竹本 2008/02/26(Tue) 02:09
「でもねぇ、大野さん。俺にわざわざ言ったってことは、これって相談でしょ?」
ニノの言葉はまっすぐでストレート、うって言葉が詰まるぐらいに、的確だ。
グラスに浮き出てくる冷たい水分を、指ですくって、恐る恐る隣を見た。
「くちびる、とがってますけど」
ニノがくふふ、と、いつものように笑う。
「あんだよ。そうだよ、相談だよ。どう考えたっておかしいだろ」
はんばやけくそになって言った。あー、もう。
解けた氷で少し薄くなっているカクテルを、一口含む。
ニノは相変わらずのにやにや顔で、もう一度口にしてみると、
本当恥ずかしいことこの上ない俺の相談事を、あのかわいい声で言った。
「つまり、もう付き合って2ヵ月たつのに、2回しかエッチしてない、っと」
とたん、本当に本当に、心のそこから本当に情けなくなって、
うう、と声を漏らしてまた顔を腕の囲いへとうずめなければならなかった。
「おじさん!元気ダシテヨ!」
宮Kの言葉にも、笑えねーよチクショー!
6 竹本 2008/02/26(Tue) 02:09
(まずは、相手の行動と、表情をよく見てみなさいよ)
「智くん、今日さ、少し遠回りして送っていってもいい?」
「・・・・・・」
「智くん?」
「あ、ごめ。別にいーよ、」
ニノの言葉を思い返しながら、隣の翔くんをまじまじと見てみる。
今日は個人の仕事の後で、迎えに来てくれた翔くんの運転で外食に出た。
というよりも、こういう仕事柄、
何かをするといったらもう、食事ぐらいしか選択肢がないのだ。
翔くんは色々と遊びを知っていそうだけど、きっと自分が行きたがらないと
初めから考えてくれてるんだろう。
俺だって、いくら翔くんと付き合っているからといって、
いきなり「友達のDJのイベントがあってさ、一緒に行こうよ!」とか言われても、
なぁ。そういうところは、説明も補足も譲り合いも、なんもいらなかったな。
もうずっとずっとずっと側にいた翔くんと、最近、付き合い始めた。
7 竹本 2008/02/26(Tue) 02:10
俺の中での自覚は早いほうだったと思う。
女の子を普通に好きになって、普通にそれなりの恋愛とか交際は、
していた。
でも結局は、最後の彼女の次に気になったのが翔くんだった、というだけで、
後は何も変わらない。
笑顔がかわいいし、面白いし、でも時々へたれだし、一緒にいて楽。
気付いたときは、肩を組み合ったりするのなんて日常茶飯事だし、
ものすごい至近距離で詰めて話をすることも慣れっこだったし、
ホテルの同じ部屋で寝泊りするのも、朝っぱらからロケバスで2人きりってのも体験済み。
何もかも慣れきった後で、そういえば全然手は繋がないなぁなんて、
思い始めていて。
たまたま、何かきっかけがあって、一瞬繋いだ時に、
はっと気付いた。ああ俺、翔くん好きなんじゃない?って。
8 竹本 2008/02/26(Tue) 02:10
そこからも普通だった。
特権は、ほぼ毎日会えること。大事な瞬間に一緒にいること。思い出が増える一方だということ。
近くに寄れること。何もかもさらけ出していること。
向こうも俺を、嫌いではないと知ってること。
別に性欲は、人並みだったと思うけど、それでこそ毎日さんざん会えるから、
ただ近くにいることで、適当に幸せだった。
それが、ほんの1年前ぐらいのことだ。
9 竹本 2008/02/26(Tue) 02:10
翔くんは年を追うごとに俺より大きくなって、逞しくなった。
そして笑顔がやさしくなって、へたれがよりキャラ付けされてきて、
でも皆のお母さんみたいになった。
俺が年上なのもあって、いつでも俺にやさしかったし、
笑って「智くん」って呼ぶときは、とても好かれてると思えた。
すっかり今の関係が築かれた後に、はっと思い出すように始めた恋だ。
だから俺も実は自分で手一杯で、翔くんの変化に、あまり気付けなかったみたいだ。
10 竹本 2008/02/26(Tue) 02:10
告白を受けた時は衝撃的だった。
たまに収録が押したりして遅くなると、翔くんが車で家まで送ってくれたりする。
それがここしばらく頻繁になってきてて、
必然的に二人でいる時間も増えた。
俺はただ単純に楽な幸せにつかっていて、
緊張することもない、ただただ楽しい時間を嬉しく思うばかりだった。
でも翔くんは違ったみたいで、
俺の表情を探ったり、甘い雰囲気を作ってみたり、
それとなく手に触れたり、色々してみてくれたみたい。
11 竹本 2008/02/26(Tue) 02:11
だって俺はまさか、翔くんまで俺の事を恋愛対象として好き、と自覚してくれてるなんて
全然まったく思ってなくて、
だから誘われれば笑顔でついていったし、話も弾んだし、酒も呑んだし、
その酔いと一緒につながれた手をぎゅっと握って、
えへへ~なんて馬鹿みたいに笑ってられたりしたのだ。
ラッキーなんて軽く思うぐらいで、
そんなに印象として残ってなくって。
だから翔くんが、本当に心底困った顔をしながら、
「俺、智くんのこと、違う意味で好きだから。だから、このままじゃ、つらい」なんて
ゆっくり沈黙作って気まずい空気の中で言った時は、
ぽかーんとした顔をしてたに違いない。
12 竹本 2008/02/26(Tue) 02:11
その時は重苦しい車内の沈黙を破り、
手を握りながら、「俺も翔くんのこと、好きだ」って言って、
そのまま信じようとしない翔くんのかわいい長い髪をひっぱってキスしてやった。
おでこをこすりつけて、息のかかる距離で、「・・・な?」って低く呟くと、
翔くんはやっと手を動かして、もう一度、しっかりキスをしてくれたんだ。
13 竹本 2008/02/26(Tue) 02:11
(もしかしたら、翔ちゃんは小さいサイン、送ってるかもしんないよ?そういうのを察知して、こっちも大丈夫だって、サイン送り返してやんなきゃ。あの子へタレだもん)
そうだよなぁ。俺がもし逆の立場だったとして、
送ったサインスルーされたら、踏み込めないかも。
ていうか、サインてなんだよ。
ぐるぐる考えていると、運転席でいつもとおり、かっこよくハンドルを握りながら、
翔くんがくすっと笑った。
無言で顔をそっちに向かせる。何?っていう言葉は、発しない。
だけど翔くんはちゃんと分かってくれて、「なんか難しい顔してるなぁと思って」と言った。
「どこ行くの?」「うーん。なんとなく。今日さ、結構時間早くない?」
時計を見ると、まだ夜の10時過ぎだった。
「あーほんとだ。」「収録さ、始まりは遅かったけど、その割りに早く終わったよね?」
「あー。」「でも明日は月曜なんだよなー。」「ZEROか」「そう、ZEROです」
14 竹本 2008/02/26(Tue) 02:12
日曜日の夜の街は、案外空いていて、
翔くんの運転する車はするすると進んでいく。
たまに俺も分かる道を曲がったりしながら、ぐるぐるしているみたいだ。
夜の冷たさと、外灯がきれい。
翔くんと一番長くいる場所は、もしかしたらここかもしれないぐらいに
車には乗せてもらってるから、
何時間でも入れそうだな、と思った。
15 竹本 2008/02/26(Tue) 02:12
(しかしもしかしたら、今のは翔くんなりのお誘いだったかなぁ)
しかし翔くんも、運転をすごく楽しそうにしていて、
別におどおどしている様子もない。
明日はZEROだって言ってたから、俺は午後からの予定だけど、
翔くんはきっとその予定の仕事を朝からおわらせて、
そのニュースキャスターとしての準備を早いうちに始めるのだろう。
大体月曜日は、5人は5人でもソロで進行できるものが多かった。
それがなければ、俺は大抵は休みの日。夜なら、確実に家にいれる時間。
16 竹本 2008/02/26(Tue) 02:12
(キスしてぇなぁ、)横顔を観察しながら思う。
最後にしたのはいつだっけ。二人でこうしていた時が最後だから、
多分4、5日前ぐらい?
そのまま整った顔立ちを見ていると、翔くんがちらっと目線をよこして、
ふっくらした感じで笑った。
「なーに見てるの?なんかおかしいなぁ。お酒飲んでないよね?」
「うん」
照れたように笑った目じりのしわが、すごくかわいい。
滅多にいじらない携帯をズボンのポケットから無理矢理取り出して、
カメラモードにして、ずいと近づけた。
「マジで何やってんの?あっはっは、」翔くんが馬鹿笑いをする。
「おらー」その崩れた顔を激写しても、暗くてよく写らなかった。
しかもブレてるし。ライトってどこだ?
普段はつけないからわかんねぇや。
「翔くん、ちょっと止まってよ、車」
「ていうかいきなりどしたの。うけるんだけど」顔がすごく嬉しそうだ。
「いや、翔くんの写真って、携帯にいっこもなかったなと思って」
「俺は智くんのあるよ。変なのばっかりだけど」
翔くんはまだ笑いながら、右と左を確認している。
隣を走ってる車も少ない通りに来ていたので、
かちかちと合図を出して、左側によって止まってくれてた。
17 竹本 2008/02/26(Tue) 02:13
「俺もニノのならあるよ。ニノの母ちゃんのもあるな、」
ちくちく携帯をいじりながら、ライトを探す。
「あー俺もあるなぁ。マジうけるけど、なぜかあるなぁ。なんでだろ?」
翔くんも携帯を探り出して、ちくちくしはじめた。
俺のほうに携帯を向けて、真剣な表情をしばらくして、
ぱっと眩しいライトが光る。
「おお、何処にある?ライト」
「分からないの?」
「あんま使わねぇから、暗いところでは」
先についた翔くんの携帯の眩しさに顔をしかめると、
翔くんはそれを膝のほうに一旦置いて、
俺の携帯を取った。
同時に手も握りこまれて、引き寄せられる。
18 竹本 2008/02/26(Tue) 02:13
何度目かの、車でのキス。
狭くて、間にある色んなものが邪魔だけど、
絶対に二人きりだという空間が、すごく好きだ。
暗い車内に、翔くんと二人きり。
反対側の腕が動いて、かぶっていた帽子を落とされた。
そのまま、耳の後ろを撫でられる。
(舌、欲しい)
前は、ただのキスだった。帰り際に、名残惜しくて、ちゅってしただけだ。
でも、唇は何度かやわらかく押し付けられただけで、
頬に、目元にうつっていった。
眼を開けて、キスしてくれている翔くんの表情を見る。
19 竹本 2008/02/26(Tue) 02:13
(・・・俺が見る限りでは、絶対幸せそうに見えるんだ、)
ぼんやりしていると、笑顔をくれた。ほら。俺のこと、好きだって顔してるよ。
「俺も智くんの普通の顔は、ないかもなぁ」
そのまま至近距離で、翔くんは笑顔で、俺の携帯をちくちくいじる。
反対の手を、絡めて握ってくれて。
俺は物足りないキスの余韻でぼうっとしてしまって、
なんだか急激に眠くなっていた。
そして、ますます翔くんが分からなくなってた。
「あ、ついた」
ランプがついた自分の携帯。覗き込むと、
画面右端に移る時刻は、午後10時37分。
(まだあるのに、)
翔くんは笑顔で、そこには、ただ俺との時間がすごく嬉しいってしか書いてなくて、
ニノの言うサインは、結局見つけられないままだった。
20 竹本 2008/02/26(Tue) 02:13
月曜日はレギュラー番組の放送がある。翔くんのZEROも。
マメなニノは、腕時計を確認しては、
今頃頑張ってるんだろうねって言っていた。
だけどもう見つけきれないんだ。だってアイツ、すんげー幸せそうな、
満ち足りた顔してるんだぜ。
ニノはもうはたからみたらノロケだろう俺の話を聞いてくれて、
一緒に真剣に悩んでくれた。
でも実はぜってー面白がってるんだ、
だってそんなの、この話には関係なくね?
21 竹本 2008/02/26(Tue) 02:14
「関係大有りだよおじさん。最初のエッチと、二回目のエッチで、
何かしちゃったんじゃないの?
それで翔ちゃん、踏み切れないとか。
ほら、だから教えなさいよ」
・・・カンベンしてくれよ。
けれどニノは、もう一つレモンスライスを俺のグラスに絞って、
酒と水と氷を継ぎ足してしまった。
ああ、俺が悪かった。こんなに頻繁に、
気まずい相談事なんてしてゴメンナサイ。
22 竹本 2008/02/26(Tue) 02:14
「ああー・・・」
からりとマドラーを回す音。ニノの作ってくれる水割りは、いつもおいしい。
「・・・・・・言いたくねー」
「いいじゃん、いいじゃん。今更じゃん」
ニノは、外した自分のマフラーをひきよせて、
枕のようにした上に、腕をくんで頭をのせている。
かわいいなぁ。じゃなくって。コイツ、ほんと、こうしてみると
高校生ぐらいに見えるよな。
「おーじーさーんー」
ため息を一つついて、心底恥ずかしい話を始めた。
23 竹本 2008/02/26(Tue) 02:14
俺と翔くんが初めてエッチしたのは、
なんと告白されてオッケー!した、その瞬間だった。
もっと最悪な事を言えば、なんと俺はちょっくら酔っていて、
翔くんはきっと、そんなつもり全然なかったと思う。
だけど俺はすごく嬉しくて、翔くんがしてくれたやさしいキスに舌からませて、
もーものすごい翔くんを求めてしまったわけです。
いくら毎日会える平穏的な幸せの中にいたからといって、
俺だって男だ。もちろん、翔くんのことを考えて、そういう処理もしていた。
そんな事が続くんだろうなぁとぼんやりしていた時に、
翔くんも俺のことそういう意味で好きだと言ってくれて、
しかもキスまでしてくれたんだ。俺の気持ちも、少しはくんでもらいたい。
24 竹本 2008/02/26(Tue) 02:15
場所がちょうどホテルの個室で飲めるバーとかだった。
翔くんははじめ、少しおどおどしてたけど、
俺が短い息を漏らしたらぎゅっと腰を引き寄せてきて、
ゆっくり頬を撫でながら、すごく温かいキスを長くしてくれた。
強く感じるいつものコロンの匂いにぼんやりして、
少しアルコールの入った体がどんどん熱くなっていく。
翔くんはきっと、俺の表情を覗き込もうとしたんだろう。
長いキスの後で、翔くんの肩に顔を乗せて息を整えている俺を、
少し離して覗き込もうとした。
だけど俺はもうたまんなくなって、
ぎゅってますます密着して、こう言ったんだ。
「俺、帰りたくない。」って。
25 竹本 2008/02/26(Tue) 02:15
(今思い出しても顔から火が出るぜこれマジで、ありえねー俺!)
でも翔くんは、俺の髪をすいて、ぎゅっと抱きしめてくれて、
耳にそれはそれはやさしくキスをしてくれたんだ。
「うん。」って、とけそうなくらい小さな声で、言ってくれた。
それに安心して、今度は力に抵抗せずに少し体を離して、
翔くんの表情を見る。
翔くんは俺のまぶたにそっと寄って、ちゅってキスをして、
あの眉の下がった笑顔で、笑った。
26 竹本 2008/02/26(Tue) 02:15
それから、バーの会計を済ませて、そのままロビーでさっと手配してくれた翔くんは、
俺の手をしっかり握って、部屋まで連れて行ってくれた。
部屋に入るなりキスをされて、帽子とダウンを脱がされて、
ばっと抱きかかえられてベッドにのって、
後はそのまま、だ。
部屋に入った翔くんは少し性急ではあったけど、
行為はとても丁寧で、愛に満ちていて、ひたすらやさしかった。
俺はただ翔くんに任せて、手を握ってもらったり、
キスをせがんでしてもらったり。
そしてただかみ締めていた。ああ、翔くんも同じだったんだ。
俺のこと、好きでいてくれたんだ。
その事を信じきれる、だって今ほら、まさに、俺と翔くん、
恋人同士でしかしないこと、してる。してもらってるんだ、俺。
不安よりも、その嬉しさが大きかった。
もちろん、予想外で痛くてとまどってでも気持ちよくて、大変だったけど。
27 竹本 2008/02/26(Tue) 02:16
二回目は、・・・言いたくねーけど。ゴメンナサイ。
ほんと、申し訳ないと思ってます。
実は、車でやっちゃいました。
もうニノがこわいからがっと説明するとさ。
28 竹本 2008/02/26(Tue) 02:16
結局互いに忙しいけど毎日会えるから、
俺と翔くんは、普通通り、今まで通り、変わらずいれた。
これは俺にとっては予想通りで、
とても嬉しかった出来事だ。
普通にいままで通り、何ら変わらない日常。
でも、もう通じ合ってるっていううきうき感。
早朝集まるようなときのロケバスで、
笑顔で手を握ったりね。言うと気持ち悪いけど、
本当に嬉しかった。そんなささいなことが。
29 竹本 2008/02/26(Tue) 02:16
ですが、自分が未熟なせいで、
少しムラっときた収録がありまして。
翔くんがゲストにやたら好感もたれていた日に、
車で送ってもらえた。
その時に、ちょっと機嫌が悪いっぽく振舞っていた俺を気遣って、
翔くんがドライブにつれてってくれた。そのまま、
夜の街を。
ぽつりと話しながら、夜の夜景を見ながら、助手席にいるうちに、
なんだか気分はすっかり晴れて、
車の運転止まったらとにかくキスしてほしいと思っていた。
車が止まったのは、翔くんが教えてもらったという穴場で、
人どころか車もひとつもない、高台だった。
星が綺麗だよって言って、外に出てみない?と言った翔くんの
手をさっと握って、ちゅっとキスしたんだ。俺から。
翔くんは、ちょっとびっくりした顔してたから、
俺は何か言わなきゃかなと思って、「翔くん」と呼んだ、
でもその呼びかけの「しょうく、」ってところで、
翔くんが自分を引き寄せて、またキスをしてくれたんだ。
30 竹本 2008/02/26(Tue) 02:16
ほんと、その時も絶対俺が悪かった。
翔くんのキスも深かったけど、穏やかで、
手もずっと肩とか頬とかにしかいかなかったんだ。
でも俺がなんだか夢中になっちゃって、
その物足りないところにしかいかない腕を取って、手を絡めて、
ぎゅっと握ったんだ。
指と指を絡めて、強弱を込めてふれた。
すると翔くんは一瞬でキスを一旦止めて、
離れて覗き込めるぐらいになった俺の顔を見た。
俺はきっとものすごい情けない顔をしていたと思う。
眉がハの字になってたよきっと。眼も、うるんでいたと思う。
なんだか必死だったんだ。あまりにも、翔くんにふれている場所が、
気持ちよくって嬉しかったから。
31 竹本 2008/02/26(Tue) 02:17
「翔くん、」
なっさけない声だった。今でも笑える。きっと、震えてた。
自分がこんな声出すんだ、って声だった。
抱いてくれよって言ってる声だった。
「あ、」
ごめん、となぜか謝ろうとした言葉を、飲み込まれるキス。
翔くんはぐいと腰に手を回して、俺の体を持ち上げようとした。
それが、嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。
翔くんが、抱いてくれるって分かったから。
スイッチは確実に俺が入れたんだ。
32 竹本 2008/02/26(Tue) 02:17
「・・・おじさんたら、大胆デスネ。」
おあ、ちょっと呆れてる。そりゃそうか。
でも俺ってば、こういう恋愛しか、してこなかったんだ。
好きならキスしたいし、そうしたらしたくなっちゃうし、
場所が可能であれば、ね。しちゃってもいいじゃん。
「やっぱり、原因は分かんねーよ」
ニノのおいしい水割りを飲みながらこぼす。
今話してみても、何にも思い浮かばない。
翔くんてもしかして、俺が誘わなきゃ出来ないのかな。
未だに遠慮してるんだろうか。
遠慮って何だよ・・・と、ぶつくさいってると、
ニノが少し考え込んでいる。
「どした?」
呆れただろうな。ほんとだよな。
最年長組みで、何で即エッチで車内エッチ済みなのに、
三回目が無いとかで悩んでるんだろうな。
いやでも、さすがに無いよな・・・
33 竹本 2008/02/26(Tue) 02:17
「ねぇおじさん」
ニノが枕にしていたマフラーを、ふわふわいじりながらぼんやりという。
「おじさんはさ、たとえば。考えられる理由とかって、予想つかないの?」
「つかないから、こんな恥ずかしい話してんじゃねーか!」
一呼吸もなくそういうと、ニノはじっと眼を見てきた。
「翔くんはおじさんとエッチしたいんだよね」
・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
34 竹本 2008/02/26(Tue) 02:17
「・・・・?当たり前じゃねぇか。」
しばらく考えて、そう答える。
いやだって。翔くん、俺のこと好きだし。
普通に好きな人とは、エッチってしたくなるだろ?
ニノはまたもやうーんと声に出して唸り、テーブルに頬をくっつけた。
「・・・・・・?何だよ」
「うん、」
ニノの沈黙が、いやに言葉を重くするみたいだ。だからあまり、
間を置いて言葉を選ばないでほしい。
また、情けない顔になっていたのだろう。
ニノはふっと笑って、俺の眉間にちょんと指をのせた。
35 竹本 2008/02/26(Tue) 02:18
「やっぱりさ、俺にもわかんないや。
リーダーは、翔ちゃんに愛されてるって気持ちが強いのに、
ならどうして抱いてくれないのって、思ってるんでしょう?
それはもう、本人に聞いてみるしか、ないよね。
俺から言えるのは、それだけかもしれないよ」
ニノは、時々、本当かそれ?というような言い回しでもって、
話を終わらせてしまう時がある。
今、俺、思ってる。本当に、そう思ってるのかな?ニノは。
そのままじっとしていると、今度はくちびるをちょんとされた。
「今度は唇がとがってますよ、」
そういって、マフラーをぐるっと首に巻く。
「そろそろ行こうか。おじさん、翔くんに電話してみなよ。
もうそろそろ、ZEROの会議も、終わってるんじゃないの」
36 竹本 2008/02/26(Tue) 02:18
(もしかして、俺が気付いたら、俺が傷つくような理由なのかもしれない)
シンとした車内は、その考えをどんどん大きくしていった。
コツ、コツ、と靴の音。ガチャリとドアが開いて、翔くんが助手席に戻ってくる。
「ごめん、智くん。じゃ、行こうか」
翔くんは、スーツ姿だった。ネクタイは薄い水色。
セットも数時間前に整えたばかりで、帽子も何もしてないから、
一段とカッコよかった。
車がするりと、テレビ局を出る。
「どこか寄るところとかある?」
翔くんは必ず聞いてくれることを、今日もやさしく言ってくれた。
「ううん。」
自分の手をじっと見ながら答える。
37 竹本 2008/02/26(Tue) 02:19
(ニノが言いたかったことは、きっと、
たとえば翔くんはやっぱり男の体ダメだったとか、
別に俺とは違ってエッチはあんまり積極的じゃないとか、
そういうことだったんだ。)
俺はずっと、ただ、翔くんも本当は俺とエッチはしたいけど、
何が踏み切れないことがあって、
それを俺が飛び越えてあげれば、
難なくエッチ出来ると思っていた。
この大雑把な俺がカレンダーで日にちを数えてしまうぐらいに空いた、
この3回目のエッチをすませれば、
そこからは普通に、難なく、
回数を重ねていけると思っていたんだ。
38 竹本 2008/02/26(Tue) 02:19
(でももしも、翔くんがやっぱり俺の体は嫌だったり、
別にエッチはしなくてもいいって考えだったりしたら、
俺のただの空回りで、この先エッチは出来ないかもしれないってこと?)
運転する翔くんは、穏やかな表情で、特に何も話しかけてはこない。
俺が何か考え事をしてたり、疲れていて話したくないときは、
すぐに察知してくれて、
こんな風に、のんびりきままにさせてくれるんだ。
ピアスが光っていてかっこいい。
横顔と、流れるネオンを見ていた。
39 竹本 2008/02/26(Tue) 02:19
もしかして、俺とのエッチは、
気持ちよくなかったのかな。
でも、翔くんもすごく嬉しそうだったし、幸せそうだったよ。
ニノに質問された時、「分かんない」と答えたのは、
それがあるからだった。
俺から全部仕掛けたけど、がっついたのは俺だけど、
翔くんもちゃんと俺を欲しがってくれた。
腰を引き寄せる力は強くて、わけも無く涙が溢れる気すらしたし、
俺が閉じてた眼を必死に開ければ、すごくやさしい顔で俺のこと見てるんだ。
(見せてやりたい。あの表情を見れば、エッチが嫌なのかななんて、
思う隙まもなくなっちまうよ、ほんとに)
でも、それならどうしてだろう。
わけが分からない。
40 竹本 2008/02/26(Tue) 02:19
「翔くん、」
呼ぶと、翔くんは笑った。
「何?」
甘い声だ。俺の好きな声。どうしたの、って、全身全霊で、俺に向いてくれてる声だ。
そのまままた黙ってしまう俺をちらりと見て、翔くんはくしゃっとした笑顔を見せた。
「今日、どうしたの智くん。ニノと呑んだの、結構長い時間だったの?」
また言葉につまってしまう。翔くんが聞いた質問にさえ、答えられない。
頭にぐるぐる回るキーワードが、思考を停止させてしまう。
翔くんはさっと左右を確認すると、車を道の側にとめてくれた。
ハザードをかちかちして、でも回りに車が思いのほか少ないのを見てか、
エンジンをかちりと落としてもくれた。
やさしいな、翔くんは。
いきなり夜中に電話かけてきて、仕事終わりで疲れてるのに
車で送ってくれて、
挙句、勝手に機嫌損ねてる俺にも、こんなにやさしいんだ。
41 竹本 2008/02/26(Tue) 02:20
「智くん、」
ガチャリ、とシートベルトを外して、翔くんに覆いかぶさってキスした。
大好きなコロンの匂い。しがみつくふれた感触は、スーツのそれ。
ネクタイがあったから、手探りでしがみついて、するすると首筋をなぞる。
挟み込むように唇をあわせて、少し、舌で舐めた。
とたん、胸を押し返される。
(・・・・・・翔くん、困ってるよ)
表情が、少し曇っていた。どうたんだろう、って顔をしている。
気持ちがゆるんでしまって、眼からぼろっと涙がこぼれたのが分かった。
翔くんは、あ、という口の形のままで、情けない顔になってしまった。
(こんな顔させたいんじゃないのにな、
もう一度、俺にめろめろだってあの顔、してほしいよ)
「どうしたの、」
心配だっていう気持ちを100%のせた声の色で、翔くんが聞いてくる。
俺は翔くんの眼から眼をそらせなくなって、
情けない声で、聞いてしまった。
今日はやめて、明日、ニノにもう一度、相談すればよかった。
今更遅い考えをめぐらせて、ふうと息を吸い込む。
ああ、きっと出す一声は、鼻声決定。
42 竹本 2008/02/26(Tue) 02:20
「翔くん、もう俺のこと抱きたくない?」
ものすごい、震えた、涙声だった。情けない。
しかも、声に出すと本当にそうじゃないかと思えてくる。
いや、違う。翔くんは俺とエッチしてるとき、
あんなにも満ち足りた顔をしてたじゃんか。
幸せそうだったよ。にこにこして、嬉しそうで、
俺の頬を何度も撫でて、髪の毛までドライヤーしてくれたじゃん。
そう考えていたのに、声に出したそれが、真実のように思えてくる。
(もしかしたら本当に、もう抱きたくはないのかもしれない)
43 竹本 2008/02/26(Tue) 02:20
翔くんは、びっくりした顔をしばらくして、
そして、眉をさげた、あの笑顔をした。
くしゃって笑って、そして俺の垂れ下がっていた腕をとって、
手をとって、指を絡めて、握ってくれる。
もう片方の手で、俺の涙を指先ですくってくれた。
「智くん、ごめんね。」
でも、笑顔なんだ、翔くん。すごく、俺のこと好きだって、
表情で語りかけてくれてるんだよ。
何年もずっと見てきたんだ。間違えるはずなんてないよ。
44 竹本 2008/02/26(Tue) 02:20
「不安にさせてたんだよね?違うんだよ。俺、智くんのこと抱きたいよ」
「いつだって抱きたいなって思ってるよ」
「でも智くん、1度目も2度目も、翌日はツラかったでしょう?」
「場所とか、スケジュールとか、そういうの気にしてたの」
「それに・・・前、俺が我慢できなくって、ここでしちゃったじゃない?」
「あの時、体、すっごく無理させちゃったよね」
「しかも俺、智くんがしてくれても、結局最後は、俺が・・・その・・・」
「俺が、智くんに、してるじゃない?あの後さ、もしかしたら・・・」
「その、言いにくいけど。智くんも、逆がいいっておもってたのかなって」
「だけど俺がつい夢中になっちゃって、気付いてあげられなかったかなって」
「そういうので、ちょっと・・・考えちゃってただけなんだ」
45 竹本 2008/02/26(Tue) 02:20
翔くんが俺の肩を引き寄せて、胸にぎゅっと抱えてくれた。
俺は翔くんの、きっと高いであろう高級スーツに頬を寄せて、
上から降ってくる甘い声を聞いていた。
その間も、握ってくれる手が、ゆっくりゆっくり強弱をつけて、
ゆるく力を加えてくれる。
泣いてしまって熱く重くなった瞼を半分閉じて、ゆったりした気持ちで聞いた。
翔くん。翔くん。ありがとう。俺、やっぱり大雑把だから、
翔くんのその気持ちは、想像出来なかったや。
ありがとう、翔くん。髪をすいてくれる手も、途方も無いほどに、やさしい。
それに翔くんも、我慢できなくなってたんだ。
つい、夢中になってたんだ。
俺もだよ、翔くん。
(伝えたいな、そういうの、全部)
46 竹本 2008/02/26(Tue) 02:21
それから翔くんは、俺の顔を引き寄せて、
涙の後を追うように、軽いキスをたくさんくれた。
ぼんやりしている俺に、ホテル行こうか、と笑ってもくれた。
嬉しくて、伸びをするように、唇にキスを仕掛けた。
ゆっくり舌をあわせて、じんとくる熱を温める。
首裏に添えられた手が、嬉しい。
名残惜しく離れた唇と、翔くんをぼんやりとした眼で見たら、
また、ゆっくり、笑ってくれるんだ。
こんな時に笑顔をくれる翔くんがすごく好きだ。
47 竹本 2008/02/26(Tue) 02:21
余韻を残したままぼんやりする俺を、笑って助手席に納めて、
一度翔くんが、シートベルトを外した。
なんだろうと思ってると、俺のところへかがんでくれて、
俺が外した俺のシートベルトを、翔くんがかちゃりとやってくれた。
運転席に体を戻す前に、またキス。にっこり微笑まれる。
(あーもう・・・なんかもう、好きにして、って、こんな気持ちかも)
最後にちょっと照れた表情まで浮かべると、翔くんもシートベルトをした。
エンジンがかかる。
時計の時刻をこっそり見た。0時前。
(俺らこれから、一緒にいれるんだ。明日の朝まで)
ゆっくりと車が動き出す。街は、真っ暗で、寒くて、
外灯が綺麗だった。
48 竹本 2008/02/26(Tue) 02:21
「・・・・・・ものすごいノロケだよね。俺ってすごい」
ニノは表情を変えずにばさりと言った。居心地の悪い俺は、
口をへの字にして帽子の上から頭をぼりぼりかく。
「だ、だから言ったじゃんか。きもちわりぃぞって」
「相談事の解決話を聞かないってのも、気持ち悪いもんですからね」
綺麗な色のオレンジジュースを飲み干して、ニノが立ち上がった。
「ま、これからも、仲良くやってくださいよ」
なんとひねくれた言い方だろうか。でも、その腰に手を回して、
ぎゅって軽く抱きしめてやると、やめろぉと笑顔になった。
「翔ちゃんに言ってやる!」
その無邪気な笑顔に、無言で笑顔をつくると、ニノは頭をぽんぽんと撫でてきた。
「よかったね、おじさん。」
今日はこれから5人で仕事だ。その仕事が終わったら、
今日も車で、送ってくれる予定なんだ。
回数を数えてしまうのは、もうここで、終わり。
49 竹本 2008/02/26(Tue) 02:24
・・・お疲れ様でした!!!
