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第十三話
┗真実は涙する頬にある

蛇荷に乗り込んだ時、向こうはほとんど何の構えもしていなかった。
情報が漏れているということだけでも驚きだったのだろうが、何より情報局ではなく港湾局が乗り込んできたということがうろたえる原因だったのだろう。

周囲を姦しく喚き立てる男達が次々連行されていくのを、二宮はじっと聞き続けた。
自分が何を探しているかは知っている。
そして部下達も二宮が誰を探しているのか、わかっているはずだった。

次第に人の気配が消えていく建物の中で、二宮は椅子に腰掛け、待ち続ける。

やがて、周囲が再び静まり返ったころ、ふと空気が微かに動いた。
見えない目を見張ってそちらへ顔を向ける。

頬に空気の流れを感じる。
髪にも風が当たる。

常人なら感じない、微かな微かなその動きを二宮は確実に捉えていった。

誰かがいる。

騒ぎがおさまるまで静かに息を殺し潜んでいた何ものかが、今明かりを落とした部屋を移動して出ていこうとしている。

「今井、か?」
「!」

誰何にぎくりと相手が立ち止まった。

明け始めたとは言え、薄暗がりの部屋の中に人が潜んでいるとは思わなかったのだろう。
振り返った気配と同時に金属音が響いた。

「………二宮」
「物騒なものを見せるな」
「見えないだろ、あんたには」
「なるほど」

くすりと笑い返すと、相手が息を抜いた。

「油断も隙もねえ………情報局とつるんでたのかよ?」
「人聞きの悪いことを言うな。港湾があいつらと手を組むはずがないだろう」
「じゃあ、なんで同時に動いてるんだ?」
「なに?」
「情報局が山風を締めてるぜ」
「ふん……」

櫻井のやつ、やっぱり裏で妙な動きをしていたのか、と鼻で笑う。
いや、櫻井というより、これは松本の匂いがする。
一つの石で何羽もの鳥を落としておいて、偶然でした、と笑うようなしたたかさだ。

「松本が噛んでるのか」

今井が同じことを問いかけてきて苦笑した。

「なぜ?」
「いや、この遣り口ってのが似てるから」

ぶつぶつぼやく相手の声にはうんざりした響きがある。
すると、大陸をまたにかけて動き回ってるこいつも松本に煮え湯を飲まされたことがあるのだろう。

軽く吐息をついて、二宮は立ち上がった。
ちゃきっ、と鋭い音がまた響いて緊迫した空気が漂う。

「何する気だ」
「白鷺はどこだ?」
「え?」
「迎えに来た。連れていけ」
「………もう………正気じゃねえよ」

低い声が微かに揺れて応じた。

「そんなにもたねえ」
「関係ない」

胸を貫いた傷みを押し殺して二宮は続けた。

「あれは俺のものだ。返してもらう」
「……散々、男どもに抱かれてよがってたぜ?」
「………」
「ひいひい言いながらケツ振って。何人ものやつに同時にやられて。それでも満足しねえ淫乱だ」
「…………あたりまえだ」
「は?」
「あれが俺以外に満足するわけない」
「おいおい……」

