小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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公演が終わって裏に戻ると、何となくスタッフの視線が痛かった。
理由なんて分かり過ぎる位分かっていたから、光一は視線を足許に向けて楽屋へと急ぐ。
途中からダンサーは目を合わせてくれないし、ストリングスの女性メンバーに至ってはあからさまに顔ごと背けられた。
まだ気持ちが落ち着いていないせいで、光一は普段は気にならない周囲の反応に敏感になっている。
唇には甘い香り。
眩んでしまいそうだった。
お疲れ様の挨拶もそこそこに楽屋へと戻る。
どうせまた最後に挨拶をしなければならないのだから、今はまずシャワーを浴びよう。
堂本光一と書かれた部屋の前に立った。
撤収の為に奔走しているスタッフの喧騒を聞きながら、ドアノブに手を掛ける。
「おーお疲れさーん」
扉を開けた途端脱力して、光一はその場に座り込んでしまった。
おかしい。あり得ない。
「おいおい、大丈夫か?ん?疲れたん?」
「……おま、な、ど……」
「はは。光一、日本語なってへんで」
自分の楽屋に入った筈なのに、何故か衣装を着たままの剛に出迎えられる。
せっかく顔を見なくて済むようにと慌てて戻って来たのに。
これでは何の意味もない。
また心臓が痛んで、光一は両手で顔を覆った。
「光ちゃん、何?泣くんか」
「泣く訳あるか、阿呆。とりあえずお前出てけ」
「何で」
「……意味分からん。何で俺の部屋おるん。帰れ」
「こぉいち」
思い掛けず優しく呼ばれて、光一は恐る恐る顔を上げた。
少しだけぼやけた視界は、もしかしたら本当に涙が溢れ掛けているのかも知れない。
声と同じ優しい表情に絆された。
両手を引かれるまま立ち上がる。
「とりあえず入口やと皆気にするから、入んなさい」
「……お前のせいやん」
「そうかもな」
確かに、先刻まで楽屋の前を走り回っていたスタッフの気配がなくなっていた。
気遣われているのだとしたら、かなり格好悪い。
剛が腕を伸ばして、光一の背中で扉を閉めた。
「はい、密室の完成」
「変な事言うな」
「変な事ちゃうもん。動揺が治まらない光一さんと一緒にシャワー浴びたろう言う相方の優しさをやね、表現しようとしてるのに」
「……変態」
「あら、知らんかったの」
「剛が変態なのなんて、俺が一番知っとるわ」
「まあ、そうやな。俺は光一さん以外に変態な趣味は持ってないからね」
「ステージの上でキスしやがって……」
「腰にキた?」
「阿呆」
叱ってやりたいのに、上手く出来ない。
最初のキスからもう随分と、自分を思い通りにコントロールする術は放棄してしまった。
いつもの慣れた司会の手順も、客席を煽る事も何一つ。
思い通りにならない。
剛がぼけて、自分が突っ込むのが定着したスタイルだった。
公衆の面前、と言うかバンドメンバーの目の前でキスをした事よりも、仕事を全う出来なかった事が光一を苦しめている。
繋いだ腕はそのままに楽屋の真ん中まで連れて来られた。
何も言わず衣装を脱がし始めた剛の腕を慌てて止める。
「え、なに?ホントに入んの?」
「うん」
「嫌やって!スタッフ入って来たらどうすんの!」
「入って来ません。悪いけど今日は、誰も近付かんから」
「つよ!」
「……だって、やっと俺のもんやって言えたんやもん」
「っおま」
悪びれず嘯く剛の目が、嬉しそうに細められているから何も言えなくなってしまった。
自分達の関係は口外して良いものじゃない。
この仕事を続けている限り、と言うよりは社会で生きている以上隠さなければならない事だった。
分かっていて、一緒に生きる事を決めたのだ。
後悔なんてしていないけれど、口を噤む度に剛が悲しそうな顔をするのが辛かった。
俺はもうお前のもんなのに、苦しめてしまう自分が嫌で。
今日のステージでの出来事を許せる訳ではないけれど、嬉しい気持ちも分からなくはない。
