小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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「He said that he is disliked.」
剛の世界から、自分はもう随分前に放り出されてしまった。
普段は別々の楽屋が、局の手違いによって二人一緒になった。それは全くのアクシデントだったのだけれど、後になって振り返ると何かの采配だったのではないかと思わずにはいられない。
ずっと膠着状態だった二人の距離が崩れたのは、この日だった。
一緒にいたくない人間と、個室の空間を共にする事は苦痛だと思う。まして、繊細な神経を持つ剛なら尚更。
本番以外は見たくもない相方の姿を視界に捉えるのは嫌だろうな、と光一は他人事のように考える。ギターを弾く指先にも苛立ちが見えて、可哀相だなんて。
鏡越しに様子を窺いながら、光一は目の前に置かれた二つの弁当に悩んでいた。何で同じ種類のものにしてくれなかったんだろう。一つはハンバーグ、もう一つは唐揚げだった。どちらも剛の好物で、自分はどちらでも良い。
彼の今日の気分なんて分からなかったから、どちらに手を伸ばそうか決めあぐねていた。剛が食べてから取るべきだったのだろうけど、昨日の昼から何も食べていなくて、さすがに空腹も限界だった。
彼が決めてくれれば良い。そう思っても、ギターに熱心な指先は止まる気配を見せなかった。
収録前に食べたいんやけどな。ちらりと、鏡越しに俯いた横顔を見遣る。
いつもいつも、ずっと昔から選択権は剛にあった。こう言う日常の場面では、特に。身についた習性とも言うべきそれは、今になっても変わらない。
一度目を閉じて静かに息を吐き出してから、何気なさを装って相方の名を呼んだ。鏡の中で、予想通り不機嫌に変質した表情を冷静に見詰める。
「弁当、二種類あるんやけど。どっちがええ?」
剛の指先が止まった。乱暴に弾かれた弦が奏でる不協和音。鏡に映る苛立った瞳と、それを受け止める自分の瞳の無感動。すべてが違う世界の出来事に見えた。
あー、俺らってやっぱバランス悪いな。こんな小さな部屋での温度差は、鈍感な自分の皮膚にも痛い位だった。
「そんなん、お前が勝手に決めろや」
低く返された言葉は、光一に答えをくれなかった。剛はまた同じ様にギターへ向かってしまう。今の彼を構成するほとんどは音楽だった。彼は呼吸する様に音を奏でる。
苛立った感情を霧散させる為の静かなメロディーは、容易く指先から溢れた。唯でさえ、今日は一緒にいるせいで最悪なのに、そんな些細な事で声を掛けるな。剛は思う。
自分の世界から光一を排除したのは、昔の事の気もするしつい最近の事の様でもあった。
あの、何を考えているのか分からない瞳が嫌いだった。どんな言葉を浴びせても薄っすら微笑んでいる口許も。存在すべてを否定したくて、彼を作る全ての要素に苛立った。
何でこんなんと一緒に仕事してんのやろ。原因があって光一を嫌いになった訳じゃなかった。気が付けば、顔も見たくない程彼と言う存在を疎ましく思う。
もうずっと、こんな状態を続けていた。けれど、どんなに剛の感情が変わろうとも、光一は何一つ変わらない。
同じ様に剛を遠ざける事も、嫌な表情一つ見せる事さえ。まるで剛の態度等関係ないと言う様に、いつでも光一は穏やかだ。そうして、剛はますます彼が何を考えているのか分からなくなってしまった。
目を向けた後ろ姿は頼りなくて、昔と変わらない錯覚を覚える。部屋に広がるのは、物悲しい弦の響き。
光一は、無表情のまま動かない。彼は怒りや悲しみを見せない代わりに、全てを零にしてしまう癖があった。それは俺のせいなのだろうか、と剛はぼんやり思う。だからと言って、彼に抱く感情が変わる筈もなかったのだけれど。
苛々する。理由のない感情は、勝手に心臓を暴れ回って、他人を傷付けずにはいられなかった。他人を、ではない。光一を、光一だけを傷付けてしまいたい。
