小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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相葉は目の前の光景にため息を吐く。目の前には自分と同じ高校の制服を着た生徒が頭を下げている。ネクタイの色からして1年のようだった。
「相葉先輩!一目見たときから好きでした!!ぼ、僕と付き合ってください!!」
ウチは男子校だ。うんざりといった顔でその生徒を見下ろす。相手の男子生徒は相葉より少しだけ背が高く、体格も良い。顔はごく一般的な、どこにでもいそうな高校生だった。
「あのね・・・おれ、男だよ?」
「知ってます!」
「ああ・・・そう・・・」
言っても無駄か。今までにも、何度かこんな告白を受けている相葉はこの言葉で諦める奴なんていないことは分かっていた。そもそも、それで諦めるなら、告白なんてしないだろう。しかし、言わずにはいられなかった。たとえ、無駄だと分かっていても。
相葉はなるべく相手が傷つかない断り方を考えようとするが、上手い言葉が見つからない。
「相葉先輩のこと、いつも見てました!!昨日の帰りにゲーセンで中学生相手に本気で格ゲーしてたのも今日学校に来るまでに4回転びそうになってたのも知ってます!!」
そのアピール、すっげえ怖いんですけど・・・・。
「あのさ・・・気持ちは嬉しいんだけど・・俺、君の事知らないしさ・・・だから・・・ごめんね」
「僕は知ってます!!」
「だからさ・・・」
あー、もう殴っちゃおうかな?
「先輩・・・」
相葉が、そう考えて黙っているのを肯定と取ったのか、相手は近づき、相葉の手を握ってきた。
もう決定!殴っちゃお!!
相葉が反対の手で握りこぶしを作った瞬間。
「はいはーい、そこまで」
相葉と男子生徒の間に割って入る人物がいた。
「翔ちゃん!大野君!」
間に入ってきたのは櫻井と大野だった。
「ごめんね、君。相葉は好きな奴いるんだよ。あきらめて?」
「そうそう、相葉ちゃんあいつにゾッコンだよなあ?」
大野と櫻井がにっこりと、しかし威圧的な笑顔で言う。2人の笑顔に少し怯みながらも、男子生徒は相葉に詰め寄ってきた。
「本当ですか!?僕の知ってる人ですか?僕の知る範囲ではそんな人いないはずです!!」
本日何度目かの気持ち悪い発言に相葉は頭痛を覚えながらも、とりあえずこの場をしのごうと大野と櫻井の発言に合わせた。
「うん、実は俺好きな人いるんだ。だから・・・ごめんなさい」
「でも・・・」
なおも食い下がろうとする相手に櫻井がキレた。
「あー、もう!!お前!無理なもんは無理なんだよっ!分かったか!?分かったら行け!!」
櫻井の怒鳴り声に、さすがに何も言えなくなった相手は、相葉を名残惜しそうに見て一礼すると去っていった。
「はあ。疲れたぁ」
相葉が大きくため息をつき、大野にもたれかかる。
「大丈夫?」
相葉の頭を撫でながら大野が問う。
「今日のはきつかったよぅ」
いつもは一言、「ごめんなさい」でたいていの人は諦めてくれるのだが。相葉が大野に泣きついた。
「お前、何でもっとはっきり断んねえの?」
半分呆れたような櫻井。
「断ったよ!だけど、すっげえしつこかったんだもん」
「まあまあ、翔君。相葉ちゃんは優しいから相手を傷つけたくないんだよね?」
大野が相葉のフォローに回る。櫻井が相葉を咎め、大野がフォローするのが毎度のパターンだ。
「でも殴ろうとしてただろ?最終的に」
「うっ、だって・・・俺、ばかだから言葉浮かんで来ねえし、あいつは気持ち悪いことばっか言うし・・・」
図星をつかれて、相葉は詰まりながらも言い訳をする。
「確かに気持ち悪かったなあ。ちょっとストーカーちっくだったしな」
櫻井も先ほどまでの相手の言動を思い出し、顔をしかめた。
「あの様子だと、諦めてないかもね、あいつ」
大野が深刻そうに言った。
「えー!俺どうしよう?やだよもう」
何で自分がこんな目に合わなければならないのかと、相葉は情けなくなる。恋愛は自由だ。同性同士が愛し合うのも別に悪いわけじゃないし、そんな偏見も自分にはない。だけど・・・・。
「もうさ、この際ホントに好きな人作っちゃえば?」
大野が提案した。そんな簡単に作れるなら苦労しないと相葉は思う。相葉は高校2年になるこの歳まで恋愛をした事がなかった。というよりも、恋愛が分からなかったのだ。自分の周りでは、付き合ってるだとか、別れただとか、浮気しただとか、エッチしただとか・・・・みんな、泣いたり笑ったりしてる。そんな話が毎日のように聞かれるが、それがどんな気持ちなのか相葉には全く想像もできなかった。
好きな人はいた。しかし、その人とみんなが言うような事をしたいとは思わなかった。それを言うと、結局は好きじゃないんだよと咎められた。
好きってなに?わかんない。一緒にいて楽しいだけじゃだめなの?黙ってしまった相葉に櫻井は何か察したのか、頭をポンっと叩いた。
「まあ、とりあえずは良しとしよーぜ。相葉ちゃん、しばらくはあんまり1人にならない方が良いかもな」
「うん・・・翔ちゃん、大野君、ありがとね」
相葉は力なく笑った。 相葉が教室へと戻った後、大野と櫻井は同時にため息をついた。相葉は、自分のことに無頓着で分かっていない。どれだけ自分に魅力があるのか。この二人とて、その魅力に魅せられているのだが。
「俺たちも戻ろうか」
純粋で美しく、無垢な存在。そのうち現れるのだろうか。相葉の心を激しく揺さぶるような存在が。それまでは、相葉を守っていかなければと思わずにはいられない2人だった。
******
「やっばい、遅れるっ!」
二宮は駅の改札を抜け、猛スピードで階段を駆け上がった。上りきったところで、無情にもドアが閉まり電車は発車していく。
「あーっ!!」
叫んだところで止まるわけもなく、二宮は虚しく電車を見送った。
「くそぉ・・・これに乗んなきゃ意味ないのに・・・」
名残惜しそうに電車の走り去った方向を見つめ、一人呟く。学校が始まるまでにはまだかなり時間がある。次の電車でも余裕で間に合うのだが、二宮はいつも1本早い電車に乗っていた。
それにはもちろん意味がある。
「今日は会えないなあ・・・」
*******
1ヶ月前のこと
二宮は担任に用事を言い渡され、いつもより早く学校へ向うべく駅に来ていた。面倒くさいと思いながらも、一応優等生で通していることもあり、断れなかった二宮は渋々電車に乗った。比較的空いている電車の1両目に乗って座席に座る。 すると、途端に携帯が大きな音でなり始めた。
アラームだ。いつもの時間にセットしてあったものが解除してなかった。空いている電車内にそれは響き渡っていた。慌てて止めようと鞄を漁る。
「あっ」
ようやく携帯を探り当て、取り出そうとした瞬間、手から携帯が滑り落ちた。それは大きな音を流したまま、床を滑っていく。急いで拾おうと、携帯を追いかけているとそれが誰かの足に当たって止まった。その人が携帯を拾い上げ、二宮に差し出す。
「はい!」
「あ、すいませ・・・」
受け取ろうと、拾ってくれた相手を見上げた二宮の言葉が途切れた。
「どうしたの?」
携帯を差し出したのに受け取らない二宮に相手は首を傾げる。携帯はその間も鳴り続けていた。
「あの・・・だいじょうぶ?」
何度目かの声かけに、ようやく反応する事ができた。
「あ、あぁ。はい、大丈夫です」
「そう?はい、これ。いい曲だね」
「え?」
携帯を手渡しながらその人が言った。
「聞いたことないけど、きれいな曲。なんか胸がぎゅうってなる」
おれ、すきだな。
「・・・どうも」
「どういたしましてぇ」
にっこりと微笑んでその人は行ってしまった。
「あ・・・」
何なんだこれは・・・。何で呼び止めようとしてんだよ、俺。その人は次の駅で降りていった。 あの制服は、駅から少し行ったところの男子校の生徒だ。ネクタイの色からして、俺より1つ上の2年だろう。頭を殴られたような衝撃。
綺麗な人だった。男だったけど、あんな綺麗人見たことない。本当にふわりと音がしそうな微笑みと、少し舌足らずな話し方。それに似合った甘めの声に、綺麗な指。朝日に照らされて、透き通りそうに白い肌と黄金に輝く髪。我ながら短時間でよく観察したものだ。
天使ってあんな感じなのかな?なんて柄にもなく思ってしまう。すでにアラームの止まった携帯を見つめた。
『いい曲だね。なんか胸がぎゅうってなる。おれ、すきだな』
「好き・・・か」
初めてだな、そう言ってくれた人。あのアラームの音楽は、二宮が作ったものだった。いい出来だったので、自分の携帯に入れたのだ。それを褒めてくれた天使のように綺麗な人。
「また、会えるかな・・・」
彼が去っていった方向を見つめて二宮は呟いた。
*******
「あーあ。ついてねえ」
次の電車に乗り込み、二宮はため息を吐く。昔のことを思い出すなんて、俺はじじいかと自分にツッコミを入れた。
「お、ニノじゃん」
呼ばれて声の方を振り返ると、同じ学校に通う松本が立っていた。
「珍しいねこの時間の電車にいるなんて。携帯の君はどうしたんだよ?」
嫌味っぽい笑顔を浮かべて、からかい口調で言う松本を睨む。『携帯の君』とは、話を聞いた松本が付けた彼の呼び名だ。
「もう、飽きたのか?」
「ちげーよ!乗り遅れたんだよ!」
「ふーん。まあ、どっちでもいいけどさ。お前も毎日よくやるね、会えるかどうかもわかんねえんだろ?」
「うーん、いつもあの電車に乗ってるわけじゃないみたいで・・・」
そうなのだ、あの電車に乗っても、彼に会える日と会えない日がある。それもランダムで、決まってないのだ。でも他に会える方法もないから、俺はあの電車に賭けるしかないんだ。
「声かけりゃ良いじゃん」
じれったいな、と松本は顔をしかめた。
「・・・それも考えたよ。でも、俺のこと覚えてなかったらショックじゃん・・・。潤君と違って純真なんですよ、俺は」
いい曲と言ってくれたことを忘れられていたらと思うと、なかなか勇気が出ないのだ。
「純真ねえ。そうだ、俺の中学からの友達が携帯の君と同じ高校に行ってるし、何なら聞いてみようか?」
携帯の君と同じ2年だし、知ってるかもよ?口の端を持ち上げて、相変わらずからかうような口調の松本。
「・・・結構です。潤君の友達なんて、得体が知れない」
このドS番長の友達だ、絶対からかわれるに違いないと、楽しんでる松本を睨む。
「そう、残念。でも、ニノもさ、もの好きだよね。共学通ってんのに。お前結構モテんじゃん」
もったいないと松本は言う。顔も頭も運動神経もそこら辺の奴よりずば抜けている二宮は、学校でもかなりの注目を浴びている。ただ、性格は一筋縄でいかない。松本でさえ、時々もてあます事がある。普通の女の子が扱える奴ではないのも確かだ。
「余計なお世話です。それに潤君にはかないませんよ」
二宮は言外に松本の方がモテるくせに、似たようなものじゃないと嫌味を込めた。