急に気配が側に寄り、額にぴたりと冷たいものが当たった。

「大人しく聞いてりゃ、いい気になりやがって。ここで撃ち殺してもいいんだぜ?」
「………お前がほしいと言われたか」

二宮は薄笑いを浮かべた。
びく、と揺れた筒先になおも冷ややかな声を投げる。

「側にいてくれと頼まれたか」
「………俺にすがった」
「『夢幻』をねじ込んで、だろ」
「……ふざけんな、何様のつもりなんだ」

今井の声がいら立ちに荒れる。

「撃ちたければ撃て」
「お仲間が飛んでくるって寸法か」
「あれはどうせお前の手に入らない」
「…………くそっ」

鋭い舌打ちが響いてなおも額に筒先が押し付けられたが、やがて深い溜息が漏れた。ずるずると銃が降ろされる。

「なんて自信だよ」
「………自信じゃない」
「え?」
「事実」
「ちっ……わかった、連れていってやる」
「ん」

まっすぐに手を伸ばした二宮に、一瞬間を置いて、乾いた手が握り返してくる。

「あんたら、絶対どっか壊れてるぜ」
「うん?」
「今俺が階段から突き落としたらとか考えねえのか?」
「…………なぜ、白鷺が壊れている?」
「……同じことしたからだよ。殺す気だった俺に身体を委せた。媚びねえで………誘惑しやがった」
「ん、ふふ」
「笑い事じゃねえ」

ぶすっとした声に思わず笑うと、なおふて腐れた声が響いた。

「地下室だ………階段は急だ、ゆっくり降りろ」
「突き落とさないのか?」
「千年ほど化けて出られそうだ」
「ふん」

今井が導く地下室に近づくに従って、ひんやりとした空気に濃厚な汗と体液の匂いが混じり始めた。
動かない空気の中に粒で浮かんでいるそれに次々ぶつかっていくような重さ、予想していなければ喉を詰まらせそうだ。
階段を降り切っても自分達以外に呼吸音が聞こえない。

「居るのか?」
「………寝そべってるよ、隅に。倒れてると言ったほうがいいか。さっきまでやられてたから………いつもなら、俺が『夢幻』で楽にしてやるんだが、あんたらが来たからな、放っとくしかなかった」
「側まで連れていって」
「……」

今井が黙り込んで、それでようやく聞き逃しそうな微かな息が聞こえた。

「もういいか?」
「ああ」

ゆっくりとしゃがみ込み床に手をつくと、ざらついたコンクリートの手触りとべたべたした液体に触れる。

「今井」

そろそろと後ずさりして行こうとする気配に声をかける。

「駅と港を避けろ。大中筋なら人員を配置していない」
「逃がして………くれるのか」
「逃がすんじゃない。獲物を残しておくだけだ」

「…………食えねえね、あんたも」

吐き捨てるような声が響いて、階段を上がっていく気配に変わった。
遠ざかる足音に、そろそろとまた床に手を這わせる。

空気中の匂いは血や精液や汗で汚れ腐っている。
伸ばした手がなかなか相葉に辿りつかない。

弱々しく響く呼吸を頼りに進むのがじれったくなって、そっと呼んだ。

「雅紀」

ふ、と一瞬呼吸音が止まってぞっとした。
見えない自分が苛立たしく、けれど傷つきずたずたになっているだろう相葉を他の誰にも委せたくなくて、声を強めて呼ばわる。

「雅紀、どこにいる」
「………の……」

今にも途切れそうな声が応じた。
耳を澄ませて距離と方向を探る。


生きている。

まだ生きている。


少しでも早くその身体を抱きしめてやりたくて必死に床を探る。

と、伸ばした指が固く強ばった塊に触れた。
弾力のない冷えた感触、素早く指先で探ってそれが脚だと気づく。

上下を確かめて指を滑らせていくと、べたべたとした液体に塗れた腰に辿りついた。
すぐ側に棒状のものが触れ、そちらへもう片方の手を乗せて腕だと気づいて愕然とする。

覚えているよりもうんと細い。
手首が掌に握り込めそうだ。

「雅紀、大丈夫か」
「え………」

ぎく、とはっきりと手の下の身体が硬直した。

「に、……に……の……?」
「ああ、そうだ。遅くなってごめん」
「……う……そ……」

掠れた声が小さく響く。
その声の漏れた場所を探して二宮は相葉の身体に手を這わせた。

どこもかしこもねっとりとした感触、あちらこちらに指に絡む不快な手触りがある。

だが、それを拭う間に相葉から手を離すのが不安で、夢中で顔へと身体を辿った。

「うそ……だ……」
「嘘じゃない、大丈夫か、答えろ、雅紀」
「そ……な……こ………ない……」
「雅紀?俺がわかる?」
「………」
「雅紀」
「………わか……る……」