剛に選択肢を委ねて育った光一は、弁当を前にしたままで動けずにいる。もうこれを口にするのは無理だろうな、と思いながら。先刻の声で、食欲すら失せた感じがする。奏でる音の種類が変わって。ごめんなと心の中で思った。
早よマネ戻って来ぉへんかな。誰もいない、閉じ込められた感じのする密室は、さすがに苦痛だった。もう少しすれば、スタッフが入って賑やかになるだろう。
それまでの、それだけの。僅かな時間。
俯いてテーブルに視線を落としていた光一は、気付かなかった。自分を取り巻く世界に無頓着な傾向があるから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
次の瞬間に顔を上げた光一の、反応は遅かった。気配に気付いて見上げれば、いつの間にか剛の姿がある。
ギターの音が聞こえたのにも近付く気配にも、何も。世界を拒んで、光一は殻に篭っていた。
悪い癖が出ている、と思う。傷付けられた事にすら気付けない悲しい程強い精神は、殻に閉じ篭る事でバランスを取っていた。自己防衛のその手段は、余り良い反応ではなかった。
見上げた先の漆黒の瞳は、相変わらず暗い色を成している。こいつも良くないな、と思って。
多分、余り何も考えていなかった。彼の指先が乱暴に顎を取っても、何処かぼんやりしている。唯、最後に見た優しい瞳の色を思い出そうとしていた。
きつい香水の匂いに眩んで、目を閉じる。その、刹那。
沈黙を保ったままの彼が何を考えていたのかは分からない。光一に分かったのは、近付いた体温と頬に掛かった剛の髪だけ。
恐る恐る瞳を持ち上げれば、長い睫毛が間近にある。抵抗する事さえ思い付かなかった。
彼の全てを受け入れる事しか覚えなかった身体は、触れた唇の感触すら拒絶しようとしない。
ゆっくりと至近距離の瞳が開いて、一瞬だけ目が細められた。余裕のある時の、笑った目。愉悦の色を保ったその瞳の奥は、深く濁っている。
久しぶりに間近で剛を見た気がして、身体が離れても暫く身動き出来なかった。ああ、剛の体温はやっぱり高い。触れた体温に的外れな事を思って、苛立ちを抱えたままの姿を追った。
素っ気ない素振りで離れた手がかき上げる前髪の動き。唇を舐めた舌の、獰猛な気配。彼の一挙手一投足はいつでも簡単に光一を縛り付けた。
呼吸を止めていた事に気付いて、ゆっくり息を吐き出す。そうしてやっと、自分が何をされたのかに思い至る。
自分は今、剛に。
理解した瞬間、顔が赤くなるのが分かって、慌てて口許を手で押さえた。キス一つで顔を赤らめるなんて格好悪い。でも。
俺は、キス、されたんか。相方に。
触れた温かい感触を思い出しながら、唇を指先で辿った。目の前にいる剛に、数瞬前の名残はなくて混乱する。
何を、されたのか。何の意味があったのか。既に目を逸らした剛が答えてくれるとは思えない。
テーブルの上に置かれた二種類の弁当をゆっくり剛は比べていた。それから一つを取ると、不機嫌な瞳のままに言う。
「弁当、こっち食うわ」
何事もなかったかの様に、通常の温度で光一の傍を離れて行く。もう、自分の方を振り返る事はなかった。弁当を食べる気にはなれずに、光一は他の人間がこの部屋に入って来るのを待つ。
それ以外、何も出来ずに。
乱れた心臓を戻す事が出来ないまま臨んだ収録は、散々だった。
+++++
一人で歌いたいと言われた。
当たり前の事だと自分は受容する。その後すぐに、彼は一人でステージに立った。
忙しい日々は、感情の何もかもを残していつも通り流れて行く。あの収録の日からも日常は同じ表情で過ぎて行った。もうすぐ、雨の多い時期になる。
レギュラー番組の打ち上げは、出来る限り参加したかった。気心の知れた優しい大人達と飲むのは、心地良い。いつもの焼肉屋で、いつも通り二人離れて座った。今更、それを疑問に思う人間もいない。
光一は共演者と、剛はスタッフと飲んでいた。明日は午後からの仕事しかないから、今日は比較的最後まで付き合える。