「はいはい、すいませんね」
全く悪びれた様子もなく言う松本を横目で見て、二宮はもう一度ため息を吐いた。
二宮は今まで恋愛や女性には興味がなかった。女性に興味がなかったというより、人間自体に興味がなかったのだ。それよりも他に沢山やりたい事があったし、正直面倒くさかった。そんな二宮が初めて興味を惹かれた人物。
簡単には忘れられない。携帯を取り出して見つめた。
「あ、そういえばさ、さっき言ってた中学からの友達なんだけど」
ほら、携帯の君と同じ学校の。電車を降りて、学校まで歩いてる途中で松本が言った。
「なんかさ、同じ学校の奴に付きまとわれてんだって。そんで、最近一人でいられないらしくってさ」
物騒な話だよなと、松本は顔をしかめた。
「ふーん。大変だね男子校って」
「・・・・」
松本が何か言いたそうに二宮を見る。
「何?」
「ん、いや」
お前のやってることも、あんま変わんねえんじゃねえのかと思ったが、口にはしなかった。
******
「んーん~♪あ~あ~♪♪なんか違う・・・あれぇ、どんなだっけ?」
「・・・・なあ、あいつ何してんの?」
ここ1ヶ月くらい、ずっとじゃねえ?最近の相葉はいつも歌っている。いや、歌かどうかも定かではないが。
「さあ・・・。のどでも痛いのかな?」
相葉を見て、大野はいつもよりも更に眉を下げた。
「あー、いい曲だったんだけどなぁ。忘れちゃった」
この間、電車で会った高校生の男の子の携帯から流れていた曲。もう一度聴きたいと思う。なんだかすごく心に響いた。あの後、櫻井と大野に聞いてみたが、二人とも知らないと言った。他の人にも聞いたし、CDショップの店員にも聞いた。でも誰も知らなくて・・・。時間が経つうちに自分の中でも記憶が曖昧になってしまった。
今ではメロディーも思い出せなくなって・・・残っているのは、あの曲を聴いたときの胸がぎゅっと締め付けられた思いといい曲と言ったときの、彼の驚いたような、照れたような顔。子犬みたいに可愛い顔してた。
もう一度会いたいな。
「そう言えば、相葉ちゃん。今日大丈夫なの?俺も、翔君も一緒に帰れないけど」
物思いに耽っていた相葉に大野が心配そうに声をかけた。
「え?ああ、うん。」
「ホント、大丈夫か?何なら俺、用事他の奴に頼むけど?」
「なに言ってんの、翔ちゃん!大事な用事でしょ?生徒会の役員会議なんだから!会長いなくてどうすんの!」
「そうだけどさっ、心配じゃん。お前1人で帰したら。なあ、智君」
「うん。相葉ちゃん大丈夫なの?俺も予定ずらせれば良いんだけど・・・」
「大野君まで!コンクールの作品の締め切り今週なんでしょ?おれに付き合ってくれてる場合じゃないよ。おれは大丈夫だから、2人とも心配しないで。ね?」
あれから、あの告白してきた後輩は時々相葉の近辺に現れ、言い寄ってくる。これがまた、かなりの気持ち悪さで、相葉も他の二人もうんざりしていた。『体育で転んでましたね』とか、『昨日の帰りに食べてた、たい焼き僕も好きなんです』とか。きっぱり言い切れない相葉に呆れながらも、彼らはいつも助け舟を出してくれていた。そんな2人に感謝しつつも、あまり迷惑ばかりかけられないと相葉は思っていた。ただでさえ、ぼんやりしている相葉は彼らの世話になりっぱなしなのだ。そもそも帰る方向が違う2人をこれ以上付き合わせることにも気が引けていた。
奴も毎日付いてきてるわけじゃないし、2人が一緒じゃない朝だって電車の時間を変えたりバス通学したりとランダムに登校方法変えていて、今まで何とかなっている。自分さえしっかりしていれば大丈夫だろう。
「ホントに!!大丈夫だから。」
未だ心配そうな2人を残し、相葉は学校を後にした。
「右よし、左よし、うしろ・・・よし!」
校門前でキョロキョロと周りを指差し確認し、相葉は歩き出した。クラスメイトや、先輩、後輩に声をかけられる度に面白いほどに動揺しながら。
「あー!なんでおれがこんなにビクビクしなきゃなんねえの」
ほんとイヤになっちゃうと、眉根を寄せる。こんな時はパーッと気分を晴らしたいものだ。かといって、一人ではやれることも限られる。
「ちょっとだけ、寄り道しちゃおっかな」
元来遊ぶことが大好きな相葉だが、ここ最近ほとんど寄り道をせずに帰ることを強いられていたためストレスも溜まっている。周りを見ても、特に問題はなさそうだし。今日は心配性の櫻井もいない。新しいピアス欲しいんだよね。
「よし、寄り道決定!」
そうと決まれば、どこへ行こうか。相葉の足取りが軽くなった。
******
「なんで俺が一緒に行かなきゃなんないの?」
面倒くさい。先ほどから松本の後ろで、ブツブツと文句を言っている二宮。授業が終わり、帰り支度をしていた二宮を松本が引き止めた。
「いっつもすぐに帰ってんだから、たまには付き合えよ」
少しは外に目を向けることも必要だろ?お前、ほっといたらずっと家から出ないし。
「余計なお世話です」
文句を言いながらも付いてくる二宮に松本は苦笑した。
「で、どこに行くんですか?」
「ああ。ちょっと気になってるものがあってね。二駅向こうのアクセサリーショップに行きたいんだけど」
「二駅向こう・・・。しょうがないから付き合います」
二駅向こうという言葉に二宮の反応が変わった。その駅には携帯の君の通う学校があるからだ。心なしか、二宮の足取りが軽くなったように感じ、松本は気づかれないように笑った。
二宮に初めて会ったとき、松本はなんて近寄り難い奴なんだと思った。顔も良く、勉強もできる二宮に最初のうちは仲良くなりたいと皆が寄っていったが話しかける度に素っ気ない態度で返してくる二宮に、次第にほとんどの人間が距離を置くようになっていた。それでも平然としている二宮に、感情が欠落してしまっているんじゃないかと思ったくらいだ。
松本はクールに見えて、中身は熱いところがあるため、そんな二宮が信じられなかった。しかし、松本が体調を崩してテスト前に何日か休んだとき彼だけが松本のためにノートを写し、重要どころを全てチェックしてくれていた。これがまた、結構当たっていて、そのテストは最高の出来となったのだ。それ以外にも、松本のやらなければいけないことは、全て彼が変わりにやってくれていた。かといって、それを恩着せがましく言ってくることもなく、彼はいたって平然としていた。礼を言った松本に「何のことです?」と、とぼけるだけだった。ノートの写しだって、机の中に何のメモもなく入っていただけで、誰が入れたのかもわからず、松本はみんなに聞きまくったのだ。
この一件以来、二宮を見る目が180度変わった。それから彼は一番の親友となった。けっして、感情が欠落しているわけではなく、表に出てこないだけで。みんなに素っ気無かったのは、ただ人と関わることに関心がなかったのだろう。そんな二宮の心を、一目で変えてしまった人物に少なからず松本も興味を持っていた。
「ねぇ、潤君!」
「何?」
「ここでしょう、あなたが行きたかった店」
「あ、そうそう。ここさ、前に連れと来たときに結構良いもんあってさ。ニノも何か買ってみたら?」
「いらないですよ、アクセサリーなんて興味ないです」
顔をしかめる二宮に松本は肩を竦めた。
「そ。俺あっち見てくるから、ニノはどうする?」
「ここら辺見てます」
「んじゃ、あとで」
そう言うと、松本は店内の奥へ入っていった。
*****
「あ、これかっこいい」
でも、こっちも可愛くて良いかも。久しぶりに来たアクセサリーショップに相葉のテンションは上がっていた。アクセサリーたちがキラキラと相葉を迎えてくれる。その輝きに負けないくらいに目を輝かせて、並ぶ商品を見つめる。
「これも良いけど、予算的に無理かなぁ・・・」
「僕は、先輩にはこれが似合うと思いますよ」
独り言に返ってきた返事に、相葉は驚き、振り返る。
「なっ!」
そこには例のストーカーまがいの後輩。
「なんでいるの!?」
「ずっと一緒にいましたよ?」
「いつから!?」
「学校を出たところから」
だって、あんなに確認したはずだ・・・。右も左も後ろも、いなかったじゃん!お前はマジシャンかなんかなのか?
しかし、寄り道のことばかり考えていた相葉は途中からあまり周りに注意を払えていなかった。そんな相葉が気づかないのも当然で。やっぱり、寄り道なんかするんじゃなかったと後悔してもすでに遅かった。
「それより!僕は断然こっちのが似合うと思います!」
指差したものは相葉の趣味とはかけ離れていて。
「そうだ!僕にプレゼントさせてください!!」
「いや!!そんな。いいよ、悪いし・・・」
相葉は慌てて拒否をする。
「ホントいらないから。もらう理由もないし・・・」
とにかくいらないとしか言えなかった。
「遠慮しないで下さい。僕がプレゼントしたいんです!!」
ああ、気持ち悪い。なんですか、その気持ち悪い台詞は・・・・。
「も、ホント勘弁してよ・・・・」
泣きそうになっている相葉にも構わず、相手はすっかり自分の世界だ。
「先輩、そういわずに。あ、こっちも似合いそうですよ!」
相手の手が相葉に伸び、腕を掴まれる。
「ちょっと、離してよっ!!」
大きくなる声に、周りの客が二人を気にし始めた。そんなことに構っていられる余裕は相葉にはなかった。あー、もう!翔ちゃん!大野君!誰でも良いから助けてよぉ!!
*****
松本が店内の奥へと消えていくのを見送った二宮は小さく息を吐く。アクセサリーなんぞに興味はない。ただ、少しでも彼に近いところに行きたいという想いで、松本に付いてきてしまった。会える確証もないのにだ。ばかばかしいことをしているなと、自虐的な笑みを漏らした。ショーケースに並ぶアクセサリーをなんとなく見つめる。キレイだし、デザインの良いものもたくさんある。しかし、興味のない二宮にはどれも同じに見える。
「もう、帰ろ」
松本はどこに居るのだろうか。一言告げてから帰ろうと、松本を探すために店内を奥へと進んだ。各コーナーを見ながら松本を探す。ピアスのコーナーには居ないよな、潤君ピアスしてないし。そう思い、通り過ぎようとした時・・・・・。
「ちょっと、離してよっ!!」
ピアスの置いてあるコーナーから大きな声が聞えた。ハスキーではあるが、ちょっと高めの声、怒っているような、泣き出す寸前のような声だ。カップルが喧嘩でもしてるのか。どうでもいいことだが、公衆の面前で恥ずかしい奴らだな。眉根を寄せて、迷惑そうにそちらを見た二宮は目を見開いた。
そこに居たのは、まさしく二宮の想い人だったのだ。少しでも近いところにと思っていたのに、まさか本当に会えるなんて。二宮は柄にもなく感激していたのだが・・・・。
どうも様子がおかしい。同じ学校の生徒だろうか、彼は腕を掴まれている。相手は嬉しそうな顔をしているが、彼はすごく迷惑そう・・・というか、怯えているような表情だ。それどころではなさそうな・・・腰も引けている。先ほどの大声といい、これは危機的状況なのだろうか?
