小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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ずっと、好きだった。
何度季節が巡っても、この恋が消えた事はない。大切に育んで来た思いだった。
同姓である事、仕事仲間である事、運命を共有してしまった人だからこその戸惑いも多い。この恋を終わらせるべきだと考えた事も何度かあった。
それでも。
長くこの世界で生きて来て汚れてしまった自分の中で、唯一残った綺麗な感情だったから。彼への思い以外に綺麗なものを体内で幾ら探しても見つからない。
彼を幸せにしたいとか、そう言う優しい感情ではなかった。自分もまだ綺麗なのだと思っていたい。
彼を愛しく思う透明な感情が、濁った身体に今も存在していた。
光一を自分のものにしたいと言う、甘やかな恋心。
+++++
慣れたメンバーにスタッフ、いつも通りのスタジオ。この場所で緊張した自分はもういない。安心してギターを弾いて、相方に進行を任せて必要な時だけ言葉を発せば良かった。
二人一緒の番組は、これ一つになってしまったけれど。一人の時間を増やしたがったのは自分だから仕方ない。好きな事をやれる時間が欲しかった。彼に迷惑を掛けずに生きられる瞬間が欲しかった。
そんな思いがいつしか二人を離してしまうとは気付かずに。手遅れとは言わないけれど、光一が自分を見ない瞬間は増えた。人見知りで愛想のない人だから、意識を外に向けるのは良い事だと思う。
最近は先輩後輩問わずに誘われるようになったみたいだし、素直に甘える術も覚えて来た。彼にとっては、成長なのだろう。
けれど、二人きりの世界を知っている自分には苦しい事だった。光一が自分だけを見て自分だけを信頼して生きていた時間を知っているから。あの小動物みたいな瞳が自分を探して揺れているのが嬉しかった。
もう、過去の話だ。光一は外を向く。自分は一人の世界に没頭する。
幼い頃の異常なまでの至近距離から、健全な場所まで来た。今でも光一は綺麗に笑ってくれるし、自分を見つけると嬉しそうに駆け寄って来る。何の不満もない筈だった。
いつか、可愛い女の子と結婚して子供が生まれて、家族ぐるみの付き合いをする。そうすればきっと、年を取っても一緒にいられるだろう。近過ぎる距離に崩壊を恐れる事はない。
けれど、自分の心が悲鳴を上げた。辛い、苦しいと啼く汚れた心臓。そんな距離は望んでいない。俺は、光一を手の中に納めたい。
大人になりきれない自分が抱える、子供の我儘だった。でも、ずっと自分のものだったのだ。出会った瞬間からずっと、手の届く場所にいたのに。
独占欲は膨らむばかりで、どうしようもなかった。俺だけに笑って欲しい。俺だけに触れて欲しい。俺だけを見て欲しい。
このままでは、狂ってしまいそうだった。曖昧な、相方と言う距離に甘んじているのは限界で。はっきりと自分のものにしてしまいたい。恋でも愛でも構わないから。
スタッフと打ち合わせをしている光一を見詰めた。進行役は完璧に任せてしまったから、自分はステージの上でメンバーとギターを弾いている。セッションをしながら、スタジオの隅に視線を遣った。
真剣な表情の合間に見える柔らかな微笑。慣れたスタッフなのだから、リラックスした表情は当たり前だ。本番前の時間位は緊張せずにいられた方が良い。
頭では分かっていても、心は別だった。嫉妬深いのか子供なのかは分からない。唯、傲慢に純粋に光一は自分のものだと思っていた。
何処にも行かず此処にいるのだと、無条件に信じているのは自分だ。仕事の距離よりも近くにいた時間が長過ぎたせいかも知れない。光一が自分以外に懐かなかったせいかも知れない。自分が彼を守るべき存在だと思い込んでしまったせいかも知れない。
色々な要因が複雑に絡まって、今自分の体内に恋があった。唯一のきらきらした感情。捨てたら死んでしまうと思える程の強い恋だった。
光一は俺を大切にしてくれているけれど、恋情を抱いている訳ではない。苦しいのは自分だけだった。彼の感情は仕事仲間と家族とのちょうど間にある柔らかな優しさだ。運命を共にする者への絶対の信頼はあるけれど、恋はその体内の何処にもなかった。
同じ感情を共有していなくても良い。けれど、自分のものにしてしまいたい。
スタッフと笑い合う光一を見詰めた。楽しそうな顔。俺を見ない瞳。同じ空間にいるのに。
お前のいる場所は其処じゃない。いつだって、俺の隣だけやろ。
セッションの音すら遠くなる。自分が今どのコードを押さえているのか分からなくなった。
光一のいる場所だけが、明るく見える。神様に愛された証。白い光が降り注ぐ場所。俺からは遠い場所。
離れたのは自分だった。欲しいものがあった。光一と二人では目指せない場所にあったから。
彼に一人の居場所を与えてしまったのは、自分だ。分かっている。欲しがってはいけなかった。一人で生きる光一を責めてはならない。
心拍が乱れて荒れ狂った。あれを掌中に出来るのは、俺だけ。世界中でたった一人。そうやろ?お前は、俺のもんちゃうの?