声がふいにゆるんだ。

「に………の……」
「ああ、ああ、そうだ」

その声に滲んだ潤みに一気に記憶が甦った。


腕の中で甘く鳴いてすがってきた身体、
涙を零しながらねだる声、
駆け上がりながら微笑む顔に弾けた喜びの表情。


同時に探った手がようやく相葉の上半身を捉えて、二宮は力委せにうつぶせになっている相葉を引き起こした。

「あ、ああ……っ」

微かな悲鳴を上げて相葉が腕の中に崩れ落ちてくる。
だが、それはもう苦痛ではなかったらしい。
のろのろと上がってきた腕がしがみつくように抱きしめてくるのを、深く強く抱き込んでやると、とろけるような声を上げた。

「に……のぉ……」
「雅紀」

擦り寄せた頬が濡れている。
奪った唇をなおも次々と零れ落ちてくる涙ごと貪って、どこか力の入らない、ひどく細くなってしまった身体をしっかり抱き寄せた。

「ん………んっ……んう」
「雅紀……雅紀」


ふいに視界に見たはずのない光景が広がった。

真っ暗な空。

視界の端に紅蓮の炎。


「にのっ!」


悲鳴に似た声が何度も呼ぶ。


「にのっっ!」


白い頬に涙を零しながら、震える相葉の顔。


「に、のっっっっっ!」


目の奥に激痛が走る。



ああ、そうだ、あの夜。



二宮は全てを失ったと思った。

相葉の心も。
妹の命も。
自分の未来も。

落ちてきた荷に打ちのめされて崩れ、けれどそれでも憎しみに目を見開いて、駆け寄ってきた相葉に呪詛を叩きつけようとした、そのとき。

視界に飛び込んできたのは我を失うほど泣きじゃくっている相葉の顔で。
引き裂かれるような悲鳴を上げて、すがりついている相葉の顔で。


ああ、もう、いい。

そう思った。


この相葉の顔さえ覚えておけるのなら、他の全てを失ってもいい。
いつも微笑む、優しい男の、壊れそうなほど追いつめられ二宮を求めるこの顔さえ、覚えておけるのなら。




そして次の瞬間、視界は暗転し…………二宮は視力を失ったのだ。

「うっ」
「に…の……?」

強くなった目の痛みに、二宮は口付けを離して呻いた。
相葉が不安気な声をかけてくる。

その声がいつかの夜のものにそっくりで、濡れた頬の感触もあの夜と見事に重なって。

同じ顔で泣いているのだろうか、と思った。
同じ顔で、紛れもなく二宮を、二宮だけを求める顔で泣いているのだろうか。


もう一度………見てみたい。


ずきずきする目を押さえ、零れた涙を拭って瞬きし………違和感に気づく。
目の前の闇に濃淡がある。いや、これは。

「に、の?」
「………雅紀……?」

腕の中で細い身体を震わせながら見上げてくる顔。
涙をいっぱいにたたえた瞳、小刻みに震える唇が白く色を失っている。
のろのろと視線を動かすと、だらりと伸ばした真下の身体には無数の鬱血にすり傷、縛られたような跡まである。
しかも全身透き通るほど白く、ひどく痩せ細っていて、あまり強く抱きしめるとそれだけで呼吸を止めてしまいそうな薄い胸が忙しく動いている。

