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「」

桜上 水





 好きだと思う。愛しているとさえ思う。
 勿論、好かれている事も愛されている事も分かっていた。彼の愛情を疑った事はない。
 けれど、大野にはどうしても理解出来なかった。付き合ってもう、四年以上が経つ。自分でも驚く事に浮気はした事がないし、今までの人生で一番長い恋人になってしまった。
 今更後悔はない。だって、櫻井以上の存在など自分の人生に現れないだろう事に気付き始めていた。
 自分でも吃驚する程、櫻井を愛しく思う。側にいたかった。優しくされたいし、もっと触れたいとも思う。
 なのに。
 櫻井は、自分と二人でいる事から逃げているように思えた。



 もうすぐ、大野の誕生日が来る。男だから記念日になんて余り拘った事はないけれど、幸か不幸か嵐と言うグループはイベントごとが大好きだった。
 相葉のお祭り気質と、根っからのエンターテーナーな松本、それに人の為に尽くす事が好きな櫻井が加われば、何事もなくイベントが過ぎる筈もない。毎年毎年、誕生日当日は難しくとも五人でそれぞれの誕生日を祝う習慣が根付いてしまった。
 十一月に入れば、櫻井はいつもの笑顔を崩さないまま問う。今年は誰と祝うの?と。あの綺麗な笑顔で、裏表なんかどこにも感じさせない声で。
 「今年は家族? それとも友達?」なんて、およそ彼氏のものとは思えない質問だった。櫻井は一緒にいたがる癖に、二人きりになる事を避けている。
 付き合い始めた頃から、それはずっと変わらなかった。例えば、五人の楽屋ではと側にいる事が多い。帰りは方向が一緒だから、途中まで送ってもらう事もあった。地方での食事会でも隣に座る事が多かったし、ツインルームともなれば一緒に眠るのが普通だ。
 そして、毎年毎年櫻井の態度に不満を覚えるのが大野の誕生日だった。櫻井の誕生日の時は、是が非でも一緒にいたがる癖に、訳が分からない。
「リーダー!」
「おー相葉ちゃん」
 いつも通りの楽屋風景。二宮はまだドラマの圧英現場から到着していない。櫻井は打ち合わせがあるとかで、荷物は既に楽屋にあるけれど会議室に行ってしまった。
 テーブルを挟んだ向こう側のソファに松本は猫のように丸まり、相葉は先刻まで畳の上に寝転んで本を読んでいた筈だ。大野は大野で、ソファに寝そべって釣りの雑誌を読んでいた。
「何が良い?」
「シーバス!」
「じゃなくてー」
「んー?」
「何欲しい?」
「カツオを釣る技術!」
「そぉじゃなくてね。ええと、」
「誕生日プレゼント」
「え」
「相葉ちゃんは、リーダーが誕生日に何が欲しいかリサーチしてんの。魚も良いけど、出来ればプレゼントに出来る物にしてあげてよ」
「さすが、松潤!」
「お前は、主語がなさ過ぎる」
 松本に怒られて、相葉は健やかに伸びた手足をソファの影で縮こまらせる。その姿が可愛くて、思わず頭を撫でてしまった。
「じゃあね、プレゼントね。何が欲しい?」
「……欲しいもん?」
「うん。魚じゃなくて。あ、出来れば釣り竿とかもやめて。俺、分かんないし」
「うーん」
「何か、欲しいものないの?」
「ある」
「何?」
「……翔君の本音」
「え?」
「は?」
 しまった、と思う。相葉の真っ直ぐな表情に絆されてつい、胸の中に留めていた感情が出てしまった。
 誕生日が近付く度に、櫻井は自分の事なんか好きじゃないんじゃないか、と思ってしまう。普段あれだけの愛情をもらっていても信じられなかった。贅沢だとは分かっている。疑うべくもない愛情を注がれて、あの優しい眼差しで守られて。
 けれど、理解出来なかった。どうして、二人でいる事を嫌がるの? 本当は何を考えてるの?
