小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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二月は忙しい。そんなのは分かり切っている事実だし、自分で望んでやっている仕事なのだから弱音を吐く事は許されないと思っていた。
毎年恒例の舞台の為に、スタジオに行く時間もなかなか取れない光一は、帝劇の楽屋でインタビューを受けている。写真撮影は既に終わっているから、この記事は来月号にでもなるのだろう。
インタビューに来た女性はもう何年も付いてくれている人で緊張する事なく楽しく話せた。光一の姿を見るなり心配した顔ではなく「頑張ってるわね」と笑顔で言うこの人は好きだと思う。
いつもいつも心配ばかりして自分の方が痛いみたいな表情をする人を思い出して、すぐにその残像を追い払った。
質問されるのは『もしも』の事。今此処にこうして立っているのがやっとの自分に仮定の話は余り意味を為さなかった。
こんなん読んで何が楽しいんやろ、と醒めた頭で考える。けれど、淀みなく言葉は零れた。
「生まれ変わってもこの世界で働きたい?」
優しい口調で問われる。輪廻転生の是非なんて考えられた事もないのに、必ず聞かれる問いだった。
光一は苦手な質問に一瞬眉を顰めて、それでも変わらない穏やかな表情で答える。
「生まれ変わってみないと分からないけど、もしまた此処に立つ事が出来たら頑張りたいとは思いますね」
当たり障りのない答えが二人の間に置かれたレコーダーに記録されて行く。昔は自分達の言葉が曖昧で、事務所の方針通りの答えが予め決まっていた。俺達は原稿を記憶さえしていれば良かった。
でも今は、比較的自由に発言する事を許されている。この世界に慣れた俺達に放任主義を示す様になった事務所の理解もあるけれど、相方が自分の言葉を届けたいと必死に闘ったから。
剛は、強い。
自分は事務所に意見しようとも、ましてや本当の言葉を仕事で発しようとも考えなかった。偶像であれば良いと思ったのは、諦めではなく臆病だからだ。
自分の感情をぎりぎりまで抑えられる標準語は、自由な発言を許されてから使うようになったと思う。隣に彼がいない限り、俺は『堂本光一』を演じる事が出来た。
レコーダーが止まって他愛無い事を話している時だった。つい言葉が零れたのは、慣れた人だったせいかも知れない。
それは多分、言わなくて良い事だった。
「ね、今の」
「ん?」
明るい笑顔を向けられる。その笑顔に促されて仕事の範疇を越えた事を聞いてしまう。
「生まれ変わったら、って質問。剛にもする?」
「そうね、基本的には同じ事を聞くから……」
「そっか」
出来れば剛には聞いて欲しくなかった。彼に他意はなくても、その答えにきっと自分は傷付くだろう。
剛は今この瞬間でさえ、仕事を望んでいない筈だ。昔より前向きになったとは言っても、心の深い所で拒絶している。今も。
彼の言葉に打ちのめされるのは自分の勝手だと分かっていた。それでも言葉に出してしまったのは。
「光一君」
少しだけ困った表情をしていた彼女がそっと呼び掛ける。壊れやすい物を扱う様な慎重さで。その声に光一は顔を上げた。
「何?」
敬語を使わないのは、慣れた人だから。人見知りで不器用な性格なりの親愛の表れだった。感情表現が苦手な光一の甘えを周りの人間は優しく受容する。
「あんなに舞台では輝いて強く見えるのにね……」
それが自然な動作とでも言う様に、彼女は小さな頭を母親の仕草で撫でた。けれど光一の身体が反射的に他人を拒む。
彼以外、触れてはならないのだ。それを寂しさではなく、純粋な思いとして受け止める。
「剛君の事だけね。そんな顔して見せるのは」
指先を離して渡した言葉は咎めるのでもなく呆れるのでもなく、唯目の前の事実を表しただけの優しさだった。
「光一君に泣きそうな顔されると皆弱いんだから、あんまりそんな顔しちゃ駄目よ」
「泣きそうって……」
笑おうとして失敗する。彼女の視線の柔らかさに安心してしまって。隠す事は苦手じゃない筈なのに、繕い切れない本心を吐露しそうになった。
剛を、この世界に閉じ込めたいと願う自分は醜くて嫌いだ。もっと、上手く愛せたら良いのに。
「この表情をカメラに納められたらっていっつも思うのよねえ」
「え」
「光一君の一番綺麗な表情だもの。笑った顔よりずっと素直」
『泣きそうな顔』と形容しているにも関わらず、嬉しそうに彼女は言う。綺麗と言われる事には慣れてしまったけれど、そんな風に言われるのは初めてだった。分からない顔をして動けずにいる光一をそのままに、彼女はてきぱきと後片付けを始めている。もう何も告げる事はないのだとでも言う様に。
