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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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「つ、よし・・・」
 一人きりの朝が訪れる。白い光が差し込む部屋に取り残された声は、何処にも届く事なく光の粒子と混ざり合って溶けて行った。置き手紙があるのでも荷物が全てなくなっている訳でもない。けれど、律儀に畳まれた布団と温められるのを待つだけの朝食に剛の不在を悟った。
 この場所を飛び出したのだ。どうしよう。何処にもあの子の気配がない。優しさの残されていない部屋で呆然とした。「家出」と言う言葉さえ思いつかない。
 何から始めたら良いのかすら分からず、とりあえずいつものように顔を洗った。冷たい水も思考を取り戻す手段にはならない。悩む、と言う事すら出来ず、困った時の一一〇番通報をした。警察ではなく、城島へのホットラインだ。
「おはよう、光ちゃん。どうかしたんかー」
「っ茂君、どうしよ!・・・俺!」
「おいおいおいおい。落ち着き落ち着き。剛がどうかしたんか?」
「茂君・・・」
 城島の声を聞いた途端、感情が追い付いて来てパニックを起こす。要領を得ない自分の話を丁寧に聞き取って(と言っても、すぐに理解出来たらしい。「光ちゃんが焦る理由なんて一つやから簡単やったで」と笑われたのは、勿論後日談だ)、穏やかな声のまま必要な事を指示してくれた。
「それは、『家出』っちゅう成長過程やね。焦ったらあかんでー。あの子にも反抗期が来たんやな、って成長を思ったらええのよ」
「・・・うん」
「よしよし、ええ子や。これから探しに行くんやろ?」
「うん」
 即答した。自分が探さないで、誰があの子を追い掛けると言うのだ。
「したら、まずは会社に休みの連絡を入れなさい」
「・・・あ」
「やっぱり忘れてるやろ。普段仕事馬鹿の振りしとる癖に、唯の親馬鹿やないの」
 気の抜けた声で笑われて、緊張が解かれる。親馬鹿で構わなかった。一生剛を守ると決めたのだ。誰よりも愛して、愛し抜いてやるのだと誓った。
 城島の指示通り会社に病欠の連絡を入れ、動き出す前に心当たりのあるところへ電話をしてみる。案の定学校には行っていないようで、何食わぬ声でこちらも病欠を伝えた。それから、休み時間を狙って岡田の携帯に掛けてみたが、今日は会っていないと言われる。学校が違うのだから当たり前と言えば当たり前だった。落胆し掛けた自分を、察しの良い岡田は気遣ってくれる。
「剛君の学校に共通の友人がいるんで、そっちに連絡してみますよ。学校は僕が気を付けておきます。光一君は、他の場所を探して下さい」
 中学生に窘められるのはどうなんだろうと思ったけれど、今の自分がどうしようもない程不安定なのは事実だから、素直に頼む事にした。自分の身体は一つで、そんなに手広く探せる訳ではない。好意は甘んじて受け入れるべきだ。
 午後は、自宅から離れていない場所で剛の行きそうな所を探した。公園、ゲームセンター、ファーストフード店、図書館、レコードショップ。何処にも目当ての姿はなくて、泣きそうになる。いつでも傍にいた少年。自分の中の喪失感が大き過ぎて、怖くなった。慣れないこの土地で、文字通り二人きり生きて来たのだ。考えていたよりずっと、彼に救われていた事に気付いた。こんな風に離れているのは初めてで、持て余した感情をどうしたら良いのか分からない。
 剛。何処にも行かないで。此処にいて。こんなにも切迫した感情を初めて知った。胸が痛い。誰もいない夕暮れの路地裏で蹲った。普段の強がりすら保てない。このまま、声を上げて泣き出してしまいそうだと思った。心臓の辺りを両手で押さえて、その衝動を抑え込む。
 一日中歩き続けて、何処にも剛の気配を見付けられなかった。城島に連絡を入れるともう帰りなさないと諭される。剛が帰って来た時光ちゃんは笑顔で迎えて、それからたっぷり叱らんとあかんのやから、元気残しておくんやで。明るい声に慰められて、素直に家へと向かった。もし剛が近くまで戻って来て窓に明かりがなかったら、もっと遠くに行ってしまうかも知れない。
 俯いたまま階段を上って行くと、自分の部屋の前に人影があった。
「剛っ」
 反射的に叫んで、残りの階段を駆け上がる。それが違う人だと気付くのに、時間は掛からなかった。大きな背中、着古しているのに汚い印象を与えないジーンズ、振り返った顔は陰のある剛のそれよりずっと明るい。太陽のような男だった。
「なが、せ・・・?」
「あー光一いたー!今日休んだって言うから心配になっちゃってさー、慌てて仕事終わらせて来てみたら誰もいないし。病院行ったのかとも思ったんだけど、せっかく来たからもう少し待とうと思ってさ。・・・でも、病院行って来た感じじゃないね?顔色悪いけど。さっき、剛って言った?」
 動物的勘で生きている友人は、確信を持った直感を違える事はない。長瀬の大きな顔のパーツは、彼の感情を豊かに表現した。心配した顔。何の打算もない優しさに、とうとう光一の張り詰めていた糸が切れた。
「剛がっ・・・帰って来ないんや!今朝起きたら、布団綺麗で、一人でっ。俺が、あいつの希望素直に聞いてやれば良かったんか?夜学なんてっ、行って欲しない!何でいらん苦労背負わせなあかんのやっ。あの子は、俺の子供や!俺が大人にするって決めた。何で、一人で先進もうとするん?俺のせいか?俺が頼りないからあかんの?どうして・・・っ」
 光一の細い身体を、その叫びごと長瀬は胸に受け止めた。これ以上、不安を与えないようにきつく抱き寄せる。光一に剛と言う養子がいる事を教えられたのは、二年前だった。元々口数の少ない友人だったから、そんなに彼らの関係を知っている訳ではない。どう言ういきさつで二人、この東京で生きて行く事になったのか。
 けれど、長瀬にはそんな事はどうでも良かった。今此処にある光一の愛情が全てだ。泣かない彼の精一杯の激昂。
「そうかー剛が家出かー。大人になったもんだなあ」
「俺は、一度も家出なんてした事あらへん!そんなんせんでも大人になれるわ」
「うーん、光一はホントに真面目だからなー。家出は男のロマンよ」
「分からん!」
 友人のこんなに怒った声は初めて聞いた。
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