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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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 季節が巡るのが余りにも早過ぎて、その早さにいつも飲み込まれそうな気がしていた。隣に立つ彼は時の巡りになど惑わされない強さで、真っ直ぐ前を向いていたから敵わないと思う。
 彼の強さは、強い事ではなく強く在ろうとする事だった。

+++++

 今年こそもしかしたら二人だけで過ごせるかも知れないと思っていた年越しは、結局例年通りドームで迎えてしまった。彼と二人でいたいだなんて、今更無理な願いなのかもしれない。
 コンサートが終わると恒例の初詣にも行って、解放されたのは明け方になってからだった。皆と別れてホテルの部屋へと向かう。
 隣同士の俺達の部屋。マネージャーとはエレベーターで別れ二人きりだった。
 まだ明け切っていない早朝のホテルの廊下で、やっと二人になれた。ちらりと見た腕時計の針は五時三分を示している。微かに指先を触れ合わせたまま、人気のない廊下でお互い何も言えずにいた。

 光一はもしかしたら忘れているのかも知れない。
 時間が、彼の周りだけせわしなく動き回っているような、見慣れたと言うには余りにも痛い日々を過ごしているから。
 その中で約束を置いて来てしまったとしても、責められなかった。
 しかし、剛の思考とは裏腹に光一は黙ったまま剛の部屋に真直ぐ進んで行く。
 眠たそうな瞬きを繰り返しながら、それでもしっかりとした足取りで。
 剛の約束を果たそうとしてくれているのだ、この人は。

 「…覚えてたんや」

 剛の呟きに光一は不服そうな顔をする。
 さらりとした髪が頬に掛かった。

 「何や、忘れてた方が良かったんか」

 少しだけ唇を突き出してむくれた表情を作るのは、照れているからかもしれない。
 光一は剛の願いをそのまま受け入れ叶えようとする時、いつも決まり悪そうな後悔に満たない小さな痛みを抱えたような、そんな顔をした。
 その表情は、光一の脆さに起因するのだろう。

 「ううん。嬉しいんや」

 カードキーを通しながら滑らかな頬に唇を触れさせた。
 軽い感触に光一の瞳が揺れる。

 「お前はホンマ場所をわきまえん奴っちゃなあ」

 てっきり怒られると思ったのに(本心はどうであれ、口先だけは)、呆れたように笑うだけだった。
 崩れそうな柔らかな笑みを口許に刻む。
 疲れているのだろうか。
 先刻から彼は無防備とも言える程に素直だった。
 触れた跡を辿るように頬に指先を滑らせる。

 「ほら、入り」
 「ん」

 促されるまま部屋に入った光一は、剛の一歩先を歩く形で進んでいった。
 窓際に置かれた椅子の上にある荷物へ視線が滑る。
 いつでも焦点が曖昧な光一の瞳は、真直ぐに見据え過ぎるから居たたまれなくなる事があった。
 思わず言わなくても良い事まで口にしてしまう。

 「もうプレゼントはないから安心し」
 「…そんなん何も言うてへん」

 声に強い反発を込めて光一が振り返った。
 明りのついていない室内で、それでもこの人は綺麗だ。
 見上げて来る瞳が妙に潤んでいたからどきりとした。
 自分より背が高い癖に、こうして上目遣いをするのは卑怯だと思う。

 「何も贈らんし、何も言わんから」

 物よりも言葉よりも、彼が望むのはもっと別の事だった。
 もっと、容易くて呆気無いものを愛していた。
 振り返ったまま動かない光一を残して、剛はベッドに腰を降ろす。
 その動きを瞳だけで追っていた光一が、ゆっくりと口を開いた。