「……リーダー。ちょっと詰めて」
 相葉はそう言うと、難しい顔をして大野の座るソファに無理矢理乗り込んで来た。身体を起こしてスペースを空けてやると、至近距離で見詰められる。
 いつ見ても、彼の瞳の純然とした色には驚かされた。繊細で優しい子だけれど、変わらないでいる為の強さを持っている。
「あのね、りーだ」
 舌足らずな言葉遣いと真剣な表情がアンバランスだった。松本は黙ったまま見守る事に決めたようだ。読んでいた資料をテーブルの上に放る音が聞こえた。
「リーダーと翔ちゃんが付き合ってどれ位になるっけ? もう結構長い時間が経つよね?」
「……うん」
「俺さ、翔ちゃんが片思いしてる時に、訊いてみた事があるの」
「相葉ちゃんは、知ってたの?」
「うん。てゆーか、あん時翔ちゃんの周りで知らなかったのって、大野君だけじゃない? ねえ、松潤」
「まあ、多分」
 櫻井が片思いをしていたのなんて、ずっと昔の事だった。モラリストの彼の事だ。自分を好きになるなんて、随分戸惑ったんじゃないかと思う。彼は、沢山の愛情を注いでくれながらも自身の恋について余り話してくれなかった。
 一見、感情のコントロールも人付き合いも器用に見える櫻井が、自分にだけ見せる不器用さ。実際沢山の友人がいる彼は、人間関係を円滑にこなす術を持っていた。
 でも、不意に言葉をなくして手を伸ばす瞬間だとか、優しさを持て余して立ち尽くす瞬間が大野は愛しいと思う。いつだって、彼は真っ直ぐに自分へ愛情を向けてくれた。
 なのに、どうして。
 どんな答えが返って来るか分からなくて訊く事も出来ないなんて、今までの恋にはない事だった。こんなにも、不安になる。
「翔ちゃんね、告白しないの? って訊いたら『俺は大野君の人生に入り込むつもりはないんだ』って」
 そっと相葉に指先を緩く絡め取られる。馬鹿だな、と思った。同じグループで活動しているんだから、もうとっくに入り込んでるのに。
「俺は、大野君の側にいられれば良い、それで十分。だから、ずっとずっと一緒にいる為に嵐を大きくして、解散なんて考えられない位になりたい、って。凄く真剣に話してくれた」
「今も、ずっと頑張ってるよな。すっかりパイオニアって表現も定着して来たし」
 松本が静かに同意する。櫻井の思い。一番近くに自分はいるつもりだけれど、彼が何を考え何を自分に優先してくれているのか、もしかしたらメンバーの方が分かっているのかも知れない。
「翔ちゃんね、今も怖いんだと思う」
「怖い?」
「うん、多分だけどね。翔ちゃんは、今でもリーダーの人生に入り込んじゃいけないって考えてるんじゃないかな、って」
「入り込まないで一緒にいられる訳ねえだろ」
「ね? ホントだよね。でも、それが翔ちゃんの愛情だと思う。ずっとずっと、一緒にいる為にも嵐のままでいたいって。だから、疑わないであげて」
「……疑ってなんか、ないよ?」
「ああ、そっか。うん。じゃあ、そんな悲しい事言わないで。翔ちゃんの一番はいつだって、リーダーなんだよ」
「ありがと」
「どーいたしまして。あ、でもプレゼント! 何が欲しいか考えててね」
 相葉はにこりと邪気なく笑う。その表情に、つい言葉を重ねてしまった。繋いだ指先が温かかったから、勘違いしてしまう。彼は、強い人なのではないかと。
「なあ、相葉ちゃん」
「んー?」
「相葉ちゃんも、ずっと嵐でいたい?」
「当たり前でしょ!」
「ずっと、メンバーのままでも……?」
「リーダー、ちょっと待て」
 相葉への問いは、咎める声に遮られた。見上げれば、向かいのソファにいた筈の松本が眉を顰めている。
 そのまま相葉の肩を抱き寄せると、自分の胸に小さな頭を抱えた。慈しむ動作に、思わず見とれる。
「分かってて、そう言う事言うのは反則だよ」
「松潤。……良い。言わないで」
「相葉ちゃん、俺はお前が不用意に傷付くのも嫌だ。で、リーダーが傷付くのも嫌なんだよ。相葉ちゃん傷付けて、その傷、結局あんた自身にも付けてるじゃねえか」
「ごめん……」
 松本の指先は大野にも伸びて、そっと頭を撫でる。彼の優しさも器用と呼べる部類のものではなかったけれど、恋ではないメンバーの親愛で四人を深く愛してくれていた。
「リーダー。俺ね、……ずっと嵐でいたいよ」