冷えた感触に我に返って、足元に広がっていた毛布を引きずりあげようと手を伸ばし、二宮は固まった。

「なに……?」
「にの………見えてる……?」

相葉の声に振り向いた。
唇を震わせている相葉を凝視しながら、そっと口を重ねてみる。
見えているものと感触が一致する。

今度は相葉の口に閃く舌だけそっと吸いついてみる。

「っう……ん」

切なげな声を上げて目を閉じた相葉の目から涙が零れ落ちた。

「に………の……」
「雅紀………」

瞬きして目を開ける、その相葉の目に強ばった顔で目を見張る自分の顔が映っている。

二宮はゆっくり深く息をついた。
毛布を掴み、がたがた震えている相葉の身体を包み込むと、立ち上がってゆっくり抱き締めた。

信じられないほど軽くなってしまった身体に怒鳴り出したくなった衝動を押さえ込み、低く囁く。


「帰ろう、雅紀」


ぎゅ、と辛そうに眉を潜めた相葉が竦んだ。
安心させるように髪に頬を擦り寄せ、きっぱりとした声で告げた。



「お前は俺のものだ」



第十四話
┗繰り返した虚しい夜の果て

二宮が相葉を抱えて戻ったのは『夢幻屋』だった。

「二宮!相葉!」
「悪いけど床を用意して。それと………湯の用意を」

湯、のことばにびくっと腕の中の相葉が震える。

『夢幻屋』は情報局出入りということもあって湯屋も併設されている。
情報局の無駄金使いと苦々しく思っていたが、今回ばかりは助かった。

相葉を抱えて用意ができるまで一階の小部屋で待つ。細い身体がどんどん冷えてくるようで、二宮は不安になった。

「医者も頼む!」
「わかってる!」

はきはきした声が戻ってほっと息を吐くと、

「にの……」
「ん、どうした」

小さな声が呼んで、相葉を覗き込んだ。
いつもの微笑がかけらも残っていないぼうっとした顔で、半眼になった瞳も遠い。

「僕………生きてるの……」
「当たり前だ」

むっとして唸った。

「死なせてたまるか」
「なんか………あちこち痛くて………しんどい……」
「……あたりまえだ……」

今度は辛くてことばを絞り出すのが精一杯だった。
あんな冷えたところで、何人もの男に弄ばれて。

視力が戻れば、それはまた地獄絵図を見る思いだった。
周囲に散った体液や変色した血液が腐臭を放って胸を抉る。
千切られた衣類や汚れた紐、敷かれた布団も掛け物もじっとりとした湿りを帯びて。

「あたりまえだろう………」

どうしてもっと早く動かなかった、どうしてもっと強硬に踏み込まなかった。
その思いに歯を食いしばると、滝沢が湯の用意ができたと告げてきた。
抱きかかえて立ち上がると微かに相葉が身をよじる。

「………いい……」
「うん?」
「………僕………汚れてるから………」
「かまわん」
「………にの………汚れちゃう……」
「……かまわんと言ったはずだ」

後は聞かずにさっさと湯屋に運び込んだ。
衣服を脱ぎ捨て、相葉の毛布をそっと剥がし、日の光の下に晒された薄い身体にところかまわずつけられた鬱血と傷に凍りつく。

ひどく淡く存在感のない身体になっていた。
まるで腕からぼろぼろと崩れていってしまいそうだ。
滲みかけた悔し涙を唇を噛んでこらえ、洗い場に座って膝に抱きあげる。
ぞっとするほど軽かった。
吹き上がるような怒りを必死に逃してゆっくり湯をかけた。

「あ……ああっ……」

それがもう相葉には耐えられないほどの刺激だったらしく、悩ましい声を上げながら身悶え、それがまた二宮を強く煽った。
勃ちあがっていく自分自身を、相葉の求めるままに突き立てて慰めてやれば、相葉も喜び自分もまた相葉を取り返したと安堵できる、そう思いながら、最後の一線を越えないまま洗い終えたのは、相葉の声がいつもと違って響いたからだ。
二宮の腕で喜びに放っていたはずの声が、苦しげに切なげに聞こえる。
暴走する身体に翻弄される相葉の心が悲鳴を上げているようで、とても抱けない。