「もう、ホントに離してぇ・・・」
状況を見極めようと、しばらく二人のやり取りを見つめていた二宮だったが泣きそうになっている彼を見て思わず身体が動いた。
「何やってんですか?」
二宮の声に二人の動きが止まる。驚いたようにこちらを見た彼と、初めて会ったとき以来、目が合った。それだけで二宮は、鼓動が早まるのを感じた。
*****
本気で泣きそうになっていたとき、誰かが助け舟を出してくれた。天の助けとその声の方を見ると、そこにはいつか電車で会ったあの男の子。
「離してあげてください。嫌がってるようにしか見えないんですけど?」
無表情で冷たい言い方は、興味のない人間を遠ざける二宮の常套手段だ。その効果か、相葉を掴んでいる腕の力が少し緩んだ。二宮の冷たい言い方に少し戸惑ったが、彼が自分を助けてくれるんだと直感で感じた相葉は隙を見て掴まれていた腕を振り払い二宮の元へと駆け寄ると、後ろに身を隠した。後ろから見る二宮の背中は、自分より背が低く小さいはずなのに、何故だかとても広く感じる。遠慮がちに彼の制服の端を掴んだ。
何故だろう。相葉は鼓動が少しだけ跳ねたのを感じた。
自分の後ろに隠れ、制服の裾を握り締めている相葉に一度目をやると、表情を一瞬緩ませた二宮だったが、すぐに元の表情に戻すと、向いにいる相手を見据えた。相手も二宮を見ている。
「君は・・・・?相葉先輩の知り合いですか?」
相手が怪訝そうに聞いてくる。
「・・・・そうですけど、何か?」
なんとなくだが状況を把握していた二宮は、肯定したほうが良いだろうと判断した。相葉さんっていうのか。彼の名前を知って、こんな時ながらも二宮は嬉しくなった。表情はあくまで崩さずに。そんなことには気付かない相手は、二宮を嘗めるように見る。
「・・・今まで先輩の周りでは見かけたことがないけど、どういう知り合いなのかと思って」
相手の発言に、二宮の後ろで隠れていた相葉が、小さく息を呑んだ。二宮にすがる手がわずかに震えている。それを確認した二宮の顔が険しくなった。同時に言葉がきつくなる。
「そんなこと、あなたに関係ないでしょう。この人をこんなに怖がらせて、どういうつもりなんですか?」
二宮は相葉を隠すように立つ。
「僕は別に怖がらせてなんか・・・」
「ないって言うんですか?どう見ても怖がっているように見えるんですけど?これ以上何かするつもりなら、しかるべき対応を取らせていただきますが?」
睨み付けてくる二宮の鋭い目つきに相手が怯んだ。それを見た二宮はすかさず畳み掛ける。
「今日は俺がこの人と帰ります。文句はないですよね?行きましょう、相葉さん」
二宮は相葉の手を取り、歩き出す。
「えっ?あ・・・う、うん」
それについて、相葉も歩き出した。何度か後ろを気にして振り返る相葉とは違い、二宮は相葉の手を引いたまま振り返ることなく歩き続ける。
「あ、あの・・・・」
店から出て、しばらく歩いたところで相葉が声をかけた。
「はい?」
話しかけられて、二宮は立ち止まり、相葉を見た。
「あの・・・もう、大丈夫みたいです。それで・・・手・・・・」
言われて二宮は相葉の手を握ったままなことに気付き慌てて離した。
「す、すいません!」
自分のとった行動に、二宮自身が誰よりも驚いていた。彼の泣きそうな顔を見たら、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。頭より先に身体が動くとはこのことか。しかも、考えてみれば相当強引に彼を連れ出してしまった。彼は先ほどのあいつの時ように、自分のことを怖がり、怯えてはいないだろうか。窺うように相葉を見る。
「いえっ!こちらこそ助けてもらってありがとうございました」
本当に助かりましたと、深々とお辞儀をし、笑顔で二宮にお礼を言う相葉に怯えた表情はない。そのことに安心すると共に、相葉の笑顔に二宮はまたしても見とれてしまった。本当に綺麗に笑う人だと二宮は思う。相葉の手を握っていた方の手が、熱くジンジンと疼いた。
「あ、そうだ!君さ、あのときの携帯電話の子だよね?」
「え?」
「ほら、前に電車で会ったよね?覚えてないかなぁ、俺のこと。だいぶ前だもんね」
ごめんね、変なこと言ってと、謝る相葉。しかし二宮が忘れているわけはなく、むしろ二宮のほうが彼を忘れられなかったのだ。自分のことを彼が覚えていてくれた事に驚き、感激し、言葉が出ないだけで。
「もしかして・・・気持ち悪いやつとか思った?どうしよう、これじゃあいつと一緒だぁ」
自分があの後輩に言われていたのと同じ様なことを言ってしまったことに相葉は動揺していた。自分の知らない相手が自分を知っている。それがどんなに怖いことか、この1ヶ月でこれでもかというほど思い知らされていたのに。
「あの・・・」
「ホントごめんなさい!あの、特に意味があるわけじゃなくてね・・・その、なんていうか・・・。ああ、もうわかんなくなってきた!!おれ、帰るね!」
相葉は変な誤解をしてしまっているようで、今にもダッシュしそうな相葉に二宮は慌てて声をかけた。
「まっ、待って!大丈夫です。俺も相葉さんのこと、覚えてますよ。あの時はありがとうございました」
「ほ、ほんと?気持ち悪いと思ってない?」
不安そうに眉を下げて二宮を見る。
「ええ、思ってません」
二宮は相葉が安心できるよう、極力優しい笑顔で答える。
「よかったぁ。」
それを見て安心した相葉は破顔した。表情がコロコロと変わる人だ。人に媚びるような節はなく、感情が素直に伝わってくるその表情は、二宮を確実に魅了していた。
「あ、ねぇ。そういえば何でおれの名前、知ってたの?」
首をかしげて聞いてくる相葉はとても愛らしく、思わず笑みがこぼれる。
「ああ。さっき、あいつが呼んでましたから。相葉先輩って」
「そっか!!それでかぁ。そうだ、君の名前は?」
聞いてなかったよね!!
「おれはね、相葉雅紀でっす。高校2年生です!!」
元気いっぱいに答えてくれる相葉。
「あいば・・・まさきさん。俺は、二宮和也って言います。高校1年です。」
「二宮君かぁ。よろしくね!!」
その屈託のない笑顔に二宮は、確実に囚われている自分を感じていた。
*****
「たいしたもの奢れないけどさ、何でも頼んでよ!」
相葉がどうしてもお礼をしたいと、二宮を連れてきたカフェ。もちろん二宮に断る理由などない。奢ってもらう気はないのだが、一緒にいられる事が嬉しかった。
「ここのね、シフォンケーキがおいしーの!!あ、甘いもの、だめ?」
マックとかのが良かったかなぁと、不安気に聞いてくる。その表情がまた、二宮の心をくすぐる。
「いいえ、大丈夫です。せっかくだから相葉さんのお薦めをいただきます」
「えへへ!じゃあねぇ・・・・これにしよ!!すいませーん」
嬉しそうに笑う相葉に二宮の頬も緩む。ずっと会いたいと、話してみたいと思っていた。しかし、その半面で会うこと、話すことをためらう自分もいて。話してみたら、案外どうって事ないやつだったりして、なんていう思いもあったのだ。
実際の彼は、見た目に違わぬ可愛い人だった。それが すごく嬉しくて、同時にこの人の事をもっと知りたいと思った。
「今日は本当にありがとうございました!!」
注文を終えると、相葉は改めて頭を深々と下げてお礼をする。そんな相葉に恐縮してしまう。
「いえ!俺は何も・・・・頭上げて下さい」
二宮の言葉に、相葉はぴょこっと頭を上げて微笑む。
「おれね、ホントに泣きそうだったの。その時に二宮君が現れて、なんか正義の味方みたいだね」
はにかんだように笑う相葉は可愛らしくて。二宮の鼓動は早くなる。
「そんな事ないですよ。・・・・・前からなんですか?」
「え?」
「あの・・・さっきみたいなの・・・」
話をする時に人の目をじっと見つめるのは相葉の癖なのだろうか。その綺麗な瞳に吸い込まれそうで、直視できない。
「ああ、あれ・・・。1ヶ月くらい前からかな?もう、ホントにきつかったよ。だいたいはさ、ごめんなさいで済むんだけど、あの人しつこくて。何度も断ってるんだけど、ずっとあんな感じでさ」
顔を曇らせて話す相葉。会話の中に気になる言葉があった。「だいたいはごめんなさいで済む」って事は・・・。
「アイツだけじゃないって事ですか?その・・・ああいうのは」
「ああいうのって?」
「えっと・・・告白とか・・・?」
「ん?ああ。告白はね・・・ちょこちょこ。おれ、男なんだけどなぁ」
何でだろうね?と首を傾げて二宮を見る相葉。その仕草が、誤解を招いているのではないかと、少し話しただけの二宮でも分かった。彼の大きな黒目がちの目は、普段から水分が多いらしく潤んでいる。その目で相手をじっと見つめるのだから、相手だってその気になるだろう。現に二宮だって、意識してしまうと目が合わせられない。
「あ、ねぇ。二宮君はさ、よくあのお店に来るの?」
「え?」
「あのアクセショップ。おれはね結構行くんだけど、二宮君はわざわざ電車降りなきゃいけないでしょ?」
「ああ、友達に連れられて・・・・・あ・・・」
ここに来て、ようやく松本の存在を思い出し、しまったと二宮が固まった。
「二宮君?」
「あ、いえ・・・」
まさか友達を置いて来たとは言えない・・・・。怒りに震える松本の姿が頭を過ぎった。そんなことには気付かない相葉は話を続ける。
「おれの友達もさぁ、二宮君と同じ学校に通ってるんだけどね、あの店がお気に入りで、よく途中下車してるからさ。あ、もしかして知ってるかなぁ。二宮君と同じ学年なんだよ?」
「俺とですか?」
「うん!あのね・・・・」
相葉が話している途中で二宮の携帯が鳴った。出ている名前は「松本潤」出るのを躊躇した。相葉と居ることもあったが、一番の理由は怖いから。松本はあの顔立ちだけあって、怒ると非常に迫力がある。そんな事に動じる自分でもないのだが、出来ることなら穏便にすませたいというのが本音だ。
「出ないの?」
おれなら気にしなくて良いから出なよと相葉に言われ、出ないわけにもいかず、渋々通話ボタンを押した。
*****
助けてくれた二宮を、お礼がしたいとカフェへと誘った。何故そんな事をしたのか、相葉自身分からなかった。ただ、もう少しこの人と一緒にいたい、話したいと思ったのだ。
落ち着いた様子で自分のとりとめのない話を聞いてくれる姿は、とても年下とは思えない。普段から櫻井に「落ち着け」と言われている事が、こんな時に身に沁みる。
注文を終えて改めてお礼をすると、二宮はとんでもないですと恐縮した。その姿が何だか歳相応に見えて、相葉は微笑んだ。
二宮は本当に正義の味方のように颯爽と現われ、自分を助けてくれて。
自分より背も低く、体格だって小さいはずの二宮が、あの時は凄く大きくてたくましく見えた。それを思い出すと、何故か心臓が忙しなく動く。なんだろうこれは?
