小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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直さんの恋
堂本光一は、大概不器用な男だと思う。人前で苦労のない完璧な人間を演じるのは得意だけど、稽古中の彼は、目も当てられなかった。いっそ可哀相な程、何も出来ない。
努力で補う事がこの世界で生き抜く為の処世術だった。ダンスや歌を最初から知っている訳ではないから分からないけれど、想像を絶する努力の結果が光一の身体に染み込んでいるのだろう。
どの世界にいても、勿論努力は必要だ。光一だけじゃない。世界中のどこにだって、努力せずに成功した者はいなかった。
けれど、そもそもスタート地点が違う。まして感性で生き抜くこの世界は、出来ると思って飛び込む人間がほとんどだった。
光一のように、根本的にこの手の感性を持ち合わせていない人間が成功すると言うのは、努力を重ねて来たと自負する自分でも、考えつかない事だ。お世辞でも何でもなく、アイドルの癖に頑張っている男だった。
「光一!」
「え」
稽古の最中だ。いきなり声を上げられれば驚くだろう。吃驚した目を真っ直ぐ向けられた。光一の練習を見ていると、ひやりとさせられる。
「何か間違えちゃいました?」
「いや、自分の手見てみろ」
「手?」
本当に分かっていない顔で、スティックを持った手に視線を落とした。どんなドラマーも通る道だが、それでも痛いものは痛い。光一は、自分の手を見てそれから僅かに眉を顰めただけだった。
「すいません。ちょっと汚れちゃった」
「そうじゃなくて。マメ潰れて痛いんだろ?」
「あー、はい。痛いっす」
「休憩しよう。手当してやるから、救急箱」
「え、あ!大丈夫です。血で汚さんように絆創膏だけ貼ったら出来ます」
「……良いから。こんな時期から無理しててもしょうがないだろ」
「はい、すいません」
しゅんと項垂れたまま、申し訳なさそうに寄って来る。スティックを握る部分は、すぐにマメを作った。親指の付け根の、柔らかな皮膚。
スタッフから救急箱を受け取って、光一を自分の前に座らせた。素直に両手を出す仕草が幼い。
たまに、この男はまともに歳を重ねているのだろうかと不安になった。仕事中の厳しい表情と、こんな瞬間に見せるあどけなさ。
丁寧に消毒を施しながら、なるべく痛くないよう絆創膏をきつく巻いた。俯く光一の表情は不満そうだ。痛みではなく、自分の事で稽古を中断させるのを嫌がっていた。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます、じゃあ」
「休憩しよう。俺、まだ見ててやれるから。飯でも食ったら?」
「……でも」
「あそこは難しいから、時間掛かるよ。手、痛いだろ?」
「大丈夫です」
強情に言い張る光一が可愛い。この感覚は何に起因しているのか。プロの顔で稽古を重ねている彼は強いと思う。なのに、抱き締めてキスをしたい衝動に駆られた。
「……何ですか?」
さすがに口付ける事は出来なくて、小さな頭を撫でる。不信な顔。警戒している癖に、無防備に身体を晒していた。取って食っちまおうかと思う。
「んー、いや。前に子供教えたんだけど、そん時」
「俺が子供みたいって話ですか?」
スタッフが持って来た弁当を受け取りながら、不貞腐れた口振りで言った。汗で湿った髪は、手入れが嫌いな癖にさらりと零れる。稽古中位は汚い格好で髭でも生やしていれば良いものを。
今日は撮影の後だから、妙に小綺麗で困った。愛らしい生き物だと思ってしまう。
「光一の頭、小さいよなあ」
「脳味噌詰まってませんから」
「何で、素直に誉められとかないのかね」
「え?誉めたんですか?」
広げた弁当を食べるでもなく突つくだけの光一は、誉められる事が苦手だった。小さいのも可愛いのも細いのも全部コンプレックスで、上手に折り合いを付けられないまま大人になっている。
「誉めてるよ、いつも。ドラムも上手くなったしな」
「ホンマですか?」
「ああ」
「なら、もっとがんばろ。直さんに誉められると嬉しい」
小さく笑んで、唐揚げを口に入れた。表面に浮いた油が唇について、危うい光沢を出す。今すぐ抱き締めて押し倒してやろうか。
「ちゃんと見ててやっから、良いの作ろうな」
「はい」
綻んだ目尻の柔らかさに見蕩れて、いつか言ってやろうと心に決めた。ショーの勉強をしに一緒にアメリカへ行かないか?問うたら、彼はどう答えるだろうか。向上心と努力と、それを裏切る幼い表情。
惹かれて行く自分を否定せず、一緒に弁当を食べた。いつかこの狭い世界からお前を連れ出そう。
もういっそ、この公演が終わったらアメリカに連れて行ってしまおうか。危険な思想に、石川は一人で笑った。不思議な顔で見上げる光一が可愛くて、愛しい。