 「お前に言われるのは嬉しいわ、阿呆」

 はっきりと拗ねた口調で言い放たれた言葉に吃驚する。
 只それを顔には出さず、手招きをして彼を呼んだ。
 目の前に立って見下ろして来る光一の丸い指に手を絡める。

 「そっか。じゃあ、お誕生日おめでとう」
 「ありがと」

 照れたように瞳を細めて、あどけなく笑った。
 剛だけに向けられる、光一の本質に近い笑い方だ。

 「二十五歳やなあ」
 「うん」
 「早いな」
 「うん」
 「おめでと」
 「…言い過ぎや、お前」

 苦笑と共に零された言葉は柔らかだった。

 「嬉しいねん、お前の誕生日」
 「俺も」

 指先をもう少し引いて、そのまま細い腰を抱き締める。
 光一の腹部に額を当てると、小さな呟きを落とした。

 「一時間だけな。一時間だけ独り占めさせて」
 「ん」

 クリスマスの時に交わした約束を光一が覚えていてくれただけで、こんなにも嬉しい。
 一月一日、彼の誕生日の一時間だけを剛に渡す。
 祝われるべき光一から与えられるのは良く考えれば可笑しな事だったが、二人の間に違和感はないから間違っていないのだと思った。
 それにしても、と剛は光一に分からないように苦く笑う。
 明け方のこんな時間に約束を果たさせるなんて、我儘以外の何者でもなかった。

 抱き寄せた腕を緩めて促すと、簡単に光一は剛の上に跨がる。
 いつもは何だかんだと理由を付けて嫌がるのに。
 その上、何気ない仕草で剛の首に腕を回してくるからさすがに驚いた。

 「光ちゃん、今日はえらい素直やなあ」
 「誕生日やからやろ」

 いつにない積極性を自覚しているらしい光一は、照れた表情を隠し切れずにいる。
 そんな顔を愛しく眺めながら、きちんと目を合わせた。

 「せやな。たまにはこんな光ちゃんもええな」
 「いつもは無理やで」
 「知ってる。それでええよ」

 光一の好きな顔で笑って、怯えさせないようにする。
 どんな光一でも、彼が彼であるなら全て愛しいのだ。
 天の邪鬼なところも強がりなところも、本当は寂しがり屋なところも、全て。

 薄い身体を引き寄せて、心音を聞く。
 少しだけ早い鼓動は戸惑っているのだろうか。
 ふと、光一に渡したい言葉を見つけた。

 「…俺、あの日お前に会えてホンマ良かった」

 響いているのは彼の命が刻まれている音。
 優しさより愛しさより、懐かしさが胸を占める。

 あの時この人に会えていなかったら、自分は今頃。
 何処で何をしているのか、生きていられるのかさえ分からなかった。
 あの日出会えたのはどんな奇跡によるものだろう。
 光一がいたから、今自分は此処で生きていられる。
 この世界で彼と二人きりで生きて来たから。
 
 「…そんなことないよ」

 剛の声とは全く違う優しさを含ませた光一が、剛の髪を梳きながら囁く。
 何を否定されているのか分からず、抱き締めた腕を解いて彼を見上げた。
 声と同じ優しく甘い表情は、何処まで甘くなっても不安定で。
 光一の優しさは、いつでも崩れてしまいそうな危うさを持つ。

 「もし、…もし今、此処にいなくても」

 大切な事を渡す時の悲しい位真剣な瞳。
 幼さを残す指先の感触が皮膚の上で憧憬と交錯した。

 「あの日、会ってなくても」

 歌うように光一は続ける。
 穏やかな表情が剛を惑わせた。

 「こやって二人で仕事してなくても」

 朝の光はまだ差し込まない。
 剛の瞳の中で、光一だけが一筋の強い光だった。

 「全然違う場所で違う名前で生きてたとしても。それでも――」

 光一の瞳も剛しか見ていない。
 剛しか見えないと視線だけで語っていた。

 「俺達は一緒やった思うよ」

 渡された言葉は抽象的過ぎて意味を掴み切れない。
 現実的な言葉を好む人だから、普段ならこんな言葉は紡がなかった。
 それでも伝えようとするのは、剛の為だと分かっている。