「はっ……あううっ………うっ……に…の……っ」

幾度目かの大きな波に揺さぶられて、相葉が身体を震わせて達した。
二宮のものに手を伸ばし、必死に手繰り寄せようとする手を束ねて抱きかかえ、ただ口だけを合わせてやる。

「んっん………んうっ………うっ」

汚れた下半身を静かに洗い直しながら、何度も息を吐いて自分を鎮めた。
きりきりしてくるほどの緊張を堪える術は身についている。
泣きながら自分を求めてくる相葉が哀れというより愛おしくて、二宮は洗い終えた細い身体を抱えて、ゆっくり湯舟に沈んだ。


「あ………あ……」

温かな湯に浸されて、少し気持ちが落ち着いたのか、相葉がふわりと力を抜く。
ことりともたれてきた頭をそっと撫でながら、二宮は口を開いた。

もーりもいーやーがーる、
ぼんからさーきーは。



「!」

相葉が大きく震えた。

「………に………の……」

一瞬逃げようとするように体を竦ませたのを、しっかり抱きかかえて唇を寄せる。
濡れた髪から温かな香り、それは紛れもなく懐かしい相葉の匂いだ。失わずに済んだ、とふいに強烈な痛みが胸を突き上げてきた。



ゆーきもちーらーつーくし、
こーもーなーくーし。



「僕………赤ん坊じゃ………ない…」
「……同じようなものだろ」
「え……」
「自分が何が欲しいのかもわかってないくせに」
「っ」

それは俺も同じだが、と胸の内側で二宮はつぶやいた。

視界を失ったのは相葉の顔だけ覚えていたかったからだ。
視界を取り戻したのは相葉の顔を見たかったからだ。



こーのこよーなーくー、
もりをばいーじーるー。



相葉の歌をいつの間にか覚えてしまっていた。
その歌をこの一年聞けなかったことが今さらながらに悔しいと思った、自分の甘さに気づいて苦笑する。



もーりもいーちーにーち、
やーせーるーやーら。



低い声で歌いながら、そっと相葉を揺すってやった。
小さく細くなってしまった体をこのうえなく愛しいと思った。

「………もう………僕………抱いてくれないの……」
「抱いてるじゃないか」
「……そうじゃ………なくて……」

半泣きになってすがりついてくる相葉に頬を擦り寄せる。

「僕が………あんなところに……いたから……?」
「ばか」
「だって……」

ぐすぐす鼻をすすりながら、小さく相葉がしゃくりあげた。

にの、もう僕のことなんか嫌いになったでしょ、でもあれはお仕事だったんだよ、抱かれて気持ちいいのはにのだけだもん。

掠れた声で甘ったれてくるのに、ようやくほっとした。

「……抱いてやる」
「!」
「いくらでも抱いてやる」
「にの……?」
「……だから早く元気になれ」
「………うん………」

 滲んだ声で相葉は二宮の肩にもたれてきた。
零れる涙が湯で温まった肩にひんやりと冷たい。

「…………うん………にの……」
「あいばか」

それ、ひどい、僕のことそんなふうに言うの、にのぐらいだよ。

なおも甘える声に二宮は静かに笑みを深めた。



最終話
┗暁に鳴く烏は喜びを歌う

「おー、お揃いで」

『夢幻屋』の滝沢は櫻井と松本を見て、目を細めた。

「白鷺……いや、相葉はどうですか?」
「元気?」

事件から一ヶ月後、白鷺はずっと『夢幻屋』で養生中だ。
一時は医師が付き添うほど危なかったのだが、今は3日に一度の往診になったとかで、ようやく松本達にも面会の許可が出た。

もっとも、情報局の白鷺という花魁は、蛇荷貿易の『夢幻』密輸入に絡んだ事件で死亡したことになっており、今『夢幻屋』の二階で療養中の男は、港湾局二宮の遠縁にあたる相葉雅紀という人間、たちの悪い友人から『夢幻』を進められて際どいところまで崩れかけたのを二宮が治療に協力しているという名目だ。