「・・・・前からなんですか?」
不可解な感覚に戸惑っていた相葉に、二宮が声をかけた。
「え?」
二宮の質問の意図がつかめずに、相葉は二宮をじっと見つめる。
「あの・・・さっきみたいなの・・・」
二宮が言いにくそうに目を逸らす。
「ああ、あれ・・・」
あんまり言いたい事ではないけれど、助けてくれた二宮に説明しないのも失礼かと思い、拙い言葉で事情を話した。
「アイツだけじゃないって事ですか?その・・・ああいうのは」
「ああいうのって?」
「えっと・・・告白とか・・・?」
「ん?ああ。告白はね・・・ちょこちょこ。おれ、男なんだけどなぁ」
何でだろうね?と首を傾げて相葉は二宮を見る。その話を聞いた二宮は、とても神妙な顔をしている。目が合うと、ふいっと逸らされた。やはりおかしいと思っているのだろう。男から好かれる男なんて。
「あ、ねぇ。二宮君はさ、よくあのお店に来るの?」
「え?」
自分でも急な話題変換だと思ったが、なんとなくいたたまれなかった。あのまま二宮の困惑した顔を見ているのが。何故だかは分からないけれど。
急に話題を変えられて、二宮もきょとんとしている。
「あのアクセショップ。おれはね結構行くんだけど、二宮君はわざわざ電車降りなきゃいけないでしょ?」
「ああ、友達に連れられて・・・・・あ・・・」
そこまで言うと、二宮の動きが止まった。
「二宮君?」
「あ、いえ・・・」
そう言って笑う二宮を不思議に思いながら、相葉は話を続ける。
「おれの友達もさぁ、二宮君と同じ学校に通ってるんだけどね、あの店がお気に入りで、よく途中下車してるからさ。あ、もしかして知ってるかなぁ。二宮君と同じ学年なんだよ?」
相葉はひとつ年下の、でも自分よりも随分大人で頼りがいのある自慢の友達を思い浮かべた。
「俺とですか?」
「うん!あのね・・・・」
話を進めようとした時、二宮の携帯がなった。そのメロディに聞き覚えがあった。初めて二宮に会ったときに時に聴いた曲。思い出したくても思い出せなかった、切なくて胸を締め付ける旋律。
ああ、ずっと聞きたいと思っていた。
二宮を見る。そこには携帯を見つめたまま動かない二宮。そういえば電話が鳴っているのだった。二宮が自分に遠慮して出ないのだと勘違いした相葉は二宮に出るよう進める。二宮は戸惑いながら携帯を耳に当てた。
切ない旋律はそこで途切れた。もう少し聞きたかったな。
二宮の電話が終わったら聞いてみよう。何の曲なのか。二宮の電話が終わるのを待ち、窓の外を眺めた。
*****
「・・・はい」
『お前さぁ・・・今どこにいんだよっ。すっげー探してんだけど』
二宮が通話ボタンを押すと同時に聞えた不機嫌そうな声。
「・・・はい」
『・・・・まさか、黙って帰ったんじゃねぇよな?』
「帰ってはいないんですが・・・・そこの店にはいませんね・・・」
『・・・・どこにいる?』
更に低くなる声。
「えっと・・・ですね・・・」
『・・・なぁ、お前誰かと一緒にいるのか?』
松本のことだ、おそらくそばに人がいる気配も感じ取ったのだろう。二宮は相葉に眼をやった。相葉は頬杖を付いて窓の外を眺めている。その姿さえ絵になっているなぁと、電話をしながら思っていたら松本に怒られた。
『お前、聞いてねぇだろ!まぁいいや。今駅に向ってんだけど、どこにいんだよ?』
「えっと、駅の近くの・・・」
「あっ!!」
店の名前を探すため辺りを見回そうとした時、窓の外を見ていた相葉が突然叫んだ。何事かと相葉に目をやると、椅子から立ち上がって外を見ている。二宮もつられて外に目をやり、そこに居た人物に思わず声が出た。
「「松潤(潤くん)!!」」
「「え?」」
二宮と相葉は顔を見合わせた。
「二宮君、松潤のこと知ってたんだ?」
相葉は大きな目をぱちぱちさせた。
「ええ、まぁ。同じクラスなんです。相葉さんこそ・・・どうして潤君を?」
「さっき話してたでしょ?二宮君と同じ学校に友達がいるって。それが松潤」
窓の外を指差して答えた。
『おいっ!もしもし、ニノ?何か叫び声聞えたけど、どうしたんだよ?』
呆気にとられている二宮は松本と電話が繋がっていることをすっかり忘れていた。
「えっ?あ・・・、えっとですね・・・」
偶然すぎる偶然に二宮は言葉が出ない。
「ね、もしかしてそれ松潤?」
二宮の携帯を指さし、相葉が訊ねる。
「ええ・・・」
「貸してもらっていい?」
二宮から携帯を受け取ると、相葉が話し始めた。
「もしもし、松潤?」
『あ?あれ?その声は相葉ちゃん!?』
「うん!ね、松潤。左見て!ひだり!!」
『は?左って・・・・あっ!!』
相葉に言われて左を見た松本の視界に入ってきたのは手を振っている中学からの親友と、探していた親友。
『あれ?相葉ちゃん!?ニノ!?何で・・・』
2人が一緒にいるのかと、松本は首を傾げる。
「くふふっ、何ででしょう?ね、松潤もおいでよ!あ・・・、二宮君良いよね?」
「え、ええ・・・」
「良いって!!早く!」
『ああ・・・・』
そう返事をして電話を切って窓の向こうの2人に目をやる。
いつからあの2人は知り合いなのか。二宮からも相葉からも聞いたことがない。
楽しそうな相葉の向かいで、面を食らったような顔で頷く二宮にも驚きだ。あんな表情、見たことない。
そこから考え付く結論は唯一つ。自分の考えに確信を持ちつつ、松本は2人の元へと向かった。
*****
「あっ!まつじゅーん、こっちこっち!」
店内に入ると、相葉が立ち上がって大きく手を振った。
「大声出すなよ、聞えてるよ」
周りの目を気にしながら、2人のいるテーブルへと進み相葉を睨み付ける。相葉はそれにも全く動じず、ニコニコと松本を迎えた。
「へへっ。松潤、二宮君と同じクラスなんだって?すごい偶然!!びっくりしちゃった。あ、じゃあお店にいたのも松潤となんだね!」
1人で納得しながら松本の制服の袖を引っ張り、自分の隣へと誘導する。相葉の隣に座りながら、正面の二宮へと視線を移すと、驚いたような、何を言っていいのか分からない顔で松本と相葉を見比べていた。
その顔は、どこか怒っているようにも見える。松本と目が合うと、ふいっと目を逸らした。ホント、こんな二宮は初めてだ。
「・・・で、お前らは何で知り合いなわけ?俺、聞いてないんだけど。それに、ニノ。お前さ、勝手に帰んじゃねぇよ。」
「帰ったわけじゃないんですけど・・・」
「あっ!あのね松潤、おれのせいなの。あのお店でね、二宮君はおれを助けてくれたの」
だから怒らないでと、相葉は懇願するような眼差しを松本へ向けた。
「別に怒らねぇよ。で、助けたってどういうことだよ?」
「あ、うん・・・。ほら、前に話したでしょ?付きまとわれてるって。今日ね、あのアクセショップに行った時にも、その子に付きまとわれてて、泣きそうだったの!そしたらね、そこに二宮君が来て、助けてくれたの。ホント、正義の味方みたいだった!!」
カッコ良かったんだよと、興奮気味に話す相葉は嬉しそうで、頬を少し赤らめている。それにしても・・・・。
「正義の味方って・・・・」
なんとも相葉らしい表現に呆れて二宮を見る。二宮は少し気恥ずかしそうに相葉を見て微笑んでいた。おいおい・・・。今日は二宮の知らない表情を良く見るなと、松本は眉毛を上げた。こうなると、俺の考えも間違いないなと、店に入る前に確信していたことを二宮に確認する。
「なぁ、ニノ。相葉ちゃんがお前の言ってた、例の携帯の君だろ?」
「ん?なに、けいたいの・・・・なんとかって?」
「ちょ、潤君!!やめて下さいよ、相葉さんの前で!」
首を傾げる相葉を横目に、慌てて二宮が松本を制する。それを見て松本は笑った。
「何だよ、違うのかよ?」
「ち、違わないですけど・・・。相変わらず意地が悪いですね、潤君は・・・」
明らかに面白がっているような松本を睨み付けた。
「ふん、悪かったね・・・。こちらが意地の悪い俺の『得体の知れない友達』の相葉雅紀君です」
意地悪と言われたお返しと言わんばかりに、相葉の肩を抱いて皮肉たっぷりに答えを返す。二宮は唇を引き結んで、恨めしそうに松本を見る。そんな2人を不思議そうに見ていた相葉が、松本の制服をクイクイっと引っ張り口をはさんだ。
「ねぇ、さっきから話が見えないんだけど、なに?携帯がなんとかとか、得体が知れないとか・・・・」
「な、何でもないんです!相葉さんは気にしないで下さい」
「そう・・・?松潤と二宮君は仲が良いんだね?松潤はさ、顔は濃いしすぐキレるでしょ?だから誤解されやすいんだけど、ほんとは優しいんだ。良かった二宮君みたいな分かってくれそうな友達がいて!」
「お前は、俺の保護者かよ・・・。お前に心配される筋合いはねぇよ」
「あ、ほらまた!!そんなこと言って本当は超寂しがりなんだよぉ、松潤って!中学ん時なんか、背もちっちゃくてホント可愛くてね・・・」
「お前、何言ってんだよ、今それは関係ねぇだろ!」
相葉が自分の昔話を始めたのを慌てて止めようと、頭を小突いた。
「いでっ!もう、ぶつなよ。痛いじゃんか、松潤のばか」
小突かれた頭を押さえて松本を睨む相葉。
「仲・・・良いんですね」
そんな2人の様子を見ていた二宮がぼそっと呟いた。松本は相変わらず面白そうに笑っている。
「羨ましいか?」
「・・・・べつに」
二宮の反応が楽しくて仕方がないと言わんばかりに笑ってみせる。そんな松本を相葉は不思議そうに見ていた。
「もう、松潤は何笑ってんの?わけ分かんない・・・」
「ははっ、悪ぃ。そうか、相葉ちゃんね・・・」
言われてみれば、二宮の話してくれた「携帯の君」の条件に当てはまるな。しかし・・・。二宮を見やり、口元を吊り上げる。
「何ですか?」
「そうなると、話は別だな・・・・」
「・・・どういうことです?」
「相手が相葉ちゃんなら・・・素直に応援できねぇなぁってこと」
「潤君?」
松本の意味ありげな言い方に二宮は顔を顰めた。
「まぁ、それは置いといて。相葉ちゃん、まだあいつに付きまとわれてんだ?」
「うぇ?う、んっ・・・・ありがと」
シフォンケーキを頬張りながら答える相葉の口元に付いているクリームを拭ってやる。変な後輩に付きまとわれていると聞かされたのは結構前のことだ。松本も何度か一緒の時に見たことがある。その時は松本の殺人的な睨みに、寄っては来なかったが。あとで学校で散々言われたらしい。『あいつはあなたに相応しくない』とか『どうしてあんなのとつるむのか』とか。そのあまりの気持ち悪さに、能天気な相葉もかなり滅入っていた。
「相変わらずあの2人にナイトさせてんだ」
「ナイトって!そんなんじゃないけど・・・・」
「ナイトって何ですか?」
しばらく黙って2人の話を聞いていた二宮が口を挟んだ。
「ああ。こいつさ、さっきも絡まれてたんだろ?」
「はい」
「そいつがさ、かなりしつこいらしくて。こいつもきっぱり言ってやればいいのに、曖昧にするからさ。ずっと付き纏われんだよな。んで、あいつから守るためにナイトが付いてんの」
「ナイト・・・ですか?」
「そ、そんなんじゃないもんっ。二宮君、誤解しないでね?もう、松潤!変なこと言わないでよ。二宮君、びっくりしてるじゃん!」
「何だよ、ホントのことだろ?」
「違うよ。2人は友達だもんっ!翔ちゃんも大野君も友達だもん!!」
「だって、2人とも帰る方向違うじゃん。それなのにわざわざ駅まで送ってもらってんだろ?」
「おれはいいって言ってるもん。でもあの2人がさ・・・危ないからって」
「相変わらず過保護だなぁ2人とも」
「でも、朝は一人で行ってるでしょ?バスに変えたり、電車の時間変えたりして!」
「あっ!!」
「えっ?な、なに?」
「どうしたんだよ?」
「あ・・・いえ、何でも・・・」
話を聞いていた二宮が突然大きな声を出したため、2人の会話が止まる。気まずそうに話の続きを促し、二宮は冷めた紅茶に口をつけた。
「・・・・で?これからどうすんだよ?いい加減何とかしろよ。2人にも迷惑だろ?」
「分かってるよ・・・・。2人には・・・好きな人でも作れって言われた。」
「えっ!?す、好きな人ですか?」
またしても二宮が大きな声を出す。少し驚きながらも相葉が頷いた。
「う、うん・・・。好きな人がいるからって諦めてもらえって」
「でも、それ失敗したんだろ?」
「うん・・・おれの知り合いじゃだめみたい。全部見透かされてる・・・っていうか、知り尽くされてるって言うか・・・翔ちゃんも、大野君も松潤もだめ。みんな違うって見破られちゃって・・・」
「ふーん・・・あいつの知らない奴ねぇ・・・・あ!」
何かに気づいた松本が二宮を見遣り、ニヤッと笑った。
「相葉ちゃん、良いのがいるじゃん・・・・なぁ、ニノ?」
「え?な、何ですか?」
「松潤?どういうこと?良いのって・・・?」
「だから!あいつが知らない奴で、一緒にいる所も見られてて、おまけに決定的なインパクトも与えてる!」
「え?え?だれ?」
「潤君・・・・?」
何か察したように、顔を顰めて松本を呼ぶ二宮に、もう一度笑ってみせると松本は相葉に名案を提示した。
「ニノに頼めば良いんじゃねぇ?」
「え?二宮君に?」
「そうだよ。今日アイツにも会ってんだし、相葉ちゃんとも知り合ったばっかりだから、調べられてねぇだろ?しかも、帰る方向も一緒!!朝も帰りも時間さえ合わせりゃ問題ないじゃん」
どうよ?ナイスアイディアだろ!そう言って笑う松本。相葉はイマイチ話が理解できていないようで、大きな目をパチパチさせている。二宮は複雑そうな顔をして、松本を見ていた。
「な!相葉ちゃん、そうしろよ。ニノなら俺も安心して任せられるし。ニノも良いだろ?」
「ま、まつじゅんっ!そんなのだめだよ!二宮君に悪いし、迷惑だよっ!」
「何で?」
「なんでって・・・し、知り合ったばっかりだし、そんなこと頼めな「・・・・良いですよ」
「ほらぁ!二宮君も良いって・・・・え?」
返事に驚き、二宮を見る。
「俺は・・・別に構いませんよ?」
「ほら、相葉ちゃん。ニノ良いって」
「え、え・・・でも、悪いよ。そんな・・・・おれ、迷惑かけれないよ・・・」
ただでさえ、今日こんなに迷惑をかけたのに。
「大丈夫。ニノは迷惑なんて思っちゃいないよ。な、ニノ?」
「はい。どっちにしろ通り道ですから、定期も使えますし全然問題ないですよ。俺は潤君と違って暇ですから、相葉さんに合わせられますし。
それに・・・もっと相葉さんのこと知りたいですし、仲良くなりたい」
「にのみやくん・・・・」
にっこり笑う二宮に相葉は顔を赤らめた。
「二宮君・・・・」
「ニノ!!」
「え?」
「ニノって呼んでください。皆そう呼びます」
「にの・・・?」
「はい」
「にの・・・・おれ・・・、おれの好きな人になってくれますか?」
「・・・ええ、喜んで」
「あ・・・お、お願いします・・・」
何故かお見合いのように緊張して頭を下げる2人を、松本は呆れながらも微笑ましく見つめていた。
「相葉先輩!一目見たときから好きでした!!ぼ、僕と付き合ってください!!」
ウチは男子校だ。うんざりといった顔でその生徒を見下ろす。相手の男子生徒は相葉より少しだけ背が高く、体格も良い。顔はごく一般的な、どこにでもいそうな高校生だった。
「あのね・・・おれ、男だよ?」
「知ってます!」
「ああ・・・そう・・・」
言っても無駄か。今までにも、何度かこんな告白を受けている相葉はこの言葉で諦める奴なんていないことは分かっていた。そもそも、それで諦めるなら、告白なんてしないだろう。しかし、言わずにはいられなかった。たとえ、無駄だと分かっていても。
相葉はなるべく相手が傷つかない断り方を考えようとするが、上手い言葉が見つからない。
「相葉先輩のこと、いつも見てました!!昨日の帰りにゲーセンで中学生相手に本気で格ゲーしてたのも今日学校に来るまでに4回転びそうになってたのも知ってます!!」
そのアピール、すっげえ怖いんですけど・・・・。
「あのさ・・・気持ちは嬉しいんだけど・・俺、君の事知らないしさ・・・だから・・・ごめんね」
「僕は知ってます!!」
「だからさ・・・」
あー、もう殴っちゃおうかな?