なんだかもう鉄板すぎる内容ですいません。
どこかとかぶっていたらどうしよう。
ですが、やまっこはこんなぐだぐだで
「勝手にやってろよもう、このバカップル!」ぐらいのゆるゆる感が
好きです。
あと、翔くんの、智さんに向ける
笑顔が、すごく好きです。
そんな妄想から生まれた短い話ですが、
読んでくださってありがとうございました!
一気に書いて一気に終えてしまってすいません。
楽しかったです。
智と翔ちゃん、大好き!いつまでも、嵐ののんびり夫婦でいてください。
50 名無しさん 2008/02/26(Tue) 02:26
面白かったです~!
しょうくんのさとしくんに見せる視線ほんといいですよね♪
やまっこだいすきです笑
51 名無しさん 2008/02/26(Tue) 09:39
わーー
わたしこういうテイストの翔智だいすきです!!
わたしも読んでて楽しかったです!
52 名無しさん 2008/02/26(Tue) 11:11
二人があまりにもかわいくて、切なくて、あったかくて
きゅんとしました…
素敵なお話、ありがとうございました。
53 名無しさん 2008/02/26(Tue) 14:20
あげ
54 名無しさん 2008/02/26(Tue) 16:39
>>1-10>>11-20>>21-30>>31-40>>41-50
55 名無しさん 2008/02/26(Tue) 21:41
あげあげあげ!!!
56 名無しさん 2008/02/26(Tue) 21:53
すごく素敵でした!!
あげますvV
57 名無しさん 2008/02/26(Tue) 22:37
面白かったです♪
58 竹本 2008/02/27(Wed) 23:52
コメントくださった、あげてくださった皆さん、
<50さん
<51さん
<52さん
<53さん
<54さん
<55さん
<56さん
<57さん
本当にありがとうございます!
一気に更新しお話する機会を挟めず、申し訳ないです。
ありがとうございました。
個展会見の2人の笑顔がすごく好きです。
翔くんも、自分の事のようにすっごく笑顔で、
智くんはちょーキラキラしてるし、最高でした。
至近距離でも、笑顔で笑いあえる、自然体な山っこが大好きだ!
そんなわけで今回は、その題名にもある「3回目」を
ちょっとお話にしてみます。
イコール、3回目のエッチの話ですが、
ゆるーくぬるくが好きですのて、期待値ゼロで、おまけとしてどうぞ。
微妙にぐだぐだですが(苦笑)
59 竹本 2008/02/27(Wed) 23:53
とん、という、厚みのある音がして、ドアが閉まると、
翔くんは俺の帽子をそっと外して、前髪に顔をうめた。
あまり差はないけれど、翔くんのほうが少し背が高いので、
見上げて、やさしい眼を見つめる。
「智くん、眼、潤んだままだね」
泣いてしまった瞼は重くて、少しぼんやりしている。
こぼれてない涙にふれるように、目じりに指先が置かれた。
何も言わず、ただじっと見つめていた。
60 竹本 2008/02/27(Wed) 23:53
(翔くんの眼かわいい・・・)
もう何度も何度も繰り返した感想を思い浮かべて目を閉じた。
暖かな唇は、ただちゅっと軽くふれて、
体温を与え合うように頬に手のひらが置かれる。
所在無い両手をそっと翔くんの腰に回した。
硬いベルトの感触がする。
61 竹本 2008/02/27(Wed) 23:54
スイッチって何処にあるんだろう?
俺が翔くんに、そういう意味で行為を抱いたその分岐点は?
うわべだけそういう事を考えながら、
自分の中でかちっとONになった衝動のまま、
少し性急に手探りでベルトを外そうとガチャガチャ鳴らした。
だけどそれは、翔くんが俺の腰に手を当ててしっかり引き寄せてくれたので、
体が近くなって出来なくなった。
体勢が少しぐらついても、そのまま体重を受け止めてくれて、
舌がすっと入り込んでくる。
2人の温度が上がった瞬間。ここまできたら、あとはもう、そのまま、だ。
62 竹本 2008/02/27(Wed) 23:54
キスが長くてうれしくなる。ただ単純に気持ちがいい。
温かくて、やわらかな舌の、ゆっくりざらり、とした質感。
(あー、きもち・・・)耳の後ろにある翔くんの指が、時々髪をすいた。
必死にキスを受け止めて、自分もこたえていたけど、
じゅ、と吸われて思わず膝が抜けた。
あ、やばい俺、もうめろめろじゃんか。
上手く力が入らない体を、翔くんがぐっと支えてくれて、
なんとか立っている状態。
「智くん、」
少し離れたままの距離での、翔くんの声。甘い、とけそう。
気持ちがいい。
またふれてほしくて、上がらない手を必死に首に回して、
両方でぐっと引き寄せた。
「ね、さとしく、」
その呼びかけを飲み込むようにキスをする。翔くんは俺が引き寄せたから、
少し前かがみのようになってしまって、
俺の膝はとうとうカーペットにすとんと落ちた。
63 竹本 2008/02/27(Wed) 23:54
「ベッドいこうか・・・歩ける?」
(もう歩けない、)
何もいらない、今はベッドもいらない。
その声もすごく聴いていたいけど、
それよりももっともっとキスして欲しくて、
もっとぐっと引き寄せて、翔くんの体も下げようと体重をかけた。
「ん・・・ん、」
(あ、その声もすごく好きだ)
俺から仕掛けるキスに、翔くんが少し声を漏らした。
腰に回った手に、ぐっと力が入る。
「・・・ね、ベッドいこう」
少しだけ引いて、その隙間から翔くんが、なだめるように言う。
すごく甘くて、やさしい声だった。いいよ、そんなの、
俺、今すぐ翔くんが欲しい。
「いらない、」
眼をつぶったまま答えた。え、って、小さく驚く声がする。
恥ずかしいよな。俺ってほんと、がっつきすぎ。
でもこの熱を冷まさずに全部あげたい、翔くんに。
だから翔くんもそのままで、ここでいいよ。
「ここでいい、」
そのまま小さく言って、閉じていた眼を開けた。
64 竹本 2008/02/27(Wed) 23:55
「ん、っ・・・」
今の顔、もう一度見たい。でも覆いかぶさってきた重さとキスに、
眼を開けていられなくなった。
なんて顔をするんだろう。少しゆがんだ、眉間のしわも、
ばかだなぁって意味を含めた、少し笑ってた口元も、
自分の涙腺のせいで少しぼやけていたけど、すごくかわいかった。
頭の後ろに広げられた翔くんの手があって、
支えながら押し倒された床にも、衝撃は少なかったし、
やわらかなベージュのカーペットは、
さすが翔くんがセレクトしてくれたホテルだけあって、
清潔で真っ直ぐ平らにしかれている。
一度ゆっくり舌を撫でると、翔くんの唇は頬にうつって、
目元にキス、
そのまま右の耳にくると、何度も何度もキスをされた。
熱くなった息と、服を脱がせてくる手が少しだけ荒々しくて、
たまらない気持ちになった。
首をひねって耳から遠ざけても、鼻先から擦り寄って追いかけてくる。
「・・・手、あげて」
「あ、」
(あーもう、好きにしてほしいって、こういう気持ちだきっと、)
ただ耳に直接響く声で、腰からとけてしまう。
眼と閉じたまま声が漏れて、ろくに動けない俺の手を、
翔くんの熱い手のひらが誘導した。
65 竹本 2008/02/27(Wed) 23:55
翔くんは厚いダウンジャケットを脱がせただけで、
薄いTシャツの裾を捲し上げて、そこに顔を寄せている。
暖房は初めから入ってるみたいで寒くはないけど、
きっとベッドじゃないことを気にしているんだろう。
(こんなところまでほんとちゃんとしてる・・・)
「翔くん、」
なっさけない声で呼んだら、ばさり、と大げさな音がして、
ちらりとあけた視界の先に、固まりのスーツのジャケット。
「智くん、寒い?」
顔を近づけて聞いてくる翔くんの、首に腕を絡めて引き寄せた。
そのまま腕に収まってる翔くん。
その翔くんの手が、やっと自分のものにふれる。
ここでもすべて取り払わず、ズボンも下着も膝まで下ろした状態で、
翔くんはだんだん下に下がっていった。
66 竹本 2008/02/27(Wed) 23:55
最初っから、俺は翔くんには、
抱かれるのだろうなと思っていた。
漠然と、そりゃそういう意味で好きなのだから、
両思いと気付く前から想像したりしていたけれど、
さわりたいという気持ちもあり、しかしさわってもらいたい気持ちもあり。
そんな想像の中で、翔くんはあのいつもの笑顔で、
俺にキスして、ゆっくりリードしてくれていたのだ。
多分自分が、そういう仕組みとか男同士だとどこを使うとか、
そういうのに一切抵抗も危機感も未知の世界だという気持ちもなく、
興味という一定の熱量で受け取れたからかなぁと思う。
67 竹本 2008/02/27(Wed) 23:56
(ああでもこの瞬間はなんか慣れないわ・・・)
翔くんの顔はもう俺のそこにまでいっていて、
右手ではチューブから出したものをゆっくり体温まで暖め、
左手ではゆっくりゆるやかな刺激を、俺に与えてくれている。
この音がまた、なんとも、ねぇ。すごいんだこれが。
俺は翔くんの表情を覗き込む余裕も全然無く、
その音にうわーうわーと思いながら、
ゆるやかな刺激を受けている。
翔くんが体を起こして、俺の顔を覗き込んできた。
俺は少し収まった刺激にほっとして、
あがってきてくれた翔くんの顔を見る。
ネクタイを外してはいるけど、シャツは第二ボタンまで外しただけの、
少し髪が乱れた翔くんがいた。
俺が掴んだりしちゃうから、いつもボロボロだよね。ごめんね。
でもこの笑顔は反則なんだよな。にこって、笑って、頬に頬をよせて。
68 竹本 2008/02/27(Wed) 23:58
「いれるよ、」
ゆっくり、翔くんがほぐしていく。
その時絶対翔くんは、ていうかまだ3回目だけど、
この3回とも絶対に、じっと俺の表情を観察してるんだ。
俺は最初は眼をしっかり開けて、中で動いている指の感覚に
表情を動かさないように集中しているんだけど、
もうそんなのすぐに出来なくなって、
眼をぎゅっと瞑ったり、
手を翔くんの肩でがちがちに固めたり、
ヘンなところにかすったら、あ、とか声まで出してしまう。
別に我慢することじゃないからとも思うけど、
その時の翔くんの表情がまた、真剣で、
でもだんだん眼がとろけてきて、
もー可愛くて仕方のない表情になっちゃうのです。
もう、「夢中です」って表情をしてくれてる。
俺が眉間にしわをよせると、痛い?って小声で耳につぶやいたり、
擦れた気持ちよさにぎくって眼を開けたら、
微笑んで唇にちゅって軽くキス。
もう、とにかく、
俺の一瞬ぜんぶに夢中なの。
69 竹本 2008/02/27(Wed) 23:58
だから俺もそんな翔くんの表情にも夢中になるし、嬉しいし、
しかし指は絶えず刺激してくるしで、
声を抑えるっていうものへの集中力は、ちって無くなってしまうのです。
「智くん、寒くない?」
「あっ・・・う、ん、・・・あ、あ、」
翔くんの何度目かの問いかけにも、頷くぐらいしか出来ない。
でも翔くんは嬉しそうに笑って、またキスをしてくれた。
「ふ、」
キスの最中に指を抜かれて、漏れた吐息も飲み込まれる。
70 竹本 2008/02/27(Wed) 23:58
俺はエッチのときは大概、眼をつぶってる事が多いけど、
この瞬間だけは、必死に必死に、閉じてしまいそうな眼を細めてでも、
翔くんの表情を盗み見している。
自分の中に入ってくるそれの熱さや、固さや、まだまだ感じる違和感や、
そういうのでごっちゃになって一杯一杯になるんだけど、
その時の翔くんの表情は、とてもとても色っぽいんだ。
俺の顔の横に支える腕を置いて、
ゆっくり、慎重に、中にはいってくる。
眼をつぶって、眉間にせつないしわがよって、
息をそっと吐いているんだ、翔くん。
俺も結構ひどいぐちゃぐちゃな表情していると思うんだけど、
こんな表情、きっと誰にでもは見せないだろうっていう、
すごくきもちいいよって表情で、俺の中に入ってくる。
その額にちらばった光る汗まで、
全部俺のものにしたい。
湿った細い髪の毛一本から、
きっと引き締まっているだろう小さいお尻のラインも、
全部俺のだ。俺のもんだよ。
71 竹本 2008/02/27(Wed) 23:59
「はっ・・・」
吐息を感じて、翔くん、と小さく名前を呼ぶと、
翔くんはかがんで耳元によって、うん、と返事をしてくれた。
「智くん、キツくない?寒い?大丈夫?」
ちゅっと軽くキスをしてくれながら、翔くんが聞いてくる。
うん、うん、と、頷くしか出来なかったけど、
合わせた眼をそらさずそうすると、にっこり笑って、前髪をすいてくれた。
ゆっくり、翔くんが動いて。
俺はその感覚に取り込まれて、
また必死に翔くんの肩にしがみついた。
なんなんだろう、この感覚。
いきてきた中で体験したことのない、3回目のその感覚を、
必死に受け止めるだけで、小さい声ばかりがあがる。
翔くんの顔が俺の右の耳そばにすぐあるから、
翔くんの漏らす息が荒くて、嬉しくなって、
首にすりつくように体を密着させた。
「智くん、」
わけも無く呼ばれる名前が、嬉しい。
「あ、うん、・・・っ、しょう、くん、」
途切れ途切れでもそう呼び返すと、
顔を覗き込まれて、唇にキスがふった。
72 竹本 2008/02/27(Wed) 23:59
翌朝起きると、翔くんは側にいなくて、
部屋は明るい光で満たされていた。
側にはジャケットや鞄もあったけど、
翔くんがいる気配は部屋中にあったので、
時刻をわざわざベッドから離れてまで確認することもないかぁ、と
また体の向きを変えただけで寝ようとした。
かたん、と音がなって、足音がする。
その音は近づいてきて、そのまま俺を覗き込んだ。
73 竹本 2008/02/27(Wed) 23:59
「あ、起きた?」
おはよう、と。
むくんでるけど、テレビにはまだどどんと出せない顔だけど、
翔くんが笑顔で問いかける。
そのベッドサイドで揺れる大好きな手をとって、
ぎゅっと握ると、くしゃっとした笑顔でベッドに腰掛けた。
「今日は午後から、ゆっくりだね」
頬を撫でる手に、また眠気が襲ってくる。
ぐいっと引き寄せると、あははという笑い声と一緒に、
ぎゅっと抱きしめてくれた。
「もう少し眠れるよ、」
やさしい声。
ちゅっと左耳に、ひとつキスをもらった。
「は?懇親会?」
相葉は瞬きした。目の前の二宮理事長の顔を見つめ返す。
「そうだ。教育委員会の池神さんが定例で開いている。今回の出席者を君にお願いしたいと、向こうからたっての頼みでな」
「一体、どうして……」
「何でも、先日の研究授業、なかなか良かったらしいじゃないか」
「あ、ああ」
言われて思い出した。
ITを効果的に使った授業ということで、一応あれこれ用意はしたが、ひょいと覗き込んだ二宮が「このままじゃ皆寝ちゃうよ」と苦笑しながら助言をくれて、結果的にはそれが評価された形となり、研究発表まで持っていくことができた。
もちろん、最終チェックも二宮がざっと目を通してくれてのもの、情けないと思う反面、確かに二宮の指摘は的確で、自分一人で組んだ部分がかなり危うかったのが理解できた。
「何でも、それを出席者から聞かれたらしい。是非、君と話してみたいとおっしゃられてな」
「はい」
「池神さんは教育界に顔が広い。できれば学園としても親交を深めたかったから有り難い、是非出席してほしい」
「わかりました、それで……あの」
「うん?なんだ、何か用でもあるのか?確かに一泊だから授業に差し障りもあって心配だろうが」
「いえ、あの、その懇親会には生徒……や父兄の参加は」
「いや、教員だけだ」
「そうですか」
相葉はほっと息を吐いた。
「わかりました。出席させて頂きます」
「よろしく頼むよ」
少しの間だが、二宮の目から離れられる、そう思って相葉は気持ちが浮き立つのを感じた。
池神が準備していたのは街から少し離れた料亭だった。
もともとは近くにある海の絶景を楽しむための宿泊施設で、それでも最近はこんなひなびた光景を楽しむ旅行客も少なく、代わりに各種のイベントや研修会に大広間を貸すことで経営が成り立っているらしい。
「よし」
割り当てられた部屋からは切り立った崖と白い波頭を砕けさせる海が見える。ゆったりとした波音が部屋まで響き、今夜一晩ここで眠れるのかと思うと、それだけで気持ちが安らいだ。
懇親会も順調に済み、これからもよりよい授業を期待していますよ、と池神に言われて嬉しかった。ここしばらくずっと教師らしいことができていなかったのが、少し自分を取り戻したような気がする。
風呂も済ませたし、後は眠るだけだなとカーテンを締め、浴衣の前を合わせたときに、引き戸がほとほとと鳴った。
「はい?」
「相葉君、まだ起きているかね」
「池神さん?」
一瞬二宮がここまでやってきたのかと緊張したが、響いた穏やかな声に安堵する。
「はい」
「済まないが、さっき懇親会で頼もうと思っていたのだが」
引き戸を開けると、池神もまた浴衣に薄い半天を羽織っていた。
「何でしょう」
「次の研究発表にも、君の研究授業を報告してくれないか」
「僕の、ですか………あ、どうぞ」
「すまない」
はたと気づいて室内へ招き入れた。研究授業の発表は一学校一ケースと決まっている。次回は大野の授業が予定されていたはずだ。
「しかし、大野先生が」
「いや、大野君にはきちんとしてもらおう、その上で君にも……何だか喉が乾いたな」
「あ、お茶を入れます」
部屋にあったポットで茶を入れた。特別扱いされる、それほどに評価されているのだと思って興奮してきて、自分にも茶を入れた。
「それであの……ああ、もう一度資料を見せてもらえるかね」
「はい」
池神の促しに部屋の隅の鞄を開いた。懇親会で見せた資料と、今後予定している資料を出し、少し悩む。新しい資料はまだ二宮が目を通していない。ひょっとすると、相葉が気づかない大きなミスがあるかもしれない。不安になってそちらを片付け、既に見せた資料だけ持ってテーブルに戻った。
「これです」
「うむ」
差し出した資料を池神が丹念に捲り始める。目の前で検分されるのは緊張するもので、温くなった茶を一気に飲み干した。
「なるほど、ところで」
ちら、と池神が目を上げた。
「君は敏感な方かね」
「……は?」
何が問われたのかわからずに瞬きする。
「すみません、何のこと……っ」
何のことでしょう、そう言いかけた舌がもつれて、視界が揺らいだ。正座していた脚がぐにゃりと弛んでずるずる崩れそうになる。咄嗟にテーブルに手をついて堪えようとすると、その手をいきなり払われた。どさりと畳の上に転がってしまい、手をついて起き上がろうにも体に力が入らない。
「っ??」
「ふうむ、やっぱり敏感な方か、いや、そういう感じはしたが、用心のために多めには入れたんだ」
「な…に……っあ」
ぐい、といきなり浴衣の襟を抜かれた。剥き出しになった肩をゆっくりと撫で回される。
「あ……あっ…??」
ぞくりと鳥肌が立つような感覚が広がって相葉は混乱した。後ろへ回された手を引き抜かれた浴衣の紐で縛られる。そのままごろりと仰向けに転がされて、はだけられた胸に池神が口を落としてきた。
「あ、あ……うっ」
「ああ、やっぱり敏感だな」
「う、くぅっ」
きり、と強く乳首を噛まれて跳ね上がる。そんな動きはできるのに、自分の意志で指さえ動かせず、しばらく好き放題に胸を齧られ吸いつかれた。腰の奥に覚えのある感覚が溜まり始める。切なく喘ぐ口から唾液がこぼれる。
「い……いけ……が、み……さ……っああっ!」
いつの間にか晒されていた股間を強く揉みしだかれて、相葉は悲鳴を上げた。ぴりぴりと尖っていた神経をそのまま擦られるような、痛みに近い快感にきつく閉じた目から涙が吹き零れる。
「や……あ、あ、ああっ……っ」
「いい声をあげるんだな、君」
「ひ…いうっ」
ずぶりと後ろに指が深く入り込み、相葉は首を振った。うねりながら進む指が次第に弱いところに近付いてくる。
二宮が何度も嬲って開発した、狂うような快感の場所へ。
「や……っい、…いや……あっ」
「なんだ、そうか、このあたりが弱いのか、君」
「あっ、あっ、あっ……っっぁああっ!」
ぐい、と曲げられた指でまともにそこを擦られた。膨れ上がる股間が全てを教えて、池神がにまりと笑いながら指を引き抜く。
「あうっ」
「待ってろよ、今、もっといいものをやる」
「ひ……」
背後に押し当てられたものは太く熱く固い感触、それが何かを察して相葉は掠れた声を上げてずり上がった。だが、その腰を池神の手が引き降ろす。
「う、くぅううっ」
「そんなきつく締めるな、初めてじゃないだろう」
「う……うっ」
初めてじゃない?誰がそんなことを。
閃光のように二宮が浮かんだ。こんなことまでするのか、そう思った瞬間に、
「大野くんが何度も抱かれてるらしいと」
「え……う、あああっ!」
大野先生が?