ポーズの為に一つ息を吐くと、そっと腰に手を伸ばした。
抱き着くのは癪だから、僅かの意思表示に留める。
「光ちゃん」
「お前のせいやからな。今日の俺が駄目だったんは」
「うん、そうやね。ぜーんぶ俺のせいやわ」
「……余裕なのがむかつく」
「今日は俺、何言われても怒らへんで」
笑いながらあっと言う間に衣裳を脱がされる。
剛もすぐに脱ぎ始めるから、下着姿のまま慌ててその手を止めた。
「え、何?」
「やって!此処で脱いだら衣裳さんに一緒に入ったのばれるやろ!」
「大丈夫。俺んとこのシャワールーム、故障中やもん」
「……壊したんか?」
「其処まで横暴ちゃうわ。マネージャーに使えへんみたい、って適当な事言っただけ」
「全然大丈夫じゃないやん」
「良いよ。出たらちゃんと自分とこに持って帰るから。とりあえず入ろ」
結局光一に拒否権はなく、シャワールームに連れ込まれた。
確認はしていないけれど、剛の事だから鍵は締めているのだろう。
本当の事を言えば、離れたくないのは多分自分の方が強かった。
こんな風に触れられて甘やかされたら、一人でいられなくなる。
せっかく落ち着こうと思ったのにな。
もう良いや、と思って剛の手に委ねた。
狭いシャワールームでは、全てが暴かれてしまうから。
「つよっ!変なとこ触んな」
「一緒に入ってて今更触るなはないでしょ」
「っだ、って……あ!」
「お前稽古あるから最後まではやらんよ。でも触りたい。沢山触って欲しい」
「つよ」
「何か、キスしてもうたから落ち着かん感じやねん」
「剛さん獣やなあ」
「光一が色っぽい顔し過ぎやねん」
「俺はそんなんしてへん。お前、何回ちゅーしたと思ってんの。自業自得やん」
「えー五回?」
「数えんな!……んぅ」
「光一やって最後にしたやんか」
「や、って……も、お前!離せ」
「まあなあ。あんなキスで光一さんが立て直せるなら幾らでも受けるけどな」
「分かって、たんか」
「当たり前やろ。光一は自分で主導権握った方が落ち着くもん」
「……っあ」
平然と会話を進める剛の手は、光一の身体を徒に弄ぶ。
シャワーの水音で自分の声が紛れているかどうか、気が気ではなかった。
唇を噛んで、必死に快楽を堪える。
剛の繊細な指先が弱いところばかりを触るから、縋らなければ立っていられなかった。
「光一」
「……あ、なに……っ」
「俺のも触って」
剛の左手が、光一の手に伸ばされてそのまま熱を持つ部分へと導かれる。
一瞬びくりとおびえた指先は、決意したようにそっと絡まった。
そんなんじゃホントに握っただけやねんけどな。
冷静に剛は思うけれど、潔癖症で身体を重ね始めた頃は触る事も出来なかった光一がこうして触れてくれているのだと考えると勝手に熱は高まった。
単純な自分でも良いと思う。
不器用な手が、自分が施すのと同じ仕草で動いた。
長い間身体に教え込んだ事は、多分言葉よりも確実に愛情を確認させてくれる。
「うん、っそう。上手」
「……っ」
光一が必死に声を抑えているのが可哀相で、意地悪はせず唯快感だけを感じるように追い上げた。
時間がないのは本当だし、余り時間を掛け過ぎて体力を奪うのも得策ではない。
隙間がないように抱き締めると、光一の手の上から二人分を重ねて上り詰めた。
もう抱いていてやらなければ立っている事も出来ないようで、シャワーで滑る背中を必死に抱き寄せる。
「あっ……っぅん、つよの、っ阿呆!……っ」
不当な言葉を投げ付けながら、光一は剛の肩に額を押し付けて果てた。
自分で立っている事は出来なくて膝から力が抜け落ちる。
けれど、しっかりと剛に抱えられてタイルの上に倒れ込まずに済んだ。
自分より小さい癖に頼りになるその身体に体重を全部預けて目を閉じる。
「お疲れさん。ほら、身体洗おうな」
逆らう気力はなく、そのまま光一の身体は剛に綺麗洗われた。
少し前の熱なんか少しも感じさせない優しさに悔しくなる。
自分はキス一つで(一回じゃないけど)、動揺してしまったのに。
剛の手に甘やかされながら、もう一度小さく「阿呆」と罵って光一は目を閉じた。