「元気……ってか……」
「会えますか?」

生真面目に尋ねる櫻井に滝沢はくすぐったい顔になった。

「んーー……今は無理だと思うな」
「え?」
「あ」

松本が素早く二階に視線を投げた。

「ニノ、来てるんだ?」
「ん、そう。あのな……」

滝沢の声を遮って、柔らかな甘い声が響いた。

「あ……あっ………あんっ」

「うあ」

それと察した松本が見る見る赤くなる。

「何だよ、何おぼこぶってんだよ」
「いや、だって、あれ……相葉?なんか聞いたことないような声なんだけど」
「二宮があんな風にあんあん言うとでも?」
「うあああ、それもあんまり」

松本が引きつった。

「うっうんっ、う……ふっ」

明るい日射しが入り込む床にうつ伏せにされて、相葉は二宮に抱かれている。
背中から覆い被さってきた二宮が耳を優しく舐め上げる。
脇から滑った手が浮いた胸を、そこに宿った実を指先で嬲っていくのに、腰が揺らしてしのぐが間に合わない。
あまつさえ、残った片手が命じるように腰の前に入り込んできて、快感に翻弄されながら膝を立て、腕を突っ張った。

「あっ……ああっ………」

押さえつけられずに自由になった手が胸をまさぐる。
前は既に濡れそぼって張り詰めている、それを柔らかく表面を掠めるように撫で摩られて、相葉は喘いだ。
身体に溜まった熱を放ちたいのに、二宮はそこまで追い上げてくれない。
後ろから犯しているものも動かされずに銜えさせられたまま、けれどそれがそこにあるということがもう快感で、首を振り悶えながらねだる。


「に、に……の……っ……も……おね……がい……っ」
「………」
「んぅ……っ、んっ………あんっ………んんっ、ん、あっ」

声を堪えて駆け上がろうとしたら、胸をいじっていた指を口に突っ込まれた。
指を傷つけたくなくて口を開けば、何本も入れてかき回され、よだれを流しながら二宮に全てを委せて開いていく。

「あっ………あんっ………んう……は……っあんっ」

前も後ろももうとろけて涙を流し続けている。
それでも二宮の指もものも優しく緩やかに相葉をいたぶり続け、どれほど頼んでも容赦なく、決まった手順で何度も何度もぎりぎりまで追い詰めるだけ、決して最後の一戦を越えさせてくれない。

「も………もう……あ……んっ」

霞む意識に気を失いそうになると、少し刺激を止められて、感覚が戻ってきはじめると、まるでこれまでのことなどなかったように一から攻めたてられていく。

「雅紀?」
「んっ……ん……は………はい……っう」
「一生俺から離れるな」
「あっ、あ……ん……」
「返事は?」
「んっ、んっ………んあ……っん」
「返事」
「んっ…………あああっ」 

ゆっくり動き出されて相葉は跳ね上がった。

一ヶ月前とは言え、身体は『夢幻』も、その快楽も覚え込んでいて、同じ条件になると一気に記憶と快感を引きずり出してくる。

「はっ……はっ………はうっ……うんっ………あ」

震えだした脚に二宮が動きを止めて、相葉は喘ぎながら俯いた。
もう頭の中はぐずぐずにとろけていて、視界も歪んで揺れて見える。
一旦引き抜かれてもう一度、今度は前から抱きしめながらゆっくり差し込んできてくれて、その甘ったるい感覚に目を閉じて浸っていると二宮が再び耳元でささやいた。
 
「返事」
「は……い……」

答えると同時に溢れだした涙を二宮の掌が受け止め拭った。
なおも零れる涙を唇で吸ってくれ、乾いいた口に温かな舌で湿りをくれた。
舌を絡ませるだけで奥が疼くのを感じ取った二宮が、柔らかく突いてくれ、それでまた溶かされて舌を舐め回す。

