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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 約束通り、芹沢の為に。
 芹沢は、成瀬と生活しながら変わって行く自分の感情に気付き始めていた。気付きながら、止めるつもりもなく日々感情は成長して行く。
 同じ部屋で生活しているせいだろうか。それともこれは、定められた変化なのだろうか。一緒に生きる為の手段なのかも知れないと考えた事もある。
 でも、違った。唯、運命のように惹かれている。
 愛しいと思う感情を止める術がなかった。成瀬の一挙手一投足に惹かれている。当たり前なのかも知れなかった。眠る彼の表情を飽きる事なく半年以上、眺めていたのだ。
 目が覚めて、自分の傍で生活している彼を目で追ってしまうのは仕方ない事だった。優しい眼差しに、ふとした瞬間に見せる物憂げな表情に抵抗する事も出来ず、堕ちて行く。
 隣で眠る彼を見るのが好きだった。朝食を向かい合って摂るのが好きだった。帰って来た時、静かな声で「お帰りなさい」と言ってもらえるのが嬉しかった。
 幸福になる事は許されない。分かっていた。けれど、この恋は成就したとしても幸福にはなれない類いのものだ。
 日曜日の夕刻、成瀬はソファに座り沢山の手紙を読み返していた。姉からの手紙は大切にしまわれた事を知っている。何度も読めるものではないのだろう。机の上に明日の会議の資料を広げながら、芹沢はその横顔を盗み見た。
 彼がここにいる奇跡を噛み締める。幸福になる事は出来ないけれど、自分の中にある感情を止める術が見つけられなかった。受け入れられても拒絶されても、どちらにしろ幸福からは程遠い感情だ。
 告げてしまう事が、互いの距離を広げるかも知れなかった。それでも。
 芹沢はゆっくりと立ち上がる。大事に手紙を読んでいる成瀬の隣へと腰掛けた。驚いたように顔を上げるのすら愛しいと思う。
「どう、したんですか……」
「話がしたいな、と思って」
「仕事の話ですか?」
「いや、世間話」
「どうぞ?」
 成瀬は、最初の頃こそ自分との距離を測りかねていたけれど、最近では当たり前のように会話もするし笑う事さえあった。嬉しいと単純に思う。
「成瀬さん、貴方が好きです」
「ええ、そうですか。……え」
「貴方が、好きです」
 手にしていた手紙がはらりと絨毯の上へ落ちた。成瀬は動く事も出来ずに、瞳を見開いている。上手く躱されてしまうかも知れないと思っていただけに、その反応でも十分嬉しかった。
 真っ直ぐに、怯む事なく見詰め返す。自分のどこにも偽りはないのだと、教えるかのように。
「何を、言ってるんですか……貴方は」
「何って、告白です。分かりませんでした?」
「分かりたくないですね。どうして貴方はそう、簡単に口に出すんですか」
「好きだからです」
「っ、……そう言うのを、軽卒だって言うんですよ」
「軽卒なんかじゃないです。ずっとずっと、考えていました」
「……僕は、考えた事なんかありません」
「当たり前じゃないですか。俺には、貴方を見続けた半年分があるんですから。貴方よりは半年長く、貴方の事を考えていますよ」
「それなら、僕だって……」
「十一年間、俺の事考えてくれましたよね」
 反論の言葉は、重くならないように遮った。自分が真実を捩じ曲げたせいで、彼の十一年は狂ってしまったのだ。その罪の重さを忘れた事はなかった。
 二人の間にある感情は複雑に入り組んでいる。愛情だけでも憎悪だけでも表現し切れなかった。成瀬には、芹沢にだけ向けた感情がある。芹沢にも成瀬にだけ向けた感情があった。
 その過程に恋が潜んでしまっても、仕方のない事だと思う。互いの関係は、誰にも分からなかった。世界中で二人きり、自分達だけしか理解は出来ないだろう。
 成瀬は、小さな溜息を零した。絨毯の上に散らばった手紙を拾って脇に置くと、悲しそうに表情を歪ませる。瞳だけが、優しく芹沢へ向けられた。