「先輩・・・」
相葉が、そう考えて黙っているのを肯定と取ったのか、相手は近づき、相葉の手を握ってきた。
もう決定!殴っちゃお!!
相葉が反対の手で握りこぶしを作った瞬間。
「はいはーい、そこまで」
相葉と男子生徒の間に割って入る人物がいた。
「翔ちゃん!大野君!」
間に入ってきたのは櫻井と大野だった。
「ごめんね、君。相葉は好きな奴いるんだよ。あきらめて?」
「そうそう、相葉ちゃんあいつにゾッコンだよなあ?」
大野と櫻井がにっこりと、しかし威圧的な笑顔で言う。2人の笑顔に少し怯みながらも、男子生徒は相葉に詰め寄ってきた。
「本当ですか!?僕の知ってる人ですか?僕の知る範囲ではそんな人いないはずです!!」
本日何度目かの気持ち悪い発言に相葉は頭痛を覚えながらも、とりあえずこの場をしのごうと大野と櫻井の発言に合わせた。
「うん、実は俺好きな人いるんだ。だから・・・ごめんなさい」
「でも・・・」
なおも食い下がろうとする相手に櫻井がキレた。
「あー、もう!!お前!無理なもんは無理なんだよっ!分かったか!?分かったら行け!!」
櫻井の怒鳴り声に、さすがに何も言えなくなった相手は、相葉を名残惜しそうに見て一礼すると去っていった。
「はあ。疲れたぁ」
相葉が大きくため息をつき、大野にもたれかかる。
「大丈夫?」
相葉の頭を撫でながら大野が問う。
「今日のはきつかったよぅ」
いつもは一言、「ごめんなさい」でたいていの人は諦めてくれるのだが。相葉が大野に泣きついた。
「お前、何でもっとはっきり断んねえの?」
半分呆れたような櫻井。
「断ったよ!だけど、すっげえしつこかったんだもん」
「まあまあ、翔君。相葉ちゃんは優しいから相手を傷つけたくないんだよね?」
大野が相葉のフォローに回る。櫻井が相葉を咎め、大野がフォローするのが毎度のパターンだ。
「でも殴ろうとしてただろ?最終的に」
「うっ、だって・・・俺、ばかだから言葉浮かんで来ねえし、あいつは気持ち悪いことばっか言うし・・・」
図星をつかれて、相葉は詰まりながらも言い訳をする。
「確かに気持ち悪かったなあ。ちょっとストーカーちっくだったしな」
櫻井も先ほどまでの相手の言動を思い出し、顔をしかめた。
「あの様子だと、諦めてないかもね、あいつ」
大野が深刻そうに言った。
「えー!俺どうしよう?やだよもう」
何で自分がこんな目に合わなければならないのかと、相葉は情けなくなる。恋愛は自由だ。同性同士が愛し合うのも別に悪いわけじゃないし、そんな偏見も自分にはない。だけど・・・・。
「もうさ、この際ホントに好きな人作っちゃえば?」
大野が提案した。そんな簡単に作れるなら苦労しないと相葉は思う。相葉は高校2年になるこの歳まで恋愛をした事がなかった。というよりも、恋愛が分からなかったのだ。自分の周りでは、付き合ってるだとか、別れただとか、浮気しただとか、エッチしただとか・・・・みんな、泣いたり笑ったりしてる。そんな話が毎日のように聞かれるが、それがどんな気持ちなのか相葉には全く想像もできなかった。
好きな人はいた。しかし、その人とみんなが言うような事をしたいとは思わなかった。それを言うと、結局は好きじゃないんだよと咎められた。
好きってなに?わかんない。一緒にいて楽しいだけじゃだめなの?黙ってしまった相葉に櫻井は何か察したのか、頭をポンっと叩いた。
「まあ、とりあえずは良しとしよーぜ。相葉ちゃん、しばらくはあんまり1人にならない方が良いかもな」
「うん・・・翔ちゃん、大野君、ありがとね」
相葉は力なく笑った。 相葉が教室へと戻った後、大野と櫻井は同時にため息をついた。相葉は、自分のことに無頓着で分かっていない。どれだけ自分に魅力があるのか。この二人とて、その魅力に魅せられているのだが。
「俺たちも戻ろうか」
純粋で美しく、無垢な存在。そのうち現れるのだろうか。相葉の心を激しく揺さぶるような存在が。それまでは、相葉を守っていかなければと思わずにはいられない2人だった。
******
「やっばい、遅れるっ!」
二宮は駅の改札を抜け、猛スピードで階段を駆け上がった。上りきったところで、無情にもドアが閉まり電車は発車していく。
「あーっ!!」
叫んだところで止まるわけもなく、二宮は虚しく電車を見送った。
「くそぉ・・・これに乗んなきゃ意味ないのに・・・」
名残惜しそうに電車の走り去った方向を見つめ、一人呟く。学校が始まるまでにはまだかなり時間がある。次の電車でも余裕で間に合うのだが、二宮はいつも1本早い電車に乗っていた。
それにはもちろん意味がある。
「今日は会えないなあ・・・」
*******
1ヶ月前のこと
二宮は担任に用事を言い渡され、いつもより早く学校へ向うべく駅に来ていた。面倒くさいと思いながらも、一応優等生で通していることもあり、断れなかった二宮は渋々電車に乗った。比較的空いている電車の1両目に乗って座席に座る。 すると、途端に携帯が大きな音でなり始めた。
アラームだ。いつもの時間にセットしてあったものが解除してなかった。空いている電車内にそれは響き渡っていた。慌てて止めようと鞄を漁る。
「あっ」
ようやく携帯を探り当て、取り出そうとした瞬間、手から携帯が滑り落ちた。それは大きな音を流したまま、床を滑っていく。急いで拾おうと、携帯を追いかけているとそれが誰かの足に当たって止まった。その人が携帯を拾い上げ、二宮に差し出す。
「はい!」
「あ、すいませ・・・」
受け取ろうと、拾ってくれた相手を見上げた二宮の言葉が途切れた。
「どうしたの?」
携帯を差し出したのに受け取らない二宮に相手は首を傾げる。携帯はその間も鳴り続けていた。
「あの・・・だいじょうぶ?」
何度目かの声かけに、ようやく反応する事ができた。
「あ、あぁ。はい、大丈夫です」
「そう?はい、これ。いい曲だね」
「え?」
携帯を手渡しながらその人が言った。
「聞いたことないけど、きれいな曲。なんか胸がぎゅうってなる」
おれ、すきだな。
「・・・どうも」
「どういたしましてぇ」
にっこりと微笑んでその人は行ってしまった。
「あ・・・」
何なんだこれは・・・。何で呼び止めようとしてんだよ、俺。その人は次の駅で降りていった。 あの制服は、駅から少し行ったところの男子校の生徒だ。ネクタイの色からして、俺より1つ上の2年だろう。頭を殴られたような衝撃。
綺麗な人だった。男だったけど、あんな綺麗人見たことない。本当にふわりと音がしそうな微笑みと、少し舌足らずな話し方。それに似合った甘めの声に、綺麗な指。朝日に照らされて、透き通りそうに白い肌と黄金に輝く髪。我ながら短時間でよく観察したものだ。
天使ってあんな感じなのかな?なんて柄にもなく思ってしまう。すでにアラームの止まった携帯を見つめた。
『いい曲だね。なんか胸がぎゅうってなる。おれ、すきだな』
「好き・・・か」
初めてだな、そう言ってくれた人。あのアラームの音楽は、二宮が作ったものだった。いい出来だったので、自分の携帯に入れたのだ。それを褒めてくれた天使のように綺麗な人。
「また、会えるかな・・・」
彼が去っていった方向を見つめて二宮は呟いた。
*******
「あーあ。ついてねえ」
次の電車に乗り込み、二宮はため息を吐く。昔のことを思い出すなんて、俺はじじいかと自分にツッコミを入れた。
「お、ニノじゃん」
呼ばれて声の方を振り返ると、同じ学校に通う松本が立っていた。
「珍しいねこの時間の電車にいるなんて。携帯の君はどうしたんだよ?」
嫌味っぽい笑顔を浮かべて、からかい口調で言う松本を睨む。『携帯の君』とは、話を聞いた松本が付けた彼の呼び名だ。
「もう、飽きたのか?」
「ちげーよ!乗り遅れたんだよ!」
「ふーん。まあ、どっちでもいいけどさ。お前も毎日よくやるね、会えるかどうかもわかんねえんだろ?」
「うーん、いつもあの電車に乗ってるわけじゃないみたいで・・・」
そうなのだ、あの電車に乗っても、彼に会える日と会えない日がある。それもランダムで、決まってないのだ。でも他に会える方法もないから、俺はあの電車に賭けるしかないんだ。
「声かけりゃ良いじゃん」
じれったいな、と松本は顔をしかめた。
「・・・それも考えたよ。でも、俺のこと覚えてなかったらショックじゃん・・・。潤君と違って純真なんですよ、俺は」
いい曲と言ってくれたことを忘れられていたらと思うと、なかなか勇気が出ないのだ。
「純真ねえ。そうだ、俺の中学からの友達が携帯の君と同じ高校に行ってるし、何なら聞いてみようか?」
携帯の君と同じ2年だし、知ってるかもよ?口の端を持ち上げて、相変わらずからかうような口調の松本。
「・・・結構です。潤君の友達なんて、得体が知れない」
このドS番長の友達だ、絶対からかわれるに違いないと、楽しんでる松本を睨む。
「そう、残念。でも、ニノもさ、もの好きだよね。共学通ってんのに。お前結構モテんじゃん」
もったいないと松本は言う。顔も頭も運動神経もそこら辺の奴よりずば抜けている二宮は、学校でもかなりの注目を浴びている。ただ、性格は一筋縄でいかない。松本でさえ、時々もてあます事がある。普通の女の子が扱える奴ではないのも確かだ。
「余計なお世話です。それに潤君にはかないませんよ」
二宮は言外に松本の方がモテるくせに、似たようなものじゃないと嫌味を込めた。
「はいはい、すいませんね」
全く悪びれた様子もなく言う松本を横目で見て、二宮はもう一度ため息を吐いた。
二宮は今まで恋愛や女性には興味がなかった。女性に興味がなかったというより、人間自体に興味がなかったのだ。それよりも他に沢山やりたい事があったし、正直面倒くさかった。そんな二宮が初めて興味を惹かれた人物。
簡単には忘れられない。携帯を取り出して見つめた。
「あ、そういえばさ、さっき言ってた中学からの友達なんだけど」
ほら、携帯の君と同じ学校の。電車を降りて、学校まで歩いてる途中で松本が言った。
「なんかさ、同じ学校の奴に付きまとわれてんだって。そんで、最近一人でいられないらしくってさ」
物騒な話だよなと、松本は顔をしかめた。
「ふーん。大変だね男子校って」
