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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 そっと目を閉じて、世界を見詰めてご覧。
 きらきらと光るあたたかいものが見えるでしょう?
 この世界は君が恐れている程怖いものではないんだよ。
 泣かないで。唯、僕の隣にいて。
 海の底に沈んだ自分を救い上げた言葉。優しい人。
 傍にいる温もりをいつでも変わらずに大切にしたい。





「きらきら」





レギュラー番組の収録の為にスタジオ入りすると、廊下で剛のマネージャーに呼び止められた。
「おはようございます」
「はよーです」
「光一君ごめんね。悪いんだけど、剛寝てるから静かに入ってもらえるかな」
「了解です。具合、悪かったりします?」
「ううん。唯の二日酔い。昨日飲みに行っちゃってね」
「はは。そぉなんや。あいつ弱いからなあ」
「僕が止めた頃には、時既に遅しって感じで……。朝迎え行った時から頭痛いって言うもんだから、薬飲ましてとりあえず寝てもらってるんだ」
「大人しくしときます」
「申し訳ないね」
「いえいえー」
 携帯を片手に持ったマネージャーは、会釈をするとそのまま急ぎ足で去って行った。ぼんやりと見送って、自分のマネージャーを探す。
 あれ。一緒に入って来なかったっけ?
 振り返っても姿が見えなくて、光一は首を傾げる。本当は車を降りた時にスタッフと打ち合わせがあると言って別れたのだが、その経緯を聞いていなかった。
 立ち止まって考えても答えは見つからない。溜息を一つ零して、まあ良いやと楽屋へ向かった。
 マネージャーがいれば、楽屋に行かず喫煙室か喫茶店にでも連れて行ってもらおうと思ったのだ。一人で動くと言う発想は光一になかった。諦めて剛と同じ部屋の扉を開く。
 二部屋分の広さがある楽屋だから、離れていればそんなに気にならない筈だった。手前にある剛の名前が書いてあるドアではなく、奥の自分用のそれから入る。
 いつもは面倒臭がって剛の方から入るのだが、一応気を遣ってみた。そっと扉を開く。
「……わ」
 小さく声を上げてしまった。てっきり自分のスペースで寝ているだろうと思ったのに、扉を開けてすぐの所に相方が眠っていたのだ。声を上げたのは、不可抗力だった。
 畳の上に身体の左側を下にして横たわっている。光一のスペースである鏡台前に、何故か光一専用のブランケットを被って剛は寝息を立てていた。
 呼吸が苦しそうではないから、少し安心する。三本撮りのこの収録は、はっきり言って体力勝負だった。二日酔いが自業自得と言えばそれまでだけど、なるべく相方には元気であって欲しい。
 この気持ちは多分、十代の辛い時期を一緒に過ごしているせいだった。剛が元気だと無条件で嬉しくなる。怖くなかった。
 アルコールが残っていたのだろうか。ぼーっとした頭で、何も考えず落ち着く奥まで来てしまったのかも知れない。剛側の鏡台には、ちゃんと彼の鞄とギターが置いてあった。覚束無い足取りで此処に来てしまったのだと結論付ける。
 しょうがないなあ。眠る剛が可愛いような愛しいような気持ちになって、光一はそっと笑った。
 扉を静かに閉めて、彼の頭の所にしゃがみ込む。奥を向いているせいでその表情は見えない。肩が規則正しく上下していた。小さく丸まって眠る姿は、幼い記憶を呼び起こす。
 こんな風に、眠れない夜は剛を眺めていた。緊張と恐怖と、張り詰めた神経が眠気を押し退けていた子供の頃。隣のベッドに歩いて行っては、剛のいるこの空間だけは怖くないのだと言い聞かせていた。
 眠れない自分に気付いて、一緒にベッドに入れてくれた事もある。大丈夫やよ、と繋いでくれた温かい手。あの頃、剛は自分にとってヒーローだった。必ず俺を救ってくれる存在。