「お前がいなくなると、俺は世界を失う」
「はい………あっ………あうっん」

微笑んだ瞬間に深く貫かれる。
そのまま一転して激しく追い上げられて、目を見開いて声を上げた。

「あっ……あっ……あ、ああっ………あんっ、あんっ……」

「もっと鳴け」

低い声が命じるままに声を放つ。
身体が開いて二宮の指にものにより深くまで犯されていくのを、もっともっとと求めながらすがりつく。

「俺のために、鳴け、雅紀」
「あっ…あんっ………ああっ……………あ、う、う、くふっん」

自分の声が甘えてとろけていく。
だが悲鳴には変わらない。
どこまでも溶けてねだって喜びを歌うだけの声、二宮だけが相葉の中から引き出せる声。

このまま死んでもいい、そう思える幸福の中で抱いてくれるのは二宮だけしかいない。
だから二宮は誰よりも刺激的で……

そう思った瞬間に走り上がった快感に我を忘れた。

「に、にの……あんっ………あっああっ」

身体が勝手に動く。
二宮の動きにきちんと合わせて吸いつき、引き込み、震えながらもっと先をねだり、受け止めて開かれて溶け合って、境界線が消えていく。

「あっあっあっ………あんっ…あっ………………ああっ」

腹の間で擦られて張り詰めていたものが弾けた。
ぬめりを絡ませながら揺さぶられ、疼く波が後ろへ後ろへと伝わって締め上げていくのに二宮が動きを速める。

深いところで別の快感が見る見る膨れ上がってきて、相葉は眉を寄せた。
押し上げてくる波は大きく激しい。
身体がみるみる呑み込まれていく。

「はんっ……あっ、あっ……あ……んっ……っ」

自分の上げる甘い声が腰に響いて感覚を数倍に跳ね上がらせる。
触れ合うところが全て溶けて、それが這わされた唇に吸い尽くされていくような感覚に、相葉は身をよじって歓喜の涙を零す。


この人さえ居ればいい。

二宮さえ居れば、どんな闇にだって立ち向かえる。

何度もこうして満たしてもらって、何度もこうして生き返って。



ふいに、ああ、そうか、勘違いしていた、と思った。



この人は遠い冷たい月なんかじゃなくって、地面の下を流れる溶岩なんだ。

冷えて固まっているのは表面だけで、その本質はこんなに熱い。

触れてしまえば、もう溶けるしかない、滴り落ちる快楽の雫になって。





そう思った瞬間に、相葉の視界を無数の火花が弾け飛んだ。

激しく息を吐いて目を開くのに、その視界が白熱した色に覆われて何も見えなくなる。甘い声が喉をつく。


「……とけ……ちゃう……っ」
「んっ」
「とっ…とけ……ちゃ……っ………も……っ………は、ぅんっ」

ぞくぞくした波に攫われ身体が勝手に激しく揺れる。
二宮の刃に触れたところが次々溶けて頭の芯が真っ白に燃え上がる。
零れ落ちる涙と一緒に相葉そのものが蒸発していく。