「・・・・」
松本が何か言いたそうに二宮を見る。
「何?」
「ん、いや」
お前のやってることも、あんま変わんねえんじゃねえのかと思ったが、口にはしなかった。
******
「んーん~♪あ~あ~♪♪なんか違う・・・あれぇ、どんなだっけ?」
「・・・・なあ、あいつ何してんの?」
ここ1ヶ月くらい、ずっとじゃねえ?最近の相葉はいつも歌っている。いや、歌かどうかも定かではないが。
「さあ・・・。のどでも痛いのかな?」
相葉を見て、大野はいつもよりも更に眉を下げた。
「あー、いい曲だったんだけどなぁ。忘れちゃった」
この間、電車で会った高校生の男の子の携帯から流れていた曲。もう一度聴きたいと思う。なんだかすごく心に響いた。あの後、櫻井と大野に聞いてみたが、二人とも知らないと言った。他の人にも聞いたし、CDショップの店員にも聞いた。でも誰も知らなくて・・・。時間が経つうちに自分の中でも記憶が曖昧になってしまった。
今ではメロディーも思い出せなくなって・・・残っているのは、あの曲を聴いたときの胸がぎゅっと締め付けられた思いといい曲と言ったときの、彼の驚いたような、照れたような顔。子犬みたいに可愛い顔してた。
もう一度会いたいな。
「そう言えば、相葉ちゃん。今日大丈夫なの?俺も、翔君も一緒に帰れないけど」
物思いに耽っていた相葉に大野が心配そうに声をかけた。
「え?ああ、うん。」
「ホント、大丈夫か?何なら俺、用事他の奴に頼むけど?」
「なに言ってんの、翔ちゃん!大事な用事でしょ?生徒会の役員会議なんだから!会長いなくてどうすんの!」
「そうだけどさっ、心配じゃん。お前1人で帰したら。なあ、智君」
「うん。相葉ちゃん大丈夫なの?俺も予定ずらせれば良いんだけど・・・」
「大野君まで!コンクールの作品の締め切り今週なんでしょ?おれに付き合ってくれてる場合じゃないよ。おれは大丈夫だから、2人とも心配しないで。ね?」
あれから、あの告白してきた後輩は時々相葉の近辺に現れ、言い寄ってくる。これがまた、かなりの気持ち悪さで、相葉も他の二人もうんざりしていた。『体育で転んでましたね』とか、『昨日の帰りに食べてた、たい焼き僕も好きなんです』とか。きっぱり言い切れない相葉に呆れながらも、彼らはいつも助け舟を出してくれていた。そんな2人に感謝しつつも、あまり迷惑ばかりかけられないと相葉は思っていた。ただでさえ、ぼんやりしている相葉は彼らの世話になりっぱなしなのだ。そもそも帰る方向が違う2人をこれ以上付き合わせることにも気が引けていた。
奴も毎日付いてきてるわけじゃないし、2人が一緒じゃない朝だって電車の時間を変えたりバス通学したりとランダムに登校方法変えていて、今まで何とかなっている。自分さえしっかりしていれば大丈夫だろう。
「ホントに!!大丈夫だから。」
未だ心配そうな2人を残し、相葉は学校を後にした。
「右よし、左よし、うしろ・・・よし!」
校門前でキョロキョロと周りを指差し確認し、相葉は歩き出した。クラスメイトや、先輩、後輩に声をかけられる度に面白いほどに動揺しながら。
「あー!なんでおれがこんなにビクビクしなきゃなんねえの」
ほんとイヤになっちゃうと、眉根を寄せる。こんな時はパーッと気分を晴らしたいものだ。かといって、一人ではやれることも限られる。
「ちょっとだけ、寄り道しちゃおっかな」
元来遊ぶことが大好きな相葉だが、ここ最近ほとんど寄り道をせずに帰ることを強いられていたためストレスも溜まっている。周りを見ても、特に問題はなさそうだし。今日は心配性の櫻井もいない。新しいピアス欲しいんだよね。
「よし、寄り道決定!」
そうと決まれば、どこへ行こうか。相葉の足取りが軽くなった。
******
「なんで俺が一緒に行かなきゃなんないの?」
面倒くさい。先ほどから松本の後ろで、ブツブツと文句を言っている二宮。授業が終わり、帰り支度をしていた二宮を松本が引き止めた。
「いっつもすぐに帰ってんだから、たまには付き合えよ」
少しは外に目を向けることも必要だろ?お前、ほっといたらずっと家から出ないし。
「余計なお世話です」
文句を言いながらも付いてくる二宮に松本は苦笑した。
「で、どこに行くんですか?」
「ああ。ちょっと気になってるものがあってね。二駅向こうのアクセサリーショップに行きたいんだけど」
「二駅向こう・・・。しょうがないから付き合います」
二駅向こうという言葉に二宮の反応が変わった。その駅には携帯の君の通う学校があるからだ。心なしか、二宮の足取りが軽くなったように感じ、松本は気づかれないように笑った。
二宮に初めて会ったとき、松本はなんて近寄り難い奴なんだと思った。顔も良く、勉強もできる二宮に最初のうちは仲良くなりたいと皆が寄っていったが話しかける度に素っ気ない態度で返してくる二宮に、次第にほとんどの人間が距離を置くようになっていた。それでも平然としている二宮に、感情が欠落してしまっているんじゃないかと思ったくらいだ。
松本はクールに見えて、中身は熱いところがあるため、そんな二宮が信じられなかった。しかし、松本が体調を崩してテスト前に何日か休んだとき彼だけが松本のためにノートを写し、重要どころを全てチェックしてくれていた。これがまた、結構当たっていて、そのテストは最高の出来となったのだ。それ以外にも、松本のやらなければいけないことは、全て彼が変わりにやってくれていた。かといって、それを恩着せがましく言ってくることもなく、彼はいたって平然としていた。礼を言った松本に「何のことです?」と、とぼけるだけだった。ノートの写しだって、机の中に何のメモもなく入っていただけで、誰が入れたのかもわからず、松本はみんなに聞きまくったのだ。
この一件以来、二宮を見る目が180度変わった。それから彼は一番の親友となった。けっして、感情が欠落しているわけではなく、表に出てこないだけで。みんなに素っ気無かったのは、ただ人と関わることに関心がなかったのだろう。そんな二宮の心を、一目で変えてしまった人物に少なからず松本も興味を持っていた。
「ねぇ、潤君!」
「何?」
「ここでしょう、あなたが行きたかった店」
「あ、そうそう。ここさ、前に連れと来たときに結構良いもんあってさ。ニノも何か買ってみたら?」
「いらないですよ、アクセサリーなんて興味ないです」
顔をしかめる二宮に松本は肩を竦めた。
「そ。俺あっち見てくるから、ニノはどうする?」
「ここら辺見てます」
「んじゃ、あとで」
そう言うと、松本は店内の奥へ入っていった。
*****
「あ、これかっこいい」
でも、こっちも可愛くて良いかも。久しぶりに来たアクセサリーショップに相葉のテンションは上がっていた。アクセサリーたちがキラキラと相葉を迎えてくれる。その輝きに負けないくらいに目を輝かせて、並ぶ商品を見つめる。
「これも良いけど、予算的に無理かなぁ・・・」
「僕は、先輩にはこれが似合うと思いますよ」
独り言に返ってきた返事に、相葉は驚き、振り返る。
「なっ!」
そこには例のストーカーまがいの後輩。
「なんでいるの!?」
「ずっと一緒にいましたよ?」
「いつから!?」
「学校を出たところから」
だって、あんなに確認したはずだ・・・。右も左も後ろも、いなかったじゃん!お前はマジシャンかなんかなのか?
しかし、寄り道のことばかり考えていた相葉は途中からあまり周りに注意を払えていなかった。そんな相葉が気づかないのも当然で。やっぱり、寄り道なんかするんじゃなかったと後悔してもすでに遅かった。
「それより!僕は断然こっちのが似合うと思います!」
指差したものは相葉の趣味とはかけ離れていて。
「そうだ!僕にプレゼントさせてください!!」
「いや!!そんな。いいよ、悪いし・・・」
相葉は慌てて拒否をする。
「ホントいらないから。もらう理由もないし・・・」
とにかくいらないとしか言えなかった。
「遠慮しないで下さい。僕がプレゼントしたいんです!!」
ああ、気持ち悪い。なんですか、その気持ち悪い台詞は・・・・。
「も、ホント勘弁してよ・・・・」
泣きそうになっている相葉にも構わず、相手はすっかり自分の世界だ。
「先輩、そういわずに。あ、こっちも似合いそうですよ!」
相手の手が相葉に伸び、腕を掴まれる。
「ちょっと、離してよっ!!」
大きくなる声に、周りの客が二人を気にし始めた。そんなことに構っていられる余裕は相葉にはなかった。あー、もう!翔ちゃん!大野君!誰でも良いから助けてよぉ!!
*****
松本が店内の奥へと消えていくのを見送った二宮は小さく息を吐く。アクセサリーなんぞに興味はない。ただ、少しでも彼に近いところに行きたいという想いで、松本に付いてきてしまった。会える確証もないのにだ。ばかばかしいことをしているなと、自虐的な笑みを漏らした。ショーケースに並ぶアクセサリーをなんとなく見つめる。キレイだし、デザインの良いものもたくさんある。しかし、興味のない二宮にはどれも同じに見える。
「もう、帰ろ」
松本はどこに居るのだろうか。一言告げてから帰ろうと、松本を探すために店内を奥へと進んだ。各コーナーを見ながら松本を探す。ピアスのコーナーには居ないよな、潤君ピアスしてないし。そう思い、通り過ぎようとした時・・・・・。
「ちょっと、離してよっ!!」
ピアスの置いてあるコーナーから大きな声が聞えた。ハスキーではあるが、ちょっと高めの声、怒っているような、泣き出す寸前のような声だ。カップルが喧嘩でもしてるのか。どうでもいいことだが、公衆の面前で恥ずかしい奴らだな。眉根を寄せて、迷惑そうにそちらを見た二宮は目を見開いた。
そこに居たのは、まさしく二宮の想い人だったのだ。少しでも近いところにと思っていたのに、まさか本当に会えるなんて。二宮は柄にもなく感激していたのだが・・・・。
どうも様子がおかしい。同じ学校の生徒だろうか、彼は腕を掴まれている。相手は嬉しそうな顔をしているが、彼はすごく迷惑そう・・・というか、怯えているような表情だ。それどころではなさそうな・・・腰も引けている。先ほどの大声といい、これは危機的状況なのだろうか?