呆気に取られた一瞬に、ぐ、と尖った杭のようなものを無理矢理後ろにねじ込まれて仰け反った。きつく締めあげる入り口をこじ開けるように容赦なく池神のものが突き刺さってくる。
「すこし……我慢……したまえ………もうすぐ………君のいいところへ……」
「…………っっっ」
ことばにならない声が弾けて意識が遠ざかる。気を失いかけたのを引き裂かれていく下半身から走り上がる激痛が引き止める。ぬらぬらした感触が後ろから背中へ伝い落ちていく。ぐいぐいと押し込まれてくるものが容赦なく奥へと進み、吐き気が込み上げてくる。
「う、うぐ…っ」
「んっ……えらくきついな……こら……もっと力を抜け」
「ぐ、ぶっ……」
抱え上げられた腰を深く引き込まれ、どすり、と深いところを穿たれた。腹から競り上がったものが胸を押し上げる。
感覚が一点に集まって血の気が引いた。見開いた視界が霞み意識が揺らぐ。
「こっちじゃだめか…」
「ぐぅ!」
ぐさりと押し込まれたかと思うと一気に引かれ、相葉は跳ね上がった。喉を塞いだ塊を、裏返された体が俯いたのをきっかけに一気に吐き戻す。
「げ、ええっ」
「うわっ、何だ、お前っ」
背中で焦った声が響いて突き飛ばされた。もう一度入り込もうとしていた楔がうろたえたように引き抜かれる。吐いた汚物の中へ崩れ込むのをかろうじて避けた、それがもう限界で激しく畳に叩きつけられ、衝撃に目を閉じたそのとたん、背後で冷え冷えとした声が響いた。
「何をされているのか、お聞きしたいところですね、池神さん」
「な、なんだっ、お前っ、何をしてるっっ!」
「何を?」
低い笑いが響いた。
「携帯で画像送ってますけど。僕のパソコンが楽しんで食ってますよ、おいしいネタだって」
「ひ」
「凄いかっこですね。血まみれで垂れ下がってるもの、始末してもらえませんか。それとも、顔の表情まで細かく映されるの、待ってます?」
「ばっ、馬鹿なっ」
「明日朝一番で教育委員会はとんでもない報告を受け取って大騒ぎですねえ。何せ、懇親会と称して男性教師を暴行しまくっていた男のリアル映像ですもん。法律的には裁けなくても」
くすくすと楽しげな笑いが響いた。
「あなたはもう終わりですよ、池神さん。御自宅にもパソコンお持ちでしたし」
「何っ」
「早く戻られた方がいい。奥様……いや、娘さん、中学生でしたよね?厳格で融通のきかない父親の思いっきり乱れた姿を見て自殺されると、僕も寝覚めが悪いです」
「う、ああああっ!」
吠えるような声を上げて池神が走り出ていく。
「ああ……奥様と娘さんのパソコンとも見た方がいいですよ………でも」
暗い笑いを響かせる。
「家族が何をしてるかなんて………御存じないか、あなたは」
パニックになってる池神には聞こえないだろう、静かな声でつぶやいた相手は、ぱたりと引き戸を閉めると急ぎ足に近寄ってきた。
「相葉先生?相葉さん?」
「に……の………」
ふわりと下半身が覆われた感触、腕の戒めを解かれ、そのままゆっくりと上半身を起こされて思わぬ優しさで抱き締められた。
「大丈夫?」
「……はな…れて………」
「え?」
「よご…れる……」
「……馬鹿」
汚れた口元を拭われると浴衣で包み込むように抱き上げられた。
「っ、い……たっ……ぃ」
「うん、ちゃんとしてあげるから、少し我慢して」
我慢、のことばに池神の声が重なってぞくぞくする。それを察したように、震え出した体を二宮が深く抱き込んで部屋を連れ出してくれた。
途中仲居を呼び止めて部屋の始末を頼み、そのまま二宮は相葉を風呂場に運んだ。
「気分は?吐きそう?」
黙ってのろのろと首を振る。全身けだるくて力が入らない。
「僕が洗ってあげるから、先生は動かないで」
「……ごけ……ない」
「え?」
「……薬……使われ……」
「……そう」
二宮の声がなお冷えた。
「そんなこと、してくれたんですか。じゃあ手加減しなくていいな」
血と汚物でどろどろの浴衣を脱がせて、湯をかけ、石鹸を泡立て静かに全身洗ってくれる。くたりとした股間も、ささくれたようにずたずたになっている後ろもタオルを使わず掌で撫でるように。それを拒む気力も、それどころか痛がることさえできなくて、目を閉じたまま相葉は二宮の手に自分を委ねた。
「大丈夫?」
「うん……」
「じゃあ、戻るよ」
一通り洗い終えると濡れた髪を軽く拭いて、二宮は相葉をバスタオルに包んだ。そのまままた抱き上げて部屋に戻ろうとするのに、思わず目を見開く。
「や……だ」
「え?」
「あの…部屋……は」
また吐き気が込み上げそうになった。血の気が引いて体が勝手に震える。きゅ、と二宮が落ち着かせるように抱き締めた。
「大丈夫、僕も部屋を取ってるから、そっちで休みましょう」
「なんで……お前が……?」
「そりゃ、決まってるでしょう、学校を離れたら無事だなんて思ってるあなたを、今夜こそ抱こうと思って。けど……」
二宮がふいに口をつぐんだ。
「……こんなことなら、もっと早く抱いとくんだった」
その口調に初めて聞くような苛立つ熱を感じ取って驚いた。
見上げる相葉を静かに見返す二宮の顔は厳しい。いつも好き勝手に相葉を嬲る悪戯っぽい色は見えず、ただ怒りが見える、暗く淀む真っ黒な怒りが。
「怒って……るの…」
「自分の愚かさにね。ああ、ちょっと先生、僕の首に抱きついて。鍵出さなくちゃ」
「ん……」
かろうじて首に腕を絡める。部屋の鍵を開ける十数秒に残った体力を使い果たして、布団に下ろされたときはもう今にも眠り込みそうだった。
「少し待っててね?」
「うん…」
部屋を出て行く二宮をぼんやりと眺める。二宮こそ、いつもは相葉をいたぶり泣かせている本人なのに、どうして今はこんなに安心してしまうのか。
うとうとしていると、その間に寝かされたまま体を拭かれ、新しい浴衣に着替えさせられた。やがて、二宮の指がそっと膝を掴んで立てさせる。
瞬きして戸惑っていると、そのまま膝を開かれて一気に目が覚めた。
「に……にのっ……っ」
全身に鳥肌が立った。寒さではなく恐怖から、また加えられるかもしれない痛みに体が先に反応する。
「……大丈夫。さすがの僕も今の先生をどうこうって気はないよ。けど、後ろはね、ちゃんとしとかなくちゃ、後が辛い」
「い……や………っ」
何か濡れたものを乗せた二宮の指が当たっただけで、悲鳴を上げてしまった。無意識にずり上がり、潤んだ視界に喘ぎながら首を振る。
「先生」
「や……だ……っ……も……やだ……っう」
ひくひく震えた体に視界がくらんで、また胃の中のものを吐き出しそうになった。
「たす…けて……っ……も……ゆるして……っ」
「あのクソ野郎」
「……んっ」
ぼそりとつぶやいた二宮が次の一瞬口を重ねてくる。無理に舌を押し込んでこず、なだめるように何度も唇を啄んだ。望んではいなかったが慣れた手順に体が緩む。緊張がほぐれていくのを確認したように、二宮がそっと萎れたものを掬い上げた。
「ん……んっ……んっ」
柔らかく包まれ指先で微かな刺激が加えられる。虚ろになっていた感覚が少しずつ、その動きに集中してくる。
「ん…んんっ………んぅっ………んっ、んんん」
口を塞がれたままのせいか、快感を捉え出してからはみるみる煽られていった。いつもなら焦らされるようなところも、今はただ感じさせることだけを目的にしているように一気に扱かれ追い上げられる。
「ん、んぁっ、あっ、あ………ああっっ!」
とっさにタオルで包まれた中に吹き上げて、息を整える間もなく僅かに開いた後ろに指を入れられた。
「あ……あうっ」
「じっとしてて。薬塗るだけだから。すぐ終わるから」
「は、うっ、う、うううっ」
入っているのは二宮の指で、それはねっとりと冷えたものを絡めていて、探るように内側を撫でていく。さっきの池神とは全く違う感触、けれど、力まかせではないのに容赦がないのは同じ、そう思い出してまたも込み上げてきそうになったものに目を閉じた瞬間、
「っ、あああああっ」
ぐるり、と回った指が弱い部分を擦った。まだ冷えた感触があるままに塗りこめられる薬が絡む、その皮一枚遠い感覚が繰り返しそこを撫で回す。
さっきは傷めつけられただけで、気持ちいいところはまともに触れてもらえなかった。けれど今、二宮が微かに柔らかく刺激し続けるのは、そのいいところばっかりで。頼りない感触だけに感覚が尖ってどんどん勝手に煽られていく。
「い……っあ……あっ、あっ」
「先生、気持ちよさそうだけど?」
「ふ、うっ、くっ、くふっ、う、うあああっ」
声を噛み殺そうとしたとたんに、もっと深くを嬲られて仰け反る。股間のものがそそりたってタオルを押し上げつつとろとろ零し続けているのに気づいて頭が過熱した。
「に……にのみ……っ」
「そんないい声聞かせたの」
「ち…が…っ」
「そうだよね、先生を気持ちよくさせられるのは僕だけだよね………言って?気持ちいいでしょ?」
「うっ、うっ、うっ」
涙が溢れる視界を必死に見開いた。二宮が優しく微笑んでいる。その顔にふいに強烈な安堵を感じて相葉は高い声を放った。
「い……いい……いいっ……二宮………にの……みっ!」
「先、生っ……」
相葉を抱えていた二宮が低い声で呻いて、噛みつくように口づけてくる、その腕で仰け反りながら相葉は、暗く甘い二宮の黒に染まる自分を感じ取った。
相葉は瞬きした。目の前の二宮理事長の顔を見つめ返す。
「そうだ。教育委員会の池神さんが定例で開いている。今回の出席者を君にお願いしたいと、向こうからたっての頼みでな」
「一体、どうして……」
「何でも、先日の研究授業、なかなか良かったらしいじゃないか」
「あ、ああ」
言われて思い出した。
ITを効果的に使った授業ということで、一応あれこれ用意はしたが、ひょいと覗き込んだ二宮が「このままじゃ皆寝ちゃうよ」と苦笑しながら助言をくれて、結果的にはそれが評価された形となり、研究発表まで持っていくことができた。
もちろん、最終チェックも二宮がざっと目を通してくれてのもの、情けないと思う反面、確かに二宮の指摘は的確で、自分一人で組んだ部分がかなり危うかったのが理解できた。
「何でも、それを出席者から聞かれたらしい。是非、君と話してみたいとおっしゃられてな」
「はい」
「池神さんは教育界に顔が広い。できれば学園としても親交を深めたかったから有り難い、是非出席してほしい」
「わかりました、それで……あの」
「うん?なんだ、何か用でもあるのか?確かに一泊だから授業に差し障りもあって心配だろうが」
「いえ、あの、その懇親会には生徒……や父兄の参加は」
「いや、教員だけだ」
「そうですか」
相葉はほっと息を吐いた。
「わかりました。出席させて頂きます」
「よろしく頼むよ」
少しの間だが、二宮の目から離れられる、そう思って相葉は気持ちが浮き立つのを感じた。
池神が準備していたのは街から少し離れた料亭だった。
もともとは近くにある海の絶景を楽しむための宿泊施設で、それでも最近はこんなひなびた光景を楽しむ旅行客も少なく、代わりに各種のイベントや研修会に大広間を貸すことで経営が成り立っているらしい。
「よし」
割り当てられた部屋からは切り立った崖と白い波頭を砕けさせる海が見える。ゆったりとした波音が部屋まで響き、今夜一晩ここで眠れるのかと思うと、それだけで気持ちが安らいだ。
懇親会も順調に済み、これからもよりよい授業を期待していますよ、と池神に言われて嬉しかった。ここしばらくずっと教師らしいことができていなかったのが、少し自分を取り戻したような気がする。
風呂も済ませたし、後は眠るだけだなとカーテンを締め、浴衣の前を合わせたときに、引き戸がほとほとと鳴った。
「はい?」
「相葉君、まだ起きているかね」
「池神さん?」
一瞬二宮がここまでやってきたのかと緊張したが、響いた穏やかな声に安堵する。
「はい」
「済まないが、さっき懇親会で頼もうと思っていたのだが」
引き戸を開けると、池神もまた浴衣に薄い半天を羽織っていた。
「何でしょう」
「次の研究発表にも、君の研究授業を報告してくれないか」
「僕の、ですか………あ、どうぞ」
「すまない」
はたと気づいて室内へ招き入れた。研究授業の発表は一学校一ケースと決まっている。次回は大野の授業が予定されていたはずだ。
「しかし、大野先生が」
「いや、大野君にはきちんとしてもらおう、その上で君にも……何だか喉が乾いたな」
「あ、お茶を入れます」
部屋にあったポットで茶を入れた。特別扱いされる、それほどに評価されているのだと思って興奮してきて、自分にも茶を入れた。
「それであの……ああ、もう一度資料を見せてもらえるかね」
「はい」
池神の促しに部屋の隅の鞄を開いた。懇親会で見せた資料と、今後予定している資料を出し、少し悩む。新しい資料はまだ二宮が目を通していない。ひょっとすると、相葉が気づかない大きなミスがあるかもしれない。不安になってそちらを片付け、既に見せた資料だけ持ってテーブルに戻った。
「これです」
「うむ」
差し出した資料を池神が丹念に捲り始める。目の前で検分されるのは緊張するもので、温くなった茶を一気に飲み干した。
「なるほど、ところで」
ちら、と池神が目を上げた。
「君は敏感な方かね」
「……は?」
何が問われたのかわからずに瞬きする。
「すみません、何のこと……っ」
何のことでしょう、そう言いかけた舌がもつれて、視界が揺らいだ。正座していた脚がぐにゃりと弛んでずるずる崩れそうになる。咄嗟にテーブルに手をついて堪えようとすると、その手をいきなり払われた。どさりと畳の上に転がってしまい、手をついて起き上がろうにも体に力が入らない。
「っ??」
「ふうむ、やっぱり敏感な方か、いや、そういう感じはしたが、用心のために多めには入れたんだ」
「な…に……っあ」
ぐい、といきなり浴衣の襟を抜かれた。剥き出しになった肩をゆっくりと撫で回される。
「あ……あっ…??」
ぞくりと鳥肌が立つような感覚が広がって相葉は混乱した。後ろへ回された手を引き抜かれた浴衣の紐で縛られる。そのままごろりと仰向けに転がされて、はだけられた胸に池神が口を落としてきた。
「あ、あ……うっ」
「ああ、やっぱり敏感だな」
「う、くぅっ」
きり、と強く乳首を噛まれて跳ね上がる。そんな動きはできるのに、自分の意志で指さえ動かせず、しばらく好き放題に胸を齧られ吸いつかれた。腰の奥に覚えのある感覚が溜まり始める。切なく喘ぐ口から唾液がこぼれる。
「い……いけ……が、み……さ……っああっ!」
いつの間にか晒されていた股間を強く揉みしだかれて、相葉は悲鳴を上げた。ぴりぴりと尖っていた神経をそのまま擦られるような、痛みに近い快感にきつく閉じた目から涙が吹き零れる。
「や……あ、あ、ああっ……っ」
「いい声をあげるんだな、君」
「ひ…いうっ」
ずぶりと後ろに指が深く入り込み、相葉は首を振った。うねりながら進む指が次第に弱いところに近付いてくる。
二宮が何度も嬲って開発した、狂うような快感の場所へ。
「や……っい、…いや……あっ」
「なんだ、そうか、このあたりが弱いのか、君」
「あっ、あっ、あっ……っっぁああっ!」
ぐい、と曲げられた指でまともにそこを擦られた。膨れ上がる股間が全てを教えて、池神がにまりと笑いながら指を引き抜く。
「あうっ」
「待ってろよ、今、もっといいものをやる」
「ひ……」
背後に押し当てられたものは太く熱く固い感触、それが何かを察して相葉は掠れた声を上げてずり上がった。だが、その腰を池神の手が引き降ろす。
「う、くぅううっ」
「そんなきつく締めるな、初めてじゃないだろう」
「う……うっ」
初めてじゃない?誰がそんなことを。
閃光のように二宮が浮かんだ。こんなことまでするのか、そう思った瞬間に、
「大野くんが何度も抱かれてるらしいと」
「え……う、あああっ!」
大野先生が?
呆気に取られた一瞬に、ぐ、と尖った杭のようなものを無理矢理後ろにねじ込まれて仰け反った。きつく締めあげる入り口をこじ開けるように容赦なく池神のものが突き刺さってくる。
「すこし……我慢……したまえ………もうすぐ………君のいいところへ……」
「…………っっっ」
ことばにならない声が弾けて意識が遠ざかる。気を失いかけたのを引き裂かれていく下半身から走り上がる激痛が引き止める。ぬらぬらした感触が後ろから背中へ伝い落ちていく。ぐいぐいと押し込まれてくるものが容赦なく奥へと進み、吐き気が込み上げてくる。
「う、うぐ…っ」
「んっ……えらくきついな……こら……もっと力を抜け」
「ぐ、ぶっ……」
抱え上げられた腰を深く引き込まれ、どすり、と深いところを穿たれた。腹から競り上がったものが胸を押し上げる。
感覚が一点に集まって血の気が引いた。見開いた視界が霞み意識が揺らぐ。
「こっちじゃだめか…」
「ぐぅ!」
ぐさりと押し込まれたかと思うと一気に引かれ、相葉は跳ね上がった。喉を塞いだ塊を、裏返された体が俯いたのをきっかけに一気に吐き戻す。
「げ、ええっ」
「うわっ、何だ、お前っ」
背中で焦った声が響いて突き飛ばされた。もう一度入り込もうとしていた楔がうろたえたように引き抜かれる。吐いた汚物の中へ崩れ込むのをかろうじて避けた、それがもう限界で激しく畳に叩きつけられ、衝撃に目を閉じたそのとたん、背後で冷え冷えとした声が響いた。
「何をされているのか、お聞きしたいところですね、池神さん」
「な、なんだっ、お前っ、何をしてるっっ!」
「何を?」
低い笑いが響いた。
「携帯で画像送ってますけど。僕のパソコンが楽しんで食ってますよ、おいしいネタだって」
「ひ」
「凄いかっこですね。血まみれで垂れ下がってるもの、始末してもらえませんか。それとも、顔の表情まで細かく映されるの、待ってます?」
「ばっ、馬鹿なっ」
「明日朝一番で教育委員会はとんでもない報告を受け取って大騒ぎですねえ。何せ、懇親会と称して男性教師を暴行しまくっていた男のリアル映像ですもん。法律的には裁けなくても」
くすくすと楽しげな笑いが響いた。
「あなたはもう終わりですよ、池神さん。御自宅にもパソコンお持ちでしたし」
「何っ」
「早く戻られた方がいい。奥様……いや、娘さん、中学生でしたよね?厳格で融通のきかない父親の思いっきり乱れた姿を見て自殺されると、僕も寝覚めが悪いです」
「う、ああああっ!」
吠えるような声を上げて池神が走り出ていく。
「ああ……奥様と娘さんのパソコンとも見た方がいいですよ………でも」
暗い笑いを響かせる。
「家族が何をしてるかなんて………御存じないか、あなたは」
パニックになってる池神には聞こえないだろう、静かな声でつぶやいた相手は、ぱたりと引き戸を閉めると急ぎ足に近寄ってきた。
「相葉先生?相葉さん?」
「に……の………」
ふわりと下半身が覆われた感触、腕の戒めを解かれ、そのままゆっくりと上半身を起こされて思わぬ優しさで抱き締められた。
「大丈夫?」
「……はな…れて………」
「え?」
「よご…れる……」
「……馬鹿」
汚れた口元を拭われると浴衣で包み込むように抱き上げられた。
「っ、い……たっ……ぃ」
「うん、ちゃんとしてあげるから、少し我慢して」
我慢、のことばに池神の声が重なってぞくぞくする。それを察したように、震え出した体を二宮が深く抱き込んで部屋を連れ出してくれた。
途中仲居を呼び止めて部屋の始末を頼み、そのまま二宮は相葉を風呂場に運んだ。
「気分は?吐きそう?」
黙ってのろのろと首を振る。全身けだるくて力が入らない。
「僕が洗ってあげるから、先生は動かないで」
「……ごけ……ない」
「え?」
「……薬……使われ……」
「……そう」
二宮の声がなお冷えた。
「そんなこと、してくれたんですか。じゃあ手加減しなくていいな」
血と汚物でどろどろの浴衣を脱がせて、湯をかけ、石鹸を泡立て静かに全身洗ってくれる。くたりとした股間も、ささくれたようにずたずたになっている後ろもタオルを使わず掌で撫でるように。それを拒む気力も、それどころか痛がることさえできなくて、目を閉じたまま相葉は二宮の手に自分を委ねた。
「大丈夫?」
「うん……」
「じゃあ、戻るよ」
一通り洗い終えると濡れた髪を軽く拭いて、二宮は相葉をバスタオルに包んだ。そのまままた抱き上げて部屋に戻ろうとするのに、思わず目を見開く。
「や……だ」
「え?」
「あの…部屋……は」
また吐き気が込み上げそうになった。血の気が引いて体が勝手に震える。きゅ、と二宮が落ち着かせるように抱き締めた。
「大丈夫、僕も部屋を取ってるから、そっちで休みましょう」
「なんで……お前が……?」
「そりゃ、決まってるでしょう、学校を離れたら無事だなんて思ってるあなたを、今夜こそ抱こうと思って。けど……」
二宮がふいに口をつぐんだ。
「……こんなことなら、もっと早く抱いとくんだった」
その口調に初めて聞くような苛立つ熱を感じ取って驚いた。
見上げる相葉を静かに見返す二宮の顔は厳しい。いつも好き勝手に相葉を嬲る悪戯っぽい色は見えず、ただ怒りが見える、暗く淀む真っ黒な怒りが。
「怒って……るの…」
「自分の愚かさにね。ああ、ちょっと先生、僕の首に抱きついて。鍵出さなくちゃ」
「ん……」
かろうじて首に腕を絡める。部屋の鍵を開ける十数秒に残った体力を使い果たして、布団に下ろされたときはもう今にも眠り込みそうだった。
「少し待っててね?」
「うん…」
部屋を出て行く二宮をぼんやりと眺める。二宮こそ、いつもは相葉をいたぶり泣かせている本人なのに、どうして今はこんなに安心してしまうのか。
うとうとしていると、その間に寝かされたまま体を拭かれ、新しい浴衣に着替えさせられた。やがて、二宮の指がそっと膝を掴んで立てさせる。
瞬きして戸惑っていると、そのまま膝を開かれて一気に目が覚めた。
「に……にのっ……っ」
全身に鳥肌が立った。寒さではなく恐怖から、また加えられるかもしれない痛みに体が先に反応する。
「……大丈夫。さすがの僕も今の先生をどうこうって気はないよ。けど、後ろはね、ちゃんとしとかなくちゃ、後が辛い」
「い……や………っ」
何か濡れたものを乗せた二宮の指が当たっただけで、悲鳴を上げてしまった。無意識にずり上がり、潤んだ視界に喘ぎながら首を振る。
「先生」
「や……だ……っ……も……やだ……っう」
ひくひく震えた体に視界がくらんで、また胃の中のものを吐き出しそうになった。
「たす…けて……っ……も……ゆるして……っ」
「あのクソ野郎」
「……んっ」
ぼそりとつぶやいた二宮が次の一瞬口を重ねてくる。無理に舌を押し込んでこず、なだめるように何度も唇を啄んだ。望んではいなかったが慣れた手順に体が緩む。緊張がほぐれていくのを確認したように、二宮がそっと萎れたものを掬い上げた。
「ん……んっ……んっ」
柔らかく包まれ指先で微かな刺激が加えられる。虚ろになっていた感覚が少しずつ、その動きに集中してくる。
「ん…んんっ………んぅっ………んっ、んんん」
口を塞がれたままのせいか、快感を捉え出してからはみるみる煽られていった。いつもなら焦らされるようなところも、今はただ感じさせることだけを目的にしているように一気に扱かれ追い上げられる。
「ん、んぁっ、あっ、あ………ああっっ!」
とっさにタオルで包まれた中に吹き上げて、息を整える間もなく僅かに開いた後ろに指を入れられた。
「あ……あうっ」
「じっとしてて。薬塗るだけだから。すぐ終わるから」
「は、うっ、う、うううっ」
入っているのは二宮の指で、それはねっとりと冷えたものを絡めていて、探るように内側を撫でていく。さっきの池神とは全く違う感触、けれど、力まかせではないのに容赦がないのは同じ、そう思い出してまたも込み上げてきそうになったものに目を閉じた瞬間、
「っ、あああああっ」
ぐるり、と回った指が弱い部分を擦った。まだ冷えた感触があるままに塗りこめられる薬が絡む、その皮一枚遠い感覚が繰り返しそこを撫で回す。
さっきは傷めつけられただけで、気持ちいいところはまともに触れてもらえなかった。けれど今、二宮が微かに柔らかく刺激し続けるのは、そのいいところばっかりで。頼りない感触だけに感覚が尖ってどんどん勝手に煽られていく。
「い……っあ……あっ、あっ」
「先生、気持ちよさそうだけど?」
「ふ、うっ、くっ、くふっ、う、うあああっ」
声を噛み殺そうとしたとたんに、もっと深くを嬲られて仰け反る。股間のものがそそりたってタオルを押し上げつつとろとろ零し続けているのに気づいて頭が過熱した。
「に……にのみ……っ」
「そんないい声聞かせたの」
「ち…が…っ」
「そうだよね、先生を気持ちよくさせられるのは僕だけだよね………言って?気持ちいいでしょ?」
「うっ、うっ、うっ」
涙が溢れる視界を必死に見開いた。二宮が優しく微笑んでいる。その顔にふいに強烈な安堵を感じて相葉は高い声を放った。
「い……いい……いいっ……二宮………にの……みっ!」
「先、生っ……」
相葉を抱えていた二宮が低い声で呻いて、噛みつくように口づけてくる、その腕で仰け反りながら相葉は、暗く甘い二宮の黒に染まる自分を感じ取った。
「先生、当直日誌書けました」
「はい」
渡されたノートを確認し、印鑑を押す。微かに視界が揺らめいて、相葉は瞬きした。
「どうしたんですか?」
当直の櫻井が不審そうに覗き込む。
「いや……ちょっと……風邪かな」
「気候が不安定ですからね」
櫻井の後ろから冷ややかな声が響いてどきりとして顔を上げた。二宮がいつもの通り、柔らかく笑いながら話しかけてくる。
「保健室で薬をもらわれては?」
「あ、や、そこまでひどくないから…」
慌てて断ると、その口調の性急さにぴくりと二宮が顔を引きつらせたのを感じた。表立った微笑だけは変わらないが、見慣れた相葉には二宮の内側にみるみる沸き上がってくる黒い怒りがわかる。
「櫻井くん、僕、相葉先生を保健室に連れていくよ、そう先生に話してもらえる?」
「え、あ、うん」
櫻井が慌てて立ち上がるのに、二宮が目を細める。
「ベッドの準備お願いしますって」
「う、に、二宮くんっ」
続いたことばにひやりとして相葉は口を挟んだ。
「大丈夫、家にすぐ帰れば」
「だめですよ、先生?」
「っ」
す、と近寄った二宮が薄笑いを浮かべた。
「ちゃんと休まないと。幸い、お一人でしょう?それとも、家にどなたか待っておられるんですか?」
「い、いや」
しかし、このままではもっと休めない事態になることは火を見るより明らかだ。必死に家に帰る言い訳を考える相葉の耳に、異様に静かな二宮の声が届く。
「写真にしてもいいですね」
「……っ!」
ぎょっとして思わず息を呑んで振り返った。
「写真?」
きょとんとして振り返る櫻井に真下がにっこり笑う。
「そうなんだ、この前、相葉先生と一緒に撮ったんだよ」
「へえ……」
「ね、相葉先生?」
「あ、ああ……」
寒気に襲われながら、相葉は二宮を見る。何を言い出す気なのか、何をやろうとしているのかよくわからない。いや、わかっているけど考えたくない。
「IT部の紹介に使うから。ほら、今度の」
「ああ、学校新聞の部活紹介か」
櫻井が納得したように笑った。
「こんなことやってますってなかなか見せにくいから、相葉先生の人柄で部員集めようと思って。ね、相葉先生?」
「あ、あ、うん」
「なるほどな、それわかる」
櫻井がにこにこしてうなずく。
「相葉先生なら、僕だって入りたくなるかも………じゃ、保健室、頼んでくるね」
きら、と二宮が冷たい目になった。
「っう、う……っ」
人払いをされて、鍵をかけられた保健室のベッドに座らされ、相葉は股間をいいように二宮に食われている。
「っん……んぅっ……っは」
漏れかけた声を必死に噛み殺し、震えながら首を振る。
窓が開いている。カーテンが翻って、運動場で片付けをしている野球部の連中の声が、遠くなり近くなりして響いている。
道具を片付ける倉庫は保健室の外を通っていかなくてはならない運動場の隅にある。いつ誰が窓の外を通るかわからない。
「んっ……んんううっ!」
「もう………イっちゃいそう?」
「は…ぅっ」
「でも、もうちょっと頑張らなくちゃ…………これはお仕置きなんだから」
背中から入ってくる風が汗に濡れたシャツを冷やして通り、否応なく外と直結してると教えてくる。声をこらえて身悶える相葉を好きなように追い上げながら、二宮が指を後ろに差し込んでくる。
「あ…ぁっ」
耐え切れず突っ張っていた腕が崩れ、相葉はベッドの上に寝そべった。そのまま二宮に両膝を掬いあげられるが、ゆっくり出し入れされ出した指が辛くて苦しくて、涙が零れ唇を噛む。
「んっ……っ……うんっ………んっ………んぁっ!」
「ああ、ここなんだ、相葉先生の弱いところは?」
「ぁっ……あっ………ぁうっ………い………ううっ」
もう前を含まれていないのに、快感が次々押し寄せてきて、相葉はがたがた震えながら口を覆った。二宮の指が信じられないような深さに入って蠢く。今にもことばにならない叫びを上げて仰け反ってしまいそうで、そんなことをすれば、もう間近まで来ている野球部員に知られてしまう。
「気持ちいいでしょう……でも、まだまだですよね」
「っ…ん……んっ………ふ、ぅ……う、ううっ………んんっっ!」
ぐいと指が増やされて体が跳ねた。思わず噛みついた掌も虚しく、ぞくぞくする波に襲われ、無意識に体を揺らして喘ぐ。
「………ねえ!」
ふいに二宮が大声を上げてぞっとした。
運動場と保健室の床には落差があり、開いた窓からは直接相葉の寝ているベッドは見えないが、覗き込まれれば一巻の終わりだ。なのに、窓際のベッドに乗り上げるようにして二宮が窓へ体を近付ける。
それと一緒に片足を大きく開かれながらなお深くを指で穿たれて、相葉は悲鳴を上げて仰け反った。必死に掴んだ二宮の上着を、これでは見えると放したものの、堪え切れずにシーツを掴む。
「う……うっ……うううっ」
「大人しくしてて、相葉先生。騒ぐと気づかれるよ?」
「ぁ……っ……くぅ……っ」
声を噛み殺しながら耐えようとするのに、二宮の指は容赦なく相葉の柔らかな壁を擦り続ける。
「お、なんだ、二宮ぁ!」
「っっっ!」
窓のすぐ外で声がして、相葉は息を呑んだ。
保健室のベッドの上で、シーツを乱して、教え子に指で後ろを犯されながら喘いでいる、そんな姿を今にも覗き込まれそうだと思った瞬間に、強い波が駆け上がってきて硬直する。
「ぁ………い………ぅ……っ」
「?誰か他にいるのか?」
「ううん、僕だけ」
言いながら二宮はくすくす笑って指をなおも蠢かせた。吹き零しそうになって硬直したまま、相葉は波の山を逸らされ、しかもすぐにもっと鋭い峰に追い上げられて口を開いた。
「っ……っ……っ」
声のない声を上げて、体を震わせながら腰を跳ねさせる。
「何の用?」
