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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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「はちみつハニー」



正月が明けてから光一の様子が可笑しい。
周囲が心配になってしまう位には、激しく不審だった。自らライフワークと言う程の舞台の稽古中は平気らしい。いつも通り、カンパニーを引っ張る座長として毅然とした態度を持っていた。
けれど、舞台を離れれば一転して駄目になる。着替えている途中でぼんやり動きを止めてしまってマネージャーの手を煩わせたし(マネージャー曰く「この年齢で着替えを手伝う事になるとは思わなかった」との事)、稽古の帰り道に車を待たずふらふら外に出てしまい町田を焦らせたし、最近では減っていたのに平らな道でこけると言う器用な癖も再発してしまった。
そんな話を聞いて、剛は一人で笑いを噛み殺す。おどおどと視線の定まらない光一なんて久しぶりだった。出会った頃の不安定な子供を思い出す。自分がいてやらなければ、笑う事も泣く事も出来なかった。
人生の半分以上を共に過ごして、今ではもう家族以上の存在になっている。魂の半分、運命の共有者、どう表現すれば自分と光一の関係を上手に示せるのかは未だに分からなかった。
大切な相方の存在を、遠くから眺める。一緒の仕事は一年を通して僅かだった。年末年始の時期を逃せば、後は新曲のプロモーション期間位のものだ。けれど、離れているから分からない訳ではなかった。
今でも多分、マネージャーやあの舞台のカンパニーの人間より彼の事を理解している。何を考え何を夢見て生きているのか。きっと、彼自身よりもはっきい見えていた。
 だから剛には簡単なのだ。元旦を越えた後の不審の理由。明白過ぎて笑いたくなるけれど、原因が自分にある以上迂闊な事は出来なかった。
まさか、こんな所まで来て光一が変わってしまうなんてさすがに予想外ではある。まあ、それも楽しいかと剛は楽観的に笑った。世の中の全てを悲哀の眼差しで見詰めてしまうのに、何故か隣にいる存在だけは優しく肯定する事が出来る。
幸福な人間ではなかった。それでも、自分の傍にいると嬉しそうに笑うから。煌めく瞳を信じてやりたかった。一緒にいる時は幸福だったら嬉しい、と。
隣の楽屋にいる光一へ思いを馳せながら、準備をする。いつもは部屋の間にある仕切りを取り払って貰うのに、何故か個室の状態になっていた。分かりやす過ぎて可哀相になるわ。全面的に避けられていると言うのに、剛に苦痛はない。避けられて嬉しいなんてMっぽいけど。
衣装に着替えて鏡の前で軽く髪も整えると、マネージャーに断りを入れてから光一の楽屋へ向かった。あっちの部屋に行くと言う断りではなく、人払いをしてくれと言う要求なのだけど。一瞬眉を顰めたものの、光一の現状を持て余しているマネージャーは素直に頷く。
いつからか自分達の関係者は、二人でいる事を嫌がるようになった。原因がどちらにあるのかは分からない。けれど、多分本人よりも周囲の方が気付いているのだろう。二人の空気の変質を恐れて離されてしまった。
 自覚のある剛はまだ良い。全く自覚せず唯真っ直ぐ相方へ愛情を傾ける光一の変化を周囲は恐れた。
いつか、気付いてしまう前に。ソロ活動がそんな事の為に始められたなんて知ったら、彼は嫌がるだろう。
勿論理由は光一の感情だけではないけれど、一緒の仕事を減らす事務所を見ているとあながち間違っていないのだと思った。
隣の楽屋の扉の前に立って、剛は自嘲気味に口角を上げる。マネージャーは、自分を止めるべきだった。光一の動揺はきっと舞台が始まれば消えてしまう。後僅かの我慢やったのにな。
自分には自覚がある。現状を把握して動く事へのリスクを彼は考えた方が良かった。今更、止まるつもりもないけれど。
自分を見詰められずに視線を彷徨わせる光一が可愛かった。口付けた柔らかな感触はもう記憶から消えていて、少し驚く。記憶力は良い方なのだけれど、さすがに感覚を鮮明に残すのは難しいらしかった。