帰り支度が済むと、やっと光一の方を向いた。真っ直ぐ見詰めて来る瞳は硝子の煌きで、どんな表情もなくても綺麗なのだと思う。純潔の白を持っている人だった。
けれど、この白を鮮やかに染め上げる人間がいた。何物にも染まらない黒の瞳を思い出す。
『堂本光一』に影響出来る唯一の人。
「あんまり剛君を見縊ったら駄目よ」
硝子色の瞳が言葉の意図を探る様に光を増した。この色に、人は惹かれるのだろう。
「良いコメント取って来るから楽しみにしてなさい」
お疲れ様と明るい声を響かせながら彼女は出て行く。残された光一は言葉の意味を見付けられず、唯言わなければ良かったと後悔していた。
剛の生き方や考え方にとやかく言う事は出来ない。例え相方であっても、恋人であっても。彼の生は彼だけの物だから。
唇を噛み締めて、一人苦い気持ちを持て余していた。
+++++
いつも発売前に雑誌を見る事は出来たが、忙しかったり自分の顔を見たくなかったりで余り目を通す事はない。自分の仕事の結果を見られないのは、プロとして失格だとは思うのだが。今でも写真は嫌いだった。
そんな自分を知っているからマネージャーも何も言わないのだけれど、何故か今日はわざわざ一誌だけ持って来てくれた。「ちゃんと見て欲しいって持って来てくれたんだよ」と言ってマネージャーは光一の手に雑誌を置くと、また忙しそうに部屋を出て行った。
舞台と月末に控えているコンサートのせいで先月の遣り取り等すっかり忘れていた光一は、首を傾げながら雑誌を開く。
自分達のページを見付けて息を詰めた。あの時の会話を思い出す。
生まれ変わったら。
縛り付けておけない事位、充分分かっていた。今隣にいてくれるのだからそれで良いと。
自分のコメントを飛ばして、剛の所を開いた。瞬きもせず、暫く緊張した面持ちで文章を追って行く。
そして、泣き声とも笑い声とも付かない声を発してから全身の力を抜いた。彼女の言葉を思い出す。
「別に、見縊ってた訳やないんやけどね……」
雑誌の中の剛に額を合わせて小さく呟く。言い訳めいた言葉は誰もいない楽屋の空間に消えた。
唯。
「俺はお前を信じられんねん」
きっと、一生。死んでも。
信用出来ないのは不幸な事だと思いながら、それでも満ち足りた気分で雑誌を閉じた。
『俺は昔からこの世界が好きやなかったし、こんなとこにいる自分が嫌いやった。だから、生まれ変わったら違う仕事をしたいってずっと思ってました。
でも今は、少し違うかも知れない。もし生まれ変わった時に相方が俺の隣にいたら、もう少し頑張れるんやないかなって、そう思えるようになったんです。』
毎年恒例の舞台の為に、スタジオに行く時間もなかなか取れない光一は、帝劇の楽屋でインタビューを受けている。写真撮影は既に終わっているから、この記事は来月号にでもなるのだろう。
インタビューに来た女性はもう何年も付いてくれている人で緊張する事なく楽しく話せた。光一の姿を見るなり心配した顔ではなく「頑張ってるわね」と笑顔で言うこの人は好きだと思う。
いつもいつも心配ばかりして自分の方が痛いみたいな表情をする人を思い出して、すぐにその残像を追い払った。
質問されるのは『もしも』の事。今此処にこうして立っているのがやっとの自分に仮定の話は余り意味を為さなかった。
こんなん読んで何が楽しいんやろ、と醒めた頭で考える。けれど、淀みなく言葉は零れた。
「生まれ変わってもこの世界で働きたい?」
優しい口調で問われる。輪廻転生の是非なんて考えられた事もないのに、必ず聞かれる問いだった。
光一は苦手な質問に一瞬眉を顰めて、それでも変わらない穏やかな表情で答える。
「生まれ変わってみないと分からないけど、もしまた此処に立つ事が出来たら頑張りたいとは思いますね」
当たり障りのない答えが二人の間に置かれたレコーダーに記録されて行く。昔は自分達の言葉が曖昧で、事務所の方針通りの答えが予め決まっていた。俺達は原稿を記憶さえしていれば良かった。
でも今は、比較的自由に発言する事を許されている。この世界に慣れた俺達に放任主義を示す様になった事務所の理解もあるけれど、相方が自分の言葉を届けたいと必死に闘ったから。
剛は、強い。
自分は事務所に意見しようとも、ましてや本当の言葉を仕事で発しようとも考えなかった。偶像であれば良いと思ったのは、諦めではなく臆病だからだ。
自分の感情をぎりぎりまで抑えられる標準語は、自由な発言を許されてから使うようになったと思う。隣に彼がいない限り、俺は『堂本光一』を演じる事が出来た。
レコーダーが止まって他愛無い事を話している時だった。つい言葉が零れたのは、慣れた人だったせいかも知れない。
それは多分、言わなくて良い事だった。
「ね、今の」
「ん?」
明るい笑顔を向けられる。その笑顔に促されて仕事の範疇を越えた事を聞いてしまう。
「生まれ変わったら、って質問。剛にもする?」
