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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 穏やかに紡がれる時間は、いつでも心地良い。それが特別な夜だとしても。否、特別な夜だからこそかも知れない。
 どんな時でも剛と過ごす時間は変わらないのだと、二人の時間は不変だと、信じられるからだろうか。



 カウントダウンのコンサートはなくなったものの、やはり今年もコンサートで一年を締め括った二人は、ドーム近くのホテルに泊まっていた。
 毎年、この夜の部屋だけは特別だ。剛はいつも通りのツインルームなのに、光一に用意されるのは最上階にあるスイートルームだった。
 「誕生日だから、光ちゃんの方が格上だよ」なんてスタッフは笑うけれど。本当は、広い部屋に二人きりで過ごして良いよと言う優しい意図が含まれている。
 誕生日パーティーも明日が終わってから打ち上げと一緒にやる事になっていて、誰一人光一を引き留める者はいなかった。コンサートが終わるとすぐにホテルへ送られ、あっと言う間に二人きりになる。
 スタッフやマネージャーの気遣いに笑いたくなるけれど、愛されているとも実感した。剛を見詰めたままで良いんだよ、と許されて、周囲の人に大切にされて、自分はとても幸福な場所に立っていると思う。
 日付が変わるにはまだ余裕がある時刻に部屋へ入った二人は、ゆっくり風呂に入って何をするでもなく広い広いベッドの上に二人だけの世界を広げた。まだ指先や目尻の辺りにコンサートの興奮が残っているのだけれど。
 もう誰にも邪魔される事なくこの夜を過ごせるのだと思うと、圧倒的な安心感が光一の心臓を覆っていた。手を伸ばせば触れられる距離にいる。
 たったそれだけの事実に、涙が零れそうな程満たされた。離れる事には慣れた筈なのに、自分はこんなにも切実に求めていたのか、と。僅かな衝撃を伴って、自身の感情を思い知る。
 離れていた時間はそんなに長くないのに。もっと離れていた時期もあったのに。怖い位に剛を求めていた。剛が、周囲の人間が、そして自分が、剛を見詰める事を許してしまうから、思いに際限がなくなってしまうのだ。
 こんなにも、愛を。
 時々、剛しか愛せないように自分は催眠術でも掛けられているのではないかと思う時がある。そう考えなければやり切れない程、自分の中は剛ばかりだった。彼への思いがこれ以上深くならないようにと、一生懸命抑えていた時期もあったけれど、そんな事も諦めてしまって久しい。
 此処まで落ちたのなら、果てを見ようと。剛と二人だったらこの恋の終わりを見詰めるのも怖くない。
 何の意図も持たずに、彼の綺麗な形をした指先に触れた。一番落ち着く温度がゆっくり染みて来る。指先に落としていた視線を上げれば、剛がゆったりと大人の顔をして微笑んだ。
 言葉一つ交わさなくても、無音の中で気持ちが通じ合う瞬間がある。ちょうど、今みたいに。二人の心が隙間なくぴったりと重なって、完璧に近い形で一つになれるからだろう。
 言葉なんて必要ない瞬間だった。呼吸一つで、指先の小さな動き一つで、柔らかな瞬き一つで、伝わる一瞬。それは、恋人になる前から存在していた空気だった。
 ふわふわのベッドの上で大好きな剛と、特別なそして何でもない夜を過ごす。多分自分には、これ以上の幸せは存在しなかった。
 剛がきっかけの一つも持たず静かに動いた。そして、そっと唇が重なる。触れた唇から「愛してる」ばかりが伝わって、心臓が軋んだ。
 自分はいつか幸せで壊れてしまうんじゃないだろうか。剛の愛ではなく、二人の幸福によって。
 閉じていた瞼を持ち上げると、剛の顔を見詰める。男前、やなあ。いい加減見慣れれば良いと思うのに、こうして見上げる度心拍数が上がってしまう。
 再び優しいキスを繰り返す剛へと腕を伸ばして、その愛しい身体を抱き締めた。ふと思い付いて、剛に分からない程度の小さな笑いを漏らす。
 このまんま何も分からんくなって、年越すのもええなあ。日付が変わる事も誕生日の瞬間も分からずに、剛に溺れられたら。それはそれで、良い年明けかも知れない。
 抱き締めた腕に力を込めて、このまま抱かれたいなと思っていたのに。不意に剛が身体を離した。光一は分からず、真っ直ぐ剛を見上げる。