会議の時なんかは辛辣な言葉を吐く癖に、拒絶する事も思い付かない身体。ずっと自分の物だったのではないかと勘違いしてしまいそうだった。
……否、実際自分の物なのだと思う。「相方」の定義を「唯一の存在」とするなら、ずっと昔から光一は自分の物だったし自分も光一の物だった。離れたり近付き過ぎたり、二人きりが故に苦しんだ過去もあるけれど、今は落ち着いた距離で立っている。
崩してしまっても良いのだろうか。自身に問い掛けて、けれど誰にも触れさせたくないと言う欲望が勝っていた。彼の髪の一本まで自分の物なのだと主張したい。
ふう、と息を吐くときっちり閉じられた扉をノックした。お前の心みたいやな。隙がなくて、そう簡単には開かれない。此処を躊躇なく開けられるのが自分一人であって欲しいと切に願った。抱え切れない愛情を向ける存在は、いつだってたった一人。
「光一、入るでー」
返事がないのを良い事に、躊躇わず扉を開けた。こちらが構えれば、敏感に空気を感じ取って怯えるだろうから。野生の動物に近付くのと同じ手順で、相方へ近付いて行く。
相変わらず広いスペースの隅に蹲る姿は、いたいけな何かに思えた。ふわふわした、甘い色の何か。
定番の黒いバスローブを羽織って、髪は濡れたままだった。稽古場から此処に来たと言っていたから、シャワーでも浴びたのだろう。
同じ収録への準備なのに、衣装を着た自分と未だ焦点の定まらない光一。コンタクトもせずに、唯ぼんやりと自分の手許を見詰めていた。
重症、やな。マネージャーの言葉を借りる訳ではないが、まさかこんな年齢になって相方の恋煩いを見る事になるとは思わなかった。感情的な面で幼い部分も多い人だから、分からなくもなかったけれど。
つい手を伸ばしたくなるのは。愛情以外の何者でもないだろう。彼の近くにいる人間全てが今の状態を持て余していても、自分には唯嬉しいばかりだった。
元旦の夜。どうして誰も気付かないんでしょうね。それとも気付きたくないのかな。はっきりと認識してしまえば事実になる事を、皆知っていた。十代の頃に引き離した感情。光一自身は今も気付いていない。
「光一。起きとるか?」
「……っ!」
「変な顔やなあ」
剛の存在に気付くと、面白い程慌てふためいて逃げようとした。背後には壁しかないのに。仕方のない人だと笑って、躊躇なく彼の目の前にしゃがみ込む。
目線を合わせれば、声にならない声を上げて目を瞑った。こんなに何も出来ない光一は久しぶりに見る。もう少し遊びたくなって、そっと手を伸ばした。
濡れたままの髪に指先を滑り込ませると、怯えた仕草で肩を竦める。
「髪、濡れたまんまやと体調崩すで」
「う、うん。……後でやる。だいじょぶ」
「光ちゃん、乾かしたろか」
懐かしい呼び方で甘く囁けば、瞬時に耳までを赤く染めた。可愛いなあ。手放す事は出来ないのだと、改めて思う。
普段は呆れる程男前なのに。今は見る影もなく、自分の事だけで頭が一杯になっていた。
「い、良い!平気!出来るから!」
「光ちゃん、今日は何で部屋仕切ってんの?」
「……え、えーと。あ、だって入り時間違うし、剛寝てて後から俺入って煩くしたらあかんやろ」
「いっつも入りは別やろ」
「えー、えっと。あ!俺今日風邪気味やねん!だから移したあかん思うて」
「具合悪いのに、シャワー浴びたんか?」
切り抜ける事も出来そうにない言い訳を並べる光一に笑んで、髪を梳いていた手を額へ滑らせる。体温を計る振り。
熱がない事なんて分かっていたけれど。更に赤くなるのが可愛くて、意地悪は止められそうもなかった。
「つ!つよ!」
「んー?熱はなさそうやなあ」
「っ平気、やから!なあ、剛も忙しいし、ええよ。自分で、出来るっ」
「こぉいち」
俯いて小さな声のまま叫ぶ彼が捨てられた仔猫みたいに見えて、そっと抱き締めた。他意はない、と言ったら嘘になるけれど深い意味はない。
可哀相な生き物は守ってやりたくなるだけだった。ぎゅうと腕の力を強めれば、思い出したように暴れ出す。
「こら、光ちゃん。落ち着き」
「うーっ、つよ!離して!や、や」
「何が?」
「いや」
「光ちゃん、そんなんじゃやめへんよ」
「離し、て」
「お前なあ、良い大人なんやから抱き締められた位で騒がない」
「やって、剛が!」
「俺が?」

