小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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もう、過去の事だ。
そう割り切るには、今も光一の心臓が痛み過ぎる。思い出す、なんて行為にすらならなかった。いつでも意識の片隅にある、あの頃の剛の姿。
大人と呼ばれる年になっても、相方に劇的な変化は訪れなかった。病院通いは変わらなかったし、すぐに死に引きずり込まれるのも相変わらず。
夜を恐れているのに、闇に簡単に飲み込まれる彼の脆い精神。
光一は、出来る事なら自分一人で弱い相方を救いたかった。たった一人の人。
もう、あの頃には自分の最後の人だと決めていた。彼と生きる事、彼を支える事に少しの迷いもない。
罵られてもこの手を振り払われても、無理矢理に蹂躙されても。心にある愛は少しも曇らなかった。
汚く淀んだ世界で見つけた、唯一美しい人。剛だけが愛しい。欲しいと思った訳ではなかった。
でも、奪われても良いと思った。
それだけが真実だ。
夜は剛を苦しめる。一日の精神状態を見て、彼に付き添うか決めるのも仕事に組み込まれているに等しかった。剛の暗闇に入って行けるのは自分だけ。それ
は優越感であり、痛みでもある。
周囲の優しい大人は、光一が其処まで深入りするのを嫌がった。自分の事だけで良いと、言ってくれた言葉が愛情で満ちている事を知っている。けれど、こ
の役目は誰にも譲れなかった。
そして、一人にした途端、剛は死んでしまう。社会的に、と言う意味で。
今日は危ないと踏んで、帰り際剛に悟られないようにマネージャーへ告げた。マネージャーは一緒に闘ってくれる人だ。剛の闇に引きずられないように、光
一を見守ってくれていた。
仕事の一環と言われればそれまでだけど、それ以上の心配と心遣いを感じられる。深く沈んだ瞳で、けれど尚優しく笑ってくれた。宜しくな、とバックミ
ラー越しに言われて、光一は頷く。
これから訪れるのは、決して楽しい時間ではなかった。彼は多分、自分が剛に何をされているのか知っている。知っていて何も言わなかった。
朝、剛と手を繋いで出て行く自分がどんな風になっているのか、分かっている。
口の端に傷を作った日もあった。鎖骨に消えない歯型を残されたり、手首に癒えにくい擦り傷を付けられた事さえも。
全部知っていて、大切に手当てまでしてくれて尚、何も言わない。全部、仕事をする為だった。仕事でしか繋がっていられない、光一の臆病な人間関係。
剛に、光の世界で生きてもらう為に。
彼がどんなに拒絶しようとも、スポットライトはその存在を待ち構えている。立ち直る日を、じっと。
だから光一は頑張らなければならない。剛の為だけにしか存在価値を見出せなかった。不要な人間でも構わない。この光に拒絶されようとも仕方なかった。
だって、自分には剛のような才能がない。
唯、彼を救いたいと願うだけだった。
事務所の車に送られて、剛のマンションに到着する。目を瞑ったままの彼の手を引くと、そっと声を掛けた。不機嫌な目をちらりと向け、光一の手は簡単に
振り払われる。
心が痛むのにも頓着せず、後を付いて車を降りた。マネージャーの方は振り返らない。
これから、現実を捨てて闇へ堕ちるのだ。優しさは欲しくなかった。エレベーターも無機質に明るい廊下も、窒息しそうな沈黙で満たされる。
辛い。苦しい。怖い。帰りたい。嫌だ。
自分の中にはまだ、正常な恐怖があった。狂気を飼っている人間の中に進んで飛び込める程、自分は強くない。
無言で促された真っ暗な部屋には、いつも迎えてくれる温もりがなかった。これから忙しくなるからと、彼の家族が連れ帰ったのだろう。
温度のない部屋で、主人を待つのは辛い。この冷気に触れるのは、自分だけで良かった。
これが、自分に与えられた使命。この世界で生きる意味。
自分自身の事を頑張るのは当たり前だった。居場所を与えられて、其処で自分を磨くのは使命ではない。
ならば、今此処で必死に繋ぎ止めようと足掻いている自分の存在こそが、生きている証。誰にも渡せない使命。
剛。お前の手が何度俺を拒もうと、何度でも俺は手を伸ばす。お前を光の下に連れ戻す為に。
其処に互いの感情が介在しないから辛いのだと気付いていた。剛は戻る事を望んでいない。俺は。
剛が苦しいのなら、そっとしておいてやりたい。
誰にも言えない、自分自身さえ偽りたい本音だった。光の世界で生きて欲しいと願う正常な希望すら潰えるような闇の中。何も産まない世界で心安らかにい
られるのなら、それで構わなかった。
だから、辛い。でも決して弱音は吐きたくなかった。剛を光の射す場所に連れ戻す事が自分に課された使命だと信じている。
事務所初の二人だけのグループだった。長年子供を育てて来た事務所の人間ですら、きっと俺たちの扱い方を知らない。
二人きりでずっと乗り越えて来た。失敗だなんて言われたくない。
光一には負い目があった。幼い頃、剛の後ろに隠れてばかりいた事。剛だけを信じていた事。
だから、この世界の重圧に耐え切れず壊れてしまったのは、自分に原因がある。同年代の子供が救える筈もないのに、そうして光一は弱音を閉じ込めてし
まった。幼い頃の罪悪感の為に。
周囲の大人も光一は強く在るのだと疑わない。剛は、真っ直ぐ自分を見詰める相方といると苦しくなった。置いて行かれたのだと、子供の身勝手さで思って