「あーあかんわ」
 心地良い沈黙は破られ、剛が困った声を上げた。
「何が?」
 何故止めたのか全く理由が分からなくて。ほんの少し離れた距離すらもどかしいと言うのに。
「俺、一年中二十四時間お前の事抱きたい思うてんねんなあ」
 別にええやん、と言おうとしたのに、剛が自分の好きな笑い方をするから言葉は腕の奥の方へ飲み込まれてしまった。本当に、俺の扱い方を良く分かっている。
「こんな特別な夜にやる事ちゃうな。よし、光一。初詣行こう!」
「はつもうでって……」
 自分達には余りにもそぐわない言葉の気がした。吃驚した顔のまま動けないでいる光一の身体を起こしてやる。
「うん。初詣やで」
 光一に拒否の言葉を上げさせない、少年らしさの残る笑顔を作って見詰める。
「えー、今から出るなんて絶対嫌や。それに神社とかってこの時間混んでるやろ。二人で行ったらあかんやん」
「大丈夫やって。逆に人多い方が案外気付かれんもんやで」
 文句は言うものの口程には嫌がっていない表情に気付いて、剛はひっそり笑う。
 光ちゃんの反応なんて、全部お見通しやっちゅー事やね。散々文句を言っている割に剛が支度を始めるとベッドから降りて後を付いて来る。
 二人ともバスローブを羽織っていただけだったから、荷物を出して服を着替えた。光一は剛が差し出した物を素直に着始める。わざと彼には女物を着せた。
 用意の良過ぎる剛の鞄の中には、服が常に余分に入っている。線の細い光一だから、女の物を着せておけば絶対にキンキキッズだとばれないのだ。
 それに、これで歩けば恋人同士にしか見えなくて、外でも気兼ねなくイチャイチャする事が出来る。普段自分達の関係を知っている人間の前でなら何の問題もないけれど、さすがに外で男同士がキスしていると注目を浴び過ぎる。光一の見た目なら納得されそうではあるが。
 彼が着て来た細身の黒いコートにストールをマフラーのように巻いてやり、顔がばれないよう深めに帽子を被せた。寒がりの癖に薄着な光一に手袋までさせると、その手をしっかり繋いで部屋を出る。
 剛は夜にも関わらずサングラスを掛けて顔が分からないようにした。一人ならば絶対に気付かれない自信があるのだけれど、どうしても二人一緒だとばれる確率が高い。
 キンキキッズとして世の中に認知されている証拠でもあるのだろうとは思った。でも、それ以上に光一が目立ち過ぎるのだろう。可哀相だな、と思っても持って生まれた光なのだから仕方ない。
 ホテルを出て手を繋いだままゆっくり歩いていると、寒さを忘れて段々幸せな気分になって来た。後一時間もしない内に日付が変わる。
「こやって初詣二人で行くの初めてやなあ」
 寒さのせいか繋いだ手のせいか、部屋を出た時から口数の少なくなっていた光一が、少し嬉しそうなトーンで呟いた。
「初めてのシチュエーションでドキドキする?」
「別にー」
 顔を覗き込めば、照れた表情を背けて嘯く。
「でも、これが初めてやないんやな」
「へ?」
「初詣。二度目なんですよ」
「えー嘘やんー」
 白い息を吐き出しながら剛の顔を見詰めた。自分より背が高い癖に、上目遣いをするのは反則だといつも思う。
「してるんやで、これが。まあ、詣でてはないけどな」
「そしたら初詣言わんやろ」
「いやいや。祈りを捧げてたんですよ、僕は」
 全く覚えていない顔をする光一が可愛くて、含みのある笑みを漏らした。あれを初詣なんて意識している筈がないのだから。
 唯、神に向けるのと同じ種類の祈りを捧げただけ。
「昔過ぎて覚えてる訳……あ!」
「思い出した? お前記憶力悪いから、もう思い出せんかなあと思ったんやけどね」
「……思い出したわ、阿呆。って言うか、あんなん初詣言わんわ」
 そう言って顔を赤くする光一を優しく見詰めた。遠い昔と呼べる程古い記憶。光一ですら覚えているのだから、余程あの時の願いは真摯だったんだろうと思う。
 まだ自分の気持ちが恋にすらなっていなかった頃。堂本光一と言う存在をひたすら優しく守りたいと願っていた幼い思いが蘇って来て、不意に胸が痛んだ。



+++++



 仕事の関係でどうしても実家に帰る事が出来なくなっていた。寮に入ったのだからもう後戻りが出来ないと知っていたけれど、まさか年末年始に帰れないなんて思いもよらなかった。