真っ白のバスタオルで全身を拭かれて、ジャージに着替える。
ソファに座ったまま投げ出した身体は、剛の手によって元通りになった。
さらりとした肌の感触に安心して目を閉じる。
もうすぐスタッフに挨拶を済ませて此処を出なければならないだろう。
マネージャーは二人が一緒にいる事を知っているのかいないのか。
剛が根回ししてるんやろな。
もう良いや。
相変わらず頭は働かないし、今日は誕生日だし。
少し位は許してもらおう。
「なあ、光ちゃん」
「……んん?」
「どうしてさっき阿呆やったん?」
「は?」
「さっき」
「何……あ。……何でもあらへん」
「こーおーちゃん」
「別に、阿呆やって思ったから阿呆言うただけや」
「お前は隠すの下手やな。ほら」
「え、」
唇に柔らかな感触が触れる。
慌てて目を開ければ、目の前に剛の顔があった。
ステージの上と同じ、隠すつもりもない愛情が滲んでいる。
先刻とは違い、もう甘い香りは残らなかった。
「さっきは何でキスしてくれないねん、阿呆。の阿呆やろ?」
確信犯的に笑われて、顔を逸らした。
嘘を吐いてもばれるだろうし、正直に言うのは分が悪過ぎる。
「言わんの?黙秘権行使?」
「……」
「もっかいリップクリーム塗ったろか?」
「やだ」
「光一の良いところは、ステージの上でも此処でも変わらん事やなあ」
「誉められてない気ぃする」
「誉めてますよ?僕の可愛い可愛いお姫様は、三十手前になってもかぁいらしいまんまやなあって」
「やっぱ誉めてへん!」
「誉められたいん?」
切り替えされて言葉に詰まった。
至近距離にある剛の漆黒の瞳には楽しむ色がある。
そっと頬を掌でなぞられて、思わず眉根を寄せた。
優しくされると怯えてしまうのは、光一の癖だから仕方ない。
「光ちゃんが世界一可愛い」
「やから、可愛い言うな」
「何でよ。昨日のカウコンでも思ったで。ダントツでウチの子が一番やなあって」
「お前、ホンマに恥ずかしい。後輩の方が絶対可愛いやん」
「あいつらはまだ子供やからね。光一は大人なのに可愛い」
「……何か阿呆っぽい」
「阿呆ちゃうよ。愛してるって言ってんの」
「っ……つよ」
もう一度触れるだけの口付けを与えた。
光一が不満を持つのを承知で、剛は離れる。
「ほら、そろそろ挨拶行こか。マネージャーも待ってるし」
「お前!やっぱそうやって!」
「物事には色々と準備が必要やねん」
「準備なんてせんでもええ」
「さて、戻りましょうか。ハニー」
「……ハニー言うな」
「思い出す?」
剛はソファから立ち上がると、光一の手を恭しく取った。
相変わらず文句は言うものの拒否をしない恋人が可愛いと思う。
いつだって本当は声を大にして言いたかった。
光一は自分のものだ、と。
大切で愛しくて手放せない人だった。
いい加減、一緒にいさせて欲しいと何度言った事か。
キスをすれば何かが変わる訳でもないけれど、関係者には十分アピールになったと思う。
本当は少しだけ純粋な嫉妬も混ざっているのに気付いていた。
いつでもスキンシップの激しい友人に煽られている部分は否めない。
「もう絶対、公の場所ですんなや」
「さあ、どうかな。もうええんちゃう?キンキはその路線で売れば」
「無意味な事は嫌や」
「光ちゃん」
「嫌や。もうええの、俺は剛がおれば」
「俺もやで。でもな、光一が誰かに攫われるんじゃないかっていっつも不安なのも嫌やねん」
「俺は攫われへんよ。剛が好きやから」
言って、光一は繋いだ手に力を込めた。
淡い言葉は、剛の耳に心地良く響く。
普段ほとんど言わない癖に、まだステージの動揺が残っているらしかった。
自分の事では簡単に揺らぐ彼が愛しい。
「こうい」
「でも!人前はあかん!」
「客も喜んでたやん」
「バンドメンバーは引いてたやろ!」
「えーやん」
「あかん!大体何で!」
「ん?」
「あのふわふわんとこ」
「スポンジベッド?」
「そう!お前、見えてないからって舌入れたやろ!」
「……ああ」
「調子に乗り過ぎや!」