いる。
そう割り切るには、今も光一の心臓が痛み過ぎる。思い出す、なんて行為にすらならなかった。いつでも意識の片隅にある、あの頃の剛の姿。
大人と呼ばれる年になっても、相方に劇的な変化は訪れなかった。病院通いは変わらなかったし、すぐに死に引きずり込まれるのも相変わらず。
夜を恐れているのに、闇に簡単に飲み込まれる彼の脆い精神。
光一は、出来る事なら自分一人で弱い相方を救いたかった。たった一人の人。
もう、あの頃には自分の最後の人だと決めていた。彼と生きる事、彼を支える事に少しの迷いもない。
罵られてもこの手を振り払われても、無理矢理に蹂躙されても。心にある愛は少しも曇らなかった。
汚く淀んだ世界で見つけた、唯一美しい人。剛だけが愛しい。欲しいと思った訳ではなかった。
でも、奪われても良いと思った。
それだけが真実だ。
夜は剛を苦しめる。一日の精神状態を見て、彼に付き添うか決めるのも仕事に組み込まれているに等しかった。剛の暗闇に入って行けるのは自分だけ。それ
は優越感であり、痛みでもある。
周囲の優しい大人は、光一が其処まで深入りするのを嫌がった。自分の事だけで良いと、言ってくれた言葉が愛情で満ちている事を知っている。けれど、こ
の役目は誰にも譲れなかった。
そして、一人にした途端、剛は死んでしまう。社会的に、と言う意味で。
今日は危ないと踏んで、帰り際剛に悟られないようにマネージャーへ告げた。マネージャーは一緒に闘ってくれる人だ。剛の闇に引きずられないように、光
一を見守ってくれていた。
仕事の一環と言われればそれまでだけど、それ以上の心配と心遣いを感じられる。深く沈んだ瞳で、けれど尚優しく笑ってくれた。宜しくな、とバックミ
ラー越しに言われて、光一は頷く。
これから訪れるのは、決して楽しい時間ではなかった。彼は多分、自分が剛に何をされているのか知っている。知っていて何も言わなかった。
朝、剛と手を繋いで出て行く自分がどんな風になっているのか、分かっている。
口の端に傷を作った日もあった。鎖骨に消えない歯型を残されたり、手首に癒えにくい擦り傷を付けられた事さえも。
全部知っていて、大切に手当てまでしてくれて尚、何も言わない。全部、仕事をする為だった。仕事でしか繋がっていられない、光一の臆病な人間関係。
剛に、光の世界で生きてもらう為に。
彼がどんなに拒絶しようとも、スポットライトはその存在を待ち構えている。立ち直る日を、じっと。
だから光一は頑張らなければならない。剛の為だけにしか存在価値を見出せなかった。不要な人間でも構わない。この光に拒絶されようとも仕方なかった。
だって、自分には剛のような才能がない。
唯、彼を救いたいと願うだけだった。
事務所の車に送られて、剛のマンションに到着する。目を瞑ったままの彼の手を引くと、そっと声を掛けた。不機嫌な目をちらりと向け、光一の手は簡単に
振り払われる。
心が痛むのにも頓着せず、後を付いて車を降りた。マネージャーの方は振り返らない。
これから、現実を捨てて闇へ堕ちるのだ。優しさは欲しくなかった。エレベーターも無機質に明るい廊下も、窒息しそうな沈黙で満たされる。
辛い。苦しい。怖い。帰りたい。嫌だ。
自分の中にはまだ、正常な恐怖があった。狂気を飼っている人間の中に進んで飛び込める程、自分は強くない。
無言で促された真っ暗な部屋には、いつも迎えてくれる温もりがなかった。これから忙しくなるからと、彼の家族が連れ帰ったのだろう。
温度のない部屋で、主人を待つのは辛い。この冷気に触れるのは、自分だけで良かった。
これが、自分に与えられた使命。この世界で生きる意味。
自分自身の事を頑張るのは当たり前だった。居場所を与えられて、其処で自分を磨くのは使命ではない。
ならば、今此処で必死に繋ぎ止めようと足掻いている自分の存在こそが、生きている証。誰にも渡せない使命。
剛。お前の手が何度俺を拒もうと、何度でも俺は手を伸ばす。お前を光の下に連れ戻す為に。
其処に互いの感情が介在しないから辛いのだと気付いていた。剛は戻る事を望んでいない。俺は。
剛が苦しいのなら、そっとしておいてやりたい。
誰にも言えない、自分自身さえ偽りたい本音だった。光の世界で生きて欲しいと願う正常な希望すら潰えるような闇の中。何も産まない世界で心安らかにい
られるのなら、それで構わなかった。
だから、辛い。でも決して弱音は吐きたくなかった。剛を光の射す場所に連れ戻す事が自分に課された使命だと信じている。
事務所初の二人だけのグループだった。長年子供を育てて来た事務所の人間ですら、きっと俺たちの扱い方を知らない。
二人きりでずっと乗り越えて来た。失敗だなんて言われたくない。
光一には負い目があった。幼い頃、剛の後ろに隠れてばかりいた事。剛だけを信じていた事。
だから、この世界の重圧に耐え切れず壊れてしまったのは、自分に原因がある。同年代の子供が救える筈もないのに、そうして光一は弱音を閉じ込めてし
まった。幼い頃の罪悪感の為に。
周囲の大人も光一は強く在るのだと疑わない。剛は、真っ直ぐ自分を見詰める相方といると苦しくなった。置いて行かれたのだと、子供の身勝手さで思って
いる。
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