 それでも仕方のない事だとは分かっている。この世界には季節の移り変わり等必要ないのだ。
 割り切れない思いを抱えたまま剛は大晦日の仕事を終えて、自分の部屋に戻って来ていた。あの頃はまだ二人一緒の仕事ばかりだったから、同室である光一もベッドに横になっていて。
 今年は彼と一緒に年を越す事になるのだと思った。そして、彼の誕生日を祝うのは自分だけになる。
 日付の変わる瞬間に一緒にいるのは俺だけだから。眠くてしょうがないのに、年を越す瞬間をちゃんと見ていたかった。横になっている光一は目を閉じているけれど、呼べばすぐその綺麗な瞳が向けられるだろう。
「光ちゃん」
「なぁに」
 少しだけ眠気を帯びた声で、それでも剛の呼び掛けに答える。出会った時からずっとこの人は、俺の言葉を零す事なく必ず掬ってくれた。
「……俺、こうやって家族以外の人と年越すの初めてやわ」
「ほんま?」
 声を掛けたまま何の話題も持ち出さなかった剛の代わりに、光一が言葉を繋げる。剛は嬉しそうな声を上げた。
 何でも光一の『最初』の相手になれるのが嬉しい。一つ年上なのに自分よりあらゆる経験の少ない光一は、時々こうやって剛を喜ばせた。
 どんな時でも彼の初めてになりたいと思ってしまう。それがどの感情から来るものかは分からなかったけれど。
「俺は去年も一昨年も友達と一緒やったなあ」
 でも、と剛は続ける。嬉しさを隠さない瞳で光一を真っ直ぐ見詰めた。お互いベッドにいる距離は、遠いようで近いようで。
「二人っきりってのは、俺も初めてやわ」
 付き合っていた彼女とも一緒に過ごしていたけれど、其処には友達もいた。こんな風に誰かを独り占めして年を越すなんて思ってもみない。しかも、誕生日を迎える特別な人と。
 贅沢だなあと思って嬉しいのに、光一は多分剛の言葉の意味を取り違えた。
 全ての声を拾ってくれるのに。きっと彼は、臆病な人なのだろう。
「……他の部屋行って皆で越してもええんやで」
 寮には半分位の人間が残っていて、皆何処かの部屋に集まって年越しをする筈だ。剛も勿論誘われている。けれど光一が慣れていない人間ばかりだから断ってしまった。彼も他の人に誘われていたのに、やっぱり此処にいる。
 どうしたいかなんて、本当はお互い分かっている。幼い感情が、心臓の近くに存在していた。
「光ちゃんと一緒に年越したいんやからええの」
 誰でもない光一を、自分の相方と言う特別な位置にある彼を。独り占めしたいと思う感情は、そんなに不自然なものではない。そうやってわざわざ思考を巡らせる時点でもう不自然だと言う事には、気付けなかったけど。
「新しい年になって光ちゃんが誕生日で、そんな特別な一瞬を過ごせるんやで? メッチャ贅沢やん」
 幸せの瞬間を一緒に過ごしたかった。誰にもこの時間を渡したくはないと思う。
「光ちゃんとまた、歳離れてまうねんなあ」
 幸せだと思うのに、寂しい声で剛が呟く。学年が違う段階で決定的な年齢差が存在するのに、剛は僅かな差をいつも埋めたがった。
 一緒になりたいと、何の含みもない声で言うのだ。
「離れるって、一つやんか」
「年下になるん、嫌や」
 年下らしい我が儘な事を言い出す剛に、光一は思わず苦笑した。意味のない独占欲は、束縛を嫌う光一を何故か喜ばせる。彼自身その感情の意味を理解出来ていなかった。
「百日なんて、あっと言う間やって」
 訳の分からない所でむくれる剛が可愛くて仕方ない。弟がいたらこんな感じなのだろうか。
 愛しくて可愛くて、ちょっと堪らない感じ。
「何でおかんもうちょい早く産んでくれんかったんやろ。そしたら光ちゃんと学校も一緒やったのに……」
 いつもいつだって一緒にいたかった。
 光一を片時も手放したくなくて。光一を誰かに奪われたくなくて。
「そんな無茶言われてもなあ」
 もう笑うしか出来なくなった光一は、少しでも近付きたくてベッドの端まで身体を移動させる。丁度良い距離感は、時々遠く感じるから。
 少し歩けば届く距離にいるのに、近付き過ぎる事を恐れる自分も存在するのに。
 情が湧くとはこう言う事なのかも知れない。今まで出会ったどんな人にもない感情だった。多分、友情とはちょっと違う。