「次の校内新聞、部活動紹介IT部なんだけど、一緒に野球部も載せてもらう?」
「あー……うーん、俺んとこはその次でいいや」
「あ、そうなんだ、うん、わかった」
「っ!」
また弱いところを抉られて跳ね上がる。ぎちりと握ったシーツが汗でぐずぐずになっている。
「それだけ?」
「うん、それだけ」
「じゃな」
「うん」
うなずいた二宮が無邪気な顔で笑ったまま、視線も落とさずに指を引き抜き、口を覆っていた相葉の手を掴んでベッドに押しつける。戸惑う間もなく、相葉の勃ったものにシーツを被せると、自分の制服の股間を押しあてぎゅっと重ねてきた。軽く揺さぶられて見る間に煽られ、喘ぎながら必死に気持ちを逸らそうとする。
こんなところで、しかも少し離れたとはいえ、窓の外に人を置いた状態で達してしまうわけにはいかない。唇を噛みしめ、意識を逸らせ、伝う汗に乱れる呼吸を押し殺す。
だが、次の瞬間、その相葉の努力を嘲笑うように、固くしこった二宮自身で強く激しく相葉のものを擦りあげられた。
「……………ひ………っ………!!!!」
ぞくん、と波が駆け抜ける。堪える間もなく仰け反りながら弾け飛んだ。
「?何?」
「え?」
「今、妙な声しなかった?」
「そう?」
「うん……何か悲鳴みたいな声」
「っっ……っっっっ」
達したばかりの過敏なものを、またずりずりと二宮の股間で擦り上げられ、相葉は必死に唇を噛んで顔を振った。ちぎれ飛びそうな感覚に吹き零しながら、腰が揺れるのが止められない。声を殺すために十分できない呼吸に頭が過熱して白くなる。飲み込めなくなってよだれが顎を伝った。
歪む視界に堪え切れず、ついには自分で腰を動かして、二宮に擦り付け貪り始める。そうしないと壊れそうだ。
「声なんてしなかったけどなあ」
揺れる相葉の体を腰一つでベッドに縫い留めた二宮の声は楽しそうだ。
細めた目を一瞬相葉に落として微笑むと、また極めかけた相葉を今度はそのまま放置する。
「ふうん………ところで、お前、保健室なんかで何やってんの?」
「え?」
会話は平然と続けられている。
窓の内側と外側、間の狭い空間で、相葉一人が快楽の罠に弄ばれる。
「っ、っ………っっ………」
今にも見つかるかもしれないという不安さえ、もう感覚を煽る道具にしかならない。汗で張りつく髪を乱し、相葉は必死に二宮からの刺激を追う。
「誰かとよからぬことでもしようって魂胆?」
からかったつもりの相手のことばに、くすくす二宮が笑う。それから、急にふわりと力を抜いて、相葉の体から腰を浮かせた。
一気に頼りなくなった刺激に、相葉はうろたえて目を見開く。浮いた二宮の体を追い掛けて、無意識に高く腰を突き上げる。その一瞬にもう一度強く圧迫されて、今度はためらうことなく絶頂を迎えた。
「……っぁ……」
小さな声を上げてベッドに沈む相葉、その声を覆うように二宮が明るく言った。
「そうだね、そのうち考えるよ」
「まじに聞こえるからこえーよ」
「ひどいなあ」
「っ………」
ぎゅ、とまた体重がかかった。べとべとになった相葉が腹の間で押しつぶされる、それにまた微かに呻く相葉の涙と汗に濡れた頬を、何も起きてないように窓の外に笑いかけながら、二宮がそっと撫でてくる。
「じゃあな」
「ああ」
「は……ぁあ……っ」
今度は確実に立ち去っていく相手の気配に、相葉はようやく激しい息を吐いて力を抜いた。朦朧とする意識でも、自分が何をしていたのかだけははっきり覚えている。二宮に追い詰められたとはいえ、後半は自分から腰を振っていた。ずたずたになったプライドがひりひりと痛い。
「よからぬことかあ……とっくにされてますけどね、相葉先生?」
ぱたりとようやく閉められた窓に相葉はぼろぼろ涙を零した。
「なんで……こんな酷いこと……する……」
叫んでないのに声は掠れ、一晩中揺さぶられたように体がだるい。何度も追い上げられて、腰が潤んで熱い。
「櫻井なんかに色目使うからですよ」
「…ろめ………なん……使ってな……」
「こんなにいっぱい出して………そんなに気持ちよかったの、人前でヤられるのが」
「う……っっ」
シーツで萎えたものを拭われながら、蕩けるような快感に呻いて目を閉じる。汗で濡れた額に静かに二宮の唇が降りてきた。
「あなたは僕のものだ、自覚して」
低い囁きに目を開くと、二宮が暗い瞳で笑った。
「助けなんか、来やしない」
見えない鎖が鳴る音がした。
「はい」
渡されたノートを確認し、印鑑を押す。微かに視界が揺らめいて、相葉は瞬きした。
「どうしたんですか?」
当直の櫻井が不審そうに覗き込む。
「いや……ちょっと……風邪かな」
「気候が不安定ですからね」
櫻井の後ろから冷ややかな声が響いてどきりとして顔を上げた。二宮がいつもの通り、柔らかく笑いながら話しかけてくる。
「保健室で薬をもらわれては?」
「あ、や、そこまでひどくないから…」
慌てて断ると、その口調の性急さにぴくりと二宮が顔を引きつらせたのを感じた。表立った微笑だけは変わらないが、見慣れた相葉には二宮の内側にみるみる沸き上がってくる黒い怒りがわかる。
「櫻井くん、僕、相葉先生を保健室に連れていくよ、そう先生に話してもらえる?」
「え、あ、うん」
櫻井が慌てて立ち上がるのに、二宮が目を細める。
「ベッドの準備お願いしますって」
「う、に、二宮くんっ」
続いたことばにひやりとして相葉は口を挟んだ。
「大丈夫、家にすぐ帰れば」
「だめですよ、先生?」
「っ」
す、と近寄った二宮が薄笑いを浮かべた。
「ちゃんと休まないと。幸い、お一人でしょう?それとも、家にどなたか待っておられるんですか?」
「い、いや」
しかし、このままではもっと休めない事態になることは火を見るより明らかだ。必死に家に帰る言い訳を考える相葉の耳に、異様に静かな二宮の声が届く。
「写真にしてもいいですね」
「……っ!」
ぎょっとして思わず息を呑んで振り返った。
「写真?」
きょとんとして振り返る櫻井に真下がにっこり笑う。
「そうなんだ、この前、相葉先生と一緒に撮ったんだよ」
「へえ……」
「ね、相葉先生?」
「あ、ああ……」
寒気に襲われながら、相葉は二宮を見る。何を言い出す気なのか、何をやろうとしているのかよくわからない。いや、わかっているけど考えたくない。
「IT部の紹介に使うから。ほら、今度の」
「ああ、学校新聞の部活紹介か」
櫻井が納得したように笑った。
「こんなことやってますってなかなか見せにくいから、相葉先生の人柄で部員集めようと思って。ね、相葉先生?」
「あ、あ、うん」
「なるほどな、それわかる」
櫻井がにこにこしてうなずく。
「相葉先生なら、僕だって入りたくなるかも………じゃ、保健室、頼んでくるね」
きら、と二宮が冷たい目になった。
「っう、う……っ」
人払いをされて、鍵をかけられた保健室のベッドに座らされ、相葉は股間をいいように二宮に食われている。
「っん……んぅっ……っは」
漏れかけた声を必死に噛み殺し、震えながら首を振る。
窓が開いている。カーテンが翻って、運動場で片付けをしている野球部の連中の声が、遠くなり近くなりして響いている。
道具を片付ける倉庫は保健室の外を通っていかなくてはならない運動場の隅にある。いつ誰が窓の外を通るかわからない。
「んっ……んんううっ!」
「もう………イっちゃいそう?」
「は…ぅっ」
「でも、もうちょっと頑張らなくちゃ…………これはお仕置きなんだから」
背中から入ってくる風が汗に濡れたシャツを冷やして通り、否応なく外と直結してると教えてくる。声をこらえて身悶える相葉を好きなように追い上げながら、二宮が指を後ろに差し込んでくる。
「あ…ぁっ」
耐え切れず突っ張っていた腕が崩れ、相葉はベッドの上に寝そべった。そのまま二宮に両膝を掬いあげられるが、ゆっくり出し入れされ出した指が辛くて苦しくて、涙が零れ唇を噛む。
「んっ……っ……うんっ………んっ………んぁっ!」
「ああ、ここなんだ、相葉先生の弱いところは?」
「ぁっ……あっ………ぁうっ………い………ううっ」
もう前を含まれていないのに、快感が次々押し寄せてきて、相葉はがたがた震えながら口を覆った。二宮の指が信じられないような深さに入って蠢く。今にもことばにならない叫びを上げて仰け反ってしまいそうで、そんなことをすれば、もう間近まで来ている野球部員に知られてしまう。
「気持ちいいでしょう……でも、まだまだですよね」
「っ…ん……んっ………ふ、ぅ……う、ううっ………んんっっ!」
ぐいと指が増やされて体が跳ねた。思わず噛みついた掌も虚しく、ぞくぞくする波に襲われ、無意識に体を揺らして喘ぐ。
「………ねえ!」
ふいに二宮が大声を上げてぞっとした。
運動場と保健室の床には落差があり、開いた窓からは直接相葉の寝ているベッドは見えないが、覗き込まれれば一巻の終わりだ。なのに、窓際のベッドに乗り上げるようにして二宮が窓へ体を近付ける。
それと一緒に片足を大きく開かれながらなお深くを指で穿たれて、相葉は悲鳴を上げて仰け反った。必死に掴んだ二宮の上着を、これでは見えると放したものの、堪え切れずにシーツを掴む。
「う……うっ……うううっ」
「大人しくしてて、相葉先生。騒ぐと気づかれるよ?」
「ぁ……っ……くぅ……っ」
声を噛み殺しながら耐えようとするのに、二宮の指は容赦なく相葉の柔らかな壁を擦り続ける。
「お、なんだ、二宮ぁ!」
「っっっ!」
窓のすぐ外で声がして、相葉は息を呑んだ。
保健室のベッドの上で、シーツを乱して、教え子に指で後ろを犯されながら喘いでいる、そんな姿を今にも覗き込まれそうだと思った瞬間に、強い波が駆け上がってきて硬直する。
「ぁ………い………ぅ……っ」
「?誰か他にいるのか?」
「ううん、僕だけ」
言いながら二宮はくすくす笑って指をなおも蠢かせた。吹き零しそうになって硬直したまま、相葉は波の山を逸らされ、しかもすぐにもっと鋭い峰に追い上げられて口を開いた。
「っ……っ……っ」
声のない声を上げて、体を震わせながら腰を跳ねさせる。
「何の用?」
「次の校内新聞、部活動紹介IT部なんだけど、一緒に野球部も載せてもらう?」
「あー……うーん、俺んとこはその次でいいや」
「あ、そうなんだ、うん、わかった」
「っ!」
また弱いところを抉られて跳ね上がる。ぎちりと握ったシーツが汗でぐずぐずになっている。
「それだけ?」
「うん、それだけ」
「じゃな」
「うん」
うなずいた二宮が無邪気な顔で笑ったまま、視線も落とさずに指を引き抜き、口を覆っていた相葉の手を掴んでベッドに押しつける。戸惑う間もなく、相葉の勃ったものにシーツを被せると、自分の制服の股間を押しあてぎゅっと重ねてきた。軽く揺さぶられて見る間に煽られ、喘ぎながら必死に気持ちを逸らそうとする。
こんなところで、しかも少し離れたとはいえ、窓の外に人を置いた状態で達してしまうわけにはいかない。唇を噛みしめ、意識を逸らせ、伝う汗に乱れる呼吸を押し殺す。
だが、次の瞬間、その相葉の努力を嘲笑うように、固くしこった二宮自身で強く激しく相葉のものを擦りあげられた。
「……………ひ………っ………!!!!」
ぞくん、と波が駆け抜ける。堪える間もなく仰け反りながら弾け飛んだ。
「?何?」
「え?」
「今、妙な声しなかった?」
「そう?」
「うん……何か悲鳴みたいな声」
「っっ……っっっっ」
達したばかりの過敏なものを、またずりずりと二宮の股間で擦り上げられ、相葉は必死に唇を噛んで顔を振った。ちぎれ飛びそうな感覚に吹き零しながら、腰が揺れるのが止められない。声を殺すために十分できない呼吸に頭が過熱して白くなる。飲み込めなくなってよだれが顎を伝った。
歪む視界に堪え切れず、ついには自分で腰を動かして、二宮に擦り付け貪り始める。そうしないと壊れそうだ。
「声なんてしなかったけどなあ」
揺れる相葉の体を腰一つでベッドに縫い留めた二宮の声は楽しそうだ。
細めた目を一瞬相葉に落として微笑むと、また極めかけた相葉を今度はそのまま放置する。
「ふうん………ところで、お前、保健室なんかで何やってんの?」
「え?」
会話は平然と続けられている。
窓の内側と外側、間の狭い空間で、相葉一人が快楽の罠に弄ばれる。
「っ、っ………っっ………」
今にも見つかるかもしれないという不安さえ、もう感覚を煽る道具にしかならない。汗で張りつく髪を乱し、相葉は必死に二宮からの刺激を追う。
「誰かとよからぬことでもしようって魂胆?」
からかったつもりの相手のことばに、くすくす二宮が笑う。それから、急にふわりと力を抜いて、相葉の体から腰を浮かせた。
一気に頼りなくなった刺激に、相葉はうろたえて目を見開く。浮いた二宮の体を追い掛けて、無意識に高く腰を突き上げる。その一瞬にもう一度強く圧迫されて、今度はためらうことなく絶頂を迎えた。
「……っぁ……」
小さな声を上げてベッドに沈む相葉、その声を覆うように二宮が明るく言った。
「そうだね、そのうち考えるよ」
「まじに聞こえるからこえーよ」
「ひどいなあ」
「っ………」
ぎゅ、とまた体重がかかった。べとべとになった相葉が腹の間で押しつぶされる、それにまた微かに呻く相葉の涙と汗に濡れた頬を、何も起きてないように窓の外に笑いかけながら、二宮がそっと撫でてくる。
「じゃあな」
「ああ」
「は……ぁあ……っ」
今度は確実に立ち去っていく相手の気配に、相葉はようやく激しい息を吐いて力を抜いた。朦朧とする意識でも、自分が何をしていたのかだけははっきり覚えている。二宮に追い詰められたとはいえ、後半は自分から腰を振っていた。ずたずたになったプライドがひりひりと痛い。
「よからぬことかあ……とっくにされてますけどね、相葉先生?」
ぱたりとようやく閉められた窓に相葉はぼろぼろ涙を零した。
「なんで……こんな酷いこと……する……」
叫んでないのに声は掠れ、一晩中揺さぶられたように体がだるい。何度も追い上げられて、腰が潤んで熱い。
「櫻井なんかに色目使うからですよ」
「…ろめ………なん……使ってな……」
「こんなにいっぱい出して………そんなに気持ちよかったの、人前でヤられるのが」
「う……っっ」
シーツで萎えたものを拭われながら、蕩けるような快感に呻いて目を閉じる。汗で濡れた額に静かに二宮の唇が降りてきた。
「あなたは僕のものだ、自覚して」
低い囁きに目を開くと、二宮が暗い瞳で笑った。
「助けなんか、来やしない」
見えない鎖が鳴る音がした。
どうしても相談したいことがあるんです、と相葉が同僚の大野から耳打ちされたのは帰る間際だった。
「そう、だん?」
「はい。実は二宮君のことで」
「二宮?」
思わずくっきりと眉を寄せてしまった。
「彼が何かしたんですか?」
「え、先生も」
「っ」
うろたえたように赤くなった相手に妙に不愉快な波が胸を走る。
「わかりました、お話を伺いましょう」
「よろしくお願いします」
この春新任の大野はほっとした顔で頭を下げた。
「………どうしてここなんですか」
「ここじゃいけませんか」
「いや、いけなくは、ないですが」
思わず咳払いして、ITルームの中のコンピューターを見回す。
「ここの鍵なら僕も持ってますし……今日はテスト前で部活動もないから誰もいないですし」
「聞かれては困る話なんですね」
「ええ、まあ」
不安そうに顔を歪める大野に、相葉は部屋の中をゆっくり歩き始めた。一つ一つパソコンを確認していく。
「どうしたんですか、相葉先生」
「いや、ちょっと」
この前のようなカメラやモニターに繋がっているようなものを思わせる機器はないようだ。
溜め息をついて中ほどのパソコンの椅子に座った大野の元に戻る。相手が腰を落ち着けているので、仕方なしに相葉も椅子に腰を下ろした。
「で、二宮がどうしたんですか?」
「それが……お恥ずかしいことなんですが」
大野がうっすらとまた頬を染めた。
「僕……彼にまずいことを……知られてしまって」
「まずい…こと?」
「人に言えないような……格好をしているのを……カメラで撮られて……」
「う」
ゆらっと腹の底でまた不快な波が走った。
「それをもとに……脅されて」
あのくそやろう、大野先生にまで同じようなことをしているのか。人のよさそうな表情を浮かべて、にこにこ珍しく授業を受けている二宮を思い出してむかっとした。
あれから相葉はいつばらされるかとひやひやしているのだが、二宮はそんなことなどなかったように、前と同じように生徒と教師の関係を保っている。もっとも、パソコンがらみのトラブルが起こってなくて、二宮に相談する必要もなかったということなのだが。
「ちょっと見て頂けますか」
「え?や、いいです!」
何を言い出すのだと慌てて断ると、大野は複雑な表情で、
「いえ、僕だって見せたくないですけど、相葉先生はIT研究部の顧問でもいらっしゃるし、ひょっとしたら、うまく処理してデータを消してしまうようなことがおできにならないかと」
「や、それは」
IT部の顧問というのは、相葉は不可能だ無理だと断ったのに、二宮がしらっと「先生も初心者なら、一緒に僕達学んでいけて心強いです。少しなら僕も頑張って勉強してお手伝いできるでしょうし」などと理事長に進言し、『相互の学び合いによる人間形成の重要さ』を常から解いている二宮の父親が諸手を上げて賛成したのだ。
「不出来な息子ですが、よろしくお願いしますよ、相葉先生」などと言われては、この不況の最中、ここほど好条件の教師の口もおいそれと見つからない現状では受け入れるしかなかった。
「僕などは名前ばかりです」
「それでも、少しは……あ、これです」
「う」
何が悲しくて、大野が二宮に嬲られてるのを見なくちゃならんのだと思いつつ、怖いもの見たさで一瞬閉じた目をそろそろと開ける。
「うひゃ」
「……それはあんまりです」
「いや、だけど、これは」
「相葉先生……」
涙目になる大野を思わずまじまじと見つめ、それからモニター画面の中の大野を見つめた。
総天然色、懐かしの乙女現る、そう文字が入ったその映像の中央で、大野がひらひらと踊っている。いや、踊っているのは全く構わないのだが、問題はその格好だ。
レースだ。レースの山だ。
大きなつばひろの帽子も、袖と胸元と腰がふんわり膨らんだ白いワンピースも、なぜか差している白い日傘も全てふわふわのレースとリボンで飾り立てられている。脚には白い網タイツ、白いハイヒールにはめまいのするような真っ赤なリボン、そのリボンは腰のベルトと、大野の髪を束ねるのにも使われている。
「……どうし、たんですか、これ」
「あ、あの」
大野は小さくなって俯いた。
「僕……女装が趣味で」
「…………大野先生の趣味に何かを言うつもりはないけれども、どうしてこんなものを二宮に」
「油断してたんです、これでちょっと買い物に行きたくなって、で、夜ならいいかと」
「行ったの!」
「行ってしまったの!」
すがりつくように大野が叫んで相葉はぐらぐらした。
「ばか……」
「これ…何とかならないでしょうか」
「いや、何とかって……元が二宮のところにあるなら、どうしようもない…のでは」
自分のことを重ね合わせて、臍を噛む思いで応じると、大野ががっくりと頭を垂れた。
「やっぱりそうですか…」
「それで」
「え?」
「それで…何をしろと」
ふいに微かに喉が乾いた。二宮は相葉にパソコンを覚えろと言った。言わば、それが契約で、パソコンに関してトラブルを起こしていない今は、必要以上に二宮が接近してくることもない。
「それがですね……あ」
「っ!」
ふいにぷつん、と言った感じで画面が暗くなった。
「あれ、どうしたんでしょう」
「どうなったの」
「わかりません。相葉先生、わかります?」
「いや、その」
「僕、ちょっと聞いてきます。ここで待っていてもらえますか」
「え」
「だって…他の人にこんな画面……」
「あ、そう、ですね」
「じゃあ、すみません」
大野がうろたえながらITルームを出ていって、相葉は重い溜め息をついた。真っ黒な画面を見ながら眉を寄せて腕を組む。なんだったっけ、この状態。電源がOFFになっているようでもないし、妙な音もしていない。
二宮がいなくてよかった、と大きく息をついた。この状況をどうしたらいいのかわからないなどと言えば、またどんなことをされるやら。そう思ってしまい、わずかに体温があがった。
がた、と後ろで物音がして振り返る。
「大野先生、わかり…ました……か…」
「こんにちは、相葉先生」
戸口ににこにこしながら立っていたのは二宮だ。大野の姿はどこにもない。
「あ」
ふいに気づいた。大野は二宮に脅されてきっと何かを要求されたに違いない。それは一体なんだったのだろう。たとえば、何かをする、とか?
そう、たとえば、二宮の代わりに相葉を呼び出す、とか?
「相葉先生、ずっと警戒してたでしょう?僕、煮詰まっちゃいました。健全な男子高校生ですからね。そりゃあ、いろいろ限界が早くて」
二宮が後ろ手に締めたドアがかちんと鍵のかかる音をたてる。
「わ…」
「ところで、その状況、わかってますよね?」
血が引く音を感じながら立ち上がって後ずさろうとした相葉に、二宮は静かに尋ねながら近寄ってきた。
「じ、状況?」
「ええ、今そこで何が起こってるのか、わかってますよね?」
「う…」
「わかんないんですか?」
「う」
「教えてあげましょうか」
「い、いい!」
「じゃあ、ずっとここにいる?放置しては帰れないですよね?」
「ほ、ほかの人に」
「もう皆帰っちゃいました」
にこり、と二宮は笑った。
「僕と先生だけですよ?」
「…帰らせたの……あっ」
一気に間合いを詰められ、すとんと椅子に腰を落とす。
「これはね、スリープ」
「す、すりーぷ?」
「ほら、これで戻る」
二宮がぽんとキーボードを叩くとすぐにひらひら踊る大野の画面が戻ってきた。
「覚えてくれなかったんですね?」
「あ………う」
「御礼、頂いちゃいますね?それとも、また縛られたい?」
「い…いや」
「じゃあ、大人しくしてて?」
椅子に座った相葉の前に二宮が腰を落とした。軽く震える相葉の腰を引き寄せ、スラックスのチャックを下ろす。
「あれ……」
「あ」
「なんだ………意外に期待してたの」
軽く膨らみかけていたものをそっと取り出した二宮が薄く笑った。
「もうこんなにあったかくなってる」
「や、だ……にの…みっ」
「覚えてくれればいいんですよ、パソコン」
「っ、ぅ、あっ」
濡れた音をたてて二宮が相葉の腰を引き寄せながら吸い込む。絡み付いてくる温かで巧みな舌にすぐに追い上げられて腰が浮く。
「んっ………そんなに…ねだっちゃって」
「ねだ……てない………っあ、あっ、ああっ!」
膝を掬い上げられ、滑り落ちそうになって必死に椅子を掴むと、そのまま深く飲み込むように吸われた。
「っは、はっ…はぅっ」
「気持ちいいって、言って?」
「い………いやっ……やっ」
「じゃあ、このまま」
イきかけたのを外されて相葉は首を振った。汗を流し、唇を噛みしめて粘ったが、ぎりぎりのところで繰り返し責められて、どんどん呼吸が浅くなる。
「あっ……あっ…あっ、ああっ……も……もうっ……」
「なーに、相葉先生」
「っは……は……ああっ」
「ずーっとこのままでもいいけどね、僕は?だーってさ、こぉんなに可愛いもん」
「う、あぁあっ」
根元をきつく握られた後、舌先でなめ回されて相葉は悲鳴を上げた。跳ねる腰は今にも椅子から落ちそうだし、掴む椅子は汗でぬるつくし、何よりもう視界がどんどん白くなっていく。
「ねえ、相葉せんせ?」
「…い、いいっ……」
「何が」
「きもち……いい……っ…いった……いったから…もう………いかせて……っ」
「はい、よくできました」
「は、あ、あ………あぅううっ!!」
ぎゅ、と腰を引き寄せられ滑り込むように後ろに指が入り込んだ。違和感を覚える間もなく、次の瞬間強く吸い上げられて、相葉は二宮の指を締めつけながら達していた。
「………全て……計算?」
「え?」
相葉の身支度を整え、満足そうに立ち上がった二宮に、ぐったりと椅子にもたれたまま相葉はつぶやいた。
「大野先生…の…」
「ああ。言ったでしょ、相葉先生、僕のことずっと警戒して側に寄らせないから、一番無難そうな人を使わせてもらいました」
「……知っていたの、大野先生の趣味」
「当然でしょう」
くすりと笑って、相葉を覗き込む。後ろめたそうな表情は一切ない。
「ここは僕のテリトリーだ。誰が何を望むのか、知っておかなくては支配できない」
ちゅ、と相葉の乱れた髪の毛をかきあげながら額にキスする。
「諦めて、相葉先生。そのかわり」
低い声で笑いながら二宮は相葉を抱き寄せた。
「世界で一番幸福な人生を、あげる」
「そう、だん?」
「はい。実は二宮君のことで」
「二宮?」
思わずくっきりと眉を寄せてしまった。
「彼が何かしたんですか?」
「え、先生も」
「っ」
うろたえたように赤くなった相手に妙に不愉快な波が胸を走る。
「わかりました、お話を伺いましょう」
「よろしくお願いします」
この春新任の大野はほっとした顔で頭を下げた。
「………どうしてここなんですか」
「ここじゃいけませんか」
「いや、いけなくは、ないですが」
思わず咳払いして、ITルームの中のコンピューターを見回す。
「ここの鍵なら僕も持ってますし……今日はテスト前で部活動もないから誰もいないですし」
「聞かれては困る話なんですね」
「ええ、まあ」
不安そうに顔を歪める大野に、相葉は部屋の中をゆっくり歩き始めた。一つ一つパソコンを確認していく。
「どうしたんですか、相葉先生」
「いや、ちょっと」
この前のようなカメラやモニターに繋がっているようなものを思わせる機器はないようだ。
溜め息をついて中ほどのパソコンの椅子に座った大野の元に戻る。相手が腰を落ち着けているので、仕方なしに相葉も椅子に腰を下ろした。
「で、二宮がどうしたんですか?」
「それが……お恥ずかしいことなんですが」
大野がうっすらとまた頬を染めた。
「僕……彼にまずいことを……知られてしまって」
「まずい…こと?」
「人に言えないような……格好をしているのを……カメラで撮られて……」
「う」
ゆらっと腹の底でまた不快な波が走った。
「それをもとに……脅されて」
あのくそやろう、大野先生にまで同じようなことをしているのか。人のよさそうな表情を浮かべて、にこにこ珍しく授業を受けている二宮を思い出してむかっとした。
あれから相葉はいつばらされるかとひやひやしているのだが、二宮はそんなことなどなかったように、前と同じように生徒と教師の関係を保っている。もっとも、パソコンがらみのトラブルが起こってなくて、二宮に相談する必要もなかったということなのだが。
「ちょっと見て頂けますか」
「え?や、いいです!」
何を言い出すのだと慌てて断ると、大野は複雑な表情で、
「いえ、僕だって見せたくないですけど、相葉先生はIT研究部の顧問でもいらっしゃるし、ひょっとしたら、うまく処理してデータを消してしまうようなことがおできにならないかと」
「や、それは」
IT部の顧問というのは、相葉は不可能だ無理だと断ったのに、二宮がしらっと「先生も初心者なら、一緒に僕達学んでいけて心強いです。少しなら僕も頑張って勉強してお手伝いできるでしょうし」などと理事長に進言し、『相互の学び合いによる人間形成の重要さ』を常から解いている二宮の父親が諸手を上げて賛成したのだ。
「不出来な息子ですが、よろしくお願いしますよ、相葉先生」などと言われては、この不況の最中、ここほど好条件の教師の口もおいそれと見つからない現状では受け入れるしかなかった。
「僕などは名前ばかりです」
「それでも、少しは……あ、これです」
「う」
何が悲しくて、大野が二宮に嬲られてるのを見なくちゃならんのだと思いつつ、怖いもの見たさで一瞬閉じた目をそろそろと開ける。
「うひゃ」
「……それはあんまりです」
「いや、だけど、これは」
「相葉先生……」
涙目になる大野を思わずまじまじと見つめ、それからモニター画面の中の大野を見つめた。
総天然色、懐かしの乙女現る、そう文字が入ったその映像の中央で、大野がひらひらと踊っている。いや、踊っているのは全く構わないのだが、問題はその格好だ。
レースだ。レースの山だ。
大きなつばひろの帽子も、袖と胸元と腰がふんわり膨らんだ白いワンピースも、なぜか差している白い日傘も全てふわふわのレースとリボンで飾り立てられている。脚には白い網タイツ、白いハイヒールにはめまいのするような真っ赤なリボン、そのリボンは腰のベルトと、大野の髪を束ねるのにも使われている。
「……どうし、たんですか、これ」
「あ、あの」
大野は小さくなって俯いた。
「僕……女装が趣味で」
「…………大野先生の趣味に何かを言うつもりはないけれども、どうしてこんなものを二宮に」
「油断してたんです、これでちょっと買い物に行きたくなって、で、夜ならいいかと」
「行ったの!」
「行ってしまったの!」
すがりつくように大野が叫んで相葉はぐらぐらした。
「ばか……」
「これ…何とかならないでしょうか」
「いや、何とかって……元が二宮のところにあるなら、どうしようもない…のでは」
自分のことを重ね合わせて、臍を噛む思いで応じると、大野ががっくりと頭を垂れた。
「やっぱりそうですか…」
「それで」
「え?」
「それで…何をしろと」
ふいに微かに喉が乾いた。二宮は相葉にパソコンを覚えろと言った。言わば、それが契約で、パソコンに関してトラブルを起こしていない今は、必要以上に二宮が接近してくることもない。
「それがですね……あ」
「っ!」
ふいにぷつん、と言った感じで画面が暗くなった。
「あれ、どうしたんでしょう」
「どうなったの」
「わかりません。相葉先生、わかります?」
「いや、その」
「僕、ちょっと聞いてきます。ここで待っていてもらえますか」
「え」
「だって…他の人にこんな画面……」
「あ、そう、ですね」
「じゃあ、すみません」
大野がうろたえながらITルームを出ていって、相葉は重い溜め息をついた。真っ黒な画面を見ながら眉を寄せて腕を組む。なんだったっけ、この状態。電源がOFFになっているようでもないし、妙な音もしていない。
二宮がいなくてよかった、と大きく息をついた。この状況をどうしたらいいのかわからないなどと言えば、またどんなことをされるやら。そう思ってしまい、わずかに体温があがった。
がた、と後ろで物音がして振り返る。
「大野先生、わかり…ました……か…」
「こんにちは、相葉先生」
戸口ににこにこしながら立っていたのは二宮だ。大野の姿はどこにもない。
「あ」
ふいに気づいた。大野は二宮に脅されてきっと何かを要求されたに違いない。それは一体なんだったのだろう。たとえば、何かをする、とか?
そう、たとえば、二宮の代わりに相葉を呼び出す、とか?