「やのに、シャワー浴びてる時にはキスの一つもせえへんで、って?」
「……もぉ、お前と話してると疲れるわ」
理由なんて分かり過ぎる位分かっていたから、光一は視線を足許に向けて楽屋へと急ぐ。
途中からダンサーは目を合わせてくれないし、ストリングスの女性メンバーに至ってはあからさまに顔ごと背けられた。
まだ気持ちが落ち着いていないせいで、光一は普段は気にならない周囲の反応に敏感になっている。
唇には甘い香り。
眩んでしまいそうだった。
お疲れ様の挨拶もそこそこに楽屋へと戻る。
どうせまた最後に挨拶をしなければならないのだから、今はまずシャワーを浴びよう。
堂本光一と書かれた部屋の前に立った。
撤収の為に奔走しているスタッフの喧騒を聞きながら、ドアノブに手を掛ける。
「おーお疲れさーん」
扉を開けた途端脱力して、光一はその場に座り込んでしまった。
おかしい。あり得ない。
「おいおい、大丈夫か?ん?疲れたん?」
「……おま、な、ど……」
「はは。光一、日本語なってへんで」
自分の楽屋に入った筈なのに、何故か衣装を着たままの剛に出迎えられる。
せっかく顔を見なくて済むようにと慌てて戻って来たのに。
これでは何の意味もない。
また心臓が痛んで、光一は両手で顔を覆った。
「光ちゃん、何?泣くんか」
「泣く訳あるか、阿呆。とりあえずお前出てけ」
「何で」
「……意味分からん。何で俺の部屋おるん。帰れ」
「こぉいち」
思い掛けず優しく呼ばれて、光一は恐る恐る顔を上げた。
少しだけぼやけた視界は、もしかしたら本当に涙が溢れ掛けているのかも知れない。
声と同じ優しい表情に絆された。
両手を引かれるまま立ち上がる。
「とりあえず入口やと皆気にするから、入んなさい」
「……お前のせいやん」
「そうかもな」
確かに、先刻まで楽屋の前を走り回っていたスタッフの気配がなくなっていた。
気遣われているのだとしたら、かなり格好悪い。
剛が腕を伸ばして、光一の背中で扉を閉めた。
「はい、密室の完成」
「変な事言うな」
「変な事ちゃうもん。動揺が治まらない光一さんと一緒にシャワー浴びたろう言う相方の優しさをやね、表現しようとしてるのに」
「……変態」
「あら、知らんかったの」
「剛が変態なのなんて、俺が一番知っとるわ」
「まあ、そうやな。俺は光一さん以外に変態な趣味は持ってないからね」
「ステージの上でキスしやがって……」
「腰にキた?」
「阿呆」
叱ってやりたいのに、上手く出来ない。
最初のキスからもう随分と、自分を思い通りにコントロールする術は放棄してしまった。
いつもの慣れた司会の手順も、客席を煽る事も何一つ。
思い通りにならない。
剛がぼけて、自分が突っ込むのが定着したスタイルだった。
公衆の面前、と言うかバンドメンバーの目の前でキスをした事よりも、仕事を全う出来なかった事が光一を苦しめている。
繋いだ腕はそのままに楽屋の真ん中まで連れて来られた。
何も言わず衣装を脱がし始めた剛の腕を慌てて止める。
「え、なに?ホントに入んの?」
「うん」
「嫌やって!スタッフ入って来たらどうすんの!」
「入って来ません。悪いけど今日は、誰も近付かんから」
「つよ!」
「……だって、やっと俺のもんやって言えたんやもん」
「っおま」
悪びれず嘯く剛の目が、嬉しそうに細められているから何も言えなくなってしまった。
自分達の関係は口外して良いものじゃない。
この仕事を続けている限り、と言うよりは社会で生きている以上隠さなければならない事だった。
分かっていて、一緒に生きる事を決めたのだ。
後悔なんてしていないけれど、口を噤む度に剛が悲しそうな顔をするのが辛かった。
俺はもうお前のもんなのに、苦しめてしまう自分が嫌で。
今日のステージでの出来事を許せる訳ではないけれど、嬉しい気持ちも分からなくはない。
ポーズの為に一つ息を吐くと、そっと腰に手を伸ばした。
抱き着くのは癪だから、僅かの意思表示に留める。
「光ちゃん」
「お前のせいやからな。今日の俺が駄目だったんは」
「うん、そうやね。ぜーんぶ俺のせいやわ」