剛はいつまでいるのだろうか。彼のスケジュールは知らない。
日付が変わるとさすがにメンバーも減って来た。この時間になれば残るのは男性陣だけで、光一は気を遣わずに楽しめる。
皆が席を立ったり変わったりを繰り返す内に、隅に座っていた筈がいつの間にか真ん中のテーブルにいた。振り返ると隣には剛の姿があって、光一は動揺する。
彼は反対側を向き、スタッフの一人と音響設備について熱心に話していた。聞こえる声のトーンは優しい。
その雰囲気を壊したくなくて、グラスを手に取ると一人ゆっくり飲む事を決めた。喧騒の中の孤独は穏やかだ。
前に座っている共演者達の会話に耳を傾けながら、意識しているのはいつも剛の側だった。随分長い事、彼の優しい笑い声を聞いていない。
ゆっくり話す語尾の甘さとか、柔らかく沈むトーンの落ち着きとか。それが自分に向けられたものじゃなくても良かった。
ブラウン管越しに熱心に見入るファンの眼差しで、光一はすぐ隣にいる人の声を聴く。剛は、相方以外の全ての人間に優しく在ろうとしていた。
その理由を、自分はまだ朧げにしか理解出来ない。
ぼやけた思考回路でアルコールを飲み続けていると、不意にテーブルの上の携帯が震えた。振動に驚いて反射的に手を伸ばしたけれど、自分の物はジーンズのポケットに仕舞われたままだ。
指先で押さえた携帯は、見慣れた色。剛の物だった。しかも多分、メールではなく電話の着信。
背中を向けて、話に熱中している剛は気付かない。どうしようと一瞬思ったが、気付いた以上は無視出来なかった。
「……つよし」
小さな、呼び掛け。機嫌を損ねまいとする、弱気なそれ。
自分で自分が嫌になる。相手は、俺のたった一人の相方だった。なのに。
小さな声は、剛に届かなかったらしい。その代わり、こちら側を向いていたスタッフの方が気付いて話を止めた。不自然に止まった会話と、スタッフの視線で理解した剛が振り返る。その表情は、先刻までの温和な声を完璧に払拭していた。
不機嫌な、眼。指先の携帯は振動を伝え続けている。
「剛、携帯」
視線に負けたくなくて、強く
剛の世界から、自分はもう随分前に放り出されてしまった。
普段は別々の楽屋が、局の手違いによって二人一緒になった。それは全くのアクシデントだったのだけれど、後になって振り返ると何かの采配だったのではないかと思わずにはいられない。
ずっと膠着状態だった二人の距離が崩れたのは、この日だった。
一緒にいたくない人間と、個室の空間を共にする事は苦痛だと思う。まして、繊細な神経を持つ剛なら尚更。
本番以外は見たくもない相方の姿を視界に捉えるのは嫌だろうな、と光一は他人事のように考える。ギターを弾く指先にも苛立ちが見えて、可哀相だなんて。
鏡越しに様子を窺いながら、光一は目の前に置かれた二つの弁当に悩んでいた。何で同じ種類のものにしてくれなかったんだろう。一つはハンバーグ、もう一つは唐揚げだった。どちらも剛の好物で、自分はどちらでも良い。
彼の今日の気分なんて分からなかったから、どちらに手を伸ばそうか決めあぐねていた。剛が食べてから取るべきだったのだろうけど、昨日の昼から何も食べていなくて、さすがに空腹も限界だった。
彼が決めてくれれば良い。そう思っても、ギターに熱心な指先は止まる気配を見せなかった。
収録前に食べたいんやけどな。ちらりと、鏡越しに俯いた横顔を見遣る。
いつもいつも、ずっと昔から選択権は剛にあった。こう言う日常の場面では、特に。身についた習性とも言うべきそれは、今になっても変わらない。
一度目を閉じて静かに息を吐き出してから、何気なさを装って相方の名を呼んだ。鏡の中で、予想通り不機嫌に変質した表情を冷静に見詰める。
「弁当、二種類あるんやけど。どっちがええ?」
剛の指先が止まった。乱暴に弾かれた弦が奏でる不協和音。鏡に映る苛立った瞳と、それを受け止める自分の瞳の無感動。すべてが違う世界の出来事に見えた。
あー、俺らってやっぱバランス悪いな。こんな小さな部屋での温度差は、鈍感な自分の皮膚にも痛い位だった。