 「いつでも、どこでも」
 「うん」
 「『お前』と『俺』やったら、必ずどこかで巡り合えるんや」

 その言葉に剛は息を飲んだ。
 余りに強い台詞は、剛を縛り付けるものではない。
 自分の言葉は彼を雁字搦めにするばかりなのに。
 光一はこうやって俺を解放し続ける。

 「…光ちゃんが誕生日やのに、俺がプレゼントもらってもうたな」
 「こんな日にしか言わんで」

 特別な日だから、剛の為だから。
 自分の生より愛しい彼の為に。
 二十四時間だけの。
 剛の為だけの魔法。
 その愛情を余すところなく受け止めて、剛が悪い男の声で囁いた。

 「なあ、セックスしよか」
 「なっ…!?」

 急に思い切り大事にしたくなった。
 優しくしたい。
 身勝手な束縛を運命として受け取る強い人が。
 この腕の中にいる幸福を噛み締めたくて。
 焦って逃れようともがいていた光一だったが、諦めたようにそっと額にキスを落とした。

 「一回だけな」

 時計をちらりと見遣る。
 約束の時間まで、まだ少しあった。
 ゆっくりと細い身体をベッドに横たえる。
 見上げる光一の瞼に軽く唇を触れさせて、緩やかにその身体を開いていった。

+++++

 一回だけの優しいセックスは、光一の身体に負担をかける事なく終わった。
 「大丈夫」と拒絶する彼の言葉は聞かない振りをして、綺麗に身体を洗ってやる。
 浴室を出て時計を見ると、約束の一時間を少し過ぎたところだった。

 もう、解放してやる時間だ。

 バスローブを纏った光一は、乱れていない方のベッドに腰掛けていた。
 情事の後特有の物憂げな表情は、純粋に綺麗だと思う。
 肩に掛けたタオルで自分の髪を拭いながら光一の傍へ歩み寄った。
 カーテンの隙間から一条の光が差し込んでいる。
 光一の前にしゃがんで、彼の膝に手を乗せた。

 「ありがとな。もう充分や。お前の誕生日やのに、俺の方が祝ってもらったみたいやね」

 約束の終わりを告げると、何故か途端に拗ねた顔をする。
 感情表現が素直な光一なんて滅多にない事で、剛は慌てた。
 唇を突き出した子供っぽい表情でじとっと剛を睨み付けてから、ぼそりと低い声で呟く。

 「こんなカッコで追い出すんか」

 『追い出す』と言う表現に益々慌てた剛は余裕をなくして口を開いた。

 「え!え!?やって、隣の部屋やし!!」

 剛の慌てっぷりになどお構いなしで、冷たく一瞥するとベッドに上半身を倒す。
 そして、剛の視線から逃れるように反対側に身体ごと向いた。

 「光ちゃんっ」
 「………ゃ」

 光一が何か小さく言ったけれど、上手く聞き取れない。

 「何?光一」

 ちゃんと聞こうと光一の身体に覆い被さるようにベッドに乗り上げた。
 覗き込むと更に顔を背けて俯せになってしまう。
 根気強く促していると、くぐもった声でやっと口を開いた。

 「…俺やって、一緒にいられるんやったらおりたいんじゃ、ボケ」

 投げ付けられた言葉に、剛は光一の隣へ倒れ込む。
 何て可愛い子だろうと涙が出る程幸せな気分に浸りながら、その強情な肩を抱き寄せる。
 後ろからでも分かる位耳を赤くして、それでも大人しく剛の腕の中に納まった。

 「迎え来るまで一緒にいよな」

 もう寝た振りを決め込んだらしい光一は、何も言わなかったけれど。
 まだ濡れた髪に鼻先を埋めた剛は、暖かい気持ちで眠りに落ちていった。

+++++

 マネージャーが迷う事なく剛の部屋に光一を迎えに来るのは、それから数時間後の事で。
 甘い気分で寝惚けていた光一は、隣に剛がいない事に気付いてまた子供のように拗ねるのだけれど。
 密かに誕生祝いを計画していた剛は、会場に着いて真っ先に文句を言いに来た可愛い恋人にも余裕の表情を見せるのだった。
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