「……つよしの、におい、するんやもん」

これはさすがに不意打ちだった。何て可愛い事を言う子だろう。今まで付き合ったどんな女よりも可愛かった。駄目だ。いつもと変わらない様に見えて、実は剛自身も落ち着かない気持ちを持て余しているのだ。
どうしようなあ。彼の一生を得る為に、今の距離を選んだ。痛みのない、「相方」と言う関係。人間関係に臆病な人だから、一般的に定義のある関係にはなりたくなかった。
他と比較をして、平均値であろうとする。友人でも恋人でも家族でも、代用の効くものになりたくはなかった。「相方」に代わりはない。働き続ける限り、生涯この位置は自分のものだった。例え解散しても、新しい人間を見付けられる程器用な人ではない。
一緒にいる為に選んだ関係を壊そうとしているのは、何故か。理由は余りにも簡単だった。もっと、愛してやりたい。キス一つでこんな風になってしまう相方を、相方以上の存在にしてしまいたい。
「光ちゃん」
「……なんや」
「髪、乾かしたるから、キスしてええ?」
「うん……っえぇ!」
脳内の接続も鈍くなっている光一は普段にない大袈裟なリアクションで顔を上げた。吃驚した瞳には、今にも零れ落ちそうな程水分が溜まっている。
何でこんな、子供みたいなんやろ。舞台に立っている時は、誰をも寄せ付けない孤高の印象を与える人だった。凛とした背中に、後輩は彼と生きる事を夢見るのだ。
そんな強い人が、今自分の腕の中で何も出来ずに泣き出しそうになっていた。湧き上がる優越感を抑えようとは思わない。
何者にも屈しない光一が、自分の事にだけ感情を揺らした。苦しませたり傷付ける事の方が多い関係だったけれど、彼の感情を左右出来る事が嬉しくて堪らない。
「キス、分からん?」
「な、なに……言って」
「ちゅーやがな。光ちゃんは相変わらず初心やなあ」
「う、うぶって……」
「光一、喋れてへん」
余り赤く染まる事のない頬が熟れた様になっているのが堪らず、動揺したままの光一に口付けた。フライングだけど、まあ良いでしょう。
どうせ最初から最後まで、この人に拒絶なんてないのだ。触れただけで離せば、もうどうしたら良いのか分からないようで静止画像みたいに固まっていた。
「こーいち」
「……」
「光ちゃん」
「……っ」
「分かる?今、つよちゃんとキスしたんやで」
「あ!……っつ!うぇ、え!キ……っ」
「はいはい、落ち着こうな。ほら」
今度は目尻に口付ける。とうとう零れた雫を掬えば、本格的に顔を歪めて涙を溢れさせた。泣いている光一に遭遇出来る機会なんてそうそうない。同じ部屋で眠っていた幼い頃、嗚咽を堪えて泣く彼を抱き締めた事があるだけだった。
あの夜から、大分遠い所まで来てしまったのだ。年月の長さに、二人分の道程を重ね合わせた。傍にいながら手を伸ばせなかった時期もある。見ない振りを出来る大人になったのに、手を出したい強欲な自分がいた。
「光ちゃん」
もう一度、乾燥した唇を潤す様にキスをする。自分の心を決める為だった。手放さずにいられるように、永遠を共に生きられるように。
「好き」
「……え」
「愛してる」
「……つ、つぉし?」
「ん?俺な、ずっとずっと光一の事が好きやった。相方として、やないよ?一人の人間として、って意味や」
「つぉし」
「お前、赤んぼみたいやなあ」
自分のシャツの裾を握る不器用な手や、真っ直ぐに見上げる瞳、舌足らずな言葉に彼の幼児性を見る。大人の部分と子供の部分をアンバランスに抱える人だった。成長する暇もない位、十代を駆け抜けてしまっている。今更そのひずみを治そうとしても無理な話だった。
赤い頬を両手で包んで、愛しい気持ちのままに見詰める。甘やかしたい衝動ばかりが胸に迫った。
愛を囁ける様な人間ちゃうんやけどな。他人に対して臆病過ぎる彼が素直に理解出来るよう、言葉を重ねる。
「光一」
「……駄目。あかん。離して」
「どうして」
「や、って……俺、可笑しない?」
「何が?」
「心臓、痛い。あかん、俺お前とキスしたらあかん」
困惑し切った表情で視線を泳がせる。どうしたら、自覚してくれるのか。自分の気持ち一つ分からない光一。誰よりも強い様に見えて、すぐに崩れそうな弱さを持つ人。
伏せられた睫毛が怯えた気配で、ふるりと震えた。それを見詰めて、気付く。恋に落ちると言う事の意味に。
分からなくても良いのかも知れない。光一の心は自分が分かっていた。自覚がなくても、自身の感情の揺れに怯えても。傍にいれば、良いのだと。
一人で納得して、身体を離した。これ以上触れていたら抑えが効かなくなるし、何より光一の心臓が壊れてしまう。最後にこめかみへ口付けを落として、未だ視点の定まらない瞳を覗き込んだ。
「風邪引く前に、ドライヤーしたろな」
「つよ、え……」
「ええよ。今はまだ分からんでも。いつでも話してやるから」
「でも、心臓痛いのは嫌や」
「んー、したらおまじないな。目ぇ瞑ってみ」
素直に瞼を下ろす彼にまた不安を覚えながら、赤く染まった耳朶に触れた。びくりと竦む身体に、本気で押し倒してやろうかと思う。いつまで我慢出来るんかな。
「つ!つぉ!」
「はは。言えてへんやん。ほら、立って。鏡の前行こか」
有無を言わさず腕を引いて、歩く事もままならない彼の髪に触れた。しっとりとした感触。少しだけ乾いてしまったそれを痛めない様に温風を当てた。自分の腕の中にいれば怖くないのだと言う事に、いつか気付けば良い。