「相葉先生、ずっと警戒してたでしょう?僕、煮詰まっちゃいました。健全な男子高校生ですからね。そりゃあ、いろいろ限界が早くて」
二宮が後ろ手に締めたドアがかちんと鍵のかかる音をたてる。
「わ…」
「ところで、その状況、わかってますよね?」
血が引く音を感じながら立ち上がって後ずさろうとした相葉に、二宮は静かに尋ねながら近寄ってきた。
「じ、状況?」
「ええ、今そこで何が起こってるのか、わかってますよね?」
「う…」
「わかんないんですか?」
「う」
「教えてあげましょうか」
「い、いい!」
「じゃあ、ずっとここにいる?放置しては帰れないですよね?」
「ほ、ほかの人に」
「もう皆帰っちゃいました」
にこり、と二宮は笑った。
「僕と先生だけですよ?」
「…帰らせたの……あっ」
一気に間合いを詰められ、すとんと椅子に腰を落とす。
「これはね、スリープ」
「す、すりーぷ?」
「ほら、これで戻る」
二宮がぽんとキーボードを叩くとすぐにひらひら踊る大野の画面が戻ってきた。
「覚えてくれなかったんですね?」
「あ………う」
「御礼、頂いちゃいますね?それとも、また縛られたい?」
「い…いや」
「じゃあ、大人しくしてて?」
椅子に座った相葉の前に二宮が腰を落とした。軽く震える相葉の腰を引き寄せ、スラックスのチャックを下ろす。
「あれ……」
「あ」
「なんだ………意外に期待してたの」
軽く膨らみかけていたものをそっと取り出した二宮が薄く笑った。
「もうこんなにあったかくなってる」
「や、だ……にの…みっ」
「覚えてくれればいいんですよ、パソコン」
「っ、ぅ、あっ」
濡れた音をたてて二宮が相葉の腰を引き寄せながら吸い込む。絡み付いてくる温かで巧みな舌にすぐに追い上げられて腰が浮く。
「んっ………そんなに…ねだっちゃって」
「ねだ……てない………っあ、あっ、ああっ!」
膝を掬い上げられ、滑り落ちそうになって必死に椅子を掴むと、そのまま深く飲み込むように吸われた。
「っは、はっ…はぅっ」
「気持ちいいって、言って?」
「い………いやっ……やっ」
「じゃあ、このまま」
イきかけたのを外されて相葉は首を振った。汗を流し、唇を噛みしめて粘ったが、ぎりぎりのところで繰り返し責められて、どんどん呼吸が浅くなる。
「あっ……あっ…あっ、ああっ……も……もうっ……」
「なーに、相葉先生」
「っは……は……ああっ」
「ずーっとこのままでもいいけどね、僕は?だーってさ、こぉんなに可愛いもん」
「う、あぁあっ」
根元をきつく握られた後、舌先でなめ回されて相葉は悲鳴を上げた。跳ねる腰は今にも椅子から落ちそうだし、掴む椅子は汗でぬるつくし、何よりもう視界がどんどん白くなっていく。
「ねえ、相葉せんせ?」
「…い、いいっ……」
「何が」
「きもち……いい……っ…いった……いったから…もう………いかせて……っ」
「はい、よくできました」
「は、あ、あ………あぅううっ!!」
ぎゅ、と腰を引き寄せられ滑り込むように後ろに指が入り込んだ。違和感を覚える間もなく、次の瞬間強く吸い上げられて、相葉は二宮の指を締めつけながら達していた。
「………全て……計算?」
「え?」
相葉の身支度を整え、満足そうに立ち上がった二宮に、ぐったりと椅子にもたれたまま相葉はつぶやいた。
「大野先生…の…」
「ああ。言ったでしょ、相葉先生、僕のことずっと警戒して側に寄らせないから、一番無難そうな人を使わせてもらいました」
「……知っていたの、大野先生の趣味」
「当然でしょう」
くすりと笑って、相葉を覗き込む。後ろめたそうな表情は一切ない。
「ここは僕のテリトリーだ。誰が何を望むのか、知っておかなくては支配できない」
ちゅ、と相葉の乱れた髪の毛をかきあげながら額にキスする。
「諦めて、相葉先生。そのかわり」
低い声で笑いながら二宮は相葉を抱き寄せた。
「世界で一番幸福な人生を、あげる」
「あ…れ…」
不愉快な音が響いて、パソコンの画面がいきなり切り替わった。今の今まで順調に作成していた成績一覧があっさり消えてしまって、相葉は泣きそうになる。
画面中央に浮かび上がったのは、エラーが起きたので対処しろ、との内容のようだが、何をどうすればいいのかわからない。第一、今まで画面に出ていたデータはどこへ行ってしまったのか。
深い溜息をつきながら、もう薄暗くなってきたグラウンドを見た。
部活動の連中も帰り、門も小さな一ケ所しか開けられていない。昨今の物騒な事件のせいで、高校とは言え、出入りを厳重に管理せよとは公立に限らず、いや、ここのような金持ちの子息を集めて寄付金で運営を賄っているような学校ならなおさら警戒すべし、そういう通達の結果だ。
そして、相葉は明後日に提出しなくてはならない進路資料をまだ作成できていない。高校教師になってまで、パソコンの扱いに苦しむことになるとは思わなかった。
「はあ…しょうがないや…」
溜息をついて、相葉が取れる唯一の方法をしようと片手を振り上げ、振り降ろそうとした、その途端。
「ちょ、ちょっとまって!」
「ふぇ!」
背後から叫びとともに腕を捉えられた。しようとしたことを遮られて、驚きと不快感で目一杯眉を寄せて振り返ると、顔のすぐ側に別の顔があって、あやうくぶつかりそうになって固まる。
「もう……何するの、相葉先生」
「二宮…く、ん」
「何度も言うけど、パソコンは叩いても直りません。壊れるだけ」
「…テレビはときどき映るようになるもん」
「なりませんってば、もう」
はあ、と溜息をついたのは受け持ちクラスの男子生徒、二宮和也。いつも授業は寝てばかり(相葉も、授業で机から顔を上げている二宮の姿を一度たりとも一秒たりとも見たことはない)なのに、常に成績はトップクラスをキープ、そのくせ妙な人望もあってクラス委員長で生徒会長、加えて理事長の息子という、天が何を焦ってニ物も三物も与えてしまったのかという男だ。
「またデータ、飛ばしたの?」
「俺のせいじゃない、こいつ!」
「間に合うの、提出までに」
「生徒は余計な心配しなくて良いの!いい加減手離してよ」
「もう叩かない?」
「………」
「俺がやってみますから」
「じゃあ叩かない」
二宮がようやく力を緩めて、相葉は腕を取り返した。変な風に捻られたまま押さえられていたので、肩のあたりがじんじんする。
「ばかぢから」
「なんか言った?」
「…なんでもない」
立ち上がった相葉と入れ代わりに、二宮が椅子に腰を落とす。
「何を作ってたの?」
「明後日提出する資料」
「…ああ、進路指導の成績一覧ね」
生徒がどうしてそういう事情を知っているのか。前にそう問い詰めたら、ゆくゆくは僕のものになる学校だから、運営システムは把握しておかないとね、としらっと笑った。
そのときに茫洋とした顔の底からちらりと覗いた表情は妙に鋭く、どうにも油断がならないやつだと感じたが、今の二宮はぼやんとした顔でパソコン画面を眺めてるだけだ。
「そうすると、こっちのファイルから……再起動はした?」
「さいき、どう?」
「…してないんですね。まずそれからしちゃって。あ、システムエラーが出たら、こうするの、覚えて下さいね?」
二宮の指がキーボードを走る。素早すぎて何をどうしたかよくわからない。けれど、わからないと言うとまた馬鹿にされるだろうから、今はわかったふりをしておこう。
…いざとなったら叩いてみればいいし。そう密かに心を決めると、ちらっと二宮が横目を使った。
「叩くつもりでしょう、相葉先生」
「へ!?…っちが、ちがうよ…?」
「なら、どうするかわかりました?」
「……ええと、これを押して、これを」
「え?どれ」
「だから、これ」
「これ?」
「や、ちがった、これだ。先にこれ」
「………相葉先生」
「あ、いや、その前にこれか」
「あのね、そっからじゃわからないから、前に来てよ」
二宮が溜息まじりに椅子をずらせた。ひじ掛けのついた狭い椅子で、その後ろからああだこうだと言っていても確かに仕方がない。二宮の前に回り込んで、キーボードの上で指差そうとした
――その時
「っ?!」
ふいに腰を掴まれすとんと二宮の膝の上に落とされた。ぎょっとする間もなく両手を掴まれ後ろに回され、何かでくるくる縛られる。
「なっ」
「はい、暴れると落ちるよ」
「あっ」
うろたえて立とうとした左脚を軽く掬われ、不安定な体勢に思わず仰け反ると、二宮の胸にすっぽりもたれる状態になる。
「へっ?、にのみ…、何す…っ…」
「こういうこと」
開いた股間に残った片手を当てられて硬直した。
「なっ、なにっ」
「あのね、毎回毎回、僕もただ働きだし」
「っうっ」
そのままゆっくり撫でられ始めてぞくぞくした。
「相葉先生はちっとも覚えてくれないし」
「やめっ、やめろっ」
「気持ち悪い?」
「気持ちっわる、っい!」
「じゃあ、これは」
「っく」
身もがいて抵抗すると、指先をたてて先端から後ろまでなぞられた。思わず跳ねた腰に泣きかけ、それを何度も繰り返されてうろたえる。
「あっ……う……っ……くっ」
「声を堪えたらもっとしますよ?」
今度は数本指を立てられ、指先だけで扱かれた。
「う、ぅあ……っ」
「敏感………なんか感激するなあ」
「やめ…っ……」
「こんなになってるのにやめられないでしょ?」
「っ」
後ろに当てられたものに身体が竦む。
「相葉先生、もっとちゃんとパソコン覚えて下さいな」
「おっ、覚えるからっ」
「から?」
「も……っやめ……っ……はぅっ」
紛れもなく甘い響きの声が出て、相葉は仰け反った身体を波打たせた。ひっきりなしに加えられる刺激に視界が朦朧と霞んでいく。
「約束だよ?」
「わ……わかった……からっ……」
「じゃあ、証拠残しておこっと」
「え……え…っ?」
「ほら、あそこ見て」
二宮が股間を嬲る手を止めて、相葉の顎を掴み、パソコンの斜め上に向かせた。そこにいつの間にか、昆虫の目を思わせる丸いものが置かれている。
「?」
「あれはね、こうなってるんです」
「ひ!」
ぱ、とパソコンの画面が光って映し出されたものに相葉は悲鳴を上げた。椅子に座った二宮の上で仰け反りながら股間を嬲られ、身悶えして声を上げる自分の姿が映っている。
「今の映像はこれ」
「っっ」
画面が切り替わると、真っ白な顔で斜め下を見ている相葉が映った。また顎を掴まれカメラに顔を向けさせられる。画面の中で、二宮のもう片方の手が相葉のスラックスのチャックを降ろしていくのにパニックになった。身体を揺すってもがくが、手を拘束されたままでは片足を掬われただけでもう動けない。左脚を上げられて、股間のものを取り出され、容赦なく直接扱き出されて、見る見る身体が揺れ始めた。
「あ、あ、あ、あ……っ」
「そうそう、いい声。もっと啼いて下さい?」
「やっ……やめっ……あっ……あああっ」
視界の端に映るモニターの中で、好き放題に嬲られながらもう一人の相葉が身体をくねらせ悶えている。乱れた髪の下で潤む目も、濡れた舌を動かす口も、何かもがたとえようもなく淫猥だ。
その相葉を抱える二宮は対照的なほど冷ややかな笑みでこちらをまっすぐ凝視して、画面の中から外の世界で悲鳴を上げながら二宮に嬲られる相葉を射抜く。背中に張りついた二宮もきっと同じ笑みを凍らせて、カメラを見据えたまま相葉を暴いているのだろう。
まるで、後ろからも前からも、二宮の冷たい視線に貫かれて犯されていくようだ。そう思うと、感じたことのない激しい流れが相葉の背筋を駆け上がった。
「っう、んんっっ!」
必死に堪えて唇を噛む。
「相葉先生、僕、あなたがきちんとパソコン覚えるまで何度も教えてあげますから」
くすりと二宮が笑って耳元で囁いた。
「一つずつちゃんと覚えて下さいね」
「うっうっ………っ」
また堪え切れないものが駆け上がってきて、首を振る。それを十分意識したように、二宮が手の速度を上げる。濡れてべとべとになったものを強く弱く扱きあげる。
「っや……ぁっ……あっ、あっ」
「この画像、保存して契約書がわりにしておきます。へたにしゃべると困ったことをしなくちゃならない、ネット社会って怖いんだよ」
「お……っおまえだって……はっ……犯罪者に…っ」
「画像処理は得意なんだ、僕」
耳元でくつくつ笑って二宮はつぶやいた。
「僕の顔ぐらい消せるよ。そんな可愛いこと言うなら、最後まで記録しておこうね?」
「っく、あっ!」
耳を軽く噛まれた瞬間に、相葉は二宮の目に貫かれたまま、モニターの中と外で声を放って吹き上げた。
不愉快な音が響いて、パソコンの画面がいきなり切り替わった。今の今まで順調に作成していた成績一覧があっさり消えてしまって、相葉は泣きそうになる。
画面中央に浮かび上がったのは、エラーが起きたので対処しろ、との内容のようだが、何をどうすればいいのかわからない。第一、今まで画面に出ていたデータはどこへ行ってしまったのか。
深い溜息をつきながら、もう薄暗くなってきたグラウンドを見た。
部活動の連中も帰り、門も小さな一ケ所しか開けられていない。昨今の物騒な事件のせいで、高校とは言え、出入りを厳重に管理せよとは公立に限らず、いや、ここのような金持ちの子息を集めて寄付金で運営を賄っているような学校ならなおさら警戒すべし、そういう通達の結果だ。
そして、相葉は明後日に提出しなくてはならない進路資料をまだ作成できていない。高校教師になってまで、パソコンの扱いに苦しむことになるとは思わなかった。
「はあ…しょうがないや…」
溜息をついて、相葉が取れる唯一の方法をしようと片手を振り上げ、振り降ろそうとした、その途端。
「ちょ、ちょっとまって!」
「ふぇ!」
背後から叫びとともに腕を捉えられた。しようとしたことを遮られて、驚きと不快感で目一杯眉を寄せて振り返ると、顔のすぐ側に別の顔があって、あやうくぶつかりそうになって固まる。
「もう……何するの、相葉先生」
「二宮…く、ん」
「何度も言うけど、パソコンは叩いても直りません。壊れるだけ」
「…テレビはときどき映るようになるもん」
「なりませんってば、もう」
はあ、と溜息をついたのは受け持ちクラスの男子生徒、二宮和也。いつも授業は寝てばかり(相葉も、授業で机から顔を上げている二宮の姿を一度たりとも一秒たりとも見たことはない)なのに、常に成績はトップクラスをキープ、そのくせ妙な人望もあってクラス委員長で生徒会長、加えて理事長の息子という、天が何を焦ってニ物も三物も与えてしまったのかという男だ。
「またデータ、飛ばしたの?」
「俺のせいじゃない、こいつ!」
「間に合うの、提出までに」
「生徒は余計な心配しなくて良いの!いい加減手離してよ」
「もう叩かない?」
「………」
「俺がやってみますから」
「じゃあ叩かない」
二宮がようやく力を緩めて、相葉は腕を取り返した。変な風に捻られたまま押さえられていたので、肩のあたりがじんじんする。
「ばかぢから」
「なんか言った?」
「…なんでもない」
立ち上がった相葉と入れ代わりに、二宮が椅子に腰を落とす。
「何を作ってたの?」
「明後日提出する資料」
「…ああ、進路指導の成績一覧ね」
生徒がどうしてそういう事情を知っているのか。前にそう問い詰めたら、ゆくゆくは僕のものになる学校だから、運営システムは把握しておかないとね、としらっと笑った。
そのときに茫洋とした顔の底からちらりと覗いた表情は妙に鋭く、どうにも油断がならないやつだと感じたが、今の二宮はぼやんとした顔でパソコン画面を眺めてるだけだ。
「そうすると、こっちのファイルから……再起動はした?」
「さいき、どう?」
「…してないんですね。まずそれからしちゃって。あ、システムエラーが出たら、こうするの、覚えて下さいね?」
二宮の指がキーボードを走る。素早すぎて何をどうしたかよくわからない。けれど、わからないと言うとまた馬鹿にされるだろうから、今はわかったふりをしておこう。
…いざとなったら叩いてみればいいし。そう密かに心を決めると、ちらっと二宮が横目を使った。
「叩くつもりでしょう、相葉先生」
「へ!?…っちが、ちがうよ…?」
「なら、どうするかわかりました?」
「……ええと、これを押して、これを」
「え?どれ」
「だから、これ」
「これ?」
「や、ちがった、これだ。先にこれ」
「………相葉先生」
「あ、いや、その前にこれか」
「あのね、そっからじゃわからないから、前に来てよ」
二宮が溜息まじりに椅子をずらせた。ひじ掛けのついた狭い椅子で、その後ろからああだこうだと言っていても確かに仕方がない。二宮の前に回り込んで、キーボードの上で指差そうとした
――その時
「っ?!」
ふいに腰を掴まれすとんと二宮の膝の上に落とされた。ぎょっとする間もなく両手を掴まれ後ろに回され、何かでくるくる縛られる。
「なっ」
「はい、暴れると落ちるよ」
「あっ」
うろたえて立とうとした左脚を軽く掬われ、不安定な体勢に思わず仰け反ると、二宮の胸にすっぽりもたれる状態になる。
「へっ?、にのみ…、何す…っ…」
「こういうこと」
開いた股間に残った片手を当てられて硬直した。
「なっ、なにっ」
「あのね、毎回毎回、僕もただ働きだし」
「っうっ」
そのままゆっくり撫でられ始めてぞくぞくした。
「相葉先生はちっとも覚えてくれないし」
「やめっ、やめろっ」
「気持ち悪い?」
「気持ちっわる、っい!」
「じゃあ、これは」
「っく」
身もがいて抵抗すると、指先をたてて先端から後ろまでなぞられた。思わず跳ねた腰に泣きかけ、それを何度も繰り返されてうろたえる。
「あっ……う……っ……くっ」
「声を堪えたらもっとしますよ?」
今度は数本指を立てられ、指先だけで扱かれた。
「う、ぅあ……っ」
「敏感………なんか感激するなあ」
「やめ…っ……」
「こんなになってるのにやめられないでしょ?」
「っ」
後ろに当てられたものに身体が竦む。
「相葉先生、もっとちゃんとパソコン覚えて下さいな」
「おっ、覚えるからっ」
「から?」
「も……っやめ……っ……はぅっ」
紛れもなく甘い響きの声が出て、相葉は仰け反った身体を波打たせた。ひっきりなしに加えられる刺激に視界が朦朧と霞んでいく。
「約束だよ?」
「わ……わかった……からっ……」
「じゃあ、証拠残しておこっと」
「え……え…っ?」
「ほら、あそこ見て」
二宮が股間を嬲る手を止めて、相葉の顎を掴み、パソコンの斜め上に向かせた。そこにいつの間にか、昆虫の目を思わせる丸いものが置かれている。
「?」
「あれはね、こうなってるんです」
「ひ!」
ぱ、とパソコンの画面が光って映し出されたものに相葉は悲鳴を上げた。椅子に座った二宮の上で仰け反りながら股間を嬲られ、身悶えして声を上げる自分の姿が映っている。
「今の映像はこれ」
「っっ」
画面が切り替わると、真っ白な顔で斜め下を見ている相葉が映った。また顎を掴まれカメラに顔を向けさせられる。画面の中で、二宮のもう片方の手が相葉のスラックスのチャックを降ろしていくのにパニックになった。身体を揺すってもがくが、手を拘束されたままでは片足を掬われただけでもう動けない。左脚を上げられて、股間のものを取り出され、容赦なく直接扱き出されて、見る見る身体が揺れ始めた。
「あ、あ、あ、あ……っ」
「そうそう、いい声。もっと啼いて下さい?」
「やっ……やめっ……あっ……あああっ」
視界の端に映るモニターの中で、好き放題に嬲られながらもう一人の相葉が身体をくねらせ悶えている。乱れた髪の下で潤む目も、濡れた舌を動かす口も、何かもがたとえようもなく淫猥だ。
その相葉を抱える二宮は対照的なほど冷ややかな笑みでこちらをまっすぐ凝視して、画面の中から外の世界で悲鳴を上げながら二宮に嬲られる相葉を射抜く。背中に張りついた二宮もきっと同じ笑みを凍らせて、カメラを見据えたまま相葉を暴いているのだろう。
まるで、後ろからも前からも、二宮の冷たい視線に貫かれて犯されていくようだ。そう思うと、感じたことのない激しい流れが相葉の背筋を駆け上がった。
「っう、んんっっ!」
必死に堪えて唇を噛む。
「相葉先生、僕、あなたがきちんとパソコン覚えるまで何度も教えてあげますから」
くすりと二宮が笑って耳元で囁いた。
「一つずつちゃんと覚えて下さいね」
「うっうっ………っ」
また堪え切れないものが駆け上がってきて、首を振る。それを十分意識したように、二宮が手の速度を上げる。濡れてべとべとになったものを強く弱く扱きあげる。
「っや……ぁっ……あっ、あっ」
「この画像、保存して契約書がわりにしておきます。へたにしゃべると困ったことをしなくちゃならない、ネット社会って怖いんだよ」
「お……っおまえだって……はっ……犯罪者に…っ」
「画像処理は得意なんだ、僕」
耳元でくつくつ笑って二宮はつぶやいた。
「僕の顔ぐらい消せるよ。そんな可愛いこと言うなら、最後まで記録しておこうね?」
「っく、あっ!」
耳を軽く噛まれた瞬間に、相葉は二宮の目に貫かれたまま、モニターの中と外で声を放って吹き上げた。
まったくもって、ついてない。
タクシーを飛ばしながら、相葉はもう何度目になるのか、時計を見ては髪を掻き毟る。漸く見えて来た目的地、直前の信号で引っ掛かり、ここでいいですと多めの額を突き出して釣りも貰わずに走り出した。
煌々と灯りが点き、陽気なテーマソングが流れる店内で目当ての物を片っ端から手に持った籠に突っ込んで行く。レジに並ぶ間もそわそわと時計を確認し、買った物を全部袋に詰め込むと駆け足で店内を飛び出した。
ここから家までは歩いて10分、走って5分。飛べたら1分なのになどと思いながら、全速力で夜道を走っていた。疲れ果てた身体にははっきり言って辛い。だけど、そんな事は言っていられない。恐らく二宮が帰って来るまでに残された時間は約2時間。あと、たった2時間しかないのだ。
二宮の部屋に入るなり、ジャケットを脱ぎ捨てる。相葉にとって、最早1分1秒がこの上なく貴重だった。エプロンを着ける暇もなく、早速準備に取り掛かる。タクシーの中で必死でシミュレーションしていた。残された時間で出来る精一杯の事。とりあえず何をおいてもケーキだけは作らなければならない。
眠気も完全に吹っ飛んでいた。忙しなく動きながら、時々時計を確認する。あと1時間、あと30分。残された時間が少なくなるのに反比例して、部屋の中には甘い香りが充満していた。
白く泡立てた生クリームをデコレーションしながら、同時にちゃんとした食事の下拵えを進める。出来上がったケーキを冷蔵庫に入れて、食事も後は温めるだけ、時計を見ると残り1分。
安堵の息を吐きながらソファに身体を投げ出した相葉は、一気に押し寄せた睡魔に負けて、目を閉じた。
リビングに続く扉を開けると、ソファに突っ伏した形で相葉が寝ていた。少し驚きながら足を踏み入れた瞬間、漂う甘い匂いに鼻をひくつかせる。
テーブルの上に並べられた皿、鍋の中のスープ、それだけではない匂いに冷蔵庫を開けると、後は焼くだけの状態のハンバーグと、白い生クリームのケーキ。透明のガラス製の蓋で覆われているそれは、きっと相葉の手作り。
冷蔵庫を閉めて、ソファで死んだ様に眠っている相葉を覗き込んだ。ぱかりと開いた口から涎が垂れていて、その間抜けな顔に少し笑う。
少し逡巡して、二宮は相葉の顔が見える位置で、座り込んだ。
相葉に会うのは久しぶりだ。と言っても、たかだか1週間位。一緒にいる時間が長過ぎて、1週間も離れていると酷く久しく会っていない様な感覚に陥る。
時計を見れば、あと2分で0時になる。つまり、17日。この年になればちっともめでたいとも思わなくなった誕生日の為に、そこまでして。
「ばーか」
小さく呟いて、頬を軽く突いた。目を覚まさないままにもごもごと口を動かして緩慢な動作で頬を擦る仕草に笑みが零れる。反応が面白くて、今度は鼻を摘んでみた。ふが、と間の抜けた声が漏れて、きゅっと眉間に皺が寄せられたかと思うと、ゆるりと目が開く。
起きてしまったら、面白くない。少し残念に思いながら手を離すと、まだ眠そうな瞳がふらりと彷徨って。
次の瞬間、相葉はがばりと勢い良く身体を起こした。
「い、いまっ!なんじっ?!」
「0時……3分くらいかな?」
ちらりと時計を見て答えると、うわあ、と相葉は情けない声を上げた。それから狼狽え切った顔で二宮に向き直る。
「お、起こしてよぉっ!いつ帰ってたのっ!」
「5分位前?」
「あ~!その時だったら間に合ったのに~……」
今にも泣きそうな顔をする相葉に、ふん、と鼻で笑ってみせる。数分の違いが何だって言うんだ。重要なのは、そんな事ではないと思うのに。
「あ、えと、でも、お誕生日おめでと!にの!」
二宮の機嫌を損ねたと思ったのか、相葉は少し顔色を窺う様にして小さな声で呟いた。しかし二宮は別に怒っていた訳ではないので、ありがと、と返した。
どうやら、相葉はそれで二宮の機嫌が悪い訳ではないと気付いたらしい。
「去年は仕事で会えなかったから、今年は、ちゃんと会って言えて、よかった」
そう言って、相葉はふにゃっと笑った。
「あの、でもごめんねっ!お誕生日なのに、プレゼントを買う時間なくって」
相葉は慌てて言葉を続けた。
「明日仕事ないよね?おれも休みだから、一緒に買いに行こ?何か欲しい物ある?」
にこにこと笑顔で言われた言葉。二宮は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「お前」
「…………………は?」
二宮の言葉に、相葉は1オクターブ高い声を上げた。ええと、と狼狽える様子が可笑しくて、二宮は笑う。
「お前が欲しい、って言った」
視線を合わせながらはっきりと言うと、相葉は途端に頬を真っ赤に染め上げた。いや、でも、と訳の分からない事を言う口に人差し指を押し当てて、ずいと顔を近付ける。
「いや?」
相葉が嫌と言うはずが無いのを承知で問い掛ける。案の定、相葉はぶんぶんと勢い良く首を横に振った。にやりと口元を歪めてみせて、決まりだね、と囁く。
「でも、にの、ご飯………」
「後は温めるだけなんだろ?後でいい」
立ち上がって、未だに顔を赤くしている相葉を見下ろす。くい、と顎で寝室を指し示して、相葉の返事を待たずに寝室に足を向けた。
「…………っ、に、の………っ、も……っ」