「もう、ホントに離してぇ・・・」
状況を見極めようと、しばらく二人のやり取りを見つめていた二宮だったが泣きそうになっている彼を見て思わず身体が動いた。
「何やってんですか?」
二宮の声に二人の動きが止まる。驚いたようにこちらを見た彼と、初めて会ったとき以来、目が合った。それだけで二宮は、鼓動が早まるのを感じた。
*****
本気で泣きそうになっていたとき、誰かが助け舟を出してくれた。天の助けとその声の方を見ると、そこにはいつか電車で会ったあの男の子。
「離してあげてください。嫌がってるようにしか見えないんですけど?」
無表情で冷たい言い方は、興味のない人間を遠ざける二宮の常套手段だ。その効果か、相葉を掴んでいる腕の力が少し緩んだ。二宮の冷たい言い方に少し戸惑ったが、彼が自分を助けてくれるんだと直感で感じた相葉は隙を見て掴まれていた腕を振り払い二宮の元へと駆け寄ると、後ろに身を隠した。後ろから見る二宮の背中は、自分より背が低く小さいはずなのに、何故だかとても広く感じる。遠慮がちに彼の制服の端を掴んだ。
何故だろう。相葉は鼓動が少しだけ跳ねたのを感じた。
自分の後ろに隠れ、制服の裾を握り締めている相葉に一度目をやると、表情を一瞬緩ませた二宮だったが、すぐに元の表情に戻すと、向いにいる相手を見据えた。相手も二宮を見ている。
「君は・・・・?相葉先輩の知り合いですか?」
相手が怪訝そうに聞いてくる。
「・・・・そうですけど、何か?」
なんとなくだが状況を把握していた二宮は、肯定したほうが良いだろうと判断した。相葉さんっていうのか。彼の名前を知って、こんな時ながらも二宮は嬉しくなった。表情はあくまで崩さずに。そんなことには気付かない相手は、二宮を嘗めるように見る。
「・・・今まで先輩の周りでは見かけたことがないけど、どういう知り合いなのかと思って」
相手の発言に、二宮の後ろで隠れていた相葉が、小さく息を呑んだ。二宮にすがる手がわずかに震えている。それを確認した二宮の顔が険しくなった。同時に言葉がきつくなる。
「そんなこと、あなたに関係ないでしょう。この人をこんなに怖がらせて、どういうつもりなんですか?」
二宮は相葉を隠すように立つ。
「僕は別に怖がらせてなんか・・・」
「ないって言うんですか?どう見ても怖がっているように見えるんですけど?これ以上何かするつもりなら、しかるべき対応を取らせていただきますが?」
睨み付けてくる二宮の鋭い目つきに相手が怯んだ。それを見た二宮はすかさず畳み掛ける。
「今日は俺がこの人と帰ります。文句はないですよね?行きましょう、相葉さん」
二宮は相葉の手を取り、歩き出す。
「えっ?あ・・・う、うん」
それについて、相葉も歩き出した。何度か後ろを気にして振り返る相葉とは違い、二宮は相葉の手を引いたまま振り返ることなく歩き続ける。
「あ、あの・・・・」
店から出て、しばらく歩いたところで相葉が声をかけた。
「はい?」
話しかけられて、二宮は立ち止まり、相葉を見た。
「あの・・・もう、大丈夫みたいです。それで・・・手・・・・」
言われて二宮は相葉の手を握ったままなことに気付き慌てて離した。
「す、すいません!」
自分のとった行動に、二宮自身が誰よりも驚いていた。彼の泣きそうな顔を見たら、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。頭より先に身体が動くとはこのことか。しかも、考えてみれば相当強引に彼を連れ出してしまった。彼は先ほどのあいつの時ように、自分のことを怖がり、怯えてはいないだろうか。窺うように相葉を見る。
「いえっ!こちらこそ助けてもらってありがとうございました」
本当に助かりましたと、深々とお辞儀をし、笑顔で二宮にお礼を言う相葉に怯えた表情はない。そのことに安心すると共に、相葉の笑顔に二宮はまたしても見とれてしまった。本当に綺麗に笑う人だと二宮は思う。相葉の手を握っていた方の手が、熱くジンジンと疼いた。
「あ、そうだ!君さ、あのときの携帯電話の子だよね?」
「え?」
「ほら、前に電車で会ったよね?覚えてないかなぁ、俺のこと。だいぶ前だもんね」
ごめんね、変なこと言ってと、謝る相葉。しかし二宮が忘れているわけはなく、むしろ二宮のほうが彼を忘れられなかったのだ。自分のことを彼が覚えていてくれた事に驚き、感激し、言葉が出ないだけで。
「もしかして・・・気持ち悪いやつとか思った?どうしよう、これじゃあいつと一緒だぁ」
自分があの後輩に言われていたのと同じ様なことを言ってしまったことに相葉は動揺していた。自分の知らない相手が自分を知っている。それがどんなに怖いことか、この1ヶ月でこれでもかというほど思い知らされていたのに。
「あの・・・」
「ホントごめんなさい!あの、特に意味があるわけじゃなくてね・・・その、なんていうか・・・。ああ、もうわかんなくなってきた!!おれ、帰るね!」
相葉は変な誤解をしてしまっているようで、今にもダッシュしそうな相葉に二宮は慌てて声をかけた。
「まっ、待って!大丈夫です。俺も相葉さんのこと、覚えてますよ。あの時はありがとうございました」
「ほ、ほんと?気持ち悪いと思ってない?」
不安そうに眉を下げて二宮を見る。
「ええ、思ってません」
二宮は相葉が安心できるよう、極力優しい笑顔で答える。
「よかったぁ。」
それを見て安心した相葉は破顔した。表情がコロコロと変わる人だ。人に媚びるような節はなく、感情が素直に伝わってくるその表情は、二宮を確実に魅了していた。
「あ、ねぇ。そういえば何でおれの名前、知ってたの?」
首をかしげて聞いてくる相葉はとても愛らしく、思わず笑みがこぼれる。
「ああ。さっき、あいつが呼んでましたから。相葉先輩って」
「そっか!!それでかぁ。そうだ、君の名前は?」
聞いてなかったよね!!
「おれはね、相葉雅紀でっす。高校2年生です!!」
元気いっぱいに答えてくれる相葉。
「あいば・・・まさきさん。俺は、二宮和也って言います。高校1年です。」
「二宮君かぁ。よろしくね!!」
その屈託のない笑顔に二宮は、確実に囚われている自分を感じていた。
*****
「たいしたもの奢れないけどさ、何でも頼んでよ!」
相葉がどうしてもお礼をしたいと、二宮を連れてきたカフェ。もちろん二宮に断る理由などない。奢ってもらう気はないのだが、一緒にいられる事が嬉しかった。
「ここのね、シフォンケーキがおいしーの!!あ、甘いもの、だめ?」
マックとかのが良かったかなぁと、不安気に聞いてくる。その表情がまた、二宮の心をくすぐる。
「いいえ、大丈夫です。せっかくだから相葉さんのお薦めをいただきます」
「えへへ!じゃあねぇ・・・・これにしよ!!すいませーん」
嬉しそうに笑う相葉に二宮の頬も緩む。ずっと会いたいと、話してみたいと思っていた。しかし、その半面で会うこと、話すことをためらう自分もいて。話してみたら、案外どうって事ないやつだったりして、なんていう思いもあったのだ。
実際の彼は、見た目に違わぬ可愛い人だった。それが すごく嬉しくて、同時にこの人の事をもっと知りたいと思った。
「今日は本当にありがとうございました!!」
注文を終えると、相葉は改めて頭を深々と下げてお礼をする。そんな相葉に恐縮してしまう。
「いえ!俺は何も・・・・頭上げて下さい」
二宮の言葉に、相葉はぴょこっと頭を上げて微笑む。
「おれね、ホントに泣きそうだったの。その時に二宮君が現れて、なんか正義の味方みたいだね」
はにかんだように笑う相葉は可愛らしくて。二宮の鼓動は早くなる。
「そんな事ないですよ。・・・・・前からなんですか?」
「え?」
「あの・・・さっきみたいなの・・・」
話をする時に人の目をじっと見つめるのは相葉の癖なのだろうか。その綺麗な瞳に吸い込まれそうで、直視できない。
「ああ、あれ・・・。1ヶ月くらい前からかな?もう、ホントにきつかったよ。だいたいはさ、ごめんなさいで済むんだけど、あの人しつこくて。何度も断ってるんだけど、ずっとあんな感じでさ」
顔を曇らせて話す相葉。会話の中に気になる言葉があった。「だいたいはごめんなさいで済む」って事は・・・。
「アイツだけじゃないって事ですか?その・・・ああいうのは」
「ああいうのって?」
「えっと・・・告白とか・・・?」
「ん?ああ。告白はね・・・ちょこちょこ。おれ、男なんだけどなぁ」
何でだろうね?と首を傾げて二宮を見る相葉。その仕草が、誤解を招いているのではないかと、少し話しただけの二宮でも分かった。彼の大きな黒目がちの目は、普段から水分が多いらしく潤んでいる。その目で相手をじっと見つめるのだから、相手だってその気になるだろう。現に二宮だって、意識してしまうと目が合わせられない。
「あ、ねぇ。二宮君はさ、よくあのお店に来るの?」
「え?」
「あのアクセショップ。おれはね結構行くんだけど、二宮君はわざわざ電車降りなきゃいけないでしょ?」
「ああ、友達に連れられて・・・・・あ・・・」
ここに来て、ようやく松本の存在を思い出し、しまったと二宮が固まった。
「二宮君?」
「あ、いえ・・・」
まさか友達を置いて来たとは言えない・・・・。怒りに震える松本の姿が頭を過ぎった。そんなことには気付かない相葉は話を続ける。
「おれの友達もさぁ、二宮君と同じ学校に通ってるんだけどね、あの店がお気に入りで、よく途中下車してるからさ。あ、もしかして知ってるかなぁ。二宮君と同じ学年なんだよ?」
「俺とですか?」
「うん!あのね・・・・」
相葉が話している途中で二宮の携帯が鳴った。出ている名前は「松本潤」出るのを躊躇した。相葉と居ることもあったが、一番の理由は怖いから。松本はあの顔立ちだけあって、怒ると非常に迫力がある。そんな事に動じる自分でもないのだが、出来ることなら穏便にすませたいというのが本音だ。
「出ないの?」
おれなら気にしなくて良いから出なよと相葉に言われ、出ないわけにもいかず、渋々通話ボタンを押した。
*****
助けてくれた二宮を、お礼がしたいとカフェへと誘った。何故そんな事をしたのか、相葉自身分からなかった。ただ、もう少しこの人と一緒にいたい、話したいと思ったのだ。
落ち着いた様子で自分のとりとめのない話を聞いてくれる姿は、とても年下とは思えない。普段から櫻井に「落ち着け」と言われている事が、こんな時に身に沁みる。
注文を終えて改めてお礼をすると、二宮はとんでもないですと恐縮した。その姿が何だか歳相応に見えて、相葉は微笑んだ。
二宮は本当に正義の味方のように颯爽と現われ、自分を助けてくれて。
自分より背も低く、体格だって小さいはずの二宮が、あの時は凄く大きくてたくましく見えた。それを思い出すと、何故か心臓が忙しなく動く。なんだろうこれは?