「……余裕なのがむかつく」
「今日は俺、何言われても怒らへんで」
笑いながらあっと言う間に衣裳を脱がされる。
剛もすぐに脱ぎ始めるから、下着姿のまま慌ててその手を止めた。
「え、何?」
「やって!此処で脱いだら衣裳さんに一緒に入ったのばれるやろ!」
「大丈夫。俺んとこのシャワールーム、故障中やもん」
「……壊したんか?」
「其処まで横暴ちゃうわ。マネージャーに使えへんみたい、って適当な事言っただけ」
「全然大丈夫じゃないやん」
「良いよ。出たらちゃんと自分とこに持って帰るから。とりあえず入ろ」
結局光一に拒否権はなく、シャワールームに連れ込まれた。
確認はしていないけれど、剛の事だから鍵は締めているのだろう。
本当の事を言えば、離れたくないのは多分自分の方が強かった。
こんな風に触れられて甘やかされたら、一人でいられなくなる。
せっかく落ち着こうと思ったのにな。
もう良いや、と思って剛の手に委ねた。
狭いシャワールームでは、全てが暴かれてしまうから。
「つよっ!変なとこ触んな」
「一緒に入ってて今更触るなはないでしょ」
「っだ、って……あ!」
「お前稽古あるから最後まではやらんよ。でも触りたい。沢山触って欲しい」
「つよ」
「何か、キスしてもうたから落ち着かん感じやねん」
「剛さん獣やなあ」
「光一が色っぽい顔し過ぎやねん」
「俺はそんなんしてへん。お前、何回ちゅーしたと思ってんの。自業自得やん」
「えー五回?」
「数えんな!……んぅ」
「光一やって最後にしたやんか」
「や、って……も、お前!離せ」
「まあなあ。あんなキスで光一さんが立て直せるなら幾らでも受けるけどな」
「分かって、たんか」
「当たり前やろ。光一は自分で主導権握った方が落ち着くもん」
「……っあ」
平然と会話を進める剛の手は、光一の身体を徒に弄ぶ。
シャワーの水音で自分の声が紛れているかどうか、気が気ではなかった。
唇を噛んで、必死に快楽を堪える。
剛の繊細な指先が弱いところばかりを触るから、縋らなければ立っていられなかった。
「光一」
「……あ、なに……っ」
「俺のも触って」
剛の左手が、光一の手に伸ばされてそのまま熱を持つ部分へと導かれる。
一瞬びくりとおびえた指先は、決意したようにそっと絡まった。
そんなんじゃホントに握っただけやねんけどな。
冷静に剛は思うけれど、潔癖症で身体を重ね始めた頃は触る事も出来なかった光一がこうして触れてくれているのだと考えると勝手に熱は高まった。
単純な自分でも良いと思う。
不器用な手が、自分が施すのと同じ仕草で動いた。
長い間身体に教え込んだ事は、多分言葉よりも確実に愛情を確認させてくれる。
「うん、っそう。上手」
「……っ」
光一が必死に声を抑えているのが可哀相で、意地悪はせず唯快感だけを感じるように追い上げた。
時間がないのは本当だし、余り時間を掛け過ぎて体力を奪うのも得策ではない。
隙間がないように抱き締めると、光一の手の上から二人分を重ねて上り詰めた。
もう抱いていてやらなければ立っている事も出来ないようで、シャワーで滑る背中を必死に抱き寄せる。
「あっ……っぅん、つよの、っ阿呆!……っ」
不当な言葉を投げ付けながら、光一は剛の肩に額を押し付けて果てた。
自分で立っている事は出来なくて膝から力が抜け落ちる。
けれど、しっかりと剛に抱えられてタイルの上に倒れ込まずに済んだ。
自分より小さい癖に頼りになるその身体に体重を全部預けて目を閉じる。
「お疲れさん。ほら、身体洗おうな」
逆らう気力はなく、そのまま光一の身体は剛に綺麗洗われた。
少し前の熱なんか少しも感じさせない優しさに悔しくなる。
自分はキス一つで(一回じゃないけど)、動揺してしまったのに。
剛の手に甘やかされながら、もう一度小さく「阿呆」と罵って光一は目を閉じた。
真っ白のバスタオルで全身を拭かれて、ジャージに着替える。
ソファに座ったまま投げ出した身体は、剛の手によって元通りになった。
さらりとした肌の感触に安心して目を閉じる。