 結局この距離に耐えられずに剛のベッドまで行くと、その隣に腰掛けた。身体が触れない距離を保つ。
 そっと頭を撫でてやれば、嬉しそうな顔をした。そんな剛を見て幸せな気持ちになる自分の感情は、一体何で出来ているのだろう。
 友情とも家族愛とも程遠く。分かっているのは、今の自分が一番大切にしたい人だと言う事だけ。
「あと十分や」
 時計を見上げて弾んだ声を上げた。そのトーンが余りにも明るかったから、やっぱりまだまだ子供だと思う。
 今となっては全くと言って良い程百日の差は関係ないのに、この時の差は何と大きかった事だろう。
 剛が可愛くて仕方なかった。
「行く年来る年見ながら、カウントダウンしようや」
 二人のベッドの間にあるテレビを点けると、日本各地の除夜の鐘が鳴り響いている。本当に年末なんだと実感して、今剛と二人きりでいる事が何だか凄く不思議に思えた。
 剛が光一の手を引き寄せ、テレビの前に座ろうと促す。先に座った剛の隣に光一も腰を降ろすと、繋いだままの腕を引っ張られてぴたりとくっ付いた。体温をはっきりと感じる距離。
 剛は時々こうして、酷く体温を求める事があった。癖なんだと思う。人と触れ合う事は苦手だったのに、剛だけは嫌じゃなかった。心地良いと思ってしまう。
「光ちゃんは、初詣ちゃんと行く方?」
「うん。家族揃って必ず行くで」
「そぉなんや。ええな、俺も一緒に光ちゃんとお参りしたい」
「外出禁止やって言われてるやろ」
 先に釘を刺しておかないと、剛は本当に実行してしまうタイプだ。不満げな唸り声を上げて、光一を見上げる。
「光ちゃんと一緒にやりたい事一杯あんのに、全然出来へん」
 しょうがないやろ。言おうとして口を噤む。仕事仲間であって友達じゃないんだから。そんな酷い事を言いそうになった。確実に剛の真っ直ぐな瞳を傷付けるだろう。
 そして、言った傍から自分も傷付く筈だ。目には見えない程の小さな傷を心臓に負ってしまう。
「あ、そうや! 剛、これ見ながら行ったつもりでお参りすればええやん」
「絶対、ご利益ないで……」
「ええやん。ようは気持ちやろ」
 剛とは出来ない事が多いと思う。
 この先も、きっと。
「そしたら、」
 不意に剛が声のトーンを落とした。思わず触れた肩がびくりと揺れる。光一はその声音が苦手だった。可愛い可愛いと思う剛が、全然知らない人になってしまう瞬間。
「俺、こんなテレビ画面の向こうの訳分からん神様より、光ちゃんにお願いするわ」
「は?」
 その声に身構えていた光一は、続いた言葉の内容に間の抜けた声を上げた。
「光ちゃんならご利益ありそうやわ」
 分からないと言う顔をして、至近距離でじっと見詰める光一に笑ってみせる。その表情にドキドキする自分に、剛はもう慣れてしまった。綺麗なものを綺麗だと思ってしまう感情はしょうがない。
「やって、光ちゃん神様にメチャメチャ守られてそうやもん」
「なぁんや、それ」
「神様に大事にされてる感じ? 黙ってれば神秘的な顔してるしなあ」
「何言うとんの」
 剛にしてみれば思った事をそのまま口にしているだけなのだろうけど、光一には余りにも恥ずかしかった。触れた体温が上がっていないか少し心配になる。
「テレビよりご利益ないで、絶対」
「ようは気持ちやー言うたの光ちゃんやん」
 もう既にやる気らしい剛を止める理由も見つからず、遊びなら付き合ってやろうかと思う。画面の端に出ている時刻をみると、日付が変わるまで後一分となっていた。
 もう少しで一年が終わる。
 去年はこうして剛と一緒に年を越すなんて思いもしなかった。いつの間に、あっと言う間に自分の中を占めて行く剛と言う存在が、時々怖くなる。剛は財布から小銭を取り出した。
「お賽銭。光ちゃん握って」
 寮の部屋で自分達は何て事をしているんだと思う。それでも、しょうがないなあと笑って小銭を受け取った。儀式めいた遊びにどんな表情で付き合えば良いのか、もう分からない。
 掌に小銭を置かれた瞬間、テレビの中で零時を告げる音が響いた。真剣な表情で、剛が光一の手を両手で包み込む。
「誕生日、おめでとう」
 新年を迎えた喜びより、彼がこの世に生を受けた事に祝福を。瞳を閉じて二人の手を胸の位置まで挙げると、それはもう祈りだった。
「光ちゃんに出会えて良かった。光ちゃんと一緒にいられるんが、ほんまに嬉しい」