切羽詰った声で二宮の名を呼ぶ相葉に、銜えていたものから口を離す。息を荒げて二宮を見上げる相葉は涙目だ。こういう所が可愛いと思う自分も、相当この男にやられてると思った。
「………何か、おれもプレゼント貰っちゃった気分」
身体を投げ出した二宮に、ぐったり荒い息のまま相葉が小さく呟いた。
枕に顔を半分埋めたまま横目で見遣って、あんないい声聞かせてもらっちゃったからいいんだよ、と返せば、途端に顔を真っ赤にさせる。
疲れた身体に鞭打って、二宮の誕生日の為に奮闘した相葉。誕生日を迎える事自体に感慨はないけれど、これだけ想われているという事が、二宮の心を満たした。
べたべたに甘やかすのも甘やかされるのも嫌いじゃない、だけどあまり一方的なのも好きじゃない。
「分かってないな、お前は」
にやりと口元に笑みを浮かべると、相葉はきょとんとした顔をしていた。その中途半端に開かれた唇に自分のそれを押し当て、驚く相葉を尻目にベッドを下りる。
思った事を正直に口にする相葉と、なかなか恥ずかしくてそれが上手くいかない二宮。それでも相葉に与えられる分、それ相当の対価を与えてやりたいと思う。
分量の問題じゃない。恐らく、自分の性格だとかそんな物を考慮に入れれば、これでフィフティ・フィフティだ。
依存だけの関係なんて、時間の無駄。互いに与え合って、ずっと対等な関係でいられればいい。相葉は寧ろ自分が与えられていると思っている様だが、それはそれでいいと思った。いつか気付いた時に、きっと凄く嬉しそうに笑うから。
そんな事を言えば調子に乗るだろうから、言わないけれど。
「え?なにが?なにが?」
「腹減った。ケーキ食っちゃおうかな」
「え、だめだめ!先にご飯っ!」
慌てた様にベッドから下りた相葉がわたわたと服を着るのをちらりと見遣って、キッチンに向かう。後を追いかけて来る相葉の気配を感じながら、二宮はひっそりと幸せそうな笑みを浮かべた。
タクシーを飛ばしながら、相葉はもう何度目になるのか、時計を見ては髪を掻き毟る。漸く見えて来た目的地、直前の信号で引っ掛かり、ここでいいですと多めの額を突き出して釣りも貰わずに走り出した。
煌々と灯りが点き、陽気なテーマソングが流れる店内で目当ての物を片っ端から手に持った籠に突っ込んで行く。レジに並ぶ間もそわそわと時計を確認し、買った物を全部袋に詰め込むと駆け足で店内を飛び出した。
ここから家までは歩いて10分、走って5分。飛べたら1分なのになどと思いながら、全速力で夜道を走っていた。疲れ果てた身体にははっきり言って辛い。だけど、そんな事は言っていられない。恐らく二宮が帰って来るまでに残された時間は約2時間。あと、たった2時間しかないのだ。
二宮の部屋に入るなり、ジャケットを脱ぎ捨てる。相葉にとって、最早1分1秒がこの上なく貴重だった。エプロンを着ける暇もなく、早速準備に取り掛かる。タクシーの中で必死でシミュレーションしていた。残された時間で出来る精一杯の事。とりあえず何をおいてもケーキだけは作らなければならない。
眠気も完全に吹っ飛んでいた。忙しなく動きながら、時々時計を確認する。あと1時間、あと30分。残された時間が少なくなるのに反比例して、部屋の中には甘い香りが充満していた。
白く泡立てた生クリームをデコレーションしながら、同時にちゃんとした食事の下拵えを進める。出来上がったケーキを冷蔵庫に入れて、食事も後は温めるだけ、時計を見ると残り1分。
安堵の息を吐きながらソファに身体を投げ出した相葉は、一気に押し寄せた睡魔に負けて、目を閉じた。
リビングに続く扉を開けると、ソファに突っ伏した形で相葉が寝ていた。少し驚きながら足を踏み入れた瞬間、漂う甘い匂いに鼻をひくつかせる。
テーブルの上に並べられた皿、鍋の中のスープ、それだけではない匂いに冷蔵庫を開けると、後は焼くだけの状態のハンバーグと、白い生クリームのケーキ。透明のガラス製の蓋で覆われているそれは、きっと相葉の手作り。
冷蔵庫を閉めて、ソファで死んだ様に眠っている相葉を覗き込んだ。ぱかりと開いた口から涎が垂れていて、その間抜けな顔に少し笑う。
少し逡巡して、二宮は相葉の顔が見える位置で、座り込んだ。
相葉に会うのは久しぶりだ。と言っても、たかだか1週間位。一緒にいる時間が長過ぎて、1週間も離れていると酷く久しく会っていない様な感覚に陥る。
時計を見れば、あと2分で0時になる。つまり、17日。この年になればちっともめでたいとも思わなくなった誕生日の為に、そこまでして。
「ばーか」
小さく呟いて、頬を軽く突いた。目を覚まさないままにもごもごと口を動かして緩慢な動作で頬を擦る仕草に笑みが零れる。反応が面白くて、今度は鼻を摘んでみた。ふが、と間の抜けた声が漏れて、きゅっと眉間に皺が寄せられたかと思うと、ゆるりと目が開く。
起きてしまったら、面白くない。少し残念に思いながら手を離すと、まだ眠そうな瞳がふらりと彷徨って。
次の瞬間、相葉はがばりと勢い良く身体を起こした。
「い、いまっ!なんじっ?!」
「0時……3分くらいかな?」
ちらりと時計を見て答えると、うわあ、と相葉は情けない声を上げた。それから狼狽え切った顔で二宮に向き直る。
「お、起こしてよぉっ!いつ帰ってたのっ!」
「5分位前?」
「あ~!その時だったら間に合ったのに~……」
今にも泣きそうな顔をする相葉に、ふん、と鼻で笑ってみせる。数分の違いが何だって言うんだ。重要なのは、そんな事ではないと思うのに。
「あ、えと、でも、お誕生日おめでと!にの!」
二宮の機嫌を損ねたと思ったのか、相葉は少し顔色を窺う様にして小さな声で呟いた。しかし二宮は別に怒っていた訳ではないので、ありがと、と返した。
どうやら、相葉はそれで二宮の機嫌が悪い訳ではないと気付いたらしい。
「去年は仕事で会えなかったから、今年は、ちゃんと会って言えて、よかった」
そう言って、相葉はふにゃっと笑った。
「あの、でもごめんねっ!お誕生日なのに、プレゼントを買う時間なくって」
相葉は慌てて言葉を続けた。
「明日仕事ないよね?おれも休みだから、一緒に買いに行こ?何か欲しい物ある?」
にこにこと笑顔で言われた言葉。二宮は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「お前」
「…………………は?」
二宮の言葉に、相葉は1オクターブ高い声を上げた。ええと、と狼狽える様子が可笑しくて、二宮は笑う。
「お前が欲しい、って言った」
視線を合わせながらはっきりと言うと、相葉は途端に頬を真っ赤に染め上げた。いや、でも、と訳の分からない事を言う口に人差し指を押し当てて、ずいと顔を近付ける。
「いや?」
相葉が嫌と言うはずが無いのを承知で問い掛ける。案の定、相葉はぶんぶんと勢い良く首を横に振った。にやりと口元を歪めてみせて、決まりだね、と囁く。
「でも、にの、ご飯………」
「後は温めるだけなんだろ?後でいい」
立ち上がって、未だに顔を赤くしている相葉を見下ろす。くい、と顎で寝室を指し示して、相葉の返事を待たずに寝室に足を向けた。
「…………っ、に、の………っ、も……っ」
切羽詰った声で二宮の名を呼ぶ相葉に、銜えていたものから口を離す。息を荒げて二宮を見上げる相葉は涙目だ。こういう所が可愛いと思う自分も、相当この男にやられてると思った。
「………何か、おれもプレゼント貰っちゃった気分」
身体を投げ出した二宮に、ぐったり荒い息のまま相葉が小さく呟いた。
枕に顔を半分埋めたまま横目で見遣って、あんないい声聞かせてもらっちゃったからいいんだよ、と返せば、途端に顔を真っ赤にさせる。
疲れた身体に鞭打って、二宮の誕生日の為に奮闘した相葉。誕生日を迎える事自体に感慨はないけれど、これだけ想われているという事が、二宮の心を満たした。
べたべたに甘やかすのも甘やかされるのも嫌いじゃない、だけどあまり一方的なのも好きじゃない。
「分かってないな、お前は」
にやりと口元に笑みを浮かべると、相葉はきょとんとした顔をしていた。その中途半端に開かれた唇に自分のそれを押し当て、驚く相葉を尻目にベッドを下りる。
思った事を正直に口にする相葉と、なかなか恥ずかしくてそれが上手くいかない二宮。それでも相葉に与えられる分、それ相当の対価を与えてやりたいと思う。
分量の問題じゃない。恐らく、自分の性格だとかそんな物を考慮に入れれば、これでフィフティ・フィフティだ。
依存だけの関係なんて、時間の無駄。互いに与え合って、ずっと対等な関係でいられればいい。相葉は寧ろ自分が与えられていると思っている様だが、それはそれでいいと思った。いつか気付いた時に、きっと凄く嬉しそうに笑うから。
そんな事を言えば調子に乗るだろうから、言わないけれど。
「え?なにが?なにが?」
「腹減った。ケーキ食っちゃおうかな」
「え、だめだめ!先にご飯っ!」
慌てた様にベッドから下りた相葉がわたわたと服を着るのをちらりと見遣って、キッチンに向かう。後を追いかけて来る相葉の気配を感じながら、二宮はひっそりと幸せそうな笑みを浮かべた。
「どうかされたのですか?」
教会の前、大雨の中。それが、二人の出逢い。
『~ not hopeness,but hope ~』
「どうぞ中へ。風邪を引いてしまいますよ?」
傘を差し出したが、しかし長身の男は、弾かれたように一歩下がった。
「…怪しいものじゃないよ。俺はここの神父だから」
「…しん…ぷ?…」
前々からどうしても口慣れない言葉遣いを止めてみた。…だって彼、警戒心剥き出しだったから。
俺の言葉に、やっと顔をふっと上げた。雨に濡れた黒眼が俺を映す。捕らわれそうな深い色に、トクンと胸が鳴る。
しかしそれは一瞬で、彼は倒れ込むように気を失った。
「…え!?ちょ…ちょっと!しっかりしろよ!」
長く、ただ長くて暗い日々
この手にはもう、何も残っていない
どうなってもよかった
…どうにも、ならないのだから。
「………」
目を開けたら、見慣れない天井。体を起こしてシャツのボタンを外すと、胸元に真新しい十字の火傷。気付かないほど深く気を失っていたらしい。
「あ、気付いた?」
木で出来たドアを開けて、先程の神父が手にトレーを持って部屋に入ってきた。
「…あなたが運んでくれたんだね?」
「そう。あんた軽いな、俺でも楽に抱えられたよ」
「…おかげでこんな痕ができちゃった」
「…何か言った?」
なんでもない、とシャツのボタンを留める。
「俺二宮。お前は?」
「…関係ない。上着どこ…っ!?」
ベットから起きあがろうとした途端、吐き気と目眩に襲われ、再びベットに沈んだ。
「おい!大丈夫かよ!」
「…っ!」
二宮が慌てて駆け寄り、手を伸ばすが派手に叩かれる。
「さ…さわる…なっ…!」
「真っ青な顔で何言ってんだ!」
手首を掴まれて引き寄せられた拍子に、二宮の下げている十字が先程の傷に重なった。
「い……っ…!」
ビクンと急に丸められた体を不思議に思い、覗き込むと辛そうに眉を寄せている。
「どうした?」
二宮の手に解放されると、両手でシャツのボタンを握り締めた。
「痛むのか?」
「や…やめ…」
力の入らない腕では、二宮を防ぐことなど出来ない。ボタンを全て外され、勢い良く開かれた。十字の形をした火傷の痕。その上から、引き攣ったような十字の火傷。二宮は目を見開いた。
「これ、は…十字架の…?」
二宮が僅かに震えながら、首から下げている十字を握る。
「……ごめん」
思案顔で傷を見詰めていた二宮が、いきなり頭を下げた。男が何事かと二宮を見る。
「あんた……銀アレルギーだったんだな」
「……へ?」
「銀に触ると、肌が爛れる人が居るって聞いたことある。ごめんな、俺気付かなくて」
そう言いながら、外した十字架をサイドテーブルに置く。
「痛むよな?大丈夫か?」
「…だ、大丈夫」
「でも…」
「…大丈夫だからっ!」
「じゃあ…せめて手当していけ」
「…え、いや、…いい」
「でも顔色悪いよ?体調が良くなるまでここにいろ?また倒れられたら俺が困る」
懸命に拒否する男に負けず、得体の知れない感情に任せて、どうにか引き留めようとする。
「雨に濡れるともっと傷が傷む。ここにいろ。…せめて、雨が止むまで」
どうなってもよかった
どうにもならないのだから
――だったら。
「…やむまで…なら」
重い口を、開いた。
男は、相葉と名乗った。大雨の中、立ち尽くしていた相葉を怪しむ事無く、神父の二宮は甲斐甲斐しく世話をした。あれから雨は止む事は無く、7回目の夜を迎えた。
+++++
「また食べないの?」
二宮はまた一度たりとも、相葉が食べ物を口にする姿を見ていない。受け付けるのは、たまに極少量の水のみ。
「ごはんは食べなくても平気なんだ」
「…でもな、お前具合悪いんだから、少しでも何か食べろよ」
そう言って心配そうに見詰めてくる二宮に、相葉はなんだか自分が悪いことをしている気分になった。――これが、罪悪感だったか。
この人といると、遠い昔に失くしてしまったものを思い出す。持って生まれたはずの感情。感覚。自分は、長い永い時間の中で、どこかではぐれてしまった。
「……のど、かわいた…」
小さい声だったが聞こえたらしく、二宮が小さくため息をついた。
「ったく…食えってのに……わかった、持ってくる」
二宮がゆっくり席を立って部屋を出て行く。相葉はため息をついた。
「…らしくないなぁ」
呟いてフォークを手に取った。
「相葉さん?甘いもん好き?」
いつものように教会から帰ってきた二宮は、客間にいる相葉を呼んだ。テーブルの上には、白い箱。
「なに?にの」
「あ、これ…チョコレートケーキなんだけど」
言いながら箱を開けると、おいしそうな茶色のケーキ。二宮がケーキを切り分け、白い皿に乗せて相葉の前に置く。甘い香りに誘われ、相葉は一口含んだ。口の中でどろりと溶け出し、重量感のある濃厚な甘さが舌に、絡む。
かたん、とフォークが落ちた。
「…相葉さん?」
「な…なんでも、ない…みず、ちょうだい…?」
首を傾けながらも、二宮は水を汲みに背を向けた。口元に手を当てて、小刻みに震える相葉に、気付くことは無かった。
それから毎日、チョコレートケーキを買って帰った。そのケーキは高価なものだったけれど、相葉が食べてくれることが嬉しくて、書物を買うお金を全て回した。
二宮は空を見上げた。満月が夜道を照らす。雨は一昨日の夜から止んでいたけれど、相葉は出て行かなかった。何も言わなかったから、何も聞かなかった。
なぜこんなに相葉に構うのか、自分でも分からなかった。時折、とても寂しそうに伏せられる黒眼が、どうしようもなく二宮の心を掻き乱す。
笑ってほしかった。叶うなら、一生、自分の隣で。
夜中、苦しそうな声で二宮は目を覚ました。廊下に出ると、声は一番奥の部屋から。その部屋を使っているのは相葉で、今この家にいるのは、自分と、相葉の、二人だけ。
「相葉さん?」
ノックもそこそこにドアを開けると、ガラスのコップが顔のすぐ隣で砕けた。
「うわっ!?」
「くるなっっ!!」
コップに続いて、花瓶、枕、本と投げつけられた。
「…っ、ちょ!!危ないってっ!」
「うる、さ…くる…な…っ…!」
「相葉さん!」
置時計が頬を掠めたが、二宮はベットに駆け寄って、シーツに包まる相葉を抱き締めた。
「っ!はなせっ!」
「嫌だ!」
暴れる相葉を、それ以上の力で押さえつける。
「にの…っ!」
「絶対離さない!」
二宮が強い口調で言うと、腕の中の体が大人しくなった。
「なんで…、なんでこんなにおれにかまうの?」
「相葉さんが好き、だから」
さらりと出た言葉に驚いたのは、言われた相葉より、言った本人の二宮だった。
そっか…俺はこの人が好きなんだ。
「相葉さんが、好きです」
二宮が気持ちを自覚すると、相葉が笑った。
「…何がおかしい?」
「何が?可笑しいよ、こんなのばかばかしいもの」
「…じゃあ、お前を好きだと思うこの気持ちが、可笑しいのかよ」
静かな怒りの篭った声で言うと、相葉は答えず、何か考えるように俯いてしまった。
「相葉さ…」
「にのの気持ちは分かった。だけどおれの本当の姿を見たら、きっと覆したくなる」
相葉が頭まで被っていたシーツを落とす。二宮は息を呑んだ。
唇から見え隠れする、長い犬歯、長い爪。二宮を映す、銀色の瞳。
思えば色こそ違うが、初めて相葉と出逢った時に、この瞳に捕まっていたのかも知れない。
「…醜いでしょ?」
そう言って顔を歪めた。一瞬泣き出しそうに見えたのは、二宮の見間違いだろうか。
「こんなおれを、にのは…」
「好きだよ」
これ以上卑下する言葉を聞きたくなくて、二宮は相葉を遮った。
「相葉さんが人でないのは知ってる。初めて逢った日に、十字の火傷を見た時から」
「な…にいって…っ…おれは異形なんだ!満月の夜にはどうしようもなく喉が渇く、血が欲しくてたまらないんだ!」
はあ、と大きく肩で息をする相葉を、二宮はじっと見詰めていた。ふいに思いついて、先程時計で掠った頬に手をやり、血の固まった傷に爪を割り入れる。
「黒い瞳の相葉さんも綺麗だけれど、今の相葉さんもすごく綺麗だよ?」
「に、の…?」
相葉の唇に指を這わせて、赤い跡を残す。
「好き。相葉さんが好き」
優しく微笑まれ、相葉は顔を歪めた。今度は二宮の見間違いではなかった。目尻の涙を舐め取ると、どちらともなく口唇を重ねた。
吸血貴族なのだと、相葉は言った。仲間は当の昔に絶え、一人きりだと。
しかし、多くは語らなかった。
+++++
「え、じゃあ相葉さんは、夜ずっと起きていたの?」
ベッドに腰掛けて、窓の外の満月から相葉を隠すように抱きしめていた。
「うん。にのが起き出す頃に眠って、にのが帰ってくる頃に起きてる」
「もったいない!」
嘆く二宮に首を傾ける。
「これからは、夜はこうして話をしよう。相葉さんにもっと近づきたいんだ」
相葉の頬がうっすらと赤くなる。可愛いと言って、二宮はキスを落とした。
「もう寝て?すぐ夜明けだから」
「うん」
返事をしたものの、相葉は二宮の腕の中に深く入り込んでくる。
「相葉さん?」
「もう少しだけ」
甘えるように擦り寄ってくる相葉に、愛しさが溢れ出す。こんな時間がいつまでも続けばいいと、祈りにも似た気持ちで相葉を抱きしめた。
「おはよう、相葉さん」
「時間的には、おやすみだと思うけど」
部屋を訪れた二宮に、眉を寄せて見せるが、心底嫌ではないことを二宮は知っている。
「今日は、相葉さんが住んでいた北の国の話を聞かせて?」
ベッドに腰掛けて、相葉に向かって腕を広げると、相葉は当然のように腕の中に収まるのだから。
しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。二宮が高熱を出して倒れてしまった。過労だった。
冷静に考えれば、二宮は昼間教会に行って、夜は相葉の相手をして明け方まで起きている。人ならば倒れて当然だった。
「ごめんね、相葉さん」
「ううん…」
二宮との時間に溺れて、気づかなかった。気づけなかった。
「にの」
額にそっと冷えたタオルを乗せる。熱で潤んだ目が、薄く開いた。
「おれも、にのがすき…」
突然の告白に驚きながらも、二宮は嬉しそうに笑った。
すっかり忘れていた。ここに何をしに来たのかを。
二宮に逢ってから、自分は変わってしまった。だけど二宮が倒れて、改めて気付かされた。
人間と異形である自分は、住んでいる世界が違う。相容れないのだ、と。
自分は、長い時間を終わらせるために、この地へ、来たのだ。
看病の甲斐あってか、二宮の具合は二日後には良くなっていた。先ほどからし始めた雨音を聞きながら、二宮は花瓶に赤いバラを生けていた。
「綺麗だろ?さっき近所の人にもらったんだ」
二宮は嬉しそうだが、相葉は無表情だった。…どうして彼は自分の本能を起こすようなことをするのだろう。
バラの花の、深い赤。チョコレートケーキの、濃厚な甘さ。
連想させるものは、ただ、一つ。
「相葉さん?バラ、嫌い?」
「…ううん」
些細なことで思い知らされる。
「だったらそんな怖い顔しないで」
歩み寄ってあやす様なキスを落とすが、目を閉じなかった相葉に気付いて、二宮は困ったように笑った。
「相葉さんは俺を好きだと言ったけれど、何も行動しないの?」
血を吸って、下僕にするとか。相葉は緩く頭を振る。
「そんなこと、おれは望まない。にのに対するこの気持ちは、絶望だから」
相葉がどれほど二宮を愛そうが、人である二宮は相葉を置いて逝く。それがどんなに悲しくて苦しいことか、人間である二宮には分からない。
「俺の相葉さんに対する気持ちは、希望だ」
…だから、そんなことが、言えるのだ。
「…にのはいつか、おれに近づきたいって言っていたね。…今もそう思う?」
「思う」
唐突に切り出された言葉に、目を丸くしている二宮の首に、細い腕が巻きつく。
「相葉さん?あい…っんっ!」
強引に唇を割られて、二宮は驚いて相葉の身体を引き離した。
「…っ!…相葉さん!?」
「おれとは嫌?」
「そういう問題じゃなくて…」
「……ああ、にのは神父だもんね」
相葉は思い出したように言った。ゆっくり椅子から立ち上がり、「ごめんね」と呟く。
「あ、おい!」
「病み上がりなんだから、早く休まなきゃ駄目だよ?」
振り返ることなく、居間を出て行った。二宮が倒れてからは短くなってしまったが、毎晩夜明け近くまで、他愛ない話をして過ごすと言うのに、相葉は一人で部屋へと戻ってしまった。
俺が拒んだから…?確かに俺は神父だけれど、決してあの人の思いを拒んだわけではない。これだけで、すべて無かったことにするなんて事は…。
自分の考えにゾッとした。全て無かったことにする。
二人で過ごした時間も、お互いを思うこの気持ちも、なかったことに。
――まさか。
「相葉さん!」
二宮は二階へと駆け上がった。勢いのまま部屋のドアを開ける。
「あい、ば、さ……」
相葉の姿は、無かった。
雨の中、二宮は傘も差さずに相葉を探した。後悔しても、しきれない思いに苛まれる。どうしてもっと相葉のことを考えてやれなかったのだろうか。降りかかる雨と溢れる涙で、視界が悪くなる。
結局俺は、自分のことしか考えていなかった。
「相葉さん!どこ!」
離れないで
傍にいて
想いを消さないで
愛しいと思う気持ちを、絶望だと言った相葉ならやりかねない。
「相葉さん!」
教えてあげたい、絶望だけではないことを。
思い付くところは全て探した。捜さなかったところが無いくらい、駆け回った。だけど相葉は見つからなかった。病み上がりで雨の中を走ったせいか熱が出てきたようで、眩暈がした。
「教会…」
気が付くと教会の前にいた。相葉と初めて出逢った場所。
重い身体を引きずり、門をくぐって教会の門を開けた。差別なく受け入れてくれる広い空間は、自分にとって心の拠り所であるはずなのに、今は何故か悲しい。そんな時、ふと呼ばれたような気がして、二宮は弾かれたように走り出した。
教会の門を開けると、門の下に相葉が立っていた。大雨の中、黒い傘を差し、教会の屋根の上の十字架を眺めているようだったが、二宮に気付いて、穏やかな微笑を浮かべる。その恐ろしいまでの綺麗な笑みに、二宮は全身が総毛立った。相葉は笑ったまま傘を閉じ、真っ直ぐに二宮に向かって歩き始めた。
「や…いや…だ…」
二宮は、真っ青になって頭を振る。相葉の歩みは、止まらない。
教会の敷地に相葉が入ったらどうなるか位、二宮は十二分に知っている。
「嫌だ!相葉さん!」
二宮は駆け出して、倒れる寸前だった愛しい人を抱きしめた。腕の中の身体は、さらさらと灰に還っていく。
「あ、いばさ…、相葉さんっ!」
「やっと終わる…一人は、もう、いやなんだ…」
黒い瞳に二宮を最期に映して、音もなく相葉は灰に還った。
「あ…いば………」
叩きつける雨に、相葉を流される。
「――――――ッ!!!」
雨に閉ざされた、悲しい叫び。
最愛の日々。
数年後の教会。
神父のいないそこは次第に人々に忘れ去られ、廃墟と化した。
肌身離さず大切に持ち歩く、一握りにも満たない灰。その灰こそが、二宮の愛しい人だった。
+++++
あの日から二宮は、教会の書物を片っ端から読み漁った。様々な町の教会や書物庫、資料庫の見聞録などを調べ尽くし、朝から夜まで本に向かっていた。
相葉を、元の姿に戻すために。
『やっと終わる…一人は、もう、いやなんだ…』
相葉の最期の言葉が、耳から離れない。自分の事しか考えず、相葉を突っぱねてしまった結果だった。
相葉が唇を寄せてきたとき、せめて抱きしめていれば、相葉にあんなことを言わせないで済んだかもしれない。あんなことには、ならなかったかもしれない。そう思うと自分が憎くてたまらなくなる。
今なら分かる。
あの時、自分は試されたのだ。
「…う…っ」
泣いたって、何一つ変わらない。何一つ、相葉には伝わらない。二宮は涙をぬぐって本を読み続けた。
一年が経とうとした頃。
山間の小さな教会で、その本を見つけた。本を抱え、二宮は教会を飛び出した。
――灰になった吸血貴族を復活させる方法
しかしそれには条件があった。
灰が10分の1残っていること。人の半分以上の血液が必要で、灰になる前にその血液を吸血していること。
ホテルに戻り、二宮は本を広げた。
灰は10分の1も残っていない。血液だって、相葉の唇に塗ったぐらいだ。
けれど、やるしか、ない。
バスルームに入り、浴槽に栓をして、刃物を腕に当てる。幾本の赤い筋を尻目に、懐から小袋を取り出して胸に抱えた。
3分1以上血が流れたら、人間は死に至る。怖くはなかったけれど、二度と逢えないと思うと悲しかった。
「相葉さ…ん…」
目が段々と霞んできた。意識も、もう少しで落ちるだろう。
貴方に、逢いたかった。
目が覚めると、白い天井が映った。
「俺…」
確か、バスルームで…。
「気がついた?」
二宮はその声に目を見開き、飛び起きた。
少し離れた窓際から、ゆっくりとベッドに歩み寄ってくるその人は。
「あ、あい…」
「っんのばかっ!!」
怒声と共に、左右の頬を思い切り叩かれた。
「何てことするの!もう少しで助けられなかったんだからな!!」
本当に?本当に…相葉さん?
夢じゃない。頬の痛みが現実だと伝える。
夢じゃないんだ!