「そんなん、お前が勝手に決めろや」
低く返された言葉は、光一に答えをくれなかった。剛はまた同じ様にギターへ向かってしまう。今の彼を構成するほとんどは音楽だった。彼は呼吸する様に音を奏でる。
苛立った感情を霧散させる為の静かなメロディーは、容易く指先から溢れた。唯でさえ、今日は一緒にいるせいで最悪なのに、そんな些細な事で声を掛けるな。剛は思う。
自分の世界から光一を排除したのは、昔の事の気もするしつい最近の事の様でもあった。
あの、何を考えているのか分からない瞳が嫌いだった。どんな言葉を浴びせても薄っすら微笑んでいる口許も。存在すべてを否定したくて、彼を作る全ての要素に苛立った。
何でこんなんと一緒に仕事してんのやろ。原因があって光一を嫌いになった訳じゃなかった。気が付けば、顔も見たくない程彼と言う存在を疎ましく思う。
もうずっと、こんな状態を続けていた。けれど、どんなに剛の感情が変わろうとも、光一は何一つ変わらない。
同じ様に剛を遠ざける事も、嫌な表情一つ見せる事さえ。まるで剛の態度等関係ないと言う様に、いつでも光一は穏やかだ。そうして、剛はますます彼が何を考えているのか分からなくなってしまった。
目を向けた後ろ姿は頼りなくて、昔と変わらない錯覚を覚える。部屋に広がるのは、物悲しい弦の響き。
光一は、無表情のまま動かない。彼は怒りや悲しみを見せない代わりに、全てを零にしてしまう癖があった。それは俺のせいなのだろうか、と剛はぼんやり思う。だからと言って、彼に抱く感情が変わる筈もなかったのだけれど。
苛々する。理由のない感情は、勝手に心臓を暴れ回って、他人を傷付けずにはいられなかった。他人を、ではない。光一を、光一だけを傷付けてしまいたい。
剛に選択肢を委ねて育った光一は、弁当を前にしたままで動けずにいる。もうこれを口にするのは無理だろうな、と思いながら。先刻の声で、食欲すら失せた感じがする。奏でる音の種類が変わって。ごめんなと心の中で思った。
早よマネ戻って来ぉへんかな。誰もいない、閉じ込められた感じのする密室は、さすがに苦痛だった。もう少しすれば、スタッフが入って賑やかになるだろう。
それまでの、それだけの。僅かな時間。
俯いてテーブルに視線を落としていた光一は、気付かなかった。自分を取り巻く世界に無頓着な傾向があるから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
次の瞬間に顔を上げた光一の、反応は遅かった。気配に気付いて見上げれば、いつの間にか剛の姿がある。
ギターの音が聞こえたのにも近付く気配にも、何も。世界を拒んで、光一は殻に篭っていた。
悪い癖が出ている、と思う。傷付けられた事にすら気付けない悲しい程強い精神は、殻に閉じ篭る事でバランスを取っていた。自己防衛のその手段は、余り良い反応ではなかった。
見上げた先の漆黒の瞳は、相変わらず暗い色を成している。こいつも良くないな、と思って。
多分、余り何も考えていなかった。彼の指先が乱暴に顎を取っても、何処かぼんやりしている。唯、最後に見た優しい瞳の色を思い出そうとしていた。
きつい香水の匂いに眩んで、目を閉じる。その、刹那。
沈黙を保ったままの彼が何を考えていたのかは分からない。光一に分かったのは、近付いた体温と頬に掛かった剛の髪だけ。
恐る恐る瞳を持ち上げれば、長い睫毛が間近にある。抵抗する事さえ思い付かなかった。
彼の全てを受け入れる事しか覚えなかった身体は、触れた唇の感触すら拒絶しようとしない。
ゆっくりと至近距離の瞳が開いて、一瞬だけ目が細められた。余裕のある時の、笑った目。愉悦の色を保ったその瞳の奥は、深く濁っている。
久しぶりに間近で剛を見た気がして、身体が離れても暫く身動き出来なかった。ああ、剛の体温はやっぱり高い。触れた体温に的外れな事を思って、苛立ちを抱えたままの姿を追った。
素っ気ない素振りで離れた手がかき上げる前髪の動き。唇を舐めた舌の、獰猛な気配。彼の一挙手一投足はいつでも簡単に光一を縛り付けた。
