小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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リハーサルも順調に進んで、後は本番に備えて体調を整えておけば良いと言う状態だった。
全十曲、多い数ではない。
けれど、大切に歌いたいものだった。
俺達の軌跡を辿る公演。
たった一度のそれに、どれだけの感情を込められるかは分からない。
音に不安はなかった。
選んだ曲は、どれも思い入れの強いもの。
彼との記憶を共有するメロディー。
空気のように密やかに、愛よりも尚深く。
誰よりも近くにいた。
多分これからも、傍らに立ち続ける人。
誰がどんな思い入れを持っていても構わない。
唯、この公演は彼と自分の為に。
そう思う傲慢さを、俺はもう厭わない。
「光一」
公演を明日に控えたリハーサル室で、先刻から彼の機嫌が悪くなっていた。
思い当たる節はなくて、とりあえず呼び寄せてみる。
少しだけ寄った眉、引き結ばれた唇、緩く握られた手。
他の人間なら気付かないだろう変化。
恐らく光一も誰かに当たるつもりは泣く、静かに消化したい事なのだろう。
一人の現場なら構わない。
そうやってなかった事にして仕事に集中するしか方法はないのだから。
けれど。
今は自分が傍にいる。
一人で整理する事が上手になってしまった相方の手を引いて、甘やかしてやりたかった。
部屋の隅に導いてその目を真っ直ぐ見詰める。
「何?」
「……どぉしたん、光ちゃん」
「どうしたって、何も……」
困惑して揺れる黒目の煌きに見蕩れた。
ああ、自覚はあるのだ。
自身の感情に鈍感な人だから、もしかしたらその不機嫌に気付いていないのかもしれないと思っていた。
分かっているのなら、自分の為すべき事は一つだ。
「何も、やあらへん。機嫌悪いやん。お前」
「悪くない」
「悪いやろ。自分で分かってんのに、俺の前で誤魔化すなや」
「……つよし」
唇を噛んで押し黙る。
繋いだ指先が強張って、拒絶を示していた。
強情なところは出会った頃から変わらない。
「光ちゃん。言うて」
「嫌や。大した事あらへん」
「スタッフにセクハラされた?禁煙中?二日酔い?それとも、暑い?」
「どれも違うわ。そんな、駄々っ子みたいに扱うな」
「駄々っ子やんけ。お前なあ、せっかく俺とおるのに、何で?」
「何で、って」
「お前一人ちゃうやろ、言うてんの。溜め込まんでもええやろ」
「剛」
「うん、いるよ。此処に。一緒に」
な、と笑ってみせて壁伝いにしゃがみ込んだ。
手を繋いでいる光一も必然的に同じ形になる。
壁に凭れて、隣りに座る彼の横顔を見た。
端正な造りは、時に冷酷な表情を見せるけれど。
いつまでも子供と同じ幼さや、不意に崩れる脆さを秘めている。
そんな表情は、自分だけが知っていれば良い事だった。
十年経とうが二十年経とうが、自分達は鳥籠の中から抜け出すつもりなどない。
「……何知ってんの、って思った」
「光一?」
目線は前に向いたまま、ぽつりと零す。
寂しそうな声音。
繋いだだけの指先がゆっくりと動いて、指の間に絡まった。
甘えるのを堪える仕草だ。
抱き寄せて口付けを与えてあげたかった。
「皆おめでとうって言う。ありがとう、って言っちゃうの。俺も」
「うん」
「でも、何が?デビュー、出来たのは色んな人のおかげや。俺達が凄い訳でも偉い訳でもない」
「そうやな」
「やのに、皆俺達にだけおめでとう言う。そんな祝われる事してない」
「それが不機嫌の理由?」
「ううん。……つよし、笑わない?」
「何でお前が言う事に笑わなあかんの。笑わせたいなら別やけど」
「剛」
「はいはい。笑いませんよ。言うてごらん」