スタッフの手が、光一の肩に触れる。あの特別な人に触れて良いのは、自分だけだった。他人との接触にすら怯えて、俺の後ろに隠れている子供だったのに。
成長させたのは自分のエゴだった。そして、手許に置いておきたいと願うのも紛れもないエゴだ。
唇を噛んで、弦を弾いた。開放弦。左手が追い付かない。光一しか見えなかった。奏でる音色が分からない。
一緒に演奏しているメンバーが、自分の方を見た。おかしな旋律に気付かない訳がない。
光一は笑っていた。親密な素振りで、俺以外の人間に。
自分の音が追えない。どうしてお前は、そんな遠くにいるんや。お前が欲しい。
発作だ、と思った。あの呼吸が出来なくなる感じとはまた違う。不治の病。恋の発作。
あの光が欲しい。
コードをろくに押さえずに鳴らす耳障りな音に耐え切れず、コードを引き抜いた。メンバーが驚いて、動きを止める。けれど自分は光一しか見えなかった。
不自然に終わったステージの上のセッションに気付いて、打ち合わせをしていたスタッフと光一が振り返る。動きに従って揺れる髪すら、俺のものだった。
愛している。ずっと一緒にいられなくても、一人で生きる手段を見付けても。幼い時に生まれた感情は、今も心臓を占めていた。
「光一!」
手近にあったマイクを掴んで、スタジオの隅にいる人を呼ぶ。自分の不可思議な行動に慣れたスタッフすら眉を顰めていた。呼ばれた光一だけが、何の疑問もない顔で「なに?」と首を傾げる。少女めいた仕草だった。
手に負えない程綺麗になって行く彼を繋いでしまいたい。はっきりと自分のものにしたかった。抗い難い独占欲だ。光一の気持ちなんて考えていない横暴な。
けれど、止まらない。この心臓を押さえ込んだらきっと、死んでしまう。
「光一!」
「はいはい。なぁにー」
周囲の人間は身動き一つせずに二人の動向を見守った。狂気に近い場所にいる自分と、いつもと変わらない穏やかな光一。静まり返ったスタジオに、自分の声だけが響き渡った。
「光一、結婚しよう!」
自分でも何を言ったのか一瞬分からなかった。スタジオの時間が止まってしまったのかと思う程の静寂。誰も動かない。
今、俺は何て言った?光一が欲しくて、誰にも渡したくなくて。引き止めたかった。彼が誰かのものになる前に、誰かを決めてしまう前に。お前と一緒にいたのは俺だけや。今更他の人間に渡せるものは何もない。
自分の恋情と、皆に愛される光一への恐怖。焦燥感が恋に拍車を掛けた。口に出してはならない恋を、耐え切れずに零してしまったのは失態でしかない。
けれど、問題はそんな事ではなかった。好きだ、愛している、ならまだ良い。愛を告げるにはそれで充分だった。なのに。
まさか自分が「結婚」と言う言葉を出すとは思いもよらなかった。しかも、相手は光一だ。常識的に考えて、同性同士で結婚は出来ない。
同性愛を自覚しながら考えるのは今更のような気もするが、根本的には常識人なのだ。法を変えようと思ったことはないし、その為に国外逃亡を目論むつもりも今のところなかった。
二人には遠い言葉だ。例え光一が自分を受け入れてくれたとしても、その言葉を持ち出す日は来ないだろう。
衝動に任せて言ってしまったとはいえ、何と自分は馬鹿なのだろう。スタジオの温度が下がった気がして、恋に狂い掛けた心臓が冷静さを取り戻す。
スタッフもメンバーも誰も動かなかった。多分、俺の次の動きを待っている。
「ええよー」
其処に場違いな程明るい声が響いた。
何度季節が巡っても、この恋が消えた事はない。大切に育んで来た思いだった。
同姓である事、仕事仲間である事、運命を共有してしまった人だからこその戸惑いも多い。この恋を終わらせるべきだと考えた事も何度かあった。
それでも。
長くこの世界で生きて来て汚れてしまった自分の中で、唯一残った綺麗な感情だったから。彼への思い以外に綺麗なものを体内で幾ら探しても見つからない。
彼を幸せにしたいとか、そう言う優しい感情ではなかった。自分もまだ綺麗なのだと思っていたい。
彼を愛しく思う透明な感情が、濁った身体に今も存在していた。
光一を自分のものにしたいと言う、甘やかな恋心。
+++++
