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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 結婚したいと最初にマネージャーに持ち掛けた時、彼は泣いて喜んだ。別に、俺の結婚を祝福しての事じゃない。今まで散々スキャンダルの揉み消しに奔走させられていたから、それがなくなると思って嬉しくなったのだろう。
 相手は二歳年下の売れない女優だ。ドラマの打ち上げで知り合ったのがきっかけで、明らかにファンだと言うのは分かっていたけれど、付き合い始めるのに時間は掛からなかった。
 本気で女優になりたかった訳でもなく、結婚が決まると俺の希望通り専業主婦になってくれて。今は郊外の小さなマンションを購入して暮している。
 理想通りの幸せな生活だった。彼女だったから結婚を決めた訳じゃない。結婚したいと思った時に一番深く付き合っていた女、それだけだった。
 もうすぐ二年、子供も一歳になった。光一は今も俺の隣で仕事をしている。

+++++

 子供が出来てからはなるべく一緒に過ごしたくて、滅茶苦茶なスケジュールの組み方はしないようにしていた。仕事よりも家庭を優先したスケジュールだと体調も良い。元々、俺の病気は精神的な部分が多かったのだから当たり前だ。
 俺の心を蝕んでいたのは、恋だった。
 自分の仕事の穴を埋めるように、この二年光一は無茶な仕事の仕方をしている。結婚後、彼がきちんと休んでいるのを見た事がない。理由は明白で、迂闊に優しい言葉は掛けられなかった。
 けれど、彼の強がりな性格故か相方のポジションは崩さず、妻や子供とも仲良くしている。特に子供は良く懐いていて、なかなか離れなかった。実の親より甘えられては立場もないのだが、俺の子供だと言う事を考えれば当然かも知れない。
 今日は仕事場に連れて来た子供に案の定泣かれて、たまたまその後仕事がなかった光一を一緒に俺の家に帰った。子供を抱いて入って来た相方を見た途端、妻は張り切って夕飯の仕度を始めてしまい、俺達は子供部屋へと追いやられる。
 絨毯の上に子供を降ろせば、光一は視線を合わせる為俯せに寝転がった。手近にある玩具を手に取って動かしながら子供に話し掛けている。俺は少し離れた所に座って、光一だけを見詰めていた。
 昔、俺の部屋で見せていたのと変わらない笑顔に胸が痛む。光一は、あの日から何も言わない。

 いつものように俺の部屋で、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。TVゲームに夢中になっていた彼の背中へ静かに切り出したのだ。
 「別れよう」の一言もなく、唯「結婚する」とだけ告げた俺を光一は黙って見ていただけだった。その瞳は硝子色に変質して、感情の全てを閉じ込めてしまった事が分かったけれど。
 光一は何も言わなかった。
 非難や侮蔑の言葉もなく。強がる為だけの祝福の言葉すら。多分それが、彼の答えなのだと思う。
 断罪されるのは俺だ。この世で最も愛する人を捨てた。
 けれど他に方法は思いつかない。彼を救う為には離れるしかなかった。
 光一はニ度と本当の事を言わないだろう。硝子色は拒絶の意志だ。
 目の前で無邪気な笑顔を晒している光一は何一つ変わらないように見えて、錯覚しそうになる。
 まだ、恋人のような気がして。愛しているのだと自覚した。
 けれど、必死に光一に伸ばされる小さな手が現実を思い出させる。もう二度と、あの日々は還らないのだ。
 キッチンからは妻の作る料理の匂いが漂って来る。自分の家庭を持つ事が夢だった。綺麗な奥さんと元気な子供、両親の喜ぶ顔。
 ――その夢が叶わなくても良いと思っていたのに。
 伸ばされた手が光一の髪を捕まえて、嬉しそうな声を上げる。彼の子供ならどれだけ綺麗な子が生まれるのかと、真剣に考えた事もあった。今でも彼の子供は見たいと思う。けれど、男でも女でも彼を他の人間に渡したくなかった。
 離れても尚、こんなに欲深い自分がいる。もっと穏やかに、光一の愛情のように愛せたら良かった。彼の眼差しは優しく子供に向けられている。
 ずっと憧れ続けた瞳はまだ此処にあった。慈愛を深く成した色は、今も俺を強欲にする。
 その視線が欲しくて、声を発した。
「お前も結婚したらええのに」
 言葉はいつも空虚で意味がない。本当に伝えたい事なんて、言葉に出来る筈がなかった。
 子供の指先に明るい色の髪が絡む。そんな事にすら未だに嫉妬する自分が可笑しかった。
「せえへんよ」
 子供を見詰めたまま、光一が無感動に言い放つ。優しい視線が向けられる事はなかった。
 言ってからはっと気付いたように剛を振り返る。硝子の瞳はそのまま、けれどしっかりとした笑顔で。それがテレビ用に作られた偽物の事位、充分知っていた。
 俺の罪は重い。
「彼女おらへんしな」
 取り繕うような言葉に、胸の痛みを思い出す。光一との恋から逃げていたのは、間違いなく自分だ。
 好きで好きで、それだけで狂える程愛していたから。俺の愛で殺してしまう前に、手を離した。
 それなのに。光一は変わらない瞳で見詰めて来る。意識せずに向けられる視線は、今も変わらなかった。慈愛と優しさと、少しの寂しさを含んだ色で。
 硝子の瞳が感情の全てを隠す事はなかった。剛に捕われたまま、光一は此処にいるのだ。
 十二の、初めて会ったあの日から。
「ご飯出来たわよー」
 リビングから明るい声が聞こえて、後戻り出来ない現実に引き戻される。光一は不自然に視線を外すと、子供を抱えて部屋を出て行った。
 あの日閉じ込められた恋情は、もう二度と光一の瞳を染める事がない。
 何も言えないまま、俺達は今も恋を持て余していた。
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