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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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「讃歌」

 一世一代のロマンスだった。
 今までの人生で、こんなに誰かを好きになった事なんてない。始まりがいつだったのかさえ、思い出せなかった。気が付いたら、好きで、好きで、唯それだけで。
 櫻井は、決意する。この思いを伝えようと。
 大野に愛の言葉を告げるのだ。

「翔君、無理」
「……ですよね」
 潔く、正面突破。のち、撃沈。
 大野を飲みに誘った帰り道、大通りでタクシーを拾おうと少し歩いた。飲んでいる時から、そわそわしていたのだけれど、どうにか店を出るまでは言わないでいられた。
 抑え込んだせいだろうか。二人で夜道を歩いていたら、もうどうにもならなくて、大野の手を掴んだ。
 振り向く彼の吃驚した表情が、可愛くて、愛しくて。同じ男なのに、どうしてこんなに守りたい気持ちにさせるのだろう。
 大野は、不思議だった。その存在も、その思考回路も、何もかもが、櫻井の理解の範疇を超えている。
 だから、彼の気持ちを慮る事は難しかった。ある程度の経験と、熱心な観察のおかげで、大野が次にどんな言動を起こすか、今何をして欲しいのか、何を思っているのか、そう言う事の想像は出来る。
 でも、本音は分からなかった。彼がどんな風に世界を見ているのか、どんな風に自分の事を考えているのか。
 予想もつかない。
 今までの恋愛なら、行動予測を立てて、イエスと言わざるを得ない状況を作った。外堀から埋めて行って、最後にその人を落とすような戦略を練るのが得意だったのだけれど。
 大野相手では、どんな作戦も効力を発揮しない。もうどうにもならなくて、好きと言う気持ちが端から溢れてしまいそうで、だから言った。
 好きです。付き合って下さい、と。
 そして、冒頭の拒絶に戻るのである。
「あ、お前、落ち込んでるだろ」
「そりゃ、落ち込むでしょうよ……」
「違うってば」
「何が違うの」
 手を繋いだまま、車が行き交う場所で、大野と櫻井は向かい合っていた。背を丸める櫻井は、泣きたい気持ちを堪えて、立っている。
「翔君、だって分かってねえだろ」
「何を?」
「男同士で付き合うって事」
「あんたは、分かるの?」
「ある程度は。昔、付き合ってた事あるし」
「何それ! 聞いた事ないんですけど!」
「うん、まあな。人に言って回る事でもねえしな」
「あんた、男もイケるの? どんだけ守備範囲広いの?」
「翔君……俺に告っといて、その言い草はねえだろ」
「あ、ごめん。でも、吃驚するじゃん。何だよー。そっかー。男と付き合った事あんのかー」
 大野が恋愛経験豊富なのは、何となく分かっていた。醸し出す雰囲気とか、物怖じしないところとか、女の子が不意にときめくような仕草だとか。この人は、全部心得てて、でも何も意識してないんだろうなあと、思っていた。
 けれど、同性と付き合っていたと言うのは想定外だ。否、そんな事はないのだろうか。
 大野なら、どんな奇想天外な事が起きても納得出来てしまうような気がした。それこそ、宇宙人だと言われたら信じてしまいそうになる程なのだ。
 櫻井は、繋いだ指先を揺らして、不満を口にした。
「何で、俺は駄目なの? 男でも平気なら、俺だって良いんじゃねえの?」
「翔君は駄目だろ」
「何で」
「離れたくないから」
「……何、それ」
 櫻井はほとんど絶句して、街灯に照らされた大野の顔を見詰めた。優しい眼差し。僅かに上がった口角。オレンジの明かりを受けて光る頬。優しい表情だった。
「俺は、人間ってのは、出会ったら別れるもんだと思ってる」
 黒目を淡く滲ませて、大野は微笑う。この人、ホントは神様か仙人なんじゃないのかと思うのは、こんな瞬間だった。
 およそ、三十路の男が出来ないような表情を平気で浮かべる。諦めたような、全てを受け入れたような、その実全てを失ったような、柔らかな笑み。
「今までだって、ずっとそうだった。別れないのは家族だけで、だから出会った人は一生懸命愛したいって、そうやって思ってた」
「過去形?」
「今も思ってるよ。でも、嵐は違った」
 かつて、痛みと苦しみを強く抱えて、大野は存在した。グループが結成して最初の数年は、ずっと苦しそうだった。
 あの時、櫻井だってまさか自分が大野に告白するようになるとは思っていない。事務所を辞める事も当然のように考えていたし、この人を誰にも渡したくないだなんて、思いつきもしなかった。