慣れたメンバーにスタッフ、いつも通りのスタジオ。この場所で緊張した自分はもういない。安心してギターを弾いて、相方に進行を任せて必要な時だけ言葉を発せば良かった。
二人一緒の番組は、これ一つになってしまったけれど。一人の時間を増やしたがったのは自分だから仕方ない。好きな事をやれる時間が欲しかった。彼に迷惑を掛けずに生きられる瞬間が欲しかった。
そんな思いがいつしか二人を離してしまうとは気付かずに。手遅れとは言わないけれど、光一が自分を見ない瞬間は増えた。人見知りで愛想のない人だから、意識を外に向けるのは良い事だと思う。
最近は先輩後輩問わずに誘われるようになったみたいだし、素直に甘える術も覚えて来た。彼にとっては、成長なのだろう。
けれど、二人きりの世界を知っている自分には苦しい事だった。光一が自分だけを見て自分だけを信頼して生きていた時間を知っているから。あの小動物みたいな瞳が自分を探して揺れているのが嬉しかった。
もう、過去の話だ。光一は外を向く。自分は一人の世界に没頭する。
幼い頃の異常なまでの至近距離から、健全な場所まで来た。今でも光一は綺麗に笑ってくれるし、自分を見つけると嬉しそうに駆け寄って来る。何の不満もない筈だった。
いつか、可愛い女の子と結婚して子供が生まれて、家族ぐるみの付き合いをする。そうすればきっと、年を取っても一緒にいられるだろう。近過ぎる距離に崩壊を恐れる事はない。
けれど、自分の心が悲鳴を上げた。辛い、苦しいと啼く汚れた心臓。そんな距離は望んでいない。俺は、光一を手の中に納めたい。
大人になりきれない自分が抱える、子供の我儘だった。でも、ずっと自分のものだったのだ。出会った瞬間からずっと、手の届く場所にいたのに。
独占欲は膨らむばかりで、どうしようもなかった。俺だけに笑って欲しい。俺だけに触れて欲しい。俺だけを見て欲しい。
このままでは、狂ってしまいそうだった。曖昧な、相方と言う距離に甘んじているのは限界で。はっきりと自分のものにしてしまいたい。恋でも愛でも構わないから。
スタッフと打ち合わせをしている光一を見詰めた。進行役は完璧に任せてしまったから、自分はステージの上でメンバーとギターを弾いている。セッションをしながら、スタジオの隅に視線を遣った。
真剣な表情の合間に見える柔らかな微笑。慣れたスタッフなのだから、リラックスした表情は当たり前だ。本番前の時間位は緊張せずにいられた方が良い。
頭では分かっていても、心は別だった。嫉妬深いのか子供なのかは分からない。唯、傲慢に純粋に光一は自分のものだと思っていた。
何処にも行かず此処にいるのだと、無条件に信じているのは自分だ。仕事の距離よりも近くにいた時間が長過ぎたせいかも知れない。光一が自分以外に懐かなかったせいかも知れない。自分が彼を守るべき存在だと思い込んでしまったせいかも知れない。
色々な要因が複雑に絡まって、今自分の体内に恋があった。唯一のきらきらした感情。捨てたら死んでしまうと思える程の強い恋だった。
光一は俺を大切にしてくれているけれど、恋情を抱いている訳ではない。苦しいのは自分だけだった。彼の感情は仕事仲間と家族とのちょうど間にある柔らかな優しさだ。運命を共にする者への絶対の信頼はあるけれど、恋はその体内の何処にもなかった。
同じ感情を共有していなくても良い。けれど、自分のものにしてしまいたい。
スタッフと笑い合う光一を見詰めた。楽しそうな顔。俺を見ない瞳。同じ空間にいるのに。
お前のいる場所は其処じゃない。いつだって、俺の隣だけやろ。
セッションの音すら遠くなる。自分が今どのコードを押さえているのか分からなくなった。
光一のいる場所だけが、明るく見える。神様に愛された証。白い光が降り注ぐ場所。俺からは遠い場所。
離れたのは自分だった。欲しいものがあった。光一と二人では目指せない場所にあったから。
彼に一人の居場所を与えてしまったのは、自分だ。分かっている。欲しがってはいけなかった。一人で生きる光一を責めてはならない。
心拍が乱れて荒れ狂った。あれを掌中に出来るのは、俺だけ。世界中でたった一人。そうやろ?お前は、俺のもんちゃうの?