 松本の胸に顔を埋めながら、気丈に相葉は言い切る。彼は、辛い思いを一人で抱えていた。自分達よりも長い時間を一緒に過ごした、親友とすら呼べる存在に恋をしている。
 相葉は頑なに、自分の恋を否定した。絶対に告げたくはない、と。彼の綺麗な愛情はどこにも行き着く事なく、唯捨て続けられていた。
「見ているだけで、良いの? 一番に、なりたくないの?」
「……俺はもう、とっくに一番だもん。ニノの一番近くにいる、ニノの一番の友達。家族より長い時間を一緒にいるんだよ? だから、言うつもりもないけど一番を譲る気もないの。これから先、ニノが結婚してもずっと、一番だから」
「相葉ちゃん、もう良い。言わなくて」
 松本は、相葉の長過ぎる恋を知っていた。櫻井と大野の恋よりも長い時間を、彼はつかず離れずの距離で見守っている。
「俺は、俺の選んだやり方で一緒にいるだけ。でも、翔ちゃんとリーダーは一緒にいるんだから、ちゃんと話さなきゃ駄目だよ。ね」
 繋いだ指の先、松本に守られながら相葉は綺麗に笑った。彼のアンバランスな美しさは、二宮への恋故だと知っている。
 ごめんね、ともう一度呟いて、痛む心臓に正直になろうと決めた。彼が怖がるのなら、自分が踏み込めば良いだけだ。


 十一月二十六日。元々年齢差があるから、先に誕生日を迎える事は嫌ではなかった。櫻井は年下である事を気にしているみたいだけど、ここまで来たら二つ三つの歳の差なんて関係ない。
 その日は、嵐での仕事だった。誕生日はもう特別な日でもないけれど、祝ってもらえれば嬉しいし、やっぱりメンバーで過ごせるのは嬉しいと思う。
 櫻井は相変わらず優しい表情で側にいてくれた。誕生日じゃなくても多分、三百六十五日ずっとこんな風にいてくれていると知っているけれど。
 収録時間の合間に、メンバーからプレゼントをもらう。スタッフがこっそり用意していてくれたらしいケーキもあって、嬉しかった。
 櫻井はメンバーの顔をして、普通にプレゼントをくれる。恋人らしくない、いわばメンバーの域を出ないプレゼントが嬉しいけれど、物足りないように思った。
 仕事の時は自我の塊みたいな事もあるのに、自分に対するスタンスだけはいつも弱気で頼りない。最初から離れる事を覚悟しているような、離れても最小限の傷で澄むような、そんな気弱さだった。
 なあ、翔君。俺と、離れるつもりなの?
 一生懸命、訊かないようにしていた。もしかしたら、不用意なその言葉が別れの原因になってしまうかも知れないから。
 大野だって、十分に不安なのだ。男同士で同じグループで、リスクなんて考えるまでもなかった。嵐は、自分一人のものではない。相葉がいて二宮がいて松本がいた。だから、慎重にならざるを得ない。
 この恋が、何者をも傷つけないものであれば良いと。
 櫻井すら傷つけたくはなかった。けれど、手放すつもりもないのだ。彼が臆病に逃げるのなら、面倒臭くても負い掛けなければならなかった。
「翔君」
 俺といるの嫌? その言葉を必死に飲み込んで、櫻井が振り返るのを待った。楽屋の隅で、メンバーは気付かない振りでいてくれる。収録も終わったし、誕生日祝いもひとまずは終了だった。
 櫻井は、何でもない振りで雑誌に視線を落としていたけれど、本当は大野がどこに出掛けるのかどこに帰るのかを凄く気にしている。ばればれなのに、必死で大人の顔をしたがった。
「どうしたの?」
「話がある」
「……え」
 分かりやすくはっきりと、櫻井は固まった。自分で思っていたよりも低い声が出たから、恐らくは嫌な事を思いついたのだろう。
 二宮が離れたところで笑っている。全部分かった上で何も知らない不利をする人だった。嵐の実情を把握しながら、二宮はいつも遠い場所にいる。
「ここで?」
「今は無理」
「何で……?」
「真面目な話だから」
「っ智くん!」
 話を重いものと勘違いした櫻井は、慌てた様子で大野の腕を掴んだ。こんな時に愛されていると実感するのがおかしいと言うのは分かっていた。
 でも、櫻井の愛情や独占よくはこんな時でしか見えなかった。
「来る、だろ?」
「う、うん……」
「車、出して」
「はい」
 高圧的とも取れる態度で、櫻井を促した。本当の本当は、緊張している。彼を誘い出す事に、彼に自分の恋を伝える事に。
 ここまで来て、躊躇していた。