 年月が変えて行った感情がある。大野を愛して、彼から齎される愛情を受け止めて、いつの間にかこんなにも好きになっていた。
「おいらは、ずっと一緒にいたい。翔君も相葉ちゃんも松潤もニノも、皆と一緒にいたい」
「うん。分かるよ」
 いつ離れて行ってしまうとも知れない人だった。その内、彼とも道を違えるだろうと思っていた時期が、櫻井にもある。
 今は、少しだって離れたくなかった。五人でいる場所がホームだし、嵐と言う存在を守る為、そして大きくする為に、一人の仕事も頑張っている。
「翔君は、何で、おいらなんだ?」
「理由が必要?」
「だって、相葉ちゃんの方が可愛いし、松潤の方が優しいし、ニノの方が話は分かるだろ? 何で、俺?」
「何でだろうね。それが分かれば、俺もこんな風に告白なんてしてないと思うよ」
「いい加減な奴だな」
 大野は笑って、繋がれた指先に力を込める。握り返された掌。何を思っているのだろう。
 メンバーと比べたって、恋の理由は分からない。世界中の誰よりも大野が好きなだけで、誰かと比較した訳じゃなかった。
 そりゃ、女の子の方が良いのは分かっている。甘くて柔らかくてふわふわした恋に憧れた二十代があった。
 けれどもう、そんなものでは満たされない。愛して焦がれて、それでも欲しいと思ったのは、大野唯一人だった。
「好きだって思っちゃったんだから、どうにもなんないよ」
「馬鹿だな、翔君」
「俺は、離れないよ? どこにも行かない。ずっと、嵐でいる。そうやって約束しても、駄目?」
「駄目。嫌だよ。大事なもんは、もうなくしたくない」
「智君……」
 この人は、感情を露にしなかった。だから、忘れてしまう。
 怖いものなんて何もない振りをして、傍目には何も考えていないように見せて、その実喪失を酷く恐れていた。
 彼には彼なりの人生の軌跡があって、その途中でなくしたものが沢山ある。得たものと失ったもの、それは勿論失ったものの方が多くて。
 だから彼は、最小限のものしか手にしない。守れるものだけをその腕で抱き締めて、他を捨て置くのだった。
「俺が、大切?」
「……当たり前の事、聞くな」
「そうだね。嵐だもんね」
「違う。そう言う事じゃない」
「じゃあ、どう言う事?」
「嵐の翔君だから、大切なんじゃない。櫻井翔だから、俺は大事なだけだ」
 思い掛けない事を言われて、櫻井は目を見張る。大事に思われているのは、勿論知っていた。けれど、それ以上でもそれ以下でもない感情だと思っていたから。
 大野は、真剣な眼差しを緩めない。指先が絡んで、妙な熱を持った。
「翔君が、大事だ。絶対、なくしたくない。だから、無理」
「……いなくならないし、大切にするって言っても?」
「うん」
「俺が、全部守るって約束しても?」
「約束なんて、口だけだ」
「どうしたら、信じてくれるの?」
「信じない。信じらんない。だから、無理だ」
 強情な大野に焦れて、溜息を漏らした。その呼気にさえびくりと反応するのに、心の揺れを隠そうとする。
 手を引いて、距離を縮めた。この人がこんなに頑ななのは、自分の愛情を信じてくれていないからだ。
 過去、「ずっと傍にいる」と言った人達が離れて行った事も、彼の傷になっているのだろう。
 大野の思考の全てを理解している訳じゃないけれど、ある程度までなら分かる。分かるように、長い時間努力して来た。その努力は、勿論自ら望んだものだ。
 腕を伸ばして、大野を抱き込んだ。驚いたように見上げて来る瞳に、真っ直ぐな視線を返す。
 大丈夫だよ、と目だけで伝えた。ここが車通りの激しい往来であっても、構わない。人影だけは素早く確認したけれど、二人以外の存在はなかった。
「翔君、何して……」
「こうやってさ、抱き締めていたいの。あんたの事を、ずっと」
 それは、淡く強い願いだった。大野の傍で生きて行きたい。優しくて寂しいこの人を抱き締めて、何も怖い事なんかないんだよ、と伝えたい。
 道なき道を歩いて行く事になっても、きっと怖くないから。そんな風に諦めた顔で、遠くから眺めるような態度は取らないで。
「ずっとなんて、ない」
「あるよ。俺が、証明してみせる。一生かけて、あんたに信じさせる。だから、俺の事好きになって」
 抱き締めた身体が、小さく震える。最初から上手く行くなんて、期待していなかった。長い時間を掛けて、自分の思いが本物である事を知ってくれれば良いと思っている。
 大野の頭が、肩に乗せられた。彼の言葉をじっと待つ。
「翔君」
「ん? 何?」
「俺は、駄目なんだ」
「何が?」
「大事なもんを大事に出来ない」