 幼い記憶を呼び起こして、光一は指先を伸ばした。彼を起こさないように、黒い髪に触れる。不思議な髪型ばかりする人だった。不規則に揃えられた毛先を梳く。
 あの世界からは遠く、二人きりの場所は崩壊してしまった。もう二度と戻らない場所。あんなに苦しい思いをするのなら、戻れなくて良いとお互いが思っていた。
 二人で生きて行くのは悲しい。
 少しずつ信頼出来る人を作って行った。繋いでいた手を離しても怖くないように。恐怖の支配する心を解き放つ為に。
 今はちゃんと大切な人が沢山存在する。二人きりの寂しい世界は終わった。お互いを別の存在と認識して、良い距離を保っていると思う。切迫した感情で相方を求める事はなかった。
 二人で未来を見て、必要な時は手を伸ばす。伸ばされた手を必ず繋ぎ止める。長過ぎる時間を掛けて辿り着いた距離は、こんなにも心地良いものだった。
 外から見れば、遠く離れてしまったように感じるのかも知れない。でも、違うのだ。この場所で立つ事に意味があった。それぞれがきちんと一人で立つから、お互いを支えられる。
 剛は、今も昔も変わらず大切なパートナーだった。他人には理解されにくい関係なのだと思う。けれど、此処が幸福なのだと、二人とも痛い程知っていた。
「……よぉ寝てんなあ」
 ほとんど音にならない声で呟く。ゆっくりと髪を梳いて、眠る相方を飽きずに眺めた。メイクをしたり衣裳に着替えたりとやらなければならない事はあるけれど、誰かが起こしに来るまでは自分もこのままでいようと思う。どうせ一人だけ準備が出来ていたって仕方ないのだ。
 癖のある黒い髪は、ふわふわと跳ねていて可愛い。長い時間見続けて、見飽きてもおかしくない位の人。
 自分のものだとお互いに錯覚して、けれどそれが不幸なのだと気付く事が出来た。全く別の存在だからこそ大切にする。愛しく思う。
「つよし」
 呼び掛けても起きる気配はなかった。勿論起こす気も光一にはない。傍にいるのに、違う世界にいるような気がした。
 届かないのではない。この場所で生きて行こうと二人で選んだ。光一は静かに笑う。二日酔いの相方は、きっとマネージャーが起こしに来るまで目覚めないだろう。
「ずっと、一緒にいような」
 好き。愛してる。囁きに愛を込めた。指先を頬に滑らせる。温かい感触があった。
 剛は生きている。そう実感する度に、幸福な気持ちが込み上げた。同じ世界で、今も彼は此処にいるのだ。
 それだけで良い。他には何も必要ないとすら思えた。
「……ん」
「あ」
 僅かに身じろいだかと思うと、剛がゆっくりと仰向けになる。濃い睫毛に縁取られた瞳がぼんやりと開かれた。起こしてしまったか、と反射的に引いた腕を寝起きの熱い手が掴む。
「良い夢、見てた。これのおかげやな」
 ゆったりと笑んで、掌に口付けられた。気取った仕草を恥ずかしげもなく出来る人だ。
「おはよう」
「……おはよ。二日酔い、平気か?」
「うん。目ぇ覚めて光一の顔見れたからな」
「そ、か」
「なぁに。照れてんの?」
「違う」
 全てを見透かすように笑われて、瞳を逸らした。剛は嬉しい事ばかり言う。自分の欲しい言葉をちゃんと知っていた。把握されているのは、安心感と羞恥心が紙一重だ。嬉しくて恥ずかしい。
「さ、支度しよか」
「うん」
 寝起きの良い剛に促されて、一緒に衣裳に着替え始めた。もう子供じゃないのに、自分の衣裳を取られてわざわざ着替えさせられる。文句を言っても聞き入れられなくて、為すがままになった。剛は楽しそうに笑う。
 良い夢見せてもらったお礼、と言われてもうどうにもならないから一緒に笑ってみた。

 一つの世界が崩壊して、新しい世界が始まる。二人で生きる事は出来ないけれど、お互いを幸福にする方法を知った。
 きらきらと光る世界を、ずっと生きて行く。


【了】
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