 今日は誕生日だから、少し位は多めにみてもらおうと、思っていたのだけれど。慣れない事をするのは、大野とて緊張するのだ。
「リーダー……」
「ん?」
「別れたり、しないよね?」
 ここにも意味を取り違えた優しい子が一人。相葉は遠慮がちに、けれど必死の表情で大野に問い掛ける。
 他人の痛みを自分の痛みとして受け入れる人だった。その優しさと柔らかさに、惹き付けられるのだろう。
「相葉ちゃん」
「ん? 何?」
 手を出せば、素直にそこに掌を重ねてくれる。素直で可愛い相葉。へら、と笑えば崩れそうな笑みを作った。優しくて愛しくて不器用で、誰よりもひた向きだ。
「パワー、ちょうだい」
「パワー? 俺の?」
「うん。ちゃんと、翔君に言えるように」
「リーダー!」
「……一緒にいたい、ってちゃんと」
 間違えないように、言葉にしたい。もう、限界だった。櫻井の不必要な気遣いをそのままでいたら、きっと後悔する。待っているのも受身でいるのも疲れてしまった。
「うん、分かった。それなら良い。全部、持ってって」
「馬鹿。全部持ってかれたら帰れなくなるだろ」
「良いじゃーん。松潤いるもん」
「送ってかないからな」
「えー何でー」
 ぎゅっと手を握り合う大野と相葉の傍に来た松本が呆れた声音で言う。松本は、相葉の事をすっと心配していた。勿論、メンバー全員の事を見守る優しさを持っているけれど、諦め切れない恋を抱え続ける相葉が潰れてしまいはしないかと、適度な距離を保ちながらけれど誰よりも考えている。
 二宮は素知らぬ振りで衣装を着替えていた。多分、と大野は思う。勘の良い彼の事だから、ずっと一緒にいる相葉の気持ちに気付かない筈はないんじゃないだろうか。
 何も言わないのは、二宮は冷たいからでも思いがないからでもなく、彼もまた相葉を大切にしているからなのだと思う。同性の恋は、リスクが高過ぎた。世の中を良い意味でも悪い意味でもきちんと計算出来る二宮だからこそ、大切な相葉に不必要なリスクを背負わせたくないのだろう。
 全部、大野の推測だけど。多分。
 傍にいて、一番に愛する特権を得る事だけが、相手を思うと言う事ではなかった。離れた場所で見守る二宮も、少しだけ距離を置いて手を伸ばす松本も、そして二宮だけを思う相葉も。
 全部全部、愛情でしかないのに。
「ほら、リーダー。そろそろ行ってあげないと、翔君がますます不安になるんじゃねえの」
「あ、そっか。相葉ちゃん、ありがとね。……この間、ごめんね」
「この間……? ああ、全然! 全然平気だよ!」
 相葉の笑顔は周囲を明るくさせる。最後にもう一度ぎゅっと手を握ると、立ち上がった。優しさに甘えてばかりもいられない。
「リーダー、よい誕生日を!」
「うん、ありがと」
「お疲れ様」
「うん」
「あら、やっと帰るんですか?」
「ニノ」
「翔ちゃん、上着を忘れて行っちゃいましたから、一緒に持って行ってあげて」
「……あ、ありがと」
 今まで何も言わなかった二宮が、櫻井のジャケットを差し出してくれた。その瞳は、相葉と同じ優しい色をしている。
「リーダー」
「ん?」
「あんた、買い物は下手なんだから、他は全部選んでもらうんだよ」
「……なんで、死ってんの」
「リーダーの忘れ物。これがないと、入れないよ」
 反対の手が差し出したのは、書類を入れた封筒だった。その中で小さく金属音もする。
「あ、」
「ちゃんと、男らしく決めてくるんですよ」
「うん、分かった」
「お誕生日、おめでとうございます」
 二宮は、沢山の言葉を知っているのに必要な事は僅かしか言わなかった。だから、どんな時でも彼の言葉は信用に値する。天邪鬼だ何だと言われているけれど、ちゃんと聞いていれば分かった。
 器用な癖に不器用な、彼の真実。
「お疲れ様。相葉さん」
「え」
「飯、食いに行くぞ」
「ちょ、何」
「お前んとこの中華が食いたい」
「ニノ!」
 彼らの声を背中で聴きながら、大野は心地良い楽屋を後にした。二宮の真実は簡単だ。唯、望むものが違うだけ。幸福だと思う事が、ほんの少し他の人と違っていた。
 地下駐車場へと急ぐ。掌には、相葉からもらったパワーと櫻井のジャケット、そして大事な封筒がある。彼の気持ちを試すようで、居心地が悪いけれど。