「にの聞いてるの!?話を…っ!」
抱き寄せて、その唇を貪るように口付けた。
「や、や…っん…」
放す気なんて全く無い。角度を変えて更に貪る。暫くすると諦めたのか、二宮の首に腕が回された。
「ばさ…ん。相葉さん、相葉さん」
意識がとろりとしてきた頃、漸く唇を解放された。
「相葉さん、相葉、さん…」
「に…の…」
息も出来ないほど深く抱き締められる。身を捩り、苦しいと訴えた。
「あ、ごめん」
二宮は嬉しそうに笑っていた。愛しそうに相葉を見る、優しい目。耐えきれずに視線を逸らした。
「俺は…にのを、殺した」
「…え?」
相葉が二宮から一歩下がり、呟くように言った。訳が分からず、二宮は離れて行く身体を再び引き寄せた。
「どういうこと?」
「仕方なかったんだ!放して!」
「相葉さん!」
ビクリと相葉は身体を震わせ、二宮は声を荒げた事を後悔した。
「大きな声出して、ごめん。でも、どういうこと?教えて」
いてしまった相葉を覗き込むと、二宮は固まってしまった。声も出さずに、相葉は涙を零していた。
「お、おれが…蘇ったときには…にのは、もう……このままだったら、助からなく、て…!だから!」
そう言って、相葉は口を押さえた。
「…!…まさか、相葉さん…俺の血を…?」
「仕方なかったんだ!」
二宮に背を向けて、相葉は身体を丸めてしゃくりあげた。
「残されるのは…一人は…いやなんだ!」
二宮は、相葉を後ろから抱き締めた。
「…っ!ごめん、ごめん…!」
二宮の命を踏み台にして蘇った相葉が、どう思うのか。一人を嫌がっていた相葉が、どう生きていくのか。
二宮はただただ相葉に逢いたくて、死を覚悟でやった。しかし、その後は考えていなかった。
「ごめん相葉さん…。助けてくれて、ありがとう…」
どうして俺は自分のことだけで、貴方のことを考えないのだろう。情けなくて涙が出てきた。
「…にの」
「………」
「にの」
相葉は身体の向きを変え、二宮の頭を優しく胸に抱えた。静かに髪を梳かれる中で、二宮はふと気が付いた。
「…そうだ、俺達、ずっと一緒にいられるんだよね?」
「え…」
「相葉さんと、この先ずっと、一緒なんだよね?」
二宮は顔を上げた。
相葉と、ずっと一緒に。
人間だったら無理な話だけれど、同じ吸血貴族ならば可能な話だ。
「あ…」
二宮はもう人ではない。考えも付かなかった。あの時はただ、出血多量で冷たくなっていく二宮を助けたくて、それだけで動いていた。
「俺が側にいることを、許してくれる?」
「…この想いは、絶望じゃないの?」
「時にそれはある。だけど、それだけじゃない。俺の想いが、希望であるように」
「……許す」
そう言って、俯かせていた顔を上げた相葉は、穏やかに笑った。至近距離でみたそれに、二宮は見惚れた。
「…どうする?夜が明ける前にホテル出るか、もう一泊するか?」
「…もう一泊。貴方を抱き締めて眠りたい」
赤くなった相葉が何か言い出す前に、素早くベッドに押し倒す。「にの!」と抗議が上がったけれど、聞こえない振りをした。
「まだ夜明けじゃない」
「俺が眠たいの。付き合って」
「もう…」
ぶつぶつ言いながらも二宮の腕の中で、相葉は一足先に眠りに就いた。安心しきった無防備な寝顔に、優しくキスを落とす。
「如何なる順境の時も逆境の時も、愛と忠誠を尽くすことを…誓います」
二宮は目を閉じた。
暫くして腕の中の相葉が目を開け、二宮と同じ事を言ったのを、二宮は深い意識の底で聞いていた。
end
教会の前、大雨の中。それが、二人の出逢い。
『~ not hopeness,but hope ~』
「どうぞ中へ。風邪を引いてしまいますよ?」
傘を差し出したが、しかし長身の男は、弾かれたように一歩下がった。
「…怪しいものじゃないよ。俺はここの神父だから」
「…しん…ぷ?…」
前々からどうしても口慣れない言葉遣いを止めてみた。…だって彼、警戒心剥き出しだったから。
俺の言葉に、やっと顔をふっと上げた。雨に濡れた黒眼が俺を映す。捕らわれそうな深い色に、トクンと胸が鳴る。
しかしそれは一瞬で、彼は倒れ込むように気を失った。
「…え!?ちょ…ちょっと!しっかりしろよ!」
長く、ただ長くて暗い日々
この手にはもう、何も残っていない
どうなってもよかった
…どうにも、ならないのだから。
「………」
目を開けたら、見慣れない天井。体を起こしてシャツのボタンを外すと、胸元に真新しい十字の火傷。気付かないほど深く気を失っていたらしい。
「あ、気付いた?」
木で出来たドアを開けて、先程の神父が手にトレーを持って部屋に入ってきた。
「…あなたが運んでくれたんだね?」
「そう。あんた軽いな、俺でも楽に抱えられたよ」
「…おかげでこんな痕ができちゃった」
「…何か言った?」
なんでもない、とシャツのボタンを留める。
「俺二宮。お前は?」
「…関係ない。上着どこ…っ!?」
ベットから起きあがろうとした途端、吐き気と目眩に襲われ、再びベットに沈んだ。
「おい!大丈夫かよ!」
「…っ!」
二宮が慌てて駆け寄り、手を伸ばすが派手に叩かれる。
「さ…さわる…なっ…!」
「真っ青な顔で何言ってんだ!」
手首を掴まれて引き寄せられた拍子に、二宮の下げている十字が先程の傷に重なった。
「い……っ…!」
ビクンと急に丸められた体を不思議に思い、覗き込むと辛そうに眉を寄せている。
「どうした?」
二宮の手に解放されると、両手でシャツのボタンを握り締めた。
「痛むのか?」
「や…やめ…」
力の入らない腕では、二宮を防ぐことなど出来ない。ボタンを全て外され、勢い良く開かれた。十字の形をした火傷の痕。その上から、引き攣ったような十字の火傷。二宮は目を見開いた。
「これ、は…十字架の…?」
二宮が僅かに震えながら、首から下げている十字を握る。
「……ごめん」
思案顔で傷を見詰めていた二宮が、いきなり頭を下げた。男が何事かと二宮を見る。
「あんた……銀アレルギーだったんだな」
「……へ?」
「銀に触ると、肌が爛れる人が居るって聞いたことある。ごめんな、俺気付かなくて」
そう言いながら、外した十字架をサイドテーブルに置く。
「痛むよな?大丈夫か?」
「…だ、大丈夫」
「でも…」
「…大丈夫だからっ!」
「じゃあ…せめて手当していけ」
「…え、いや、…いい」
「でも顔色悪いよ?体調が良くなるまでここにいろ?また倒れられたら俺が困る」
懸命に拒否する男に負けず、得体の知れない感情に任せて、どうにか引き留めようとする。
「雨に濡れるともっと傷が傷む。ここにいろ。…せめて、雨が止むまで」
どうなってもよかった
どうにもならないのだから
――だったら。
「…やむまで…なら」
重い口を、開いた。
男は、相葉と名乗った。大雨の中、立ち尽くしていた相葉を怪しむ事無く、神父の二宮は甲斐甲斐しく世話をした。あれから雨は止む事は無く、7回目の夜を迎えた。
+++++
「また食べないの?」
二宮はまた一度たりとも、相葉が食べ物を口にする姿を見ていない。受け付けるのは、たまに極少量の水のみ。
「ごはんは食べなくても平気なんだ」
「…でもな、お前具合悪いんだから、少しでも何か食べろよ」
そう言って心配そうに見詰めてくる二宮に、相葉はなんだか自分が悪いことをしている気分になった。――これが、罪悪感だったか。
この人といると、遠い昔に失くしてしまったものを思い出す。持って生まれたはずの感情。感覚。自分は、長い永い時間の中で、どこかではぐれてしまった。
「……のど、かわいた…」
小さい声だったが聞こえたらしく、二宮が小さくため息をついた。
「ったく…食えってのに……わかった、持ってくる」
二宮がゆっくり席を立って部屋を出て行く。相葉はため息をついた。
「…らしくないなぁ」
呟いてフォークを手に取った。
「相葉さん?甘いもん好き?」
いつものように教会から帰ってきた二宮は、客間にいる相葉を呼んだ。テーブルの上には、白い箱。
「なに?にの」
「あ、これ…チョコレートケーキなんだけど」
言いながら箱を開けると、おいしそうな茶色のケーキ。二宮がケーキを切り分け、白い皿に乗せて相葉の前に置く。甘い香りに誘われ、相葉は一口含んだ。口の中でどろりと溶け出し、重量感のある濃厚な甘さが舌に、絡む。
かたん、とフォークが落ちた。
「…相葉さん?」
「な…なんでも、ない…みず、ちょうだい…?」
首を傾けながらも、二宮は水を汲みに背を向けた。口元に手を当てて、小刻みに震える相葉に、気付くことは無かった。
それから毎日、チョコレートケーキを買って帰った。そのケーキは高価なものだったけれど、相葉が食べてくれることが嬉しくて、書物を買うお金を全て回した。
二宮は空を見上げた。満月が夜道を照らす。雨は一昨日の夜から止んでいたけれど、相葉は出て行かなかった。何も言わなかったから、何も聞かなかった。
なぜこんなに相葉に構うのか、自分でも分からなかった。時折、とても寂しそうに伏せられる黒眼が、どうしようもなく二宮の心を掻き乱す。
笑ってほしかった。叶うなら、一生、自分の隣で。
夜中、苦しそうな声で二宮は目を覚ました。廊下に出ると、声は一番奥の部屋から。その部屋を使っているのは相葉で、今この家にいるのは、自分と、相葉の、二人だけ。
「相葉さん?」
ノックもそこそこにドアを開けると、ガラスのコップが顔のすぐ隣で砕けた。
「うわっ!?」
「くるなっっ!!」
コップに続いて、花瓶、枕、本と投げつけられた。
「…っ、ちょ!!危ないってっ!」
「うる、さ…くる…な…っ…!」
「相葉さん!」
置時計が頬を掠めたが、二宮はベットに駆け寄って、シーツに包まる相葉を抱き締めた。
「っ!はなせっ!」
「嫌だ!」
暴れる相葉を、それ以上の力で押さえつける。
「にの…っ!」
「絶対離さない!」
二宮が強い口調で言うと、腕の中の体が大人しくなった。
「なんで…、なんでこんなにおれにかまうの?」
「相葉さんが好き、だから」
さらりと出た言葉に驚いたのは、言われた相葉より、言った本人の二宮だった。
そっか…俺はこの人が好きなんだ。
「相葉さんが、好きです」
二宮が気持ちを自覚すると、相葉が笑った。
「…何がおかしい?」
「何が?可笑しいよ、こんなのばかばかしいもの」
「…じゃあ、お前を好きだと思うこの気持ちが、可笑しいのかよ」
静かな怒りの篭った声で言うと、相葉は答えず、何か考えるように俯いてしまった。
「相葉さ…」
「にのの気持ちは分かった。だけどおれの本当の姿を見たら、きっと覆したくなる」
相葉が頭まで被っていたシーツを落とす。二宮は息を呑んだ。
唇から見え隠れする、長い犬歯、長い爪。二宮を映す、銀色の瞳。
思えば色こそ違うが、初めて相葉と出逢った時に、この瞳に捕まっていたのかも知れない。
「…醜いでしょ?」
そう言って顔を歪めた。一瞬泣き出しそうに見えたのは、二宮の見間違いだろうか。
「こんなおれを、にのは…」
「好きだよ」
これ以上卑下する言葉を聞きたくなくて、二宮は相葉を遮った。
「相葉さんが人でないのは知ってる。初めて逢った日に、十字の火傷を見た時から」
「な…にいって…っ…おれは異形なんだ!満月の夜にはどうしようもなく喉が渇く、血が欲しくてたまらないんだ!」
はあ、と大きく肩で息をする相葉を、二宮はじっと見詰めていた。ふいに思いついて、先程時計で掠った頬に手をやり、血の固まった傷に爪を割り入れる。
「黒い瞳の相葉さんも綺麗だけれど、今の相葉さんもすごく綺麗だよ?」
「に、の…?」
相葉の唇に指を這わせて、赤い跡を残す。
「好き。相葉さんが好き」
優しく微笑まれ、相葉は顔を歪めた。今度は二宮の見間違いではなかった。目尻の涙を舐め取ると、どちらともなく口唇を重ねた。
吸血貴族なのだと、相葉は言った。仲間は当の昔に絶え、一人きりだと。
しかし、多くは語らなかった。
+++++
「え、じゃあ相葉さんは、夜ずっと起きていたの?」
ベッドに腰掛けて、窓の外の満月から相葉を隠すように抱きしめていた。
「うん。にのが起き出す頃に眠って、にのが帰ってくる頃に起きてる」
「もったいない!」
嘆く二宮に首を傾ける。
「これからは、夜はこうして話をしよう。相葉さんにもっと近づきたいんだ」
相葉の頬がうっすらと赤くなる。可愛いと言って、二宮はキスを落とした。
「もう寝て?すぐ夜明けだから」
「うん」
返事をしたものの、相葉は二宮の腕の中に深く入り込んでくる。
「相葉さん?」
「もう少しだけ」
甘えるように擦り寄ってくる相葉に、愛しさが溢れ出す。こんな時間がいつまでも続けばいいと、祈りにも似た気持ちで相葉を抱きしめた。
「おはよう、相葉さん」
「時間的には、おやすみだと思うけど」
部屋を訪れた二宮に、眉を寄せて見せるが、心底嫌ではないことを二宮は知っている。
「今日は、相葉さんが住んでいた北の国の話を聞かせて?」
ベッドに腰掛けて、相葉に向かって腕を広げると、相葉は当然のように腕の中に収まるのだから。
しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。二宮が高熱を出して倒れてしまった。過労だった。
冷静に考えれば、二宮は昼間教会に行って、夜は相葉の相手をして明け方まで起きている。人ならば倒れて当然だった。
「ごめんね、相葉さん」
「ううん…」
二宮との時間に溺れて、気づかなかった。気づけなかった。
「にの」
額にそっと冷えたタオルを乗せる。熱で潤んだ目が、薄く開いた。
「おれも、にのがすき…」
突然の告白に驚きながらも、二宮は嬉しそうに笑った。
すっかり忘れていた。ここに何をしに来たのかを。
二宮に逢ってから、自分は変わってしまった。だけど二宮が倒れて、改めて気付かされた。
人間と異形である自分は、住んでいる世界が違う。相容れないのだ、と。
自分は、長い時間を終わらせるために、この地へ、来たのだ。
看病の甲斐あってか、二宮の具合は二日後には良くなっていた。先ほどからし始めた雨音を聞きながら、二宮は花瓶に赤いバラを生けていた。
「綺麗だろ?さっき近所の人にもらったんだ」
二宮は嬉しそうだが、相葉は無表情だった。…どうして彼は自分の本能を起こすようなことをするのだろう。
バラの花の、深い赤。チョコレートケーキの、濃厚な甘さ。
連想させるものは、ただ、一つ。
「相葉さん?バラ、嫌い?」
「…ううん」
些細なことで思い知らされる。
「だったらそんな怖い顔しないで」
歩み寄ってあやす様なキスを落とすが、目を閉じなかった相葉に気付いて、二宮は困ったように笑った。
「相葉さんは俺を好きだと言ったけれど、何も行動しないの?」
血を吸って、下僕にするとか。相葉は緩く頭を振る。
「そんなこと、おれは望まない。にのに対するこの気持ちは、絶望だから」
相葉がどれほど二宮を愛そうが、人である二宮は相葉を置いて逝く。それがどんなに悲しくて苦しいことか、人間である二宮には分からない。
「俺の相葉さんに対する気持ちは、希望だ」
…だから、そんなことが、言えるのだ。
「…にのはいつか、おれに近づきたいって言っていたね。…今もそう思う?」
「思う」
唐突に切り出された言葉に、目を丸くしている二宮の首に、細い腕が巻きつく。
「相葉さん?あい…っんっ!」
強引に唇を割られて、二宮は驚いて相葉の身体を引き離した。
「…っ!…相葉さん!?」
「おれとは嫌?」
「そういう問題じゃなくて…」
「……ああ、にのは神父だもんね」
相葉は思い出したように言った。ゆっくり椅子から立ち上がり、「ごめんね」と呟く。
「あ、おい!」
「病み上がりなんだから、早く休まなきゃ駄目だよ?」
振り返ることなく、居間を出て行った。二宮が倒れてからは短くなってしまったが、毎晩夜明け近くまで、他愛ない話をして過ごすと言うのに、相葉は一人で部屋へと戻ってしまった。
俺が拒んだから…?確かに俺は神父だけれど、決してあの人の思いを拒んだわけではない。これだけで、すべて無かったことにするなんて事は…。
自分の考えにゾッとした。全て無かったことにする。
二人で過ごした時間も、お互いを思うこの気持ちも、なかったことに。
――まさか。
「相葉さん!」
二宮は二階へと駆け上がった。勢いのまま部屋のドアを開ける。
「あい、ば、さ……」
相葉の姿は、無かった。
雨の中、二宮は傘も差さずに相葉を探した。後悔しても、しきれない思いに苛まれる。どうしてもっと相葉のことを考えてやれなかったのだろうか。降りかかる雨と溢れる涙で、視界が悪くなる。
結局俺は、自分のことしか考えていなかった。
「相葉さん!どこ!」
離れないで
傍にいて
想いを消さないで
愛しいと思う気持ちを、絶望だと言った相葉ならやりかねない。
「相葉さん!」
教えてあげたい、絶望だけではないことを。
思い付くところは全て探した。捜さなかったところが無いくらい、駆け回った。だけど相葉は見つからなかった。病み上がりで雨の中を走ったせいか熱が出てきたようで、眩暈がした。
「教会…」
気が付くと教会の前にいた。相葉と初めて出逢った場所。
重い身体を引きずり、門をくぐって教会の門を開けた。差別なく受け入れてくれる広い空間は、自分にとって心の拠り所であるはずなのに、今は何故か悲しい。そんな時、ふと呼ばれたような気がして、二宮は弾かれたように走り出した。
教会の門を開けると、門の下に相葉が立っていた。大雨の中、黒い傘を差し、教会の屋根の上の十字架を眺めているようだったが、二宮に気付いて、穏やかな微笑を浮かべる。その恐ろしいまでの綺麗な笑みに、二宮は全身が総毛立った。相葉は笑ったまま傘を閉じ、真っ直ぐに二宮に向かって歩き始めた。
「や…いや…だ…」
二宮は、真っ青になって頭を振る。相葉の歩みは、止まらない。
教会の敷地に相葉が入ったらどうなるか位、二宮は十二分に知っている。
「嫌だ!相葉さん!」
二宮は駆け出して、倒れる寸前だった愛しい人を抱きしめた。腕の中の身体は、さらさらと灰に還っていく。
「あ、いばさ…、相葉さんっ!」
「やっと終わる…一人は、もう、いやなんだ…」
黒い瞳に二宮を最期に映して、音もなく相葉は灰に還った。
「あ…いば………」
叩きつける雨に、相葉を流される。
「――――――ッ!!!」
雨に閉ざされた、悲しい叫び。
最愛の日々。
数年後の教会。
神父のいないそこは次第に人々に忘れ去られ、廃墟と化した。
肌身離さず大切に持ち歩く、一握りにも満たない灰。その灰こそが、二宮の愛しい人だった。
+++++
あの日から二宮は、教会の書物を片っ端から読み漁った。様々な町の教会や書物庫、資料庫の見聞録などを調べ尽くし、朝から夜まで本に向かっていた。
相葉を、元の姿に戻すために。
『やっと終わる…一人は、もう、いやなんだ…』
相葉の最期の言葉が、耳から離れない。自分の事しか考えず、相葉を突っぱねてしまった結果だった。
相葉が唇を寄せてきたとき、せめて抱きしめていれば、相葉にあんなことを言わせないで済んだかもしれない。あんなことには、ならなかったかもしれない。そう思うと自分が憎くてたまらなくなる。
今なら分かる。
あの時、自分は試されたのだ。
「…う…っ」
泣いたって、何一つ変わらない。何一つ、相葉には伝わらない。二宮は涙をぬぐって本を読み続けた。
一年が経とうとした頃。
山間の小さな教会で、その本を見つけた。本を抱え、二宮は教会を飛び出した。
――灰になった吸血貴族を復活させる方法
しかしそれには条件があった。
灰が10分の1残っていること。人の半分以上の血液が必要で、灰になる前にその血液を吸血していること。
ホテルに戻り、二宮は本を広げた。
灰は10分の1も残っていない。血液だって、相葉の唇に塗ったぐらいだ。
けれど、やるしか、ない。
バスルームに入り、浴槽に栓をして、刃物を腕に当てる。幾本の赤い筋を尻目に、懐から小袋を取り出して胸に抱えた。
3分1以上血が流れたら、人間は死に至る。怖くはなかったけれど、二度と逢えないと思うと悲しかった。
「相葉さ…ん…」
目が段々と霞んできた。意識も、もう少しで落ちるだろう。
貴方に、逢いたかった。
目が覚めると、白い天井が映った。
「俺…」
確か、バスルームで…。
「気がついた?」
二宮はその声に目を見開き、飛び起きた。
少し離れた窓際から、ゆっくりとベッドに歩み寄ってくるその人は。
「あ、あい…」
「っんのばかっ!!」
怒声と共に、左右の頬を思い切り叩かれた。
「何てことするの!もう少しで助けられなかったんだからな!!」
本当に?本当に…相葉さん?
夢じゃない。頬の痛みが現実だと伝える。
夢じゃないんだ!
「にの聞いてるの!?話を…っ!」
抱き寄せて、その唇を貪るように口付けた。
「や、や…っん…」
放す気なんて全く無い。角度を変えて更に貪る。暫くすると諦めたのか、二宮の首に腕が回された。
「ばさ…ん。相葉さん、相葉さん」
意識がとろりとしてきた頃、漸く唇を解放された。
「相葉さん、相葉、さん…」
「に…の…」
息も出来ないほど深く抱き締められる。身を捩り、苦しいと訴えた。
「あ、ごめん」
二宮は嬉しそうに笑っていた。愛しそうに相葉を見る、優しい目。耐えきれずに視線を逸らした。
「俺は…にのを、殺した」
「…え?」
相葉が二宮から一歩下がり、呟くように言った。訳が分からず、二宮は離れて行く身体を再び引き寄せた。
「どういうこと?」
「仕方なかったんだ!放して!」
「相葉さん!」
ビクリと相葉は身体を震わせ、二宮は声を荒げた事を後悔した。
「大きな声出して、ごめん。でも、どういうこと?教えて」
いてしまった相葉を覗き込むと、二宮は固まってしまった。声も出さずに、相葉は涙を零していた。
「お、おれが…蘇ったときには…にのは、もう……このままだったら、助からなく、て…!だから!」
そう言って、相葉は口を押さえた。
「…!…まさか、相葉さん…俺の血を…?」
「仕方なかったんだ!」
二宮に背を向けて、相葉は身体を丸めてしゃくりあげた。
「残されるのは…一人は…いやなんだ!」
二宮は、相葉を後ろから抱き締めた。
「…っ!ごめん、ごめん…!」
二宮の命を踏み台にして蘇った相葉が、どう思うのか。一人を嫌がっていた相葉が、どう生きていくのか。
二宮はただただ相葉に逢いたくて、死を覚悟でやった。しかし、その後は考えていなかった。
「ごめん相葉さん…。助けてくれて、ありがとう…」
どうして俺は自分のことだけで、貴方のことを考えないのだろう。情けなくて涙が出てきた。
「…にの」
「………」
「にの」
相葉は身体の向きを変え、二宮の頭を優しく胸に抱えた。静かに髪を梳かれる中で、二宮はふと気が付いた。
「…そうだ、俺達、ずっと一緒にいられるんだよね?」
「え…」
「相葉さんと、この先ずっと、一緒なんだよね?」
二宮は顔を上げた。
相葉と、ずっと一緒に。
人間だったら無理な話だけれど、同じ吸血貴族ならば可能な話だ。
「あ…」
二宮はもう人ではない。考えも付かなかった。あの時はただ、出血多量で冷たくなっていく二宮を助けたくて、それだけで動いていた。
「俺が側にいることを、許してくれる?」
「…この想いは、絶望じゃないの?」
「時にそれはある。だけど、それだけじゃない。俺の想いが、希望であるように」
「……許す」
そう言って、俯かせていた顔を上げた相葉は、穏やかに笑った。至近距離でみたそれに、二宮は見惚れた。
「…どうする?夜が明ける前にホテル出るか、もう一泊するか?」
「…もう一泊。貴方を抱き締めて眠りたい」
赤くなった相葉が何か言い出す前に、素早くベッドに押し倒す。「にの!」と抗議が上がったけれど、聞こえない振りをした。
「まだ夜明けじゃない」
「俺が眠たいの。付き合って」
「もう…」
ぶつぶつ言いながらも二宮の腕の中で、相葉は一足先に眠りに就いた。安心しきった無防備な寝顔に、優しくキスを落とす。
「如何なる順境の時も逆境の時も、愛と忠誠を尽くすことを…誓います」
二宮は目を閉じた。
暫くして腕の中の相葉が目を開け、二宮と同じ事を言ったのを、二宮は深い意識の底で聞いていた。
end
3日振りに会った相葉さんは、絵に描いたようにボロボロだった。
『おやすみ3秒前』
「にの……ごめ…、少し、寝かせ…て……」
合鍵を使って部屋に入り込むなり、床に崩れ落ちた。さすがの二宮も驚いて、やりかけのテレビゲームをポーズにして、近づく。
しかし、その頃には既に微かな寝息が漏れていて。
「お~い……相葉さん?」
声を掛けても当然返事はなく、呼吸と共に上下する体を見下ろした。それ程までに疲れているのなら、部屋に帰ればいいのに。そう思いつつ、屈み込んでその体を揺すってみる。
「こんな所で寝んな」
返ってくるのは安らかな寝息ばかりで。焦れた二宮は軽く相葉の頭を叩いた。ぺしり、と気持ちいい音が響いたが、やはり相葉の反応はなく。
これは当分起きないな、と小さく息を吐いた。
何故ここまで。
首を傾げ、しかしすぐにその理由に思い当たる。数日前から、レギュラー番組の収録で海外に行っていた彼は、こっちの時間で今朝早くにロケを終え、帰ってきたはず。
「……寝ないで帰ってきた…?」
ふと、今朝方交わした電話の言葉を思い出した。嬉々として二宮に報告をする相葉に呆れたように、お前テンション上がりすぎ、と。
『だってだってにのに早くあいたいんだもん!だからスタッフさんとか、らいおんにも頼み込んで撮っちゃった!』
と、寝不足や疲れを微塵も感じさせず言ったのだ。掃除を疎かにされてキレたライオンに、背後かどっかから襲われないようにしろよ、と笑って返し、その時は終わったのだが。
ちらりと相葉に目を遣ると、髪は乱れ、珍しくうっすらと髭が生えている。恐らく相葉は二宮の為に、とそれこそ寝る間を惜しんで収録に励み、疲れた身体を叱咤しつつ帰ってきたのだろう。
二宮は呆れの混じった溜息を吐いた。誰もそこまでして帰ってこいとは言ってない。もちろんそれは相葉もわかっているのだろう。
ただ、自分がしたかったから。いつものように笑いながら、そう言うに違いない。
「馬鹿だな、お前」
呟いて、フローリングの上に転がって眠る相葉を見詰めた。床は冷えるし、体も痛くなる。せめてベッドには連れて行ってやるか、と思ったが、自分より大きい男を担いで運ぶというのは難しい。
しかも、相手は熟睡中。到底無理な話だ。仕方なく、毛布を引っ張り出して来て、その上に掛けてやる。いつか起きるだろう、と思いながら、ソファに戻ろうとして―――ふと、足を止めた。
暫く考え、クッションと(テレビゲームは無理だから)携帯ゲーム機を手に取って、相葉の所に戻る。壁際にクッションを置いて、そこに凭れ掛かるように座り込むと、相葉の頭を持ち上げて、自分の腿の上に乗せた。
相葉が今までどれだけ頼んでもしてもらえなかった、膝枕。起きたらどんな顔をするだろ、と考えると、少し楽しくなった。
「今日だけだかんな」
耳元でそっと囁き、ゲーム機の電源を付ける。
相葉が寝息の合間に幸せそうな笑みを漏らしたのを見て、二宮も微かに笑みを浮かべた。
『おやすみ3秒前』
「にの……ごめ…、少し、寝かせ…て……」
合鍵を使って部屋に入り込むなり、床に崩れ落ちた。さすがの二宮も驚いて、やりかけのテレビゲームをポーズにして、近づく。
しかし、その頃には既に微かな寝息が漏れていて。
「お~い……相葉さん?」
声を掛けても当然返事はなく、呼吸と共に上下する体を見下ろした。それ程までに疲れているのなら、部屋に帰ればいいのに。そう思いつつ、屈み込んでその体を揺すってみる。
「こんな所で寝んな」
返ってくるのは安らかな寝息ばかりで。焦れた二宮は軽く相葉の頭を叩いた。ぺしり、と気持ちいい音が響いたが、やはり相葉の反応はなく。
これは当分起きないな、と小さく息を吐いた。
何故ここまで。
首を傾げ、しかしすぐにその理由に思い当たる。数日前から、レギュラー番組の収録で海外に行っていた彼は、こっちの時間で今朝早くにロケを終え、帰ってきたはず。
「……寝ないで帰ってきた…?」
ふと、今朝方交わした電話の言葉を思い出した。嬉々として二宮に報告をする相葉に呆れたように、お前テンション上がりすぎ、と。
『だってだってにのに早くあいたいんだもん!だからスタッフさんとか、らいおんにも頼み込んで撮っちゃった!』
と、寝不足や疲れを微塵も感じさせず言ったのだ。掃除を疎かにされてキレたライオンに、背後かどっかから襲われないようにしろよ、と笑って返し、その時は終わったのだが。
ちらりと相葉に目を遣ると、髪は乱れ、珍しくうっすらと髭が生えている。恐らく相葉は二宮の為に、とそれこそ寝る間を惜しんで収録に励み、疲れた身体を叱咤しつつ帰ってきたのだろう。
二宮は呆れの混じった溜息を吐いた。誰もそこまでして帰ってこいとは言ってない。もちろんそれは相葉もわかっているのだろう。
ただ、自分がしたかったから。いつものように笑いながら、そう言うに違いない。
「馬鹿だな、お前」
呟いて、フローリングの上に転がって眠る相葉を見詰めた。床は冷えるし、体も痛くなる。せめてベッドには連れて行ってやるか、と思ったが、自分より大きい男を担いで運ぶというのは難しい。
しかも、相手は熟睡中。到底無理な話だ。仕方なく、毛布を引っ張り出して来て、その上に掛けてやる。いつか起きるだろう、と思いながら、ソファに戻ろうとして―――ふと、足を止めた。
暫く考え、クッションと(テレビゲームは無理だから)携帯ゲーム機を手に取って、相葉の所に戻る。壁際にクッションを置いて、そこに凭れ掛かるように座り込むと、相葉の頭を持ち上げて、自分の腿の上に乗せた。
相葉が今までどれだけ頼んでもしてもらえなかった、膝枕。起きたらどんな顔をするだろ、と考えると、少し楽しくなった。
「今日だけだかんな」
耳元でそっと囁き、ゲーム機の電源を付ける。
相葉が寝息の合間に幸せそうな笑みを漏らしたのを見て、二宮も微かに笑みを浮かべた。
ただ今、夏のコンサートツアーの真っ最中。撮影の合間にもコンサートを盛り上げるための準備に余念がないメンバーは進行表を見る者、振り付けを再確認する者とさまざまだ。
その中で相葉は自分の仕切りコーナーであるファンからの質問選びをしていた。
「うーん、これは話が広がんないよなあ」
「いい質問あった?」
「んあ?翔ちゃんお疲れぇ」
撮影を終えて戻ってきた櫻井が相葉に声をかけた。
「いっぱいあんなあ。選ぶの大変じゃね?」
「んー、でも見てると楽しいよ。いろんな質問あってさ」
「ふーん。どれどれ・・・『嵐の中で一番喧嘩が強いのは?』って喧嘩したことねえしなあ」
「これは?『自分以外の誰かになれるとしたら、なりたいのは誰?』だって」
「ありがちじゃね?」
「そっかなあ?そうだねー。」
と、相葉はまた質問に目を通し始める。櫻井は不意に興味が湧いてきた。相葉が誰になりたいと思っているのか。
「ちなみにさー、相葉ちゃんは誰になりたい?」
「なにがぁ?」
「だから、誰かになれるとしたら、誰?」
「んー?そうだな~。翔ちゃんかな?」
「え?俺?」
「うん。だって頭良いし、顔もカッコいいもん」
面と向って言われて、櫻井は頬を赤らめる。
「あーでも、ヘタレと筋肉はヤだなあ」
「おいっ!!」
上げといて落とす相葉に、櫻井はヘコむなあそれ、と呟いた。そんな言葉は聞こえていないのか、相葉は更に考え込んでいる。