スタッフの手が、光一の肩に触れる。あの特別な人に触れて良いのは、自分だけだった。他人との接触にすら怯えて、俺の後ろに隠れている子供だったのに。
成長させたのは自分のエゴだった。そして、手許に置いておきたいと願うのも紛れもないエゴだ。
唇を噛んで、弦を弾いた。開放弦。左手が追い付かない。光一しか見えなかった。奏でる音色が分からない。
一緒に演奏しているメンバーが、自分の方を見た。おかしな旋律に気付かない訳がない。
光一は笑っていた。親密な素振りで、俺以外の人間に。
自分の音が追えない。どうしてお前は、そんな遠くにいるんや。お前が欲しい。
発作だ、と思った。あの呼吸が出来なくなる感じとはまた違う。不治の病。恋の発作。
あの光が欲しい。
コードをろくに押さえずに鳴らす耳障りな音に耐え切れず、コードを引き抜いた。メンバーが驚いて、動きを止める。けれど自分は光一しか見えなかった。
不自然に終わったステージの上のセッションに気付いて、打ち合わせをしていたスタッフと光一が振り返る。動きに従って揺れる髪すら、俺のものだった。
愛している。ずっと一緒にいられなくても、一人で生きる手段を見付けても。幼い時に生まれた感情は、今も心臓を占めていた。
「光一!」
手近にあったマイクを掴んで、スタジオの隅にいる人を呼ぶ。自分の不可思議な行動に慣れたスタッフすら眉を顰めていた。呼ばれた光一だけが、何の疑問もない顔で「なに?」と首を傾げる。少女めいた仕草だった。
手に負えない程綺麗になって行く彼を繋いでしまいたい。はっきりと自分のものにしたかった。抗い難い独占欲だ。光一の気持ちなんて考えていない横暴な。
けれど、止まらない。この心臓を押さえ込んだらきっと、死んでしまう。
「光一!」
「はいはい。なぁにー」
周囲の人間は身動き一つせずに二人の動向を見守った。狂気に近い場所にいる自分と、いつもと変わらない穏やかな光一。静まり返ったスタジオに、自分の声だけが響き渡った。
「光一、結婚しよう!」
自分でも何を言ったのか一瞬分からなかった。スタジオの時間が止まってしまったのかと思う程の静寂。誰も動かない。
今、俺は何て言った?光一が欲しくて、誰にも渡したくなくて。引き止めたかった。彼が誰かのものになる前に、誰かを決めてしまう前に。お前と一緒にいたのは俺だけや。今更他の人間に渡せるものは何もない。
自分の恋情と、皆に愛される光一への恐怖。焦燥感が恋に拍車を掛けた。口に出してはならない恋を、耐え切れずに零してしまったのは失態でしかない。
けれど、問題はそんな事ではなかった。好きだ、愛している、ならまだ良い。愛を告げるにはそれで充分だった。なのに。
まさか自分が「結婚」と言う言葉を出すとは思いもよらなかった。しかも、相手は光一だ。常識的に考えて、同性同士で結婚は出来ない。
同性愛を自覚しながら考えるのは今更のような気もするが、根本的には常識人なのだ。法を変えようと思ったことはないし、その為に国外逃亡を目論むつもりも今のところなかった。
二人には遠い言葉だ。例え光一が自分を受け入れてくれたとしても、その言葉を持ち出す日は来ないだろう。
衝動に任せて言ってしまったとはいえ、何と自分は馬鹿なのだろう。スタジオの温度が下がった気がして、恋に狂い掛けた心臓が冷静さを取り戻す。
スタッフもメンバーも誰も動かなかった。多分、俺の次の動きを待っている。
「ええよー」
其処に場違いな程明るい声が響いた。
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