掌をもっと深く組み合わせて、促した。
意地っ張りで照れ屋で、変なところで臆病な恋人の内面を探るのは容易ではない。
全十曲、多い数ではない。
けれど、大切に歌いたいものだった。
俺達の軌跡を辿る公演。
たった一度のそれに、どれだけの感情を込められるかは分からない。
音に不安はなかった。
選んだ曲は、どれも思い入れの強いもの。
彼との記憶を共有するメロディー。
空気のように密やかに、愛よりも尚深く。
誰よりも近くにいた。
多分これからも、傍らに立ち続ける人。
誰がどんな思い入れを持っていても構わない。
唯、この公演は彼と自分の為に。
そう思う傲慢さを、俺はもう厭わない。
「光一」
公演を明日に控えたリハーサル室で、先刻から彼の機嫌が悪くなっていた。
思い当たる節はなくて、とりあえず呼び寄せてみる。
少しだけ寄った眉、引き結ばれた唇、緩く握られた手。
他の人間なら気付かないだろう変化。
恐らく光一も誰かに当たるつもりは泣く、静かに消化したい事なのだろう。
一人の現場なら構わない。
そうやってなかった事にして仕事に集中するしか方法はないのだから。
けれど。
今は自分が傍にいる。
一人で整理する事が上手になってしまった相方の手を引いて、甘やかしてやりたかった。
部屋の隅に導いてその目を真っ直ぐ見詰める。
「何?」
「……どぉしたん、光ちゃん」
「どうしたって、何も……」
困惑して揺れる黒目の煌きに見蕩れた。
ああ、自覚はあるのだ。
自身の感情に鈍感な人だから、もしかしたらその不機嫌に気付いていないのかもしれないと思っていた。
分かっているのなら、自分の為すべき事は一つだ。
「何も、やあらへん。機嫌悪いやん。お前」
「悪くない」
「悪いやろ。自分で分かってんのに、俺の前で誤魔化すなや」
「……つよし」
唇を噛んで押し黙る。
繋いだ指先が強張って、拒絶を示していた。
強情なところは出会った頃から変わらない。
「光ちゃん。言うて」
「嫌や。大した事あらへん」
「スタッフにセクハラされた?禁煙中?二日酔い?それとも、暑い?」
「どれも違うわ。そんな、駄々っ子みたいに扱うな」
「駄々っ子やんけ。お前なあ、せっかく俺とおるのに、何で?」
「何で、って」
「お前一人ちゃうやろ、言うてんの。溜め込まんでもええやろ」
「剛」
「うん、いるよ。此処に。一緒に」
な、と笑ってみせて壁伝いにしゃがみ込んだ。
手を繋いでいる光一も必然的に同じ形になる。
壁に凭れて、隣りに座る彼の横顔を見た。
端正な造りは、時に冷酷な表情を見せるけれど。
いつまでも子供と同じ幼さや、不意に崩れる脆さを秘めている。
そんな表情は、自分だけが知っていれば良い事だった。
十年経とうが二十年経とうが、自分達は鳥籠の中から抜け出すつもりなどない。
「……何知ってんの、って思った」
「光一?」
目線は前に向いたまま、ぽつりと零す。
寂しそうな声音。
繋いだだけの指先がゆっくりと動いて、指の間に絡まった。
甘えるのを堪える仕草だ。
抱き寄せて口付けを与えてあげたかった。
「皆おめでとうって言う。ありがとう、って言っちゃうの。俺も」
「うん」
「でも、何が?デビュー、出来たのは色んな人のおかげや。俺達が凄い訳でも偉い訳でもない」
「そうやな」
「やのに、皆俺達にだけおめでとう言う。そんな祝われる事してない」
「それが不機嫌の理由?」
「ううん。……つよし、笑わない?」
「何でお前が言う事に笑わなあかんの。笑わせたいなら別やけど」
「剛」
「はいはい。笑いませんよ。言うてごらん」
掌をもっと深く組み合わせて、促した。
意地っ張りで照れ屋で、変なところで臆病な恋人の内面を探るのは容易ではない。
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