もうすぐスタッフに挨拶を済ませて此処を出なければならないだろう。
マネージャーは二人が一緒にいる事を知っているのかいないのか。
剛が根回ししてるんやろな。
もう良いや。
相変わらず頭は働かないし、今日は誕生日だし。
少し位は許してもらおう。
「なあ、光ちゃん」
「……んん?」
「どうしてさっき阿呆やったん?」
「は?」
「さっき」
「何……あ。……何でもあらへん」
「こーおーちゃん」
「別に、阿呆やって思ったから阿呆言うただけや」
「お前は隠すの下手やな。ほら」
「え、」
唇に柔らかな感触が触れる。
慌てて目を開ければ、目の前に剛の顔があった。
ステージの上と同じ、隠すつもりもない愛情が滲んでいる。
先刻とは違い、もう甘い香りは残らなかった。
「さっきは何でキスしてくれないねん、阿呆。の阿呆やろ?」
確信犯的に笑われて、顔を逸らした。
嘘を吐いてもばれるだろうし、正直に言うのは分が悪過ぎる。
「言わんの?黙秘権行使?」
「……」
「もっかいリップクリーム塗ったろか?」
「やだ」
「光一の良いところは、ステージの上でも此処でも変わらん事やなあ」
「誉められてない気ぃする」
「誉めてますよ?僕の可愛い可愛いお姫様は、三十手前になってもかぁいらしいまんまやなあって」
「やっぱ誉めてへん!」
「誉められたいん?」
切り替えされて言葉に詰まった。
至近距離にある剛の漆黒の瞳には楽しむ色がある。
そっと頬を掌でなぞられて、思わず眉根を寄せた。
優しくされると怯えてしまうのは、光一の癖だから仕方ない。
「光ちゃんが世界一可愛い」
「やから、可愛い言うな」
「何でよ。昨日のカウコンでも思ったで。ダントツでウチの子が一番やなあって」
「お前、ホンマに恥ずかしい。後輩の方が絶対可愛いやん」
「あいつらはまだ子供やからね。光一は大人なのに可愛い」
「……何か阿呆っぽい」
「阿呆ちゃうよ。愛してるって言ってんの」
「っ……つよ」
もう一度触れるだけの口付けを与えた。
光一が不満を持つのを承知で、剛は離れる。
「ほら、そろそろ挨拶行こか。マネージャーも待ってるし」
「お前!やっぱそうやって!」
「物事には色々と準備が必要やねん」
「準備なんてせんでもええ」
「さて、戻りましょうか。ハニー」
「……ハニー言うな」
「思い出す?」
剛はソファから立ち上がると、光一の手を恭しく取った。
相変わらず文句は言うものの拒否をしない恋人が可愛いと思う。
いつだって本当は声を大にして言いたかった。
光一は自分のものだ、と。
大切で愛しくて手放せない人だった。
いい加減、一緒にいさせて欲しいと何度言った事か。
キスをすれば何かが変わる訳でもないけれど、関係者には十分アピールになったと思う。
本当は少しだけ純粋な嫉妬も混ざっているのに気付いていた。
いつでもスキンシップの激しい友人に煽られている部分は否めない。
「もう絶対、公の場所ですんなや」
「さあ、どうかな。もうええんちゃう?キンキはその路線で売れば」
「無意味な事は嫌や」
「光ちゃん」
「嫌や。もうええの、俺は剛がおれば」
「俺もやで。でもな、光一が誰かに攫われるんじゃないかっていっつも不安なのも嫌やねん」
「俺は攫われへんよ。剛が好きやから」
言って、光一は繋いだ手に力を込めた。
淡い言葉は、剛の耳に心地良く響く。
普段ほとんど言わない癖に、まだステージの動揺が残っているらしかった。
自分の事では簡単に揺らぐ彼が愛しい。
「こうい」
「でも!人前はあかん!」
「客も喜んでたやん」
「バンドメンバーは引いてたやろ!」
「えーやん」
「あかん!大体何で!」
「ん?」
「あのふわふわんとこ」
「スポンジベッド?」
「そう!お前、見えてないからって舌入れたやろ!」
「……ああ」
「調子に乗り過ぎや!」
「やのに、シャワー浴びてる時にはキスの一つもせえへんで、って?」
「……もぉ、お前と話してると疲れるわ」
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