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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 彼がとてもとても大切だった。
 出会ってからずっと二人で一緒にいて、二人でいる事が自分達も周囲も当たり前になっている。
 だから、当たり前に大切な存在だった。とても、愛おしい人だった。
 優しくしたくてしょうがない。誰よりも近くにいたい。誰にも傷つけさせたくないと思っていた。
 この愛しさが、恋だと気付いたのはいつだったろう。ある日突然、目が醒める様な感覚で自覚したのは覚えている。
 何故か酷く嬉しかった。剛を一番知っている自分が、その優しさや繊細さに惹かれない筈はないのだと。
 訳の分からない、多分親心と言う感情に一番近い物を抱いてしまった。可笑しな感情だと言う自覚はあったのだけれど。
 そうして、自分の恋情に気付いてから彼の思いに気付くのに時間は掛からなかった。その心は純粋過ぎて、自分に向けられた感情としてはちょっと残酷な位。
 余りにも綺麗なそれは、心臓に深い痛みを残した。自分に彼の美しさはない。同じ思いを抱いても、同じ心臓にはなれないのだと気づいた時の、絶望。
 剛から貰う全ての感情が愛しかった。同じ物を渡せない自分を恨んだ。今もあの生々しい痛みは巣食っている。
 それでも。どんなに思っても。結ばれる事だけが、思いを通わせた者達の行方ではない事を知っていた。
 二人にそんな未来が訪れない事実を。剛も俺も良く、理解していた。
 目覚めたこの情は消える事なく、痛みと近い場所で一生俺の心臓にあるのだろう。それが、どんな罪に因る物かは分からなかったけれど。
+++++
 不覚だった。俺はずっと自分で丈夫だと思っていたし、実際この合宿所で色々な人の看病はしたけれど、逆の立場になった事等一度もなかったのに。何度か具合が悪くなり掛けた事はあるが、割と気力で治して来たから(病は気からと言う言葉を相方に教えてやりたい位だ)、本当にこんな風に寝込むのは初めてだった。
「……カッコ悪ぃ」
 呟いた声が掠れているのも許せない事態だった。朝起きた時はどうにか持ち堪えられると思っていたのだが、剛に連れられて行く食堂で思い切り倒れてしまったのだ。
 その後の事は、余り覚えていない。唯、剛が必死に俺の手を掴んで『光ちゃん』と、何度も悲痛な叫びを上げていた事は鼓膜が鮮明に記憶していた。
 部屋に相方の姿は見えないから、恐らくきちんと学校に行ったのだろう。今日は仕事がなくて本当に良かったと思う。二人にグループ名が与えられてから、仕事は格段に増えていた。
 ああ、そう言えば。今日から彼の期末テストが始まるのだ。その為に少し前まで仕事を詰めて、どうにかスケジュールの調整をした。でもこの分やと、結果はあんま見込めんやろなあ。
 剛の声が耳から離れない。キンキキッズは二人で一つだから。二人とも万全やないとあかんねん。
 そんな阿呆みたいな本当の事を考えながら、また熱に飲まれて行った。
 熱で上手く働かない思考の片隅で、次に目覚めた時にはきっと泣きそうな相方の顔があるんだろうと、妙に確信めいて考えていた。
+++++
 光一が予想した通り、剛のテストは散々だった。答案用紙を返されなくても分かる程に。頭にあるのは倒れた相方の事ばかり。
 本当に、死んでしまうと思ったのだ。
 食堂の床に崩れ落ちたその顔は真っ白で。唇の色も血が通っていないのではないかと思う位、青かった。
 朝起きた瞬間から、ずっと一緒にいたのに。気付けなかった。
 意地っ張りの相方が自己申告をする性格じゃない事は、もう嫌と言う程分かっていた。だからその分、常に注意深く見ていなければならないのに。
 早く、早く光一の元に帰りたかった。死んでしまうと思った時の不安は容易に消えはしない。あの熱い手を一晩中でも良いから握っていてあげたかった。
 それよりも。
 光一に告げたかった。この思いを。恋情の全てを。
 言わなければならない、と強く思った。お互い知っていて言わなかったのは、先の事を考えたからだ。
 これからもずっと二人でこの世界にいる為に。恋よりも深い絆で結ばれていた。
 二人だけで簡単に切り離せるような絆ではなかったから。言えなかった。でも。
 もし、言えなくなったら?光一が俺の隣から消えてしまったら?