「そんな事ないでしょうよ」
「ううん。おいらが大事にしたもの、全部どっか行っちゃった」
 大野はきっと、遠い昔の事を思い浮かべている。お気に入りの玩具、浜辺で拾った貝殻、名前も知らない友達、懐いた猫。郷愁と共に思い出されるそれらは、誰もが知っている痛みと共にあった。
「なくならないものもあるって、俺が教えてあげる」
 首を横に振っただけで否定するこの人の中には、消えない思い出や忘れられない人達が沢山いるのだろう。それらは全て、大野の元から去って行った。
 でも自分は、離れるつもりなど更々ない。一緒にいる為なら、嵐さえもその手段として使うに違いなかった。
 だから、安心して欲しい。俺はここにいる、って知って欲しかった。
「智君」
 髪を撫でながら、名前を呼んだ。抱えた身体は、夜風に冷えている。いつまでもここにいる訳にはいかなかった。
「智君、好きだよ」
 優しい音階で、何も怖い事はないんだと伝える。大丈夫、大丈夫。俺はここにいるし、いつでも嵐は貴方と共に在る。
 怖がるのは、なくしたくないからだと知っていた。大野は多分、櫻井を失う事に怯えている。
 今までの経験則から導き出した答えだった。そんな因果を櫻井は越える自信がある。
 大野に寂しい思いはさせない。どこまでだって一緒だと、信じて欲しかった。
「智君、何か言って」
「……やだ」
「うん?」
「しょーくんがいなくなんの、嫌だよぉ」
 涙声になるから、櫻井はまたきつく大野の事を抱き締める。怖くない。ここにいるよ。愛してる。ありったけの思いを抱き締めた腕から伝えた。
 恐る恐ると言った風に、大野の手が背中に回される。強い人なのに、今はこんなにも小さく縮こまって緊張していた。
 貴方を怯えさせる過去から、連れ出してしまいたい。唯真っ直ぐに、愛情を受け止めて欲しい。
 大野だって知っているはずだった。自分達の思いに、大きな差異はないのだと言う事を。
「いなくならない。ずっとずっと、智君が嫌がったって、俺はあんたの傍にいる」
「嫌だ。そう言うの、死亡フラグって言うんだぞ」
「死亡フラグ? まぁた、ニノに妙な言葉教わってんな」
「だって、死んじゃうって」
「死なないよ。思いを告げて死ぬなんて、そんな勿体ない事しない。俺だって、相当の犠牲は覚悟して言ってんだ。それなりの勝算はあると思ってるよ」
「……おいらは、誰も好きになんねえぞ」
「でも、俺の事追い返せる程、嫌いにはなれないでしょ?」
「嫌いな訳ないじゃんか! 好きだよ。大好きに決まってる!」
 大野が叫んで、背に縋り付く手の力を強くする。加減なく抱き返されて、櫻井は思わず笑ってしまった。
 愛しい。愛しくて仕方ない。
 この年上の人は、自分の愛情の受け止め方を知らないだけだった。受け止めて、いつかその約束が反古にされるのが嫌なのだ。
 強情で愛らしくて、可哀想だった。大野の恋愛をずっと見て来た訳じゃないけれど、櫻井にも心当たりのある昔の恋で、相当傷付いた事は何となく分かっている。
 それ以降、どんなに「好きだ」と言っていても、どこかで一線を引いたような関係ばかり築いていた。
 大野は、物凄く単純で得るには大変なものを望んでいる。
 永遠の愛、なんて。
 簡単に望めるものではなかった。諦めを知って、望みが絶たれる恐怖を味わって、大野はここにいる。
 傷付いた分、彼は優しくなったけれど、その度に失われて行く純情があった。
「ねえ、智君。今、智君が俺に感じてる愛情だけで良いよ。それが、メンバーとしてでも先輩としてでも、仕事仲間としてでも何だって良い。嫌われてないんなら、俺は諦めない。あんたがいつか、俺を選んでくれるまで、俺は待つよ」
「待たなくて良い」
「ううん。それが、俺の答えなんだ。誰に何を言われても、例え智君が嫌がっても、俺はいつでもあんたを待ってる」
 抱き締めた腕をほどいて、櫻井は笑ってみせた。その言葉に嘘はない。いつまでだって、待ってみせる。勿論、その間の努力は怠らないつもりだけれど、今すぐ何かを成し遂げようとは思っていなかった。
「翔君……」
「貴方を、好きでいても良いですか?」
「お前、馬鹿だ」
「うん」
 しがみついて来た両手の必死さが、押し当てられた大野の頬に滑る涙が、彼の気持ちを雄弁に語っていた。途方もない程優しくて、想像も及ばない程の孤独の中に身を置く人。
「愛してる。いつか、俺をあんたのものにして」
 その瞬間を待っている。
 離れずにここにいようと、櫻井は決意を新たにした。






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