呼吸を止めていた事に気付いて、ゆっくり息を吐き出す。そうしてやっと、自分が何をされたのかに思い至る。
自分は今、剛に。
理解した瞬間、顔が赤くなるのが分かって、慌てて口許を手で押さえた。キス一つで顔を赤らめるなんて格好悪い。でも。
俺は、キス、されたんか。相方に。
触れた温かい感触を思い出しながら、唇を指先で辿った。目の前にいる剛に、数瞬前の名残はなくて混乱する。
何を、されたのか。何の意味があったのか。既に目を逸らした剛が答えてくれるとは思えない。
テーブルの上に置かれた二種類の弁当をゆっくり剛は比べていた。それから一つを取ると、不機嫌な瞳のままに言う。
「弁当、こっち食うわ」
何事もなかったかの様に、通常の温度で光一の傍を離れて行く。もう、自分の方を振り返る事はなかった。弁当を食べる気にはなれずに、光一は他の人間がこの部屋に入って来るのを待つ。
それ以外、何も出来ずに。
乱れた心臓を戻す事が出来ないまま臨んだ収録は、散々だった。
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当たり前の事だと自分は受容する。その後すぐに、彼は一人でステージに立った。
忙しい日々は、感情の何もかもを残していつも通り流れて行く。あの収録の日からも日常は同じ表情で過ぎて行った。もうすぐ、雨の多い時期になる。
レギュラー番組の打ち上げは、出来る限り参加したかった。気心の知れた優しい大人達と飲むのは、心地良い。いつもの焼肉屋で、いつも通り二人離れて座った。今更、それを疑問に思う人間もいない。
光一は共演者と、剛はスタッフと飲んでいた。明日は午後からの仕事しかないから、今日は比較的最後まで付き合える。
剛はいつまでいるのだろうか。彼のスケジュールは知らない。
日付が変わるとさすがにメンバーも減って来た。この時間になれば残るのは男性陣だけで、光一は気を遣わずに楽しめる。
皆が席を立ったり変わったりを繰り返す内に、隅に座っていた筈がいつの間にか真ん中のテーブルにいた。振り返ると隣には剛の姿があって、光一は動揺する。
彼は反対側を向き、スタッフの一人と音響設備について熱心に話していた。聞こえる声のトーンは優しい。
その雰囲気を壊したくなくて、グラスを手に取ると一人ゆっくり飲む事を決めた。喧騒の中の孤独は穏やかだ。
前に座っている共演者達の会話に耳を傾けながら、意識しているのはいつも剛の側だった。随分長い事、彼の優しい笑い声を聞いていない。
ゆっくり話す語尾の甘さとか、柔らかく沈むトーンの落ち着きとか。それが自分に向けられたものじゃなくても良かった。
ブラウン管越しに熱心に見入るファンの眼差しで、光一はすぐ隣にいる人の声を聴く。剛は、相方以外の全ての人間に優しく在ろうとしていた。
その理由を、自分はまだ朧げにしか理解出来ない。
ぼやけた思考回路でアルコールを飲み続けていると、不意にテーブルの上の携帯が震えた。振動に驚いて反射的に手を伸ばしたけれど、自分の物はジーンズのポケットに仕舞われたままだ。
指先で押さえた携帯は、見慣れた色。剛の物だった。しかも多分、メールではなく電話の着信。
背中を向けて、話に熱中している剛は気付かない。どうしようと一瞬思ったが、気付いた以上は無視出来なかった。
「……つよし」
小さな、呼び掛け。機嫌を損ねまいとする、弱気なそれ。
自分で自分が嫌になる。相手は、俺のたった一人の相方だった。なのに。
小さな声は、剛に届かなかったらしい。その代わり、こちら側を向いていたスタッフの方が気付いて話を止めた。不自然に止まった会話と、スタッフの視線で理解した剛が振り返る。その表情は、先刻までの温和な声を完璧に払拭していた。
不機嫌な、眼。指先の携帯は振動を伝え続けている。
「剛、携帯」
視線に負けたくなくて、強く
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