 そんな可能性は考えたくない。いつまでもずっと俺の隣にいなくてはならなかった。あり得ない未来に背筋がすっと冷えて行く。
 だけど。本当に。
 本当に、死んでしまうと思ったのだ。
+++++
 息が苦しい。心臓の音が煩い。病気は恋に似ている、と相方に植え付けられたロマンティストな感情でそんな事を考えた。
 左手がじっとりと汗ばんでいる。その感触が不思議で、重い瞼をゆっくり持ち上げた。霞む視界は、もしかしたらまともな映像を見せてくれないかも知れない。
 水分が膜を張っているから、一度きつく目を閉じた。
「光ちゃん?」
 不意に、耳元で甘い音が聞こえる。舌っ足らずな、大切な相方の大好きな声。この声音は自分を呼ぶ時だけにして欲しい。
 水分を払ってもう一度目を開ければ、見慣れた顔が間近にあった。予想通り目覚めて最初に剛を見る事が出来て、何だか嬉しい。
 涙を大きな瞳に一杯溜めた彼は、『心配』を思い切り表現していた。こんな素直な所が堪らず愛しい。
「大丈夫か?どっか痛いとこない?」
 名前を呼んだのと同じ声で問われて、静かに首を横に振った。ほんの微かな動きだけれど、やっぱりちゃんと分かってくれる。意味もなく、あー剛やなあと思ってしまった。
 心臓が、痛んだ。
「……つよ、テスト、は?」
 出るのは掠れた声だけで、余計その繊細な心を揺さぶってしまうかも知れない。安心させてやりたいのに。
「あー……うん。どうにかなるやろ」
 苦笑して僅かに身体を離した剛は、思った通り。俺らはどうしようもないな、と心の中だけで笑った。
「追試、でちゃんと取り返せや。出席日数、足りてないんやから」
「うん。てかなー、病人がそんな説教せんでも」
 苦笑して優しく笑う穏やかさに気を許して、つい間違えた言葉を落としてしまう。
「やって、俺が言ったらお前頑張るやろ」
 いけないと、思った時には既に遅く。踏み込んではならない一線を僅かに越えてしまった。
 今のは相方として、適切な言葉じゃない。何もかもを手後れにしてしまう危険を孕んでいた。敏感な相方はすぐに反応して、肩を揺らす。
 そして、左手に痛みを覚えた。汗ばんだ手の感触に思い当たる。
「……手、いたい……」
 二人の間に落ちた言葉は、まるで子供の響きだった。どうしようもない。訴えて見上げると、漆黒の瞳に強い光が見えた。
 どうしよう。部屋の空気が。密度が、増している。
 剛が何かを抱えて今目の前にいることは分かっていた。穏やかな瞳の奥にある思い詰めた色が、教えてくれていたのに。
 越えたのは。不用意な自分の一言だった。
 剛を包んでいる空気が変わる。瞳の色一つで印象を変えてしまう彼は苦手だった。
 いつものあの、捨てられた子犬みたいな色の方が好きなのに。俺が守ってやらなければと思わせる透明な瞳。
 それがこんな風に、不意にどろりと深くなる。底を探ろうとすれば、引き込まれて嵌まってしまいそうな。恋の意味を知っている男の瞳に変わってしまうのだ。確かな変化を優越感だけで見返すには、自分はまだ子供過ぎた。
 まだ光一は、恋の本質を瞳の奥底を知らなかった。
「つ……よし」
 真っ直ぐに見詰められる事に耐え切れず、慣れた名前を呼んでしまう。そうすれば相方の距離に戻れる様な。淡い期待だった。
 無駄な抵抗だと分かっている。でも剛が怖い、から。
「こぉいち」
 不意に耳慣れない音が肌をざわめかせた。こんな呼び方をされた事はない。
 知らない。こんな剛、俺は知らない。これは、恋をする男の瞳だ。恋に溺れる男の温度だ。
 恋を知った、男の声だった。
「つよ……」
「光一、聞いて」
 反射的に左手が剛の手の中から逃げて、無理矢理身体を起こした。
 目が眩む。剛が、触れてはならないことに踏み込もうとしていることはわかった。
 くらくらする。気持ち、悪い。
「光ちゃんっ。具合悪いんやから、無理な事したらあかん」
「っつよし。……あかんよ」
「ええから、逃げないで。此処におって」
 この状況で何処にも逃げる場所等ないと言うのに。あやす様な剛の優しい掌に騙されて、再び布団の中へと身体を戻した。
 呼吸が苦しい。もう何度こんな危うい瞬間を越して来た事だろう。剛の瞳に流され掛けた事か。でも、まだ。
 どんなに辛くても破綻の時を迎える事は出来なかった。二人が思いを通じ合わせると言うのは、そう言う事だった。
 どうして、自分はこんなにも臆病なのだろう。
「なあ、聞いて」
 甘えを含んだ声は、どんな音楽よりも心地良く染み込む。いつもいつも特別な剛の全て。
 なあ、俺怖いねん。お前を手放したくない。どんな形でも良いから、縋ったって構わないから、どうしても隣にいたかった。その為には。