 今日一日は我儘に過ごしてしまおう。
「しょーくん、お待たせ」
「あーやっと来た! 俺、ちょっともう泣きそうだったんだけど!」
「何で、泣くんだよ」
「だって……って、良いの?」
「何が?」
 当たり前に助手席に乗り込むと、櫻井のジャケットを後ろの席に置いた。ありがとうと言いながら車を発進させた彼は、前を向いたまま困ったように眉を顰める。
「今日、誕生日でしょ? 家族とか友達とか、誰か一緒に過ごすんじゃないの? それとも、話が終わったらどこか、送る?」
「……しょーくん」
「地元の友達? それとも舞台関係の人? たまには家族に祝ってもらうのも良いよね」
「しょーくん」
 櫻井は、何も分かっていない。分かってくれない。俺よりも俺の事をわかっている時があるのに、二人の問題になると、途端に鈍くなった。
「話は後で。予定は翔君しかないから、どこにも送ってくれなくて良い。分かる?」
「何が?」
「誕生日は、翔君と過ごすって決めてた」
「……無理、しなくて良いよ。智君の誕生日なんだから、智君のしたい事をしなくちゃ駄目だよ」
 分かってくれない。自分の言葉が少ないのは分かっていた。でも、言葉以上の思いを櫻井は汲んでくれるから。
 どうして、俺が一緒にいたくないなんて思うと思い込んでいるのだろう。一緒にいたくない人と付き合う程、もう若くないよ、俺。
「翔君……ここまで連れて行って」
 用意していた紙を差し出す。そこには、住所が記されてあった。勘の良い人ではないから、二宮のようには気付かないだろう。
 不安になるならなれば良い。そう思って、車の中では一言も喋らなかった・



「智君、住所だとここら辺なんだけど、合ってる?」
「うん」
「じゃあ、近くで駐車場探そうね」
「良い。そのまんま前の駐車場入って。六番に止めて」
「え」
「良いから」
 多くは告げずに、櫻井を促す。自分の全てを拒絶しない癖に、欲しがる事もしない人。それが、優しさの産物だとしたら無駄遣いな事この上なかった。
 櫻井は、知らないのだろうか。自分が彼を愛している事を。
 丁寧な運転で車を止める。伺うように覗き込むから、僅かに笑ってみせた。多分、自分も緊張している。どこまで受け入れてくれるのか、どこまでの我儘なら許されるのか。
 長い時間を一緒に過ごして来た筈なのに、未だに距離を測りかねていた。
「智君?」
「行こっか」
「……どこに」
「誕生日プレゼント」
 大野のバッグの中には、メンバーからとスタッフからのプレゼントが全部詰まっていた。今年の櫻井からのプレゼントは、マフラーだった。物凄く選んでくれたのだとは思うけれど、当たり障りのない物だ。
 恋人として主張出来るようなプレゼントではなかった。指輪でも婚姻届出も持って来てみれば良いのに。
「ほら、置いてくよ」
 車を降りてエレベーターホールへ向かう。櫻井は、状況が飲み込めないと言う顔で、それでも迷わず大野の後をついて来た。
 エレベーターは二人を乗せて、十二階へと上がる。どこでも良かった。二人きりになれるのなら、本当はこのエレベーターの中でも良い。永遠に閉じ込められてしまいたいなんて、昏い欲望すら抱えていた。
「……しょーくん」
「ん?」
 優しい声。指先が伸びて、大野の手を緩く握り締める。優しくするのが上手な人だった。大人の振りで、全部を包み込もうとする。
「今日、おいらの誕生日だよな」
「勿論」
「マフラーじゃなくて、欲しい物があるの」
「何? 何でも言ってよ。いっつも智君欲しい物ないって言うから、悩むんだよ。俺。あ、でも船とかは駄目だよ。帰って来なくなっちゃいそうだから」
「翔君は、俺がいなくなったら寂しい?」
「当たり前でしょ」
「ホントに?」
「うん。何、言ってんの。智君がいなくなったら、俺死んじゃうかも」
 本当に偽りのない声で、櫻井は言う。ここに間違いのない愛情が存在するのに。どうして、彼は傲慢に奪おうとしないのだろうか。
「俺も、寂しい。翔君と一緒にいられないの、寂しい」
「智君……」
「欲しいの」
 振り返って、櫻井を見上げる。真っ直ぐな瞳、包み込む掌の温度。大野に向けられたものは、全部優しかった。
 でも、本当に欲しいものは違う。
 エレベーターが目的階へ到着した。櫻井と手を繋いだまま、誰もいない廊下を歩く。外で手を繋ぐ事も怖くないのに、本当は何を恐れているのだろう。