「あ……ああっ……に………の……っ」

伸ばした舌を降りてきた口が含んで吸ってくれた。
同時に身体の中心をより深く刺し貫かれ、二宮から吹き上がった塊が身体の奥の傷を直撃した。

「ぅ、あああああっっっっ!!」


相葉は絶叫し、跳ね上がった。



激痛に意識が遠のく。
呼吸が止まる。
時間が止まる。



頭が吹っ飛ばされたような衝撃に堪え切れずに二度目を吐き出しくったりすると、二宮がそっと抱き寄せてくれた。


「……ひどい……よー………」

「ごめん」

「死んじゃいそー……」


無言で二宮が口づけをくれた。


なだめるような柔らかな舌に夢中になっていると、下半身に静かで透明な温もりがじんわりと広がってきた。

二宮の熱が最後まで残っていた相葉の病んで膿んだ部分を焼灼し、そこへ新たな命を与えてくれているようだ。

不思議に穏やかな安らぎに、喘いでいた呼吸がおさまっていく。

まだ入ったままの二宮がいる、それも含めて自分であるかのような、身体がどこか大きなものに繋げられたままあるような安心感に、相葉は深い息を吐いた。

二宮が心配そうに引き寄せてくれる、それが震えるほど嬉しい。


「雅紀…?」

「でも………さい…こー……」

「……ばか」



薄赤くなった二宮の顔に、微笑みながら相葉は意識を手放していた。

身支度を整え、幸せそうに眠り込んでいる相葉に布団をきせかけて、二宮は階段を降りてきた。戸口で微妙な顔で立っている二人に薄笑みを浮かべる。

「何だ、居たんだ」
「相葉の見舞いに」

櫻井がまぶしそうな顔で笑った。

「激しかったね?」

松本がからかうような口調で言ってきたが、うっすら赤くなっているところが可愛い。

「あんたには無理だろうけどね」
「あ、のなっ」

さらっと流すと松本がかっと血を昇らせた。

「あれだけ喜ばせてやれてるの?」
「あ、う」

微妙な顔で口ごもってぶつぶつ言う。

「そりゃ、あんな声聞いたことないよ」

ちろっと櫻井を見たのは自分と比較したのだろうか、もっと小さな声で続ける。

「けどさ、そういう言い方って、まるで俺が無能みたいじゃん……」
「そうか?」
「え?」

ふいにしらっとした顔で櫻井が言い放って、松本がぎょっとした顔になった。二宮も思わず口をつぐむ。
櫻井は不思議そうに二人を見ると、

「ああいうのならよく聞いてるぞ」

妙なことを言った。

「え、ちょ、待って、翔くんっ?誰のこと言ってんの、あんた、また俺以外に」
「翔くん?」

まさかあの一件以外にも相葉と付き合ったことがあるのか、と二宮も僅かに焦る。
松本は気にならないが、櫻井は妙なところでさばけているから、相葉も嫌いではないだろう、などと考えてしまって顔をしかめた。

「え? だって」

櫻井はきょとんとした顔で松本を振り向いた。

「お前がイくときにはよくあんな声を」
「うわあああああっっ!」

滝沢が手にしていた盆を落とすような悲鳴を松本が上げた。

「あんたっ、なんてこと言うんだよっっ」
「溶けるだの、狂うだの……あ、そっか、お前には聞こえてないのか」
「わああああああ!」
「くっ」

二宮は吹き出した。

「全く、あんたと言う人は」
「何か問題が?」
「あるって、おおありだよっ、あんた根本的にやばいって!」

うろたえて言い聞かせにかかる松本を放って、二宮は滝沢を振り返った。

「今眠ったところなんだ。もうしばらく寝かせてやって」
「わかった………二宮?」
「なに?」

滝沢が微かに笑う。

「なんか………ひと回り大きく見える」
「皮肉?」
「そう聞こえた?」
「聞こえた」
「じゃあ、皮肉」
「そう」

苦笑すると、通りの向こうから子どもの歌う歌が聞こえた。


もーりもいやーがーる、
ぼんからさーきーは。


思わずニ階を振仰ぐ。
そこで本当に相葉が安らかに眠っているか確かめたくなる気持ちを殺して、二宮は櫻井を振り返った。

「翔くん」
「ん?」
「大宮物産、叩きますよ。覚悟しておいて下さい」

もう辛い夢に傷つけさせない。
『夢幻』をこの港から一掃してやる、と腹を括る。

「わかった。智っさんにも伝えておくか?」
「御自由に」

にこりと笑った相手に言い捨てて、二宮は胸を張って吹きつける寒風に向かって歩き始めた。
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