「・・・・前からなんですか?」
不可解な感覚に戸惑っていた相葉に、二宮が声をかけた。
「え?」
二宮の質問の意図がつかめずに、相葉は二宮をじっと見つめる。
「あの・・・さっきみたいなの・・・」
二宮が言いにくそうに目を逸らす。
「ああ、あれ・・・」
あんまり言いたい事ではないけれど、助けてくれた二宮に説明しないのも失礼かと思い、拙い言葉で事情を話した。
「アイツだけじゃないって事ですか?その・・・ああいうのは」
「ああいうのって?」
「えっと・・・告白とか・・・?」
「ん?ああ。告白はね・・・ちょこちょこ。おれ、男なんだけどなぁ」
何でだろうね?と首を傾げて相葉は二宮を見る。その話を聞いた二宮は、とても神妙な顔をしている。目が合うと、ふいっと逸らされた。やはりおかしいと思っているのだろう。男から好かれる男なんて。
「あ、ねぇ。二宮君はさ、よくあのお店に来るの?」
「え?」
自分でも急な話題変換だと思ったが、なんとなくいたたまれなかった。あのまま二宮の困惑した顔を見ているのが。何故だかは分からないけれど。
急に話題を変えられて、二宮もきょとんとしている。
「あのアクセショップ。おれはね結構行くんだけど、二宮君はわざわざ電車降りなきゃいけないでしょ?」
「ああ、友達に連れられて・・・・・あ・・・」
そこまで言うと、二宮の動きが止まった。
「二宮君?」
「あ、いえ・・・」
そう言って笑う二宮を不思議に思いながら、相葉は話を続ける。
「おれの友達もさぁ、二宮君と同じ学校に通ってるんだけどね、あの店がお気に入りで、よく途中下車してるからさ。あ、もしかして知ってるかなぁ。二宮君と同じ学年なんだよ?」
相葉はひとつ年下の、でも自分よりも随分大人で頼りがいのある自慢の友達を思い浮かべた。
「俺とですか?」
「うん!あのね・・・・」
話を進めようとした時、二宮の携帯がなった。そのメロディに聞き覚えがあった。初めて二宮に会ったときに時に聴いた曲。思い出したくても思い出せなかった、切なくて胸を締め付ける旋律。
ああ、ずっと聞きたいと思っていた。
二宮を見る。そこには携帯を見つめたまま動かない二宮。そういえば電話が鳴っているのだった。二宮が自分に遠慮して出ないのだと勘違いした相葉は二宮に出るよう進める。二宮は戸惑いながら携帯を耳に当てた。
切ない旋律はそこで途切れた。もう少し聞きたかったな。
二宮の電話が終わったら聞いてみよう。何の曲なのか。二宮の電話が終わるのを待ち、窓の外を眺めた。
*****
「・・・はい」
『お前さぁ・・・今どこにいんだよっ。すっげー探してんだけど』
二宮が通話ボタンを押すと同時に聞えた不機嫌そうな声。
「・・・はい」
『・・・・まさか、黙って帰ったんじゃねぇよな?』
「帰ってはいないんですが・・・・そこの店にはいませんね・・・」
『・・・・どこにいる?』
更に低くなる声。
「えっと・・・ですね・・・」
『・・・なぁ、お前誰かと一緒にいるのか?』
松本のことだ、おそらくそばに人がいる気配も感じ取ったのだろう。二宮は相葉に眼をやった。相葉は頬杖を付いて窓の外を眺めている。その姿さえ絵になっているなぁと、電話をしながら思っていたら松本に怒られた。
『お前、聞いてねぇだろ!まぁいいや。今駅に向ってんだけど、どこにいんだよ?』
「えっと、駅の近くの・・・」
「あっ!!」
店の名前を探すため辺りを見回そうとした時、窓の外を見ていた相葉が突然叫んだ。何事かと相葉に目をやると、椅子から立ち上がって外を見ている。二宮もつられて外に目をやり、そこに居た人物に思わず声が出た。
「「松潤(潤くん)!!」」
「「え?」」
二宮と相葉は顔を見合わせた。
「二宮君、松潤のこと知ってたんだ?」
相葉は大きな目をぱちぱちさせた。
「ええ、まぁ。同じクラスなんです。相葉さんこそ・・・どうして潤君を?」
「さっき話してたでしょ?二宮君と同じ学校に友達がいるって。それが松潤」
窓の外を指差して答えた。
『おいっ!もしもし、ニノ?何か叫び声聞えたけど、どうしたんだよ?』
呆気にとられている二宮は松本と電話が繋がっていることをすっかり忘れていた。
「えっ?あ・・・、えっとですね・・・」
偶然すぎる偶然に二宮は言葉が出ない。
「ね、もしかしてそれ松潤?」
二宮の携帯を指さし、相葉が訊ねる。
「ええ・・・」
「貸してもらっていい?」
二宮から携帯を受け取ると、相葉が話し始めた。
「もしもし、松潤?」
『あ?あれ?その声は相葉ちゃん!?』
「うん!ね、松潤。左見て!ひだり!!」
『は?左って・・・・あっ!!』
相葉に言われて左を見た松本の視界に入ってきたのは手を振っている中学からの親友と、探していた親友。
『あれ?相葉ちゃん!?ニノ!?何で・・・』
2人が一緒にいるのかと、松本は首を傾げる。
「くふふっ、何ででしょう?ね、松潤もおいでよ!あ・・・、二宮君良いよね?」
「え、ええ・・・」
「良いって!!早く!」
『ああ・・・・』
そう返事をして電話を切って窓の向こうの2人に目をやる。
いつからあの2人は知り合いなのか。二宮からも相葉からも聞いたことがない。
楽しそうな相葉の向かいで、面を食らったような顔で頷く二宮にも驚きだ。あんな表情、見たことない。
そこから考え付く結論は唯一つ。自分の考えに確信を持ちつつ、松本は2人の元へと向かった。
*****
「あっ!まつじゅーん、こっちこっち!」
店内に入ると、相葉が立ち上がって大きく手を振った。
「大声出すなよ、聞えてるよ」
周りの目を気にしながら、2人のいるテーブルへと進み相葉を睨み付ける。相葉はそれにも全く動じず、ニコニコと松本を迎えた。
「へへっ。松潤、二宮君と同じクラスなんだって?すごい偶然!!びっくりしちゃった。あ、じゃあお店にいたのも松潤となんだね!」
1人で納得しながら松本の制服の袖を引っ張り、自分の隣へと誘導する。相葉の隣に座りながら、正面の二宮へと視線を移すと、驚いたような、何を言っていいのか分からない顔で松本と相葉を見比べていた。
その顔は、どこか怒っているようにも見える。松本と目が合うと、ふいっと目を逸らした。ホント、こんな二宮は初めてだ。
「・・・で、お前らは何で知り合いなわけ?俺、聞いてないんだけど。それに、ニノ。お前さ、勝手に帰んじゃねぇよ。」
「帰ったわけじゃないんですけど・・・」
「あっ!あのね松潤、おれのせいなの。あのお店でね、二宮君はおれを助けてくれたの」
だから怒らないでと、相葉は懇願するような眼差しを松本へ向けた。
「別に怒らねぇよ。で、助けたってどういうことだよ?」
「あ、うん・・・。ほら、前に話したでしょ?付きまとわれてるって。今日ね、あのアクセショップに行った時にも、その子に付きまとわれてて、泣きそうだったの!そしたらね、そこに二宮君が来て、助けてくれたの。ホント、正義の味方みたいだった!!」
カッコ良かったんだよと、興奮気味に話す相葉は嬉しそうで、頬を少し赤らめている。それにしても・・・・。
「正義の味方って・・・・」
なんとも相葉らしい表現に呆れて二宮を見る。二宮は少し気恥ずかしそうに相葉を見て微笑んでいた。おいおい・・・。今日は二宮の知らない表情を良く見るなと、松本は眉毛を上げた。こうなると、俺の考えも間違いないなと、店に入る前に確信していたことを二宮に確認する。
「なぁ、ニノ。相葉ちゃんがお前の言ってた、例の携帯の君だろ?」
「ん?なに、けいたいの・・・・なんとかって?」
「ちょ、潤君!!やめて下さいよ、相葉さんの前で!」
首を傾げる相葉を横目に、慌てて二宮が松本を制する。それを見て松本は笑った。
「何だよ、違うのかよ?」
「ち、違わないですけど・・・。相変わらず意地が悪いですね、潤君は・・・」
明らかに面白がっているような松本を睨み付けた。
「ふん、悪かったね・・・。こちらが意地の悪い俺の『得体の知れない友達』の相葉雅紀君です」
意地悪と言われたお返しと言わんばかりに、相葉の肩を抱いて皮肉たっぷりに答えを返す。二宮は唇を引き結んで、恨めしそうに松本を見る。そんな2人を不思議そうに見ていた相葉が、松本の制服をクイクイっと引っ張り口をはさんだ。
「ねぇ、さっきから話が見えないんだけど、なに?携帯がなんとかとか、得体が知れないとか・・・・」
「な、何でもないんです!相葉さんは気にしないで下さい」
「そう・・・?松潤と二宮君は仲が良いんだね?松潤はさ、顔は濃いしすぐキレるでしょ?だから誤解されやすいんだけど、ほんとは優しいんだ。良かった二宮君みたいな分かってくれそうな友達がいて!」
「お前は、俺の保護者かよ・・・。お前に心配される筋合いはねぇよ」
「あ、ほらまた!!そんなこと言って本当は超寂しがりなんだよぉ、松潤って!中学ん時なんか、背もちっちゃくてホント可愛くてね・・・」
「お前、何言ってんだよ、今それは関係ねぇだろ!」
相葉が自分の昔話を始めたのを慌てて止めようと、頭を小突いた。
「いでっ!もう、ぶつなよ。痛いじゃんか、松潤のばか」
小突かれた頭を押さえて松本を睨む相葉。
「仲・・・良いんですね」
そんな2人の様子を見ていた二宮がぼそっと呟いた。松本は相変わらず面白そうに笑っている。
「羨ましいか?」
「・・・・べつに」
二宮の反応が楽しくて仕方がないと言わんばかりに笑ってみせる。そんな松本を相葉は不思議そうに見ていた。
「もう、松潤は何笑ってんの?わけ分かんない・・・」
「ははっ、悪ぃ。そうか、相葉ちゃんね・・・」
言われてみれば、二宮の話してくれた「携帯の君」の条件に当てはまるな。しかし・・・。二宮を見やり、口元を吊り上げる。
「何ですか?」
「そうなると、話は別だな・・・・」
「・・・どういうことです?」
「相手が相葉ちゃんなら・・・素直に応援できねぇなぁってこと」
「潤君?」
松本の意味ありげな言い方に二宮は顔を顰めた。
「まぁ、それは置いといて。相葉ちゃん、まだあいつに付きまとわれてんだ?」
「うぇ?う、んっ・・・・ありがと」
シフォンケーキを頬張りながら答える相葉の口元に付いているクリームを拭ってやる。変な後輩に付きまとわれていると聞かされたのは結構前のことだ。松本も何度か一緒の時に見たことがある。その時は松本の殺人的な睨みに、寄っては来なかったが。あとで学校で散々言われたらしい。『あいつはあなたに相応しくない』とか『どうしてあんなのとつるむのか』とか。そのあまりの気持ち悪さに、能天気な相葉もかなり滅入っていた。
「相変わらずあの2人にナイトさせてんだ」
「ナイトって!そんなんじゃないけど・・・・」
「ナイトって何ですか?」
しばらく黙って2人の話を聞いていた二宮が口を挟んだ。
「ああ。こいつさ、さっきも絡まれてたんだろ?」
「はい」
「そいつがさ、かなりしつこいらしくて。こいつもきっぱり言ってやればいいのに、曖昧にするからさ。ずっと付き纏われんだよな。んで、あいつから守るためにナイトが付いてんの」
「ナイト・・・ですか?」
「そ、そんなんじゃないもんっ。二宮君、誤解しないでね?もう、松潤!変なこと言わないでよ。二宮君、びっくりしてるじゃん!」
「何だよ、ホントのことだろ?」
「違うよ。2人は友達だもんっ!翔ちゃんも大野君も友達だもん!!」
「だって、2人とも帰る方向違うじゃん。それなのにわざわざ駅まで送ってもらってんだろ?」
「おれはいいって言ってるもん。でもあの2人がさ・・・危ないからって」
「相変わらず過保護だなぁ2人とも」
「でも、朝は一人で行ってるでしょ?バスに変えたり、電車の時間変えたりして!」
「あっ!!」
「えっ?な、なに?」
「どうしたんだよ?」
「あ・・・いえ、何でも・・・」
話を聞いていた二宮が突然大きな声を出したため、2人の会話が止まる。気まずそうに話の続きを促し、二宮は冷めた紅茶に口をつけた。
「・・・・で?これからどうすんだよ?いい加減何とかしろよ。2人にも迷惑だろ?」
「分かってるよ・・・・。2人には・・・好きな人でも作れって言われた。」
「えっ!?す、好きな人ですか?」
またしても二宮が大きな声を出す。少し驚きながらも相葉が頷いた。
「う、うん・・・。好きな人がいるからって諦めてもらえって」
「でも、それ失敗したんだろ?」
「うん・・・おれの知り合いじゃだめみたい。全部見透かされてる・・・っていうか、知り尽くされてるって言うか・・・翔ちゃんも、大野君も松潤もだめ。みんな違うって見破られちゃって・・・」
「ふーん・・・あいつの知らない奴ねぇ・・・・あ!」
何かに気づいた松本が二宮を見遣り、ニヤッと笑った。
「相葉ちゃん、良いのがいるじゃん・・・・なぁ、ニノ?」
「え?な、何ですか?」
「松潤?どういうこと?良いのって・・・?」
「だから!あいつが知らない奴で、一緒にいる所も見られてて、おまけに決定的なインパクトも与えてる!」
「え?え?だれ?」
「潤君・・・・?」
何か察したように、顔を顰めて松本を呼ぶ二宮に、もう一度笑ってみせると松本は相葉に名案を提示した。
「ニノに頼めば良いんじゃねぇ?」
「え?二宮君に?」
「そうだよ。今日アイツにも会ってんだし、相葉ちゃんとも知り合ったばっかりだから、調べられてねぇだろ?しかも、帰る方向も一緒!!朝も帰りも時間さえ合わせりゃ問題ないじゃん」
どうよ?ナイスアイディアだろ!そう言って笑う松本。相葉はイマイチ話が理解できていないようで、大きな目をパチパチさせている。二宮は複雑そうな顔をして、松本を見ていた。
「な!相葉ちゃん、そうしろよ。ニノなら俺も安心して任せられるし。ニノも良いだろ?」
「ま、まつじゅんっ!そんなのだめだよ!二宮君に悪いし、迷惑だよっ!」
「何で?」
「なんでって・・・し、知り合ったばっかりだし、そんなこと頼めな「・・・・良いですよ」
「ほらぁ!二宮君も良いって・・・・え?」
返事に驚き、二宮を見る。
「俺は・・・別に構いませんよ?」
「ほら、相葉ちゃん。ニノ良いって」
「え、え・・・でも、悪いよ。そんな・・・・おれ、迷惑かけれないよ・・・」
ただでさえ、今日こんなに迷惑をかけたのに。
「大丈夫。ニノは迷惑なんて思っちゃいないよ。な、ニノ?」
「はい。どっちにしろ通り道ですから、定期も使えますし全然問題ないですよ。俺は潤君と違って暇ですから、相葉さんに合わせられますし。
それに・・・もっと相葉さんのこと知りたいですし、仲良くなりたい」
「にのみやくん・・・・」
にっこり笑う二宮に相葉は顔を赤らめた。
「二宮君・・・・」
「ニノ!!」
「え?」
「ニノって呼んでください。皆そう呼びます」
「にの・・・?」
「はい」
「にの・・・・おれ・・・、おれの好きな人になってくれますか?」
「・・・ええ、喜んで」
「あ・・・お、お願いします・・・」
何故かお見合いのように緊張して頭を下げる2人を、松本は呆れながらも微笑ましく見つめていた。
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