今もまだ幼い光一の恋。「恋人」の関係になるまでは時間が掛かりそうで、スタッフの悲痛な顔を思い浮かべながら剛は一人笑った。
まだまだ、猶予期間はありそうだ。唯一無二の「相方」の髪を乾かしながら、幸福な未来をそっと思い浮かべた。









【おわり】






BUENA SUERTE !

08/01/13 vol.9



■Greeting■
こんにちは。もしくは初めまして。あ、改名してからは初めましてですね。少し名前を変えまして、今後は「椿本 爽」で書かせて頂きますので宜しくお願いします。
さて、元旦のお話や今日見て来たSHOCKの話をしたかったのですが、小噺じゃない位書いてしまったので、ゆっくり語れません……。ペーパーに書こうと思って、作るのSHOCK後って決めてたのにな(泣)。仕方ないのでサイトで語ります。
では、またいつかどこかでお会いしましょう。

■information■
 普段は、亀より遅いサイトの運営をしております。宜しければ、ふらりと立ち寄って下さいませ。
「SUERTE」   http://tomorrow02.hp.infoseek.co.jp/

■Ahead communicating■
 感想・苦情等何でも受け付けております。……お手柔らかにお願い致します。
mail:happy_21@mac.com

■Guide of book■
<新刊>
「アオイトリシンドローム」
+幻の「buena suerte!」1冊目のお話です。思い起こせば、初めてサークル参加した時に書こうと思い立ち、完成せぬまま今日までの月日が経ってしまいました。恐らく、3年越しの勢いです(笑)。
+Kinkiさんが親子のパラレルです。珍しく可愛く甘酸っぱい感じのお話になったのではないかと。

<既刊>
「空に憧れた魚、海の底を夢見た鳥」 P36/¥300-
+禁断の「解散」話。2006年の年末から2008年頭に掛けての設定です。暗い話を淡々とした筆致で書く、と言うのを目指しました。余り後味悪くないように書いたつもりですが、お口に会わない方は多そうです……。

「桜色の恋」 P24/¥200-
+SHOCK本です。ええと、また趣味に走ってしまいました。
(剛×)光←斗真+MAと言った感じのお話です。打ち上げのお話。もう一つごめんなさいな、石川+光の小咄も入っています。……ええもう、ホントに色々ごめんなさい。今回程妄想を駆使したお話はありません(笑)。でも、楽しかったです。

「帰る場所」 60P/¥600
+以前サイトで更新していたお話の紙化です。既に読まれている小説を改めて紙にするのはどうなのかと葛藤があったのですが、ご要望も頂いていたのでやっと本になりました。ベッドの中で読みたい方に是非(笑)。
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