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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 視線の先には愛しい人がいて、冷えた指の先には包み込んでくれる温かい手がある。ずっと。
 繋がれたこの運命が離れない様にと願う。彼と過ごした今までの春秋と、これから重ねて行くであろう途方もない歳月を思いながら。
 俺は、永遠の意味を知る。
「……光一君!」
 いきなり意識を呼び戻されて、はっと顔を上げた。どうやら気付かぬ内に机の上に突っ伏していたらしい。
「あれ。俺、寝てた?」
「てゆーより、気ぃ失ってたよ」
 呆れた顔で秋山が笑う。身体を起こして額に張り付いている濡れた前髪をかき上げると、その深い顔立ちを見上げた。
 此処はSHOCKの稽古部屋で、つい先刻まで立ち稽古をしていた筈だ。手直しが必要だと言う事に気付いて、それで。
 其処から先の記憶がない。
 体力には自信があるのに。歳かな、と一人ごちる。
「これからまだまだ先は長いんですから、あんま無理しないで下さいよ。俺らメッチャ心配なんだから」
 今年の冬もまた、彼らと過ごせている。彼らの存在が段々と馴染んで来る感触は悪くない。
 ゆっくりと自分の日常に溶け込んで行く。彼の様に。
「……お前らも多いなあ。俺の人生」
 脈絡のない言葉を彼との付き合いの長さと、持ち前の勘の良さで割と正確に読み取った秋山は、小さく溜息を吐いた。いつだってこの人の思考回路の中心は彼だけなのだ。
 扉の位置に人の気配を感じてそちらに視線を遣りながら答える。
「俺らも長いけどね。でも、敵わないよ」
 躊躇なく入って来た部外者に笑顔を向けながら呟いた。運命よりも強くて深い、その逃れようもない束縛で難無く光一を囲う。
 ナイーヴでセンシティヴな癖に誰よりも傲慢な彼の愛の形は歪だったけれど、秋山はそれが嫌いではなかった。
「お迎え来たよ」
「え?」
 不思議な顔をして見上げて来る光一は、多分今日のスケジュールを知らない。全く困った先輩だと苦く笑った。
「何やお前、寝惚けとんなあ」
 揶揄する口振りで、剛は光一の前に現れる。
「……つよし、あれ?」
 状況把握出来ていない瞳で瞬きした。仕方なく秋山が説明してやる。
「光一君はこれから歌番の収録でしょ。それが終わったらコンサートの稽古で、また俺らと合流ですよ」
「ふーん」
 感心した様な興味のない様な曖昧な音で答えた光一の視線は、既に剛に向けられていた。やれやれと秋山は頭を掻く。
 目の前に立つ見慣れ過ぎた人を黒目がちな瞳が凝視していた。この二人に『飽きる』と言う単語は存在しないらしい。
 机の上に置かれていた手が、不意に持ち上がる。ゆっくりとその腕は相方に差し伸べられた。無表情な硝子の瞳は澄んでいて、何も映し出してはくれない。
「お姫様、貴方のナイトがお迎えに上がりましたよ」
 伸ばされた手を正確に捕まえて、剛はゆったり笑う。光一はいつもの軽口に怯む様子も見せず、重ねられた手をしっかり握り締めた。しかしそれは意識しての行動ではなかった様で、惑った瞳を迷子みたいに潤ませる。
「相変わらず冷たいな。こんなに動いとんのに」
 反対側の手を使って、濡れた髪を梳いた。何もかもを理解した素振りで、座ったままの恋人を立ち上がらせる。秋山に光一の荷物を持って来させて受け取った。
「じゃ、また後でな」
「はーい、お疲れ様でした」
 手を繋いだまま出て行く二人の背中に、後輩達の挨拶の声が何度も投げられた。
 エレベーターに乗り込むと、漸く目覚めた恋人が繋がれた指先を不審そうに見詰める。
「剛、なんこれ?」
 繋いだ指の先にいる人に声を掛けた。
「あー、やっと起きたかー。スタジオ着いても起きんかったらどうしようって悩んでたわ、今」
 顔を覗き込まれて笑われると、身動き出来ない位胸が一杯になる。どうして、こんなに好きなんだろう。
 そう思ってから、ふと稽古中に考えていた事を思い出した。稽古の間ではなく、夢の中で思い付いたのかも知れないけど。思考を巡らせれば、今こうして手を繋いでいる理由にも思い当たる。
「手、離そか?外じゃ嫌やろ」
「……ううん」
 かぶりを振って、そのままで良いからと手に力を込めた。今はまだ、生まれた温もりを失いたくない。
 指先から浸透して行く愛しさに、光一はじっと耐えた。
 俺達には永遠がある。
 またぐるぐると同じ事を考えている、と己を嘲笑った。剛を信じてるのに、悪い癖やな。
 がたんと箱が揺れて扉が開いた。確認する目を向けられたけど、気付かない振りをして外に出る。ロビーに人がいる事は気にならなかった。
 この手を永遠に自分の物にしたいと思う。剛の全てを独り占めするのは不可能だから、せめてこの温かい手だけはいつでも自分だけに向いていて欲しい。
 けれど、永遠にも限りがあるから。無限とされていた宇宙にさえ果てがあるのと同じ様に。
 俺達の最果てもきっと何処かに。
 こんな事ばかり考えているから、彼の言葉で幸せになれないのだ。今だけを見て生きている筈なのに、俺はこんなにも永遠が欲しい。
 剛は、永遠の先を知っているだろうか。
 自動扉を通り抜けて寒空の下に出ると、表階段の手前で光一が急に立ち止まった。先を歩いていた剛は、既に二段降りた所で一緒に足を止める。手を引かれたから身体ごと振り返った。
 また可笑しな事を考えているのには気付いている。それが夢の続きなのか、彼特有の悲観的思考故なのかは分からなかったけれど。
 怖がっているのは確かだから、安心出来る様真っ直ぐに見詰める。
 光一は恋人の真摯な視線を受け止めて、小さく息を吸い込んだ。冬の空気が肺に流れ込んで意識を鮮明にする。
 そして、告げた。
 剛から永遠を手に入れる為に。
「俺、ずっと一緒いたいねん。剛と」
 白い息を吐き出しながら言えば、恋人が破顔する。ゆっくりと。
「いつも、一緒、やろ?」
 余りに軽く渡された言葉の真実に光一は泣きそうになった。眉を顰める事で感情の動きに逆らうと、更に深く剛が笑む。
「我慢したあかんよ。光ちゃんはいっつもそぉやなあ」
「……んな事ない」
「俺が必ずお前を見届けるから、何も怖がらんでええよ。俺だけ、信じとき」
 この人は終わりを知っているのだと思った。最後の場所を知っていながら永遠を誓うのだ。永遠が果てたらまた最初から始めれば良いと、事も無げに笑う。
 その強さに甘えても良いのだろうか。
 剛が繋いだ手を持ち上げて、色を失った白い手の甲に口付ける。
 それは、祈りの姿だった。
 騎士が忠誠を示す為の敬愛のキスは、二人にとって永遠の契りになる。
「アイシテル」
 永遠に。否、永遠の先までも。

 俺達は、永遠を繰り返し積み重ねて、二人になる。
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