堂本光一は、大概不器用な男だと思う。人前で苦労のない完璧な人間を演じるのは得意だけど、稽古中の彼は、目も当てられなかった。いっそ可哀相な程、何も出来ない。
努力で補う事がこの世界で生き抜く為の処世術だった。ダンスや歌を最初から知っている訳ではないから分からないけれど、想像を絶する努力の結果が光一の身体に染み込んでいるのだろう。
どの世界にいても、勿論努力は必要だ。光一だけじゃない。世界中のどこにだって、努力せずに成功した者はいなかった。
けれど、そもそもスタート地点が違う。まして感性で生き抜くこの世界は、出来ると思って飛び込む人間がほとんどだった。
光一のように、根本的にこの手の感性を持ち合わせていない人間が成功すると言うのは、努力を重ねて来たと自負する自分でも、考えつかない事だ。お世辞でも何でもなく、アイドルの癖に頑張っている男だった。
「光一!」
「え」
稽古の最中だ。いきなり声を上げられれば驚くだろう。吃驚した目を真っ直ぐ向けられた。光一の練習を見ていると、ひやりとさせられる。
「何か間違えちゃいました?」
「いや、自分の手見てみろ」
「手?」
本当に分かっていない顔で、スティックを持った手に視線を落とした。どんなドラマーも通る道だが、それでも痛いものは痛い。光一は、自分の手を見てそれから僅かに眉を顰めただけだった。
「すいません。ちょっと汚れちゃった」
「そうじゃなくて。マメ潰れて痛いんだろ?」
「あー、はい。痛いっす」
「休憩しよう。手当してやるから、救急箱」
「え、あ!大丈夫です。血で汚さんように絆創膏だけ貼ったら出来ます」
「……良いから。こんな時期から無理しててもしょうがないだろ」
「はい、すいません」
しゅんと項垂れたまま、申し訳なさそうに寄って来る。スティックを握る部分は、すぐにマメを作った。親指の付け根の、柔らかな皮膚。
スタッフから救急箱を受け取って、光一を自分の前に座らせた。素直に両手を出す仕草が幼い。
たまに、この男はまともに歳を重ねているのだろうかと不安になった。仕事中の厳しい表情と、こんな瞬間に見せるあどけなさ。
丁寧に消毒を施しながら、なるべく痛くないよう絆創膏をきつく巻いた。俯く光一の表情は不満そうだ。痛みではなく、自分の事で稽古を中断させるのを嫌がっていた。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます、じゃあ」
「休憩しよう。俺、まだ見ててやれるから。飯でも食ったら?」
「……でも」
「あそこは難しいから、時間掛かるよ。手、痛いだろ?」
「大丈夫です」
強情に言い張る光一が可愛い。この感覚は何に起因しているのか。プロの顔で稽古を重ねている彼は強いと思う。なのに、抱き締めてキスをしたい衝動に駆られた。
「……何ですか?」
さすがに口付ける事は出来なくて、小さな頭を撫でる。不信な顔。警戒している癖に、無防備に身体を晒していた。取って食っちまおうかと思う。
「んー、いや。前に子供教えたんだけど、そん時」
「俺が子供みたいって話ですか?」
スタッフが持って来た弁当を受け取りながら、不貞腐れた口振りで言った。汗で湿った髪は、手入れが嫌いな癖にさらりと零れる。稽古中位は汚い格好で髭でも生やしていれば良いものを。
今日は撮影の後だから、妙に小綺麗で困った。愛らしい生き物だと思ってしまう。
「光一の頭、小さいよなあ」
「脳味噌詰まってませんから」
「何で、素直に誉められとかないのかね」
「え?誉めたんですか?」
広げた弁当を食べるでもなく突つくだけの光一は、誉められる事が苦手だった。小さいのも可愛いのも細いのも全部コンプレックスで、上手に折り合いを付けられないまま大人になっている。
「誉めてるよ、いつも。ドラムも上手くなったしな」
「ホンマですか?」
「ああ」
「なら、もっとがんばろ。直さんに誉められると嬉しい」
小さく笑んで、唐揚げを口に入れた。表面に浮いた油が唇について、危うい光沢を出す。今すぐ抱き締めて押し倒してやろうか。
「ちゃんと見ててやっから、良いの作ろうな」
「はい」
綻んだ目尻の柔らかさに見蕩れて、いつか言ってやろうと心に決めた。ショーの勉強をしに一緒にアメリカへ行かないか?問うたら、彼はどう答えるだろうか。向上心と努力と、それを裏切る幼い表情。
惹かれて行く自分を否定せず、一緒に弁当を食べた。いつかこの狭い世界からお前を連れ出そう。
もういっそ、この公演が終わったらアメリカに連れて行ってしまおうか。危険な思想に、石川は一人で笑った。不思議な顔で見上げる光一が可愛くて、愛しい。
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