「僕の存在がまた、貴方を苦しめているんですね」

 柔らかい響きは、決して望んだものではなかった。拒絶でもなく、受け入れる事さえ放棄している。手を伸ばした。成瀬の目尻に、そっと指先を滑らせる。温かな感触に安堵した。
 ソファから立ち上がると、成瀬の前に立つ。無防備に見上げる瞳は、悲しみで彩られていた。幸せになれない事は分かっている。自分達が幸せになってはいけない事も。
 けれど、抑え切れない衝動が胸の内にある。幸せなんていらないと思いながら、ゆっくりと顔を近付けた。
「……っ」
「怖がらないで。逃げないで」
 最初は、額へ。それから鼻、頬、顎と下り耳朶へと移動する。一つ一つに口付けを施しながら、どうしたら分かってもらえるのかと模索した。
「……僕に、愛される資格なんかない」
「そう言うと、思ってました」
 僅かに震える指先を取って、中指の爪にも口付ける。愛しかった。どんな理由も言い訳もなく、唯欲しいと思う。
 順番に口付けながら、彼への感情を確認した。こうして触れれば、愛しさは増幅する。
「どうしたら、分かってもらえるのかな」
「……分かりません」
「この身体が、この存在が、俺にとってどれだけ大切か、どうしたら貴方は分かってくれるんだろう」
「……大切なんかじゃ、ありません」
「大切だよ。もう、俺には何もないけど、成瀬さんだけは大切にしたいと思う。俺は、貴方を自分の半身とすら思ってる」
「そんな事、考えないで下さい。僕が貴方の為に生きます。だから、貴方は僕の事なんか考えなくて良い」
「成瀬さん」
 この人は、何も分かっていない。憎しみだけで生きて来た十一年と、彼が本来持つ優しさのせいだろう。愛を受け入れないのは、弱さではなく捩じれてしまった自分との関係故なのかも知れなかった。
 何度も何度も口付けを繰り返す。この身体が愛しいものなのだと理解して欲しかった。世界中で一番、大切にしたいものなのだと。
「好きです。貴方がどう思おうと、俺は貴方を愛したい」
「憎んで、下さい……」
「言ってるでしょう。俺はもう、貴方を許してるんだ。今更憎む事なんか出来ません」
「僕の事なんか、どうして……」
「どうしてでしょうね。それが分かれば、俺も好きになる前にやめたかも知れません」
「今からだって、やめれば良い」
「やめません。やめたくありません。貴方が好きなんです」
「芹沢……」
「幸せになれるとも、幸せになりたいとも思っていない。でも、貴方を愛したいんだ」
 もう我慢出来ずに、赤い唇へ口付けた。重ね合わせた体温が心地良い。成瀬は拒絶しなかった。出来なかったのかも知れない。
 分からないけれど、口付けの合間に呟いた言葉は「ごめんなさい」だった。彼は多分、今も自分を許せないでいる。



 あの夜から、一年が経った。何ヶ月か前の告白は受け止める事も拒絶される事もない代わりに、二人の距離をぎこちないものにしている。大体は、成瀬が逃げていた。
 この部屋から出て行こうとしたらさすがに対策を考えるけれど、顧問弁護士として今も同じ部屋で過ごしている。最近は、前と同じように弱者に手を差し伸べるような弁護活動も行っていた。
 何も自分の傍で自分の為だけに生きていて欲しい訳ではないから、芹沢は精力的に活動する成瀬を止める事はしない。彼なりの償いなのだろうと思った。世界中全てに、今も自分が生きている事に対しての。
 芹沢は芹沢で、海外への進出が決まって大忙しだった。息つく暇もない程に会議やら出張やらを繰り返している。まさかこんなに忙しいとは思わなかった。
 体力には自信があるけれど、さすがに辛いと思う。ある程度の見通しが立った頃、芹沢は体調を崩した。
 部屋に呼んだ医師によれば、診断は単純な過労だ。少しは休んだ方が良いと言われ、部下もスケジュールを調整してくれた。二日間の休息。それが長いのか短いのかは分からないけれど、走り続けた身体はベッドに横たわっただけで大分楽に感じられる。
 久しぶりのゆったりとした睡眠だった。父や兄は、こんなスケジュールを平気な顔で乗り切っていたのだ。今更ながら、凄いなと思った。体力では絶対に負けないと思っていたのに、世の中のビジネスマンは頭も使う上に体力も相当備えていなければならないらしい。
 深い眠りだった。夢も何も見ず、眠る為に眠る。途中、意識がふっと楽になった。暗闇の中で眠っていたのに、まるで白い闇の中に漂っているかのような。
 随分と楽になった。白い闇の心地良さにも満足して、ゆっくりと瞼を持ち上げる。目の前には木目調の天井、そして。
「……成瀬さん」
「ああ、起きましたか? 大丈夫ですか?」
 ベッドサイドには成瀬が座って本を読んでいた。
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