「着いた」
「え。智君、ここ……」
「誕生日プレゼント。これ、ちょーだい」
「何、言ってんの」
「ここ、買って」
 一緒に持って来た封筒の中から、ぺらりと契約書を見せた。櫻井は、声も出せずに驚いている。
「翔君と一緒に、二人きりで過ごせる場所。欲しかった」
 固まったまま動けない櫻井の掌に、真新しい鍵を乗せた。嫌がられるかも知れない。それならそれで、一人暮らしを始めてみれば良いと思った。実家の居心地の良さよりも、いつの間にか自分の一番は櫻井の傍になっている。
 何も言わない恋人をじっと見詰めた。駄目かも知れない。でも、未来に後悔をするよりは、今動いてしまいたかった。
「……智君。ここ、いつの間に? ずっと、忙しかったでしょ?」
「マネージャーに頼んでた。一人暮らしするから、マンション探して欲しいって」
「ここに、暮らすの?」
「分かんない。ホントは翔君と一緒が良いけど、翔君は嫌がるかも知れないし。駄目だったら一人で暮らすつもりしてる。でも、今更一人で暮らせるか分かんないし、生活は出来なくても俺、アトリエ持ってみたかったし」
 どうとでも使えるだろうと思った。自分から自分へのプレゼントでも構わない。でも、一緒にいたかった。
「……ここを、俺が買ったら、智君はここに暮らしてくれるの」
「うん。でも、無理しなくて良い。翔君は翔君の生活があるだろうし、これは俺の我儘だから。今日、誕生日だし、少し言ってみたかっただけ」
「智君は、俺がここを買うって言ったら、ここに住むの」
「だから、無理しなくて良いって」
「住むの?」
「……一緒にいる時間、増やしたい」
「俺と、いる時間?」
「そうだよ」
 櫻井は、一瞬痛みを堪えた表情を見せ繋いだ指先を引いた。誰が通るかも分からない廊下で、性急な口付けをされる。遠慮も何もない暴力的なそれに安心する事を、櫻井は知っているだろうか。
 抵抗もせずに、唯蹂躙するのに任せた。口内を暴れ回る舌の感触。これが、愛に起因する行為であれば良い。
 櫻井も、一緒にいたいのだと信じられれば良かった。
「っここ、廊下なのに……ごめん」
「俺は、廊下でも道の真ん中でも、どこでも良いよ」
「智君……」
「そんな情けない顔すんな」
「俺は、貴方を大切にしたいよ」
「知ってる」
「……入ろうか」
「入って、くれんの?」
「だって、ここはもう俺達の物なんだろ?」
 櫻井は、やっと落ち着きを取り戻したらしい。掌にあった鍵で、部屋の扉を開けた。繋いだ指先は、離れないまま。
 一緒にいたいと願うのは、我儘な事なのだろうか。恋人になれば、二人きりでいるのが当たり前だと思っていた。今まで、それを疑った事なんてなかったのに。
 櫻井といると分からなくなる。大切にされているのに、離れたがっているような。
 どこで間違えたのかは分からないけれど。
 一緒にいたかった。豪華なプレゼントもムードのあるレストランもいらないから、唯傍に。
「ねえ、智君」
 靴を脱いでリビングに上がれば、櫻井は小さな声で囁いた。誰もここにはいないのに、大野以外には聞かれたくないとでも言うような声音で。顔を上げれば、暗がりの中でも優しい表情をしているのが分かる。
 入ったリビングは、がらんとしていた。家具も何も運び込まれていない部屋。二人で作って行けば良いと思って家以外の何も用意しなかった。
 まだ、始まってもいない場所に二人でいる。今日が終わるまで後どれ位だろうか。自分が我儘でいられる残り時間を計る。
「俺は、智君が好きだよ」
「……うん」
「凄く好き。好きとか愛してるとか、そんなんじゃ足りない位智君の事を想ってる。貴方が俺を嫌いになっても憎んでも、多分それは変わらない」
「嫌いになる訳ないだろ」
「そうだと良いけど、先の事は分かんないでしょ」
「分かる。翔君との事だったら、分かる」
 大野の言葉に、櫻井は切なく眉を寄せた。そんな表情すら愛しくて堪らない。どうしたら、自分の気持ちを分かってくれるのだろう。確かに、櫻井が告白してくれなければ始まらなかった関係だ。
 けれど、好きじゃない人間と付き合える程自分は器用じゃなかった。知っている癖に、ちゃんと賢い人なのに、どうして離れる素振りばかり見せる?