「そうね、基本的には同じ事を聞くから……」
「そっか」
出来れば剛には聞いて欲しくなかった。彼に他意はなくても、その答えにきっと自分は傷付くだろう。
剛は今この瞬間でさえ、仕事を望んでいない筈だ。昔より前向きになったとは言っても、心の深い所で拒絶している。今も。
彼の言葉に打ちのめされるのは自分の勝手だと分かっていた。それでも言葉に出してしまったのは。
「光一君」
少しだけ困った表情をしていた彼女がそっと呼び掛ける。壊れやすい物を扱う様な慎重さで。その声に光一は顔を上げた。
「何?」
敬語を使わないのは、慣れた人だから。人見知りで不器用な性格なりの親愛の表れだった。感情表現が苦手な光一の甘えを周りの人間は優しく受容する。
「あんなに舞台では輝いて強く見えるのにね……」
それが自然な動作とでも言う様に、彼女は小さな頭を母親の仕草で撫でた。けれど光一の身体が反射的に他人を拒む。
彼以外、触れてはならないのだ。それを寂しさではなく、純粋な思いとして受け止める。
「剛君の事だけね。そんな顔して見せるのは」
指先を離して渡した言葉は咎めるのでもなく呆れるのでもなく、唯目の前の事実を表しただけの優しさだった。
「光一君に泣きそうな顔されると皆弱いんだから、あんまりそんな顔しちゃ駄目よ」
「泣きそうって……」
笑おうとして失敗する。彼女の視線の柔らかさに安心してしまって。隠す事は苦手じゃない筈なのに、繕い切れない本心を吐露しそうになった。
剛を、この世界に閉じ込めたいと願う自分は醜くて嫌いだ。もっと、上手く愛せたら良いのに。
「この表情をカメラに納められたらっていっつも思うのよねえ」
「え」
「光一君の一番綺麗な表情だもの。笑った顔よりずっと素直」
『泣きそうな顔』と形容しているにも関わらず、嬉しそうに彼女は言う。綺麗と言われる事には慣れてしまったけれど、そんな風に言われるのは初めてだった。分からない顔をして動けずにいる光一をそのままに、彼女はてきぱきと後片付けを始めている。もう何も告げる事はないのだとでも言う様に。
帰り支度が済むと、やっと光一の方を向いた。真っ直ぐ見詰めて来る瞳は硝子の煌きで、どんな表情もなくても綺麗なのだと思う。純潔の白を持っている人だった。
けれど、この白を鮮やかに染め上げる人間がいた。何物にも染まらない黒の瞳を思い出す。
『堂本光一』に影響出来る唯一の人。
「あんまり剛君を見縊ったら駄目よ」
硝子色の瞳が言葉の意図を探る様に光を増した。この色に、人は惹かれるのだろう。
「良いコメント取って来るから楽しみにしてなさい」
お疲れ様と明るい声を響かせながら彼女は出て行く。残された光一は言葉の意味を見付けられず、唯言わなければ良かったと後悔していた。
剛の生き方や考え方にとやかく言う事は出来ない。例え相方であっても、恋人であっても。彼の生は彼だけの物だから。
唇を噛み締めて、一人苦い気持ちを持て余していた。
+++++
いつも発売前に雑誌を見る事は出来たが、忙しかったり自分の顔を見たくなかったりで余り目を通す事はない。自分の仕事の結果を見られないのは、プロとして失格だとは思うのだが。今でも写真は嫌いだった。
そんな自分を知っているからマネージャーも何も言わないのだけれど、何故か今日はわざわざ一誌だけ持って来てくれた。「ちゃんと見て欲しいって持って来てくれたんだよ」と言ってマネージャーは光一の手に雑誌を置くと、また忙しそうに部屋を出て行った。
舞台と月末に控えているコンサートのせいで先月の遣り取り等すっかり忘れていた光一は、首を傾げながら雑誌を開く。
自分達のページを見付けて息を詰めた。あの時の会話を思い出す。
生まれ変わったら。
縛り付けておけない事位、充分分かっていた。今隣にいてくれるのだからそれで良いと。
自分のコメントを飛ばして、剛の所を開いた。瞬きもせず、暫く緊張した面持ちで文章を追って行く。
そして、泣き声とも笑い声とも付かない声を発してから全身の力を抜いた。彼女の言葉を思い出す。
「別に、見縊ってた訳やないんやけどね……」
雑誌の中の剛に額を合わせて小さく呟く。言い訳めいた言葉は誰もいない楽屋の空間に消えた。
唯。
「俺はお前を信じられんねん」
きっと、一生。死んでも。
信用出来ないのは不幸な事だと思いながら、それでも満ち足りた気分で雑誌を閉じた。
『俺は昔からこの世界が好きやなかったし、こんなとこにいる自分が嫌いやった。だから、生まれ変わったら違う仕事をしたいってずっと思ってました。
でも今は、少し違うかも知れない。もし生まれ変わった時に相方が俺の隣にいたら、もう少し頑張れるんやないかなって、そう思えるようになったんです。』
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