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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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「handies」

 剛が撮影中に倒れた。その報せを受けたのは、打ち合わせが終わってすぐの事だ。
 彼の具合が悪くなるのは、言ってみれば日常茶飯事で。取り乱す程心配したりはしなかったのだけど。
 長時間のドラマ撮影は精神力を消耗する事を充分分かっていたから、少し様子を窺うつもりで愛車でスタジオに向かった。


 楽屋に寝転がっていた相方は、予想していたよりも悪そうだ。マネージャーによると夏風邪を引き、ついでに胃腸炎を併発させたらしい。
 相変わらず弱いなあと呟いたら、楽屋に案内してくれたスタッフに失笑された。命に別状がないのなら、体内に熱を閉じ込めて我慢するよりも発熱する方がずっと良い。呑気な発想は口調すら穏やかにした様だ。
 体調が悪いからと言って、撮影を切り上げる訳にはいかない。そんなの本人が一番理解していた。撮影の順番を変えて空き時間を延ばしたのだと、スタッフ が教えてくれた。
「次の撮りまで少し時間空くから、傍に居てやってくれる?」
 剛のマネージャーはそう言って穏やかに笑うと、楽屋を出て行った。自分のスケジュールは完璧に把握されているらしい。
 眉根を寄せて眠っている剛は、乱れた呼吸が苦しそうだ。もう数え切れない程こんな彼に遭遇しているけれど、いつまで経っても慣れる事はなかった。
 剛が苦しいと心臓の辺りが痛くなる。それが心配するって言う事なんだよ、と教えてくれたのは誰だったか。
 優しく髪を撫でていると、不意に剛の眉が苦しそうに顰められる。段々とそれが顔中に広がって、あどけなく開かれていた唇から低い呻き声が漏れた。
「つよ?」
 呼び掛けても夢の中にいる彼には届かない。触れていた肌がしっとり汗ばんで来た。
 怖い夢を見ているのかも知れない。可哀想になって、距離を縮める。覆い被さる様に剛の耳許へ顔を近付けた。
 怖い夢を見ている時に、無理に起こしてはならない。幼い頃に聞いた話は、大人になっても忠実に守ろうとする信憑性があった。
 だから小さく呼び掛ける。剛が自分で戻って来る様に。覚醒を促す。
「剛」
 苦しそうな表情に耐え切れず、しっかり手を握った。きつく、きつく。夢の中の彼に届く位。
「剛。俺は此処やで。此処に、おるよ」
 言い聞かせる口調。呼び戻す為の。
「うっ……ん」
「剛、怖ないよ。光ちゃんが優ししたる」
 自分でも呆れる位甘い声だった。彼の前では確固たる男としての矜持すらどうでも良くなる。それが情けないと思う日も確かに在るのだけれど、もっとずっと大事にしたい感情があった。
 お前の為なら、俺は何にでもなるよ。恋人でも友人でも、母親でも。
 剛が望むものの全てになりたい。
 寄せられた眉間にキスを落として、尚呼び掛ける。
「剛、剛、剛……」
 口付けて髪を梳いて、頬に触れて。繋いだ指先を絡める。こんな風にいつも傍に居たかった。
「……っは」
 呼吸が乱れて、痙攣を起こした様に身体が撓る。そうして開かれた瞳は水分が膜を張っていた。
「剛」
「……光ちゃん?」
 瞳の光とは裏腹に揺らいだ声だ。握った手だけが、縋る様に力強い。
「うん、お早う。剛」
「……怖い夢、見とった」
「うん」
 子供みたいに呟くから、優しくしたくなる。いつまでも残るこの幼さも、愛しい剛の一部だった。
「どんな夢、見たん?」
「光一が、いなくなる夢」
 自分のいない世界が一番怖いのだと、彼は言う。まるで睦言だった。
「お前の名前、呼ぶのに、返事がないねん」
「うん」
「一人っきりやった、俺」
 泣きそうな気配を見せて、それからゆっくり腕を伸ばす。光一の腰に両腕を伸ばしてしがみ付く仕草。抱き寄せる様に力を込めて、薄い太腿に頭を乗せた。
「つよ?」
「怖かった。……光一」
 その呼び掛けを正確に聞き分ける。膝に乗った身体を抱き締めて、体温を混ぜ合わせた。
「おるよ、此処」
「良かった」
 夢の中を彷徨ったままの不安定な心を持て余して、安堵の溜息を漏らす。腰に回された腕が後ろで交差して、シャツを握り締めた。
「大丈夫やから。光ちゃんおるから、もう怖い夢見ぃひんよ」
「うん」
「まだ時間あるから、寝てまい」
 発熱した身体を少しでも休めて欲しい。もう一人じゃないから、大丈夫。怖くない。こめかみにキスをして、おまじない。
「こぉちゃん、こっち」
 上目遣いで強請られて、傲慢な子供と化した剛に苦笑を返した。汗ばんだ肌に手を添えて、唇にもキスを。
「位置的に無理やで、これー」
 膝の上の彼に口付けるのは無理だと思う。それを盾に誤摩化してしまうつもりだったのに、わざわざ膝から降りて距離を取った。
「こんなら平気やろ」
 にやりと笑った表情に子供の気配はない筈なのに。母親の吐息で、はいはいと近付く。ゆっくりと、唇を合わせた。
 あ、こいつ風邪なのに。移されたら大変だと口付けた後に思ってももう遅い。
 浅く触れただけの唇を食まれて、首の後ろを手で抑え込まれた。さっきまでの潤んだ瞳は愉悦に細められている。
 畳に手をついて身体を支えた。慣れたキスは簡単に、全身を脆くするから。
「っは。……お前!やり過ぎやー」
「やって、怖い夢見て目ぇ覚ましたら、目の前に光ちゃんがおったんやで。嬉しくなるやんかあ」
「嬉しいのとこーゆーのは、話が違うやろ!」
「いやいや、嬉しさの表現方法ですよ」
「そんなんいらんわ」
 他愛無い口喧嘩をして、仕舞いには二人して笑い合う。いつもの空気。無くしたら怖いと思うもの。
「なあ、まだおってくれんの」
 不意にまた、子供の口調になる。発熱が彼の精神を不安定にさせているのかも知れない。
「うん。お前が起きるまではちゃんと居るよ」
 目覚めた時に一人にはさせないから。笑ってみせると、安心して瞳を閉じた。眠りに落ちる感触。
「こぉいち」
「ん?」
「手、握っててくれん?」
 差し出された手は、微かに震えていた。そんな臆病すら残さず渡してくれると、嬉しくて仕方ない。強さも弱さも全部共有してくれる彼の愛情。
「ええよ」
 しっかりと指先を捕まえて、両手で包み込んだ。体温を分け合って、一緒の物になれたら良いのに。
「ふふ。落ち着くわ」
「……お休み、剛」
 すとんと寝入った恋人に柔らかなキスを落とすと、手を繋いだまま自分も寄り添って横になった。繰り返される呼吸を確かめて。長い睫毛に見蕩れた。馴染んだ顔なのに、いつまでたっても飽きずに眺めてしまう。
 それが愛なのだと気付いて、少し恥ずかしくなった。剛の肩に額を寄せて、そっと目を閉じる。眠る為ではなく、彼の存在を確かめる為に。

 手を繋いで、夢の世界ですら一緒にいたいと願う自分は強欲だろうか。そんな自分を、剛は許してくれるだろうか。
 眠りに落ちた恋人達を発見したマネージャーは、暫く穏やかにその姿を眺めていたと言う。
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