「俺、智君には自由でいて欲しいの。無理はさせたくないし、あんたは知り合いも多いんだから、自由に動いてくれれば良いと思ってる。俺になんか、縛られなくて良いんだよ」
「それは、翔君が束縛したくない、って事?」
 距離を詰めて、櫻井を見上げた。ずっと繋いだままの指先は同じ温度になっている。愛しくて欲しくて、自分の全部にしたかった。誰かの事をこんなにも大切に思える日が来るなんて考えた事もない。
 櫻井が愛しかった。櫻井だけを、この世界で唯一人欲しいと思う。
「束縛されて欲しくない」
「違う。訊きたいのは、翔君が俺の事を束縛したくないのか、って事だよ」
「俺は、……そうだね。正直、束縛したくなる時があるけど」
「じゃあ、縛れば良いじゃん。俺の事」
「だからね、智さん」
「そうやって何でも分かってるって顔して、平気な振りして。俺、嬉しくない。俺は翔君といたい。ずっと思ってた。何で? 俺達付き合ってるんじゃないの? いっつもいっつも、翔君は俺のしたい事優先してくれて、家に送ってくれたり地方のホテルの時位なんだよ、二人っきりなのって。分かってる?」
「分かってる。そんなの、俺が一番良く分かってるよ……」
「ねえ、何で? 俺といたくないの?」
 珍しく饒舌に喋る大野に気圧される。勿論、好かれている事は分かっていた。自分の気持ちが向かない事をわざわざやるような人じゃない。
 抱き締めたいな、と思った。この人の存在ごと全て愛している。一緒にいてくれなくても良かった。彼を縛る枷にはなりたくなかったから。
 けれど今、目の前で大野は一生懸命自分に愛情を向けてくれている。嬉しくない訳がなかった。
「ホントは、いたいよ。智君とずっとずっと」
「じゃあ、言えよ!」
「貴方の時間は貴方のものだから」
「俺は、そーゆー事言う翔君が嫌い。大っ嫌い!」
「智くん……」
 嫌いと言いながらも、大野は櫻井の胸へ飛び込んだ。どんな時でも受け止めてくれると信じている。信じさせてくれる人だった。だから多分、自分はどこにも行かずここにいるのだ。
「何も言わないで諦めてる翔君が嫌い。俺の話だろ? 俺と翔君の事だろ? 嫌かどうかは二人で決める事なんじゃねえの?」
 知って欲しい。分かって欲しい。自分は櫻井を好きなのだと、気付いて。
「俺は嫌だったらちゃんと嫌だって言う。俺の性格、知ってるだろ?」
「知ってるけど、でも。最初から、俺が引き込んだ関係だし」
「嫌だったら、引き込まれてなんかやらない」
「智くん」
「……何だよ」
 ぎゅっと抱き締め直される。心地良い束縛。もっとして欲しいと思うなんて、自分も大概Mだった。他の誰でも面倒臭いし鬱陶しいなあと思うけれど、櫻井にだけは許しても良い。
 俺の事だけ見て。俺の事だけ考えて。
 そんな馬鹿みたいな事を本気で考えた。翔君だけなんだよ、俺の人生の中で自分よりも大切に思える存在は。自分一人の時間より優先したいと思う人は。
「俺、メチャメチャ独占欲が強いんだよ」
「知ってる」
「こんなとこ用意してもらったら、智さんの事家に帰してあげられないかも」
「それが良い」
「良いの?」
「俺、……翔君が好きなんだよ?」
「知ってるけど、俺、貴方が思ってるより重たいよ」
「とっくに知ってるってば。何言ってんの。あ、翔君、最近ちょっと太ったよね」
「その重いじゃないよ! てゆーか、智君が痩せ過ぎなんです」
「どうせすぐ戻るもん」
 櫻井が笑う。少しは伝わったのかも知れないと、大野はほっと息を吐いた。この腕の中が一番落ち着く。他のどこでもなく、ここにいたかった。
「今度の休みにさ、」
「うん?」
「家具、見に行こうね」
「車出してくれんの?」
「勿論。ベッド買ってソファ買ってテーブル買って。……って、あ!」
「な……なんだよ」
「ちゃんと言い忘れてた」