「光ちゃん」
「……ん」
「あんな、俺死んでまうと思ったんや。朝倒れた時」
 温かい感触が頬に触れる。ゆっくりと掌が辿って行くのが気持ち良くて、ひっそり目を閉じる。
 俺は、この温もりだけで充分だった。心は、穏やかに静まって行く。
「だから、もうあかんと思った。俺嫌なんや、このまま言えないまんま……」
「大丈夫やよ」
「え」
「俺、分かっとるから。俺もお前もよう知っとるやろ」
 剛の思いがそんな事を望んでいる訳じゃない事は、良く分かっていた。お互いの思いを知っているから、とかじゃなくて。伝えなければ始まらない思いを。
「違う、違うんや。俺はお前にちゃんと伝えたいねん、俺の口から」
「言った、あかんよ」
 声が掠れる。剛の思いなんて痛い程分かっていた。心臓の辺りに燻っていた痛みが、鮮明さを取り戻す。
 今此処で、彼の思いをこの耳で聞けたら、と言う思いは確かにあった。何もかもを捨てて二人だけで走れる位、まだ分別のないままで良かった。
 けれど。自分の恋情を信じられる程、強くはない。剛の愛を信じ切れない自分がいた。
「こおいち……」
「な、俺一人でも大丈夫やから。今日は誰かの部屋行き」
「ちゃんとっ話、聞いてや!」
「あかん」
 いつもの守ってあげたくなる剛に戻って来る。そうすればもう、年上の振りをするのは簡単だった。
「俺は絶対お前より先に死なん。お前の隣から、いなくなったりしない。だから、二度とそんな事言おうとするな」
 何も言えなくなってしまった剛を優しく見上げた。澄んだ瞳に安心する。名残惜しそうにその場から動かない彼にゆっくりと微笑んでみせた。
「俺は、剛が大切やよ。一番大切。これで充分やろ?」
 全てを告げたらきっと、粉々になってしまう。今まで大切に作って来た時間も、ゆっくりと探り当てたお互いの距離も。痛みを抱えたこの心臓も、全て。二人の間にある全てと引き換えに得るには、この恋は少し強過ぎた。
「明日がっこ行く前に顔見せて」
「うん」
「俺のせいでお前の点下がるのは勘弁やわ」
 笑顔で促してやると、素直に扉の方へ向かった。
「何かあったら呼んでや。絶対来るから」
 それはきっと、テレパシーの域での事を言っているんだろう。実際間違いなく届いてしまうのだから、余り笑えなかった。
「じゃ、お休み。……ごめんな」
「うん。でも……俺は謝らんから」
「ええよ。つよは、それがええんや」
 真っ直ぐな瞳に罪悪感を覚えるのは、もうとっくに慣れてしまった。自分の方が大人な訳じゃない。唯、剛より感情が屈折しているだけ。彼の様に純粋でいられたら良いのに。
 自分とは全く種類の違う人間だという事は、分かっている。けれど、だからこそ憧れは留まる事を知らない。
 ゆっくりと閉じた扉を霞んだ視界で見詰めた。剛はあんなにも鮮明に見えたのに。笑って良い物かどうか悩んでしまう現象に、瞳から水分が溢れ出した。
 本当は。剛の告白が聞きたかった。あの甘い声を耳元で囁いて欲しかった。そして、優しい腕で抱き締めて欲しかった。
 熱のせいで、こんなにも弱くなっているのだろうか。いつもなら、抱き締められるより抱き締めたいと願うのに。繊細な剛を守りたいのに。
 そう、全ては熱のせいなのだ。こんな風に、涙が溢れてしょうがないのも。
「……好きやよ」
 唇から勝手に言葉が零れ落ちる。
「好きやよ。好きや……剛」
 きっと一生届かない言葉。決して届けてはならない言葉。それでもずっと、剛には聞こえているだろう思い。
 こんな恋じゃなくても良いのに。もっと楽に楽しくいたら良い。こんなに苦しい想いを抱え続けたら。いつか壊れてしまう。二人の破綻よりも先に訪れるだろう未来に、背筋が知らず震えるけれど。
 言ってはならないと告げたのは自分だった。大切なのは剛だけで。自分の全てと引き換えにしても守りたいと思える人は、この世にたった一人。いつか、恋は愛に変わるだろうか。この心臓の痛みが和らぐ時が来たら。その時は、思いを告げても大丈夫だろうと思う。
 今はまだ、怖かった。この恋だけに生きられると錯覚しそうになる位。けれど、いつか。愛と言う優しさだけで、お互いを思える日が来るまで。
 例え死んでも、告げてはならない言葉だった。

+++++

 思いの強さが怖くて、彼の瞳の深さを見詰められなくて。唯、怖かったあの日。確証のない破綻に怯えていたのは、彼よりも余程幼い自分だった。
 熱から逃れる様に、それでも繋いだ左手を離さない様に。三十九度で駆け抜けた子供たち。
 まだ、心臓は痛むだろうか。

 永遠を信じられなかった、十五の夜。
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