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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 今でも、剛の温度を覚えている。
 心細くて仕方なかった新幹線の中で繋いだ手、二人だけと言う恐怖に耐えかねて重ねた身体、優しく触れる唇。
 どれもが鮮明に思い出された。その感触を痛みではなく、懐かしさとして認識出来るようになるまで、後どれ位掛かるのだろう。

+++++

「堂本さん、稽古再開しまーす」
「……っはい」
 ノックの音と共に掛けられた言葉に反射的に返事をして、自分が思考に沈んでいた事を知る。こう言うのは剛の専売特許やったのに。口許に笑みを刻もうとして、出来ずに動きを止めた。
 頬が濡れている。
 楽屋を見回して誰もいない事を確認すると、ジャージの袖口で涙を拭った。あの日からずっと涙腺は緩みっぱなしだ。鏡に視線を移して、自分の目が赤くなっている事を認識する。人に悟られないように目薬を差してから楽屋を後にした。
 もうすぐ舞台の幕が上がる。
 毎年繰り返されたこの公演は、共演者もスタッフも気心の知れた人達ばかりでやりやすかった。舞台の上を自分の生きる場所と決めたのだ。一切の妥協や諦めはしたくなかった。
 だから今は余計な事を考えてはならない。
 目尻を染めた朱が共演者を心配させる事には気付けず、稽古へと入って行った。

+++++

 剛は自分の仕事に余裕があれば、必ず楽屋まで迎えに来る。「お帰り」なんて言いながら抱き締めてくれた。それに安心して、舞台の上から引き摺って来た緊張をやっと解く事が出来る。
 剛は良く「光一が隣にいるとほっとする」なんて言っていたけれど、俺にとっても同じ事だった。彼は俺にとっての「精神安定剤」だ。
 本当に安らげるのは、剛の傍だけだった。それはきっと、小さな頃に刷り込まれたものだ。
 俺達は世界で二人きりだったから。剛しか見てはいけないと思って来た。
 この関係の異常さに気付いていない訳じゃなかったけれど。
 稽古が終わり、いつものようにマネージャーが運転するバンに乗り込もうとする。星のない夜だった。扉を開けた瞬間、後ろから大きな声で呼び止められる。
「光一君っ!」
 余りにも耳慣れた声に、苦笑と共に振り返った。心配性の共演者は大きな身体を縮めて光一の目線に合わせると、本当に心配している声で問う。
「光一君、大丈夫ですか?」
「何が」
 事務所の中で誰よりも近しい人間だと思っているのに、未だに秋山は敬語を崩さない。濃い眉を顰めて、悲しそうに呟いた。
「だって、泣いたでしょう?」
 優しい仕草で目尻に触れられる。洞察力の鋭さは、親愛の情故だろう。
 秋山は光一の事を良く見ている。
「今でも光一君は……」
「言わんでええよ」
 言いたい事はお互い分かり過ぎていた。彼はもう過去の事だ。
「駄目です、言わせて下さい。俺は今でも、剛君の事許せません」
「秋山……」
 指先が冷たい。体温はどこかに置いて来てしまった。否、ずっと昔に彼に渡してしまったのだ。
「光一君にこんな顔させてるのに、傍にいなくちゃいけない人なのに……」
 「剛」と言う名前だけで、こんなにも心拍数は正直に反応する。いつでも手を伸ばせば届く所にいたのに。
 俺達の人生は、きっと二度と重ならない。
「秋山、解散はあいつが一人で決めた事やない。二人で決めた事や。やから、お前がそんな顔しなくてもええよ」
 剛は今どこにいるんだろう。
 この世界に留まった俺は剛から見えているのだろうけど、こちらから剛は見えない。見ないようにしたのは自分だから仕方なかった。もう会わないと二人で決めたのだ。
 けれど、指先が剛を焦がれていた。

+++++

 解散して剛と離れてから、一番最後にしたのは携帯を捨てる事だった。誰からも剛の話を聞かないように、自分から連絡が取れないように。
 最後に会った時これからの事を尋ねたら、「美大受験するとか留学するとかしたいなあ」と呑気に笑っていた。引退を真っ先に決めた彼だから、それなりの展望はあるのだろう。
 今頃絵の勉強か異国の空の下にいる剛は、もう知らない人だ。幸せに生きて欲しいとだけ願う人。
 もう一つ、解散してからバラエティーや音楽番組には出演しなくなった。いつ自分が彼の事を口にするか分からなくて、怖かったから。
 思いをそのまま口にする事がないように、ずっと舞台に専念している。舞台は「演じて」いる事が出来るから楽だった。堂本光一はどこにもいない。
 ここが自分の生きる場所だった。俺は剛と違って、他に生き甲斐を見つける事は出来ない。彼のようにはなれなかった。
 解散したいと言った時、 反対せずに話を聞いてくれたのは社長だけだ。俺達の話を最後まで聞くと長い沈黙の後、「しょうがないね」と笑った。それだけ。
 何もかも限界だった事を社長も気付いていたのだろう。今まで散々理不尽なまでに留めさせられていたのに、呆気無い程簡単に解放された。
 お互い深く話し合って決めた事じゃない。唯、時期が来た事に気付いただけだ。ずっと恐れていた「いつか」に。
 周りの人間に勝手に決められた相方と言う存在を、自分の物だと告げる為に。解散する事を、手を離す事を自分達で決めた。
 今なら、剛は確かに自分の物だったのだと確信出来る。小さな頃大人達に繋がされた指先を離す事だけは、二人で選んだ。淋しさを覚えてはならない。
 歪んだ関係は、正常に戻される必要があった。離れる事は必然でしかなかったのだ。

+++++

 舞台が始まると、日々の流れがまた一段と早くなる。流されて生きる事に慣れてしまった身体は、疲れを訴える事もない。それに少し恐怖を感じて、畳の上に身体を投げ出していた。
 幕が上がるまで、まだ時間はある。仰向けになって台詞を呟いた。何度も何度も繰り返された言葉は、無意味な響きとなって消えて行く。
 思い出したら辛くなるのは自分なのに、一人の空間では彼の事しか思い出せなかった。寄り添って眠る体温、耳を掠める熱い吐息、髪を梳く指先の心地良い温度。今でも自分の心を揺らすのは剛だった。
 別れたかった訳じゃない。今この瞬間でさえ変わらず愛していた。
 視界が曇って行く。彼と離れてからずっと、世界はモノクロだった。秋山にまた心配されるとは分かっていても、堪え切れず涙が溢れる。
 剛の傍にいたかった。二人でいる意味も周りの人間の考えもこの世界にいる自分もどうでも良くて。

 会いたい。

 繋いだ手は離さなければならなかった。そんな事も全部分かって一緒にいたのに。
 俺達は離れる事が自然で、一緒にいる事が不自然だった。真っ直ぐ横に伸ばした腕を目で辿って、曖昧に開かれた指先を見詰める。
「……剛……」
 指の向こうに相方の姿が見える気がしたのに。
 冷えた指先を温めてくれる人は、もういない。
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