 櫻井は腕を緩めると、大野と額を合わせた。近過ぎる距離が嬉しい。瞳を上げれば、櫻井の長い睫に見とれた。綺麗な顔だな、と単純に思った。
「智君、誕生日おめでとう」
「ありがと」
「この家を、俺にプレゼントさせて下さい」
「良いの?」
「あんたさ、ここまでされて逃げてたら男がすたるだろ」
「しょーくん、ヘタレじゃん」
「ヘタレでも、ちゃんと恋人の事を守れる男になりたいよ」
「いっつも、守られてるぞ」
「智君に言ってもらえると安心するね。俺は、頼りないかも知れないし臆病かも知れない。だけど、貴方を好きな気持ちは誰にも負けないよ」
「松潤にも負けない?」
「何でそこで、松潤が出て来るんだよ」
「だって、松潤おいらん事、愛してくれてるもん」
「そうだけどさ。って言うより、あんたの周りにいる人は皆あんたが好きですよ」
「おいらも皆の事好き」
「……ジェラシーだなあ」
「翔君は、もっと好きだぞ。食べちゃいたい位」
「食べんの? 俺を? 智君が?」
「まあ、食われてるけどな。気分的に」
 至近距離で笑い合う。幸せだった。自分の中に暖かいものを詰め込んでくれる人。今まで関わった人達の中で、一番愛を教えてくれた人。
「下ネタはやめてよ。真面目な話するんだから」
「真面目な話なの?」
「大真面目です。――一緒に、暮らそう?」
「っ! しょ、くん! 反則、それっ!」
 不意打ちの甘い声は心臓に悪かった。言葉を注ぎ込むように、そのまま口付けされる。拒絶するつもりはないけれど、羊の皮を被った狼だなあとつくづく思った。
 櫻井の愛情深さに正比例するように、真っ直ぐな欲求も際限がない。同性同士の合う筈のない身体でも、彼は躊躇なく欲しがってくれた。多分、葛藤は沢山あったのだろうけど、それ以上の愛情が彼にはある。
「誰が家事やんの?」
「……練習すればどうにかなるよ」
「麦茶しか作れない癖に?」
「飯なんて食いに行けば良いじゃん」
「おいら、料理なら頑張れるかも」
「ホントに? キッチンとか、立ってくれるの?」
「しょーくん、テンション高ぇ」
「良いじゃん! 男のロマンじゃん! 智君だって分かるでしょ?」
「……いや、翔君の妄想はちょっと分かりたくないかな」
「白いエプロンだよ? 絶対可愛いって!」
「白いエプロンは可愛いと思うけど、それを俺が翔君の脳内で着てるのかと思うと、げんなりするよね」
「何でー、この前も着てたじゃん!」
「仕事だからな」
 何だか、凄く凄く悩んで迷っていたのが馬鹿みたいだ。櫻井の真っ直ぐな愛情は、変な気遣いを取り除いてしまえば、疑いようのないものになった。
 離すつもりがないのなら、離さないで欲しい。
 ずっと一緒にいても怖くないと思えた人は、初めてだった。共に過ごしてもうすぐ十年が経つ。その半分近くを恋人として過ごしていた。
 永遠を信じても良いかも知れない、なんて。夢を見る。夢をみさせてくれる。
「家具買って、お互いの荷物運んで、一緒にいよ」
「その為に買った」
「うん。俺が、買ってあげるね。プレゼント」
「……翔君、あんま太っ腹だと破産するぞ」
「しないよ。俺が金掛けたいのは、智君だけだもの」
 平気な顔で気障な事を言う。でも、信じられるだけの愛情と優しさを与えてくれた。櫻井の傍にいたい。
「俺も。翔君だけだよ、ちょっとは縛られても良いかなあって思ったのは」
「うん、ありがとう。好きだよ」
「ん」
 誕生日の我儘は成功したらしい。二人きりでいない事が櫻井の優しさなのなら、そんなものはいらなかった。全部奪って欲しい。
 何もない真っ暗の部屋の中、大野はこれ以上ない程に満ち足りた気分だった。



 大野の誕生日の後、二人の雰囲気が変わった事に松本は気付いている。二人でいる事が増えたし、櫻井は前ほど怖がらなくなった。一緒にいたい時はちゃんと
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