「んー、やっぱり松潤かなあ。でも顔濃いしなー。キャプテンがいいかなあ。歌も踊りも超うまいし。」
「お前、メンバー限定かよ」
つっこみを入れた櫻井だったが、そこまで聞いて櫻井は疑問に思った。
「なあ相葉ちゃん。ニノは?ニノにはなりたくないの?」
相葉と二宮は恋人同士だ。時にウザイほどのバカップルぶりを見せ付けられている櫻井としては、相葉の口からニノが出てこない事が不思議だった。
「なに言ってんの翔ちゃん。にのになんてなりたいわけないでしょ」
相葉は目を真ん丸く見開いて、櫻井を見遣った。
「だってコイビトでしょ?ニノのこと好きなんじゃねえの?」
「好きに決まってんじゃん」
「好きな人になりたいとは思わねえの?」
「翔ちゃん、ばかじゃないの?」
バカ呼ばわりされて櫻井は少しムッとしながらも続ける。
「バカって、バカは言いすぎだろうよ・・・。でも何でニノにはなりたくないんだよ?普通好きな人になりたいって思うだろ?」
相葉は手に持っていたファンからの質問の用紙をテーブルに置くと、大きくため息をついた。
「翔ちゃんは分かってないなあ」
「何がだよ」
「あのね、俺はにののことが好きなんだよ?その俺がにのになっちゃたら、にのはどこ行っちゃうの?俺の好きなのはにのであって、俺がにのになっちゃったら、その時点でもう俺の好きなにのじゃないでしょ?」
分かる?と、櫻井を見つめ相葉は首を傾げる。
「俺はね、いつでもにののそばにいたいんだ。一緒にいたいんだよ。俺がにのになったら一緒にいられないでしょ?近づきたいとは思うけど、にのになりたいわけじゃないんだ」
そう言って相葉は綺麗に笑った。その笑みは全面の信頼を置く人に見せるそれと同じで、櫻井の胸を熱くさせた。
「ニノが憎いなあ」
「ん?なに?」
櫻井の呟きはまたもや相葉には聞こえなかったようだ。
「いや、そういう考え方もあるんだなって感心してたの。相葉ちゃんも考えてないようで、いろいろ考えてんだなって」
「なんだよ、それぇ。俺だって考えてるよ」
今度は困ったように眉を下げて相葉が笑う。
「あっ、でも、俺が違う人になっちゃたら俺じゃない‘俺’のことをにのは好きになっちゃうのか・・・・やっぱダメ!俺は俺が良い!!」
首をぶんぶんと振って必死に訂正する相葉に櫻井は苦笑する。
櫻井は密かに相葉に好意を持っていた。奪おうとまでは思わなかったが、そうなったら良いのにと思うことはあった。しかし、二人の間に入る隙なんて全くないのだと相葉に言われた気がした。
「あ、そうだ。ところで翔ちゃんは?」
「あ?」
「翔ちゃんは誰になりたいの?」
相葉は興味津々に身を乗り出して聞いてくる。
「俺?そうだなあ、俺も・・・俺でいいや」
「あ、ずりい、翔ちゃんの真似っこ」
期待はずれの答えに相葉は頬を膨らませた。
「ははっ。ホントはね、好きな人の‘好きな人に’なりたかったんだけど、やめた」
「なんで?」
「だって俺が好きな人の‘好きな人に’なったら、その時点で好きな人の‘好きな人’じゃなくなっちゃうんだろ?そしたら意味なくね?」
「好きな人の‘好きな人が’翔ちゃんになったら、好きな人の‘好きな人は’・・・・・あ~っ、もうわかんねえよっ!!ややこしいっ!」
指を立てて考えていた相葉だったが、途中で分からなくなったらしく頭をクシャっと掻いた。
「何でだよっ。お前が言い出したんだろ?分かれよ!!」
笑いながらツッこむと、余計に相葉はムキになった。
「うるさいっ。翔ちゃんなんて、ちょっと頭が良いからってばかにしやがって」
「してねえよ。つーか、さっきは頭良いから俺になりたいって言ってたくせに」
「やめたって言ったじゃん!翔ちゃんのばかっ!」
「なにやってんですか?あんたたちは。外まで聞こえてますけど」
撮影を終えた二宮が呆れた様子で入ってきた。
「あ、にの。おかえりぃ」
「はい、ただいま。で、あんた次の質問決まったの?」
「あーっ!!そうだよっ質問!!もう、翔ちゃんが邪魔するからぁ!」
「俺のせいかよっ!」
相葉は喚きながらも、先ほどまで行っていた作業に取り掛かる。それを二宮と櫻井は眺めていた。
「ところで翔君。さっきは何話してたんですか?」
楽屋に帰ってきてから、ずっと気になっていた事を二宮は聞いた。
「あ?あー、お前らの惚気を聞かされてたんだよ」
「惚気?」
「ニノはさ、自分以外の誰かになれるとしたら誰になりたい?」
「自分以外の?」
二宮は少し考えた後にきっぱりと答えた。
「俺は誰にもなりたくないな。」
「何で?」
「だって俺が俺じゃなくなったら、あの人誰が面倒見んのよ」
俺以外には無理でしょ?と自信に満ちた表情で答えた。それを聞いた櫻井は笑いがこみ上げてきた。
「あははっ。ホントあんたらバカップルだね!!」
「何笑ってんですか、急に」
怖いよ翔君と、二宮が訝しげに問う。
「だって、二人して同じ事言ってっからさ、もう相思相愛ってこの事だなーと思って」
櫻井の言葉に二宮は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵に笑って見せた。
「当然でしょう」
「うひゃひゃひゃっ!ねえ、にのっ、にの!見て見て!これ超傑作!!」
「はいはい、何ですか?んははっ!!この質問は使えないだろ」
呼ばれて相葉の元へと行った二宮は、相葉と一緒に笑い転げている。櫻井は小さくため息をついて二人を見遣る。
「翔ちゃんもおいで~。見てよっ、面白いから」
しばらく二人の姿を見つめていた櫻井は相葉の呼びかけに晴れやかに笑って彼らの元へ向った。
おわり
その中で相葉は自分の仕切りコーナーであるファンからの質問選びをしていた。
「うーん、これは話が広がんないよなあ」
「いい質問あった?」
「んあ?翔ちゃんお疲れぇ」
撮影を終えて戻ってきた櫻井が相葉に声をかけた。
「いっぱいあんなあ。選ぶの大変じゃね?」
「んー、でも見てると楽しいよ。いろんな質問あってさ」
「ふーん。どれどれ・・・『嵐の中で一番喧嘩が強いのは?』って喧嘩したことねえしなあ」
「これは?『自分以外の誰かになれるとしたら、なりたいのは誰?』だって」
「ありがちじゃね?」
「そっかなあ?そうだねー。」
と、相葉はまた質問に目を通し始める。櫻井は不意に興味が湧いてきた。相葉が誰になりたいと思っているのか。
「ちなみにさー、相葉ちゃんは誰になりたい?」
「なにがぁ?」
「だから、誰かになれるとしたら、誰?」
「んー?そうだな~。翔ちゃんかな?」
「え?俺?」
「うん。だって頭良いし、顔もカッコいいもん」
面と向って言われて、櫻井は頬を赤らめる。
「あーでも、ヘタレと筋肉はヤだなあ」
「おいっ!!」
上げといて落とす相葉に、櫻井はヘコむなあそれ、と呟いた。そんな言葉は聞こえていないのか、相葉は更に考え込んでいる。
「んー、やっぱり松潤かなあ。でも顔濃いしなー。キャプテンがいいかなあ。歌も踊りも超うまいし。」
「お前、メンバー限定かよ」
つっこみを入れた櫻井だったが、そこまで聞いて櫻井は疑問に思った。
「なあ相葉ちゃん。ニノは?ニノにはなりたくないの?」
相葉と二宮は恋人同士だ。時にウザイほどのバカップルぶりを見せ付けられている櫻井としては、相葉の口からニノが出てこない事が不思議だった。
「なに言ってんの翔ちゃん。にのになんてなりたいわけないでしょ」
相葉は目を真ん丸く見開いて、櫻井を見遣った。
「だってコイビトでしょ?ニノのこと好きなんじゃねえの?」
「好きに決まってんじゃん」
「好きな人になりたいとは思わねえの?」
「翔ちゃん、ばかじゃないの?」
バカ呼ばわりされて櫻井は少しムッとしながらも続ける。
「バカって、バカは言いすぎだろうよ・・・。でも何でニノにはなりたくないんだよ?普通好きな人になりたいって思うだろ?」
相葉は手に持っていたファンからの質問の用紙をテーブルに置くと、大きくため息をついた。
「翔ちゃんは分かってないなあ」
「何がだよ」
「あのね、俺はにののことが好きなんだよ?その俺がにのになっちゃたら、にのはどこ行っちゃうの?俺の好きなのはにのであって、俺がにのになっちゃったら、その時点でもう俺の好きなにのじゃないでしょ?」
分かる?と、櫻井を見つめ相葉は首を傾げる。
「俺はね、いつでもにののそばにいたいんだ。一緒にいたいんだよ。俺がにのになったら一緒にいられないでしょ?近づきたいとは思うけど、にのになりたいわけじゃないんだ」
そう言って相葉は綺麗に笑った。その笑みは全面の信頼を置く人に見せるそれと同じで、櫻井の胸を熱くさせた。
「ニノが憎いなあ」
「ん?なに?」
櫻井の呟きはまたもや相葉には聞こえなかったようだ。
「いや、そういう考え方もあるんだなって感心してたの。相葉ちゃんも考えてないようで、いろいろ考えてんだなって」
「なんだよ、それぇ。俺だって考えてるよ」
今度は困ったように眉を下げて相葉が笑う。
「あっ、でも、俺が違う人になっちゃたら俺じゃない‘俺’のことをにのは好きになっちゃうのか・・・・やっぱダメ!俺は俺が良い!!」
首をぶんぶんと振って必死に訂正する相葉に櫻井は苦笑する。
櫻井は密かに相葉に好意を持っていた。奪おうとまでは思わなかったが、そうなったら良いのにと思うことはあった。しかし、二人の間に入る隙なんて全くないのだと相葉に言われた気がした。
「あ、そうだ。ところで翔ちゃんは?」
「あ?」
「翔ちゃんは誰になりたいの?」
相葉は興味津々に身を乗り出して聞いてくる。
「俺?そうだなあ、俺も・・・俺でいいや」
「あ、ずりい、翔ちゃんの真似っこ」
期待はずれの答えに相葉は頬を膨らませた。
「ははっ。ホントはね、好きな人の‘好きな人に’なりたかったんだけど、やめた」
「なんで?」
「だって俺が好きな人の‘好きな人に’なったら、その時点で好きな人の‘好きな人’じゃなくなっちゃうんだろ?そしたら意味なくね?」
「好きな人の‘好きな人が’翔ちゃんになったら、好きな人の‘好きな人は’・・・・・あ~っ、もうわかんねえよっ!!ややこしいっ!」
指を立てて考えていた相葉だったが、途中で分からなくなったらしく頭をクシャっと掻いた。
「何でだよっ。お前が言い出したんだろ?分かれよ!!」
笑いながらツッこむと、余計に相葉はムキになった。
「うるさいっ。翔ちゃんなんて、ちょっと頭が良いからってばかにしやがって」
「してねえよ。つーか、さっきは頭良いから俺になりたいって言ってたくせに」
「やめたって言ったじゃん!翔ちゃんのばかっ!」
「なにやってんですか?あんたたちは。外まで聞こえてますけど」
撮影を終えた二宮が呆れた様子で入ってきた。
「あ、にの。おかえりぃ」
「はい、ただいま。で、あんた次の質問決まったの?」
「あーっ!!そうだよっ質問!!もう、翔ちゃんが邪魔するからぁ!」
「俺のせいかよっ!」
相葉は喚きながらも、先ほどまで行っていた作業に取り掛かる。それを二宮と櫻井は眺めていた。
「ところで翔君。さっきは何話してたんですか?」
楽屋に帰ってきてから、ずっと気になっていた事を二宮は聞いた。
「あ?あー、お前らの惚気を聞かされてたんだよ」
「惚気?」
「ニノはさ、自分以外の誰かになれるとしたら誰になりたい?」
「自分以外の?」
二宮は少し考えた後にきっぱりと答えた。
「俺は誰にもなりたくないな。」
「何で?」
「だって俺が俺じゃなくなったら、あの人誰が面倒見んのよ」
俺以外には無理でしょ?と自信に満ちた表情で答えた。それを聞いた櫻井は笑いがこみ上げてきた。
「あははっ。ホントあんたらバカップルだね!!」
「何笑ってんですか、急に」
怖いよ翔君と、二宮が訝しげに問う。
「だって、二人して同じ事言ってっからさ、もう相思相愛ってこの事だなーと思って」
櫻井の言葉に二宮は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵に笑って見せた。
「当然でしょう」
「うひゃひゃひゃっ!ねえ、にのっ、にの!見て見て!これ超傑作!!」
「はいはい、何ですか?んははっ!!この質問は使えないだろ」
呼ばれて相葉の元へと行った二宮は、相葉と一緒に笑い転げている。櫻井は小さくため息をついて二人を見遣る。
「翔ちゃんもおいで~。見てよっ、面白いから」
しばらく二人の姿を見つめていた櫻井は相葉の呼びかけに晴れやかに笑って彼らの元へ向った。
おわり
「にののばかっ!もう知らないっ!」
叫び声とともに楽屋から相葉が飛び出していく。その後姿を見つめていた二宮はため息をついた。
「まったく。人の話は最後まで聞きなさいっての」
ひとり呟いても相手に聞こえるわけはなく、今しがた勢いよく閉められたドアを眺め、もう一度深く息を吐き出した。
その直後、松本と大野が楽屋へやってきた。
「おはよう。おい、ニノ。相葉ちゃんどうしたんだよ。すっげえ喚きながら走ってったぞ。ケンカか?」
楽屋のドアを開けたまま松本が問う。松本の視線は廊下の先・・・おそらく相葉が走り去った方向だろう。
「ちょっとね・・・。なんて言ってた?」
「『にののバカ、アホ、まぬけ、あんぽんたん、おたんこなすっ』って」
「潤君・・・言いますねえ」
「俺じゃねえよ。相葉ちゃんが走りながら喚いてたんだよ」
な?と同意を求めるように隣にいる大野を見た。
「うん、すげかったよ。ニノ何したの?」
「たいした事じゃないんだけどね・・・」
二宮が口を開こうかという時に、二宮の言葉を遮るように櫻井が慌てて楽屋へとやって来た。
「おい、ニノ。相葉ちゃんどうしたんだよ?かなりの勢いで走ってったぞ。すっげえ叫んでたけど」
話の腰を折られた形の二宮は不機嫌になりつつ、答える。
「・・・・何言ってました?」
「確か・・・『にののすっとこどっこい、いかれぽんち、とーへんぼく、変態エロ犬っ・・・とか』」
「翔君・・・言ってくれるじゃん・・・」
櫻井の言葉に目を細め、幾分声も低くなる二宮。
「お、俺が言ったわけじゃねえよっ。相葉ちゃんが言ったんだよ!なあ?」
二宮の様子の変化に、櫻井は焦って他の2人に助けを求める。そんな櫻井に呆れた視線を送りながら、松本は途切れた話の続きを促す。
「で、何したんだよ?」
「ん?ああ・・・」
昨夜を共に過ごした二宮と相葉は、一緒に仕事場へと来ていた。楽屋へ着くなり、ゲームを始めた二宮に不満顔を見せつつ、相葉はテレビの映画特集を見ていた。
今回特集されていたのは、公開が間近に迫った、R15指定の大人の純愛と言われている映画だ。かなり過激なシーンが多いと言われている映画の特集を食い入るように見ている相葉。それを横目で見ながら、俺たちのほうが激しいかな?と二宮はほくそ笑む。
そして、その映画のワンシーンが流れたとき、相葉の背筋がピンッと伸びた。今までにも増して興味津々の相葉。そのシーンは主演女優が、相手の男性にこう語りかけていた。
『私のために、あなたは死ねますか?』
うっとりと画面を見つめている相葉に、二宮は嫌な予感を覚えた。
「ねえ、にの」
「はい・・・何ですか?」
「にのは俺のこと、すき?」
「好きですよ」
「あいしてる?」
「愛してます」
くりくりの眼をきらきらさせて、相葉は期待に満ちた表情で二宮を見つめる。その表情を可愛いと思いながらも、二宮はまたか、と呆れていた。
相葉はすぐに影響を受ける。以前も、世間の奥様方を虜にした韓国ドラマを見て、しばらく二宮はメガネを外させてもらえなかったのだ。
まあ、そんなところもひっくるめて、愛しているから仕方がないのだが。さすがにマフラーと、カズ様と呼ばれることだけは必死で拒否した。
「ねぇ、じゃあ・・・」
「ちょっと待って」
二宮はこれから続くであろう相葉の言葉を考え、それを遮った。
「なに?」
「あなたが言いたいことなんて、だいたい見当つきます。言っときますけど、俺はあなたのためには死ねませんよ?」
「・・・なんで?俺がきらいなの?」
相葉の声のトーンが落ちる。
「だから、好きって言ってるでしょ?」
「だったら・・・」
「でも、あなたの為には死ねません」
きっぱりと言い放った言葉に、相葉の顔がみるみる歪んでいく。
「何だよっ!にのはホントは俺のことすきじゃないんだ!だからそんなこと言うんだっ!」
「ちょっ、落ち着きなさいって。そうじゃなくて・・・」
「もういいっ。にののばかっ!もう知らないっ!」
「で、今に至ると・・・?」
腕を組んで松本が問う。
「はい」
「それは、お前が悪いんじゃねえの?」
「うん。おいらもニノが悪いと思う」
二宮の話を聞いた3人は二宮を責める。
「だから、そうじゃないんだって・・・話にはまだ続きがあってですね・・・」
「それはそうと、追いかけなくていいの?」
またまた話の腰を折る櫻井を二宮は睨みつけるが、怯んだ櫻井に気を良くし、すぐにいつもの顔に戻る。
「相葉さんですか?良いんです」
二宮は出て行った相葉のことは追いかけないと、きっぱり言う。
「良いって・・・相葉ちゃんのこと心配じゃないの?」
「心配ですけど・・・たぶん、もう戻ってくるころじゃないかな?」
という二宮の言葉どおり、楽屋のドアを勢い良く開けて相葉が入ってきた。
「なんで、追っかけてこないんだよっ、ばかにの!!」
ね?と得意げに笑って見せる。
「はいはい、すいませんね。追いかけなくて。寂しくなっちゃって戻ってきたんでしょ?」
「ちっ、ちげーよ!!んなワケねーだろ!なに言っちゃってんだよ。まったく、にのはおばかの、わからんちんだね!」
「どーせ、俺はバカでおたんこなすな変態エロ犬ですからね」
「うっ。そ、そこまで言ってねえだろ」
「言ったでしょ?走りながら」
俯いて「言ったかも知んないけど・・・いや言ってないよ。ってか、なんで知ってんだよ」などと呟いている。
「相葉さん、おいで」
二宮は自分の前にある椅子をポンッと叩いて相葉を呼ぶ。
「なっ!まだ俺は許してないんだからな!にのなんて・・・」
「いいから、来い」
二宮の口調が変わったことに相葉の体がビクッと跳ねる。そして、ためらいながらも恐る恐る二宮の前まで進んだ。
「座って」
こういう時の二宮には逆らわない方が良いと、相葉は素直に従う。前に反抗し続けたとき、ひどい目にあったのだ。怒ってるのは自分の方なのにと納得はいかなかったが。
「泣いたの?」
目の前の相葉の頬を両手で挟みこんで、見つめながら涙の跡を指でそっとなぞる。
「泣いてねえよ」
「んふふ、嘘つき。あんたね、人の話は最後まで聞きなさいっていつも言ってるでしょ?」
二宮は、優しく諭すように話しかける。
「にのが悪いんだ・・・にのが俺のことすきじゃないって言うからぁ」
「言ってないでしょ。今から説明するからちゃんと聞きなさいよ?いい?」
顔を固定され二宮から目を離せない相葉は弱々しく頷いた。
「俺は、あなたの為には死ねません」
瞬間、相葉の潤みがちの瞳に一気に涙が溜まる。唇を噛み締めて泣くまいと必死に耐えている相葉の頬を、二宮は愛しそうに撫でる。
「ここからが大事。だって俺が死んだら、あんたどうする?生きて行けんの?」
「やだっ!俺も死ぬ!!」
考える間もなく、相葉が答えた。二宮がいない世界など、相葉には考えられない。その答えにやっぱりと、二宮は口の端を吊り上げる。
「そう言うと思った。だからあんたの為には死ねないんだよ」
「にの?」
首を傾げながら、依然、潤んだ瞳で二宮を見る。
「俺があんたの為だと思って、この身を滅ぼしても、あんたが後を追って死んじゃったら、俺がしたことって、意味ないでしょうが」
相葉の顔を挟む手に力を込めた。
「ににょ・・いひゃい・・・」
「俺はあんたの為なら、命を捨てられるよ。でも、あんたには生きていて欲しい。だからこそあんたの為に、俺は生きなくちゃなんないの」
二宮は、だから俺はあんたの為には死ねないんだよ、分かった?と額をくっつける。相葉の潤んでいた瞳は耐え切れなくなったのか、ついに大粒の雫を落とし始めた。
「うぇっ・・にぃのぉ・・・・ごめんねぇ。」
相葉は二宮にぎゅっと抱きついて何度も謝る。
「分かってくれたなら、もう良いよ。ほら、早く泣き止まないと、ひどい顔になるよ」
抱きついていた相葉を離すと、瞼にキスを落とし、そのまま涙を唇で拭う。
「うん・・・。にの、だいすきっ!」
「俺も、愛してます。」
完全に2人の世界に入って、存在を忘れられている事に、他の3人は呆れた。
「結局、相葉ちゃんの早とちりかよ・・・」
松本がため息混じりに言う。
「でも、ニノももう少しストレートに言えないのか?相手は相葉ちゃんだぜ?」
櫻井は、上手くまとまった事にホッとしながらも二宮の回りくどい言い回しに苦笑する。
「ねえ、そろそろ止めたほうが良いかも」
相葉と二宮をじっと見守っていた大野の声に他の2人もそちらを見やる。そこには、今にも事を始めてしまいそうな状態の二宮と相葉。すでに相葉の服は肌蹴ている。
「う・・・んぁ・・にぃ・・・のぉ・・・・だっめ・・・んっ・・」
「んふふ、相葉さん、可愛いね」
「おいおいっ、公共の場では慎めよっ!」
櫻井のつっこみと、松本の無言の圧力に、二宮はしぶしぶ相葉を離す。
「良いとこなのに、邪魔しないでくださいよ」
「見たくねえよ、メンバーの濡れ場なんて」
二宮の憎まれ口に松本がつっこむ。
「俺は見たいぞ」
「キャプテンは黙ってろ」
今度は松本の圧力が大野にかかる。
「うひゃひゃっ、キャプテンのえっちぃ」
相葉も先ほどの涙はどこへやら、楽しそうに参加し始めた。
「何だよ、お前ら途中で止めんなよ。もっとやれえ」
「ぎゃははっ、智君まじ怖いんですけど!」
みんなの視線が大野に集中する中、二宮は相葉の耳元で囁いた。
「雅紀、愛してるよ。仕事が終わったら続き・・・してやるから」
「なっ・・・」
相葉が顔を真っ赤にして、他のメンバーにからかわれたのは言うまでもない。
おわり
叫び声とともに楽屋から相葉が飛び出していく。その後姿を見つめていた二宮はため息をついた。
「まったく。人の話は最後まで聞きなさいっての」
ひとり呟いても相手に聞こえるわけはなく、今しがた勢いよく閉められたドアを眺め、もう一度深く息を吐き出した。
その直後、松本と大野が楽屋へやってきた。
「おはよう。おい、ニノ。相葉ちゃんどうしたんだよ。すっげえ喚きながら走ってったぞ。ケンカか?」
楽屋のドアを開けたまま松本が問う。松本の視線は廊下の先・・・おそらく相葉が走り去った方向だろう。
「ちょっとね・・・。なんて言ってた?」
「『にののバカ、アホ、まぬけ、あんぽんたん、おたんこなすっ』って」
「潤君・・・言いますねえ」
「俺じゃねえよ。相葉ちゃんが走りながら喚いてたんだよ」
な?と同意を求めるように隣にいる大野を見た。
「うん、すげかったよ。ニノ何したの?」
「たいした事じゃないんだけどね・・・」
二宮が口を開こうかという時に、二宮の言葉を遮るように櫻井が慌てて楽屋へとやって来た。
「おい、ニノ。相葉ちゃんどうしたんだよ?かなりの勢いで走ってったぞ。すっげえ叫んでたけど」
話の腰を折られた形の二宮は不機嫌になりつつ、答える。
「・・・・何言ってました?」
「確か・・・『にののすっとこどっこい、いかれぽんち、とーへんぼく、変態エロ犬っ・・・とか』」
「翔君・・・言ってくれるじゃん・・・」
櫻井の言葉に目を細め、幾分声も低くなる二宮。
「お、俺が言ったわけじゃねえよっ。相葉ちゃんが言ったんだよ!なあ?」
二宮の様子の変化に、櫻井は焦って他の2人に助けを求める。そんな櫻井に呆れた視線を送りながら、松本は途切れた話の続きを促す。
「で、何したんだよ?」
「ん?ああ・・・」
昨夜を共に過ごした二宮と相葉は、一緒に仕事場へと来ていた。楽屋へ着くなり、ゲームを始めた二宮に不満顔を見せつつ、相葉はテレビの映画特集を見ていた。
今回特集されていたのは、公開が間近に迫った、R15指定の大人の純愛と言われている映画だ。かなり過激なシーンが多いと言われている映画の特集を食い入るように見ている相葉。それを横目で見ながら、俺たちのほうが激しいかな?と二宮はほくそ笑む。
そして、その映画のワンシーンが流れたとき、相葉の背筋がピンッと伸びた。今までにも増して興味津々の相葉。そのシーンは主演女優が、相手の男性にこう語りかけていた。
『私のために、あなたは死ねますか?』
うっとりと画面を見つめている相葉に、二宮は嫌な予感を覚えた。
「ねえ、にの」
「はい・・・何ですか?」
「にのは俺のこと、すき?」
「好きですよ」
「あいしてる?」
「愛してます」
くりくりの眼をきらきらさせて、相葉は期待に満ちた表情で二宮を見つめる。その表情を可愛いと思いながらも、二宮はまたか、と呆れていた。
相葉はすぐに影響を受ける。以前も、世間の奥様方を虜にした韓国ドラマを見て、しばらく二宮はメガネを外させてもらえなかったのだ。
まあ、そんなところもひっくるめて、愛しているから仕方がないのだが。さすがにマフラーと、カズ様と呼ばれることだけは必死で拒否した。
「ねぇ、じゃあ・・・」
「ちょっと待って」
二宮はこれから続くであろう相葉の言葉を考え、それを遮った。
「なに?」
「あなたが言いたいことなんて、だいたい見当つきます。言っときますけど、俺はあなたのためには死ねませんよ?」
「・・・なんで?俺がきらいなの?」
相葉の声のトーンが落ちる。
「だから、好きって言ってるでしょ?」
「だったら・・・」
「でも、あなたの為には死ねません」
きっぱりと言い放った言葉に、相葉の顔がみるみる歪んでいく。
「何だよっ!にのはホントは俺のことすきじゃないんだ!だからそんなこと言うんだっ!」
「ちょっ、落ち着きなさいって。そうじゃなくて・・・」
「もういいっ。にののばかっ!もう知らないっ!」
「で、今に至ると・・・?」
腕を組んで松本が問う。
「はい」
「それは、お前が悪いんじゃねえの?」
「うん。おいらもニノが悪いと思う」
二宮の話を聞いた3人は二宮を責める。
「だから、そうじゃないんだって・・・話にはまだ続きがあってですね・・・」
「それはそうと、追いかけなくていいの?」
またまた話の腰を折る櫻井を二宮は睨みつけるが、怯んだ櫻井に気を良くし、すぐにいつもの顔に戻る。
「相葉さんですか?良いんです」
二宮は出て行った相葉のことは追いかけないと、きっぱり言う。
「良いって・・・相葉ちゃんのこと心配じゃないの?」
「心配ですけど・・・たぶん、もう戻ってくるころじゃないかな?」
という二宮の言葉どおり、楽屋のドアを勢い良く開けて相葉が入ってきた。
「なんで、追っかけてこないんだよっ、ばかにの!!」
ね?と得意げに笑って見せる。
「はいはい、すいませんね。追いかけなくて。寂しくなっちゃって戻ってきたんでしょ?」
「ちっ、ちげーよ!!んなワケねーだろ!なに言っちゃってんだよ。まったく、にのはおばかの、わからんちんだね!」
「どーせ、俺はバカでおたんこなすな変態エロ犬ですからね」
「うっ。そ、そこまで言ってねえだろ」
「言ったでしょ?走りながら」
俯いて「言ったかも知んないけど・・・いや言ってないよ。ってか、なんで知ってんだよ」などと呟いている。
「相葉さん、おいで」
二宮は自分の前にある椅子をポンッと叩いて相葉を呼ぶ。
「なっ!まだ俺は許してないんだからな!にのなんて・・・」
「いいから、来い」
二宮の口調が変わったことに相葉の体がビクッと跳ねる。そして、ためらいながらも恐る恐る二宮の前まで進んだ。
「座って」
こういう時の二宮には逆らわない方が良いと、相葉は素直に従う。前に反抗し続けたとき、ひどい目にあったのだ。怒ってるのは自分の方なのにと納得はいかなかったが。
「泣いたの?」
目の前の相葉の頬を両手で挟みこんで、見つめながら涙の跡を指でそっとなぞる。
「泣いてねえよ」
「んふふ、嘘つき。あんたね、人の話は最後まで聞きなさいっていつも言ってるでしょ?」
二宮は、優しく諭すように話しかける。
「にのが悪いんだ・・・にのが俺のことすきじゃないって言うからぁ」
「言ってないでしょ。今から説明するからちゃんと聞きなさいよ?いい?」
顔を固定され二宮から目を離せない相葉は弱々しく頷いた。
「俺は、あなたの為には死ねません」
瞬間、相葉の潤みがちの瞳に一気に涙が溜まる。唇を噛み締めて泣くまいと必死に耐えている相葉の頬を、二宮は愛しそうに撫でる。
「ここからが大事。だって俺が死んだら、あんたどうする?生きて行けんの?」
「やだっ!俺も死ぬ!!」
考える間もなく、相葉が答えた。二宮がいない世界など、相葉には考えられない。その答えにやっぱりと、二宮は口の端を吊り上げる。
「そう言うと思った。だからあんたの為には死ねないんだよ」
「にの?」
首を傾げながら、依然、潤んだ瞳で二宮を見る。
「俺があんたの為だと思って、この身を滅ぼしても、あんたが後を追って死んじゃったら、俺がしたことって、意味ないでしょうが」
相葉の顔を挟む手に力を込めた。
「ににょ・・いひゃい・・・」
「俺はあんたの為なら、命を捨てられるよ。でも、あんたには生きていて欲しい。だからこそあんたの為に、俺は生きなくちゃなんないの」
二宮は、だから俺はあんたの為には死ねないんだよ、分かった?と額をくっつける。相葉の潤んでいた瞳は耐え切れなくなったのか、ついに大粒の雫を落とし始めた。
「うぇっ・・にぃのぉ・・・・ごめんねぇ。」
相葉は二宮にぎゅっと抱きついて何度も謝る。
「分かってくれたなら、もう良いよ。ほら、早く泣き止まないと、ひどい顔になるよ」
抱きついていた相葉を離すと、瞼にキスを落とし、そのまま涙を唇で拭う。
「うん・・・。にの、だいすきっ!」
「俺も、愛してます。」
完全に2人の世界に入って、存在を忘れられている事に、他の3人は呆れた。
「結局、相葉ちゃんの早とちりかよ・・・」
松本がため息混じりに言う。
「でも、ニノももう少しストレートに言えないのか?相手は相葉ちゃんだぜ?」
櫻井は、上手くまとまった事にホッとしながらも二宮の回りくどい言い回しに苦笑する。
「ねえ、そろそろ止めたほうが良いかも」
相葉と二宮をじっと見守っていた大野の声に他の2人もそちらを見やる。そこには、今にも事を始めてしまいそうな状態の二宮と相葉。すでに相葉の服は肌蹴ている。
「う・・・んぁ・・にぃ・・・のぉ・・・・だっめ・・・んっ・・」
「んふふ、相葉さん、可愛いね」
「おいおいっ、公共の場では慎めよっ!」
櫻井のつっこみと、松本の無言の圧力に、二宮はしぶしぶ相葉を離す。
「良いとこなのに、邪魔しないでくださいよ」
「見たくねえよ、メンバーの濡れ場なんて」
二宮の憎まれ口に松本がつっこむ。
「俺は見たいぞ」
「キャプテンは黙ってろ」
今度は松本の圧力が大野にかかる。
「うひゃひゃっ、キャプテンのえっちぃ」
相葉も先ほどの涙はどこへやら、楽しそうに参加し始めた。
「何だよ、お前ら途中で止めんなよ。もっとやれえ」
「ぎゃははっ、智君まじ怖いんですけど!」
みんなの視線が大野に集中する中、二宮は相葉の耳元で囁いた。
「雅紀、愛してるよ。仕事が終わったら続き・・・してやるから」
「なっ・・・」
相葉が顔を真っ赤にして、他のメンバーにからかわれたのは言うまでもない。
おわり