 光一は何も出来ずに、剛の長い睫毛を見詰めていた。自分も同じ思いを抱えていると告げる事は、きっと出来ないだろう。
 けれど、彼なら言葉に出来ない思いに気付いてくれる。それは、余りにも奢った感情だろうか。
「……これからもずっと、一緒にいられますように」
 何よりも強い願い。そっと剛が目を開ける。瞳の中に宿った光に、思わずどきりとした。
 大人びた少し怖い位のその色は、剛の思いを痛い程表している。自分の中にも同じ種類の情が存在した。
「大好きやで」
 いきなり表情を変えて、光一が確実に照れる告白を渡す。純粋に向けた言葉は、彼の頬を朱に染めた。
「おまっ何……!」
「光ちゃん照れてるー。かわいー」
「年上に向かってそれはないやろ!」
「百日だけやもーん」
 儀式のような神聖さは部屋の中から消え、代わりに温かい笑い声が空間を占める。暫くじゃれ合っている内に、剛がプレゼントとケーキを持って来た。まさかそんな物を用意されているなんて思いもしない。
「お年玉はないけどなー。正月より光ちゃんの誕生日が優先や」
 プレゼントの中身はもう忘れてしまったけれど、その言葉が本当に嬉しくて。剛が大好きだと単純に思った。
 それから二人でケーキを食べて、朝まで近過ぎる距離のまま下らない話をした。



+++++



「やっぱりご利益あったなあ」
 寒い空気を忘れてしまう位優しい声で、剛が言う。神社の近くまで来ると、さすがに人が多かった。
 人混みをかき分けるように、手を繋いだまま歩く。きっと自分達が見つかる事はないだろう。此処にいる人達は、自分の願いで一杯だから。
「ご利益なんか、あらへんよ」
 剛の言葉から間を空けて光一が答える。テンポのずれに今更驚きもしないけれど。繋いだ指先がそっと絡められた事には、さすがに吃驚した。
「ちゃうやろ、それ。俺が何かしたんやなくて、二人で……」
 其処まで言って、恥ずかしい事を口走ろうとしている自分に気付く。
「ん?」
「何でもない」
 手を絡めただけで充分照れていたのに。これ以上言う事なんか出来ない。それに剛はもう、自分の言いたい事を完璧に理解していた。
「ちゃんと言うてや、光ちゃん。『二人で』何やの?」
「もぉ言わん。お前分かっててそう言う事すんの悪い癖やで」
「やって、光ちゃん可愛いんやもん」
「可愛い言うな」
 指先を離そうとすると、逆に強い力で腕を引かれ階段の前で抱き締められる。
「ちょっ! おまっ……!」
 本気で焦って身体を離そうとする光一を許さずに、更に抱く腕に力を込めた。
「ずっと、一緒にいたいな」
「ずっとなんて、分からん……」
 光一はもう、臆病な声音を隠さなくなった。怖い事は怖いと言う。それは微かな痛みと、確かな強さを剛に与えた。
「お前がそうやって思っても、俺が絶対一緒にいたるから」
「絶対なんて、あらへん」
「俺の執念甘くみたらあかんよ」
 笑いを含んだ声で告げると、光一が身体の力を抜いてそっと剛の腰に腕を回した。
 あの時の祈りは、今も強く深く胸の底にある。離れてなんかやらないと、もしかしたらあの頃の自分よりも幼い独占欲で思った。
「愛してるよ」
 そっと光一の頬にキスを落とす。外でこんな事をしたら怒るだろうと思ったのに。
 光一は何も言わず、剛と視線を合わせた。こんなにも人が多い場所で。二人きりのような錯覚に陥るのは何故だろう。
「お前とおると、何処におんのか分からんようになる……」
 だから、一緒に出掛けるのは嫌だと。吐息混じりに呟いた。たかだかキス一つで、何もかもどうでも良くなってしまうのだ。
 こんな恋は二度とないだろう。言葉にする事は出来ないけれど、精一杯の言葉を剛に渡した。
「今年も一緒にいような」
 そして、剛の唇に柔らかい感触が触れた。
「こうい……」
 赤くなる顔を繕う事も出来ずに剛が名前を呼ぼうとした瞬間。あの夜と同じ鐘の音が、辺りを埋め尽くした。
 光一はキスをした後すぐ、剛の肩に顔を埋めてしまう。日付が変わった。

 世界で一番愛しい人の産まれた日になる。

 冷たい髪にそっと唇を当てて囁いた。
「誕生日、おめでとう」
 
 自分達に、祈るべき神はいらない。
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