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小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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「こんにちは。お久しぶりです」
「いらんいらんでー、そんな堅苦しい挨拶は。学校帰りか?したら腹減っとるなあ。僕の秘蔵饅頭出したるから、ちょぉ待っててな」
 おっとりした笑顔と賑やかな喋りに気圧されて、勧められるまま室内に入った。城島の自室兼園長室に通される。何度も何度もこの部屋で話をした。涙を堪えた表情で弱音を喉につかえさせて、それでも強く在ろうとした養父をこの場所でずっと見ている。
 岡田と並んで古いソファに座って待っていると、程なくして部屋の主が現れた。両手に持ったお盆の上には、三人で食べるには多過ぎるおやつ。此処で生活している子供達には深い愛情故の厳しさで接する人なのに、たまに訪れる子供達には労う素振りで甘やかしてくれた。あくまでも、此処の子供達にばれないように、ではあるけれど。
「子供らはこれから宿題の時間やから、ちょっとは静かやわ。まあ、食べなさい」
「はい、いただきます」
 年齢不詳の園長は、日本茶を飲んでいる時が一番老けて見える。悪い意味ではなく、狡猾な翁と言うイメージが良く似合った。秘蔵の饅頭を食べながら、今此処で生活している子供達の事を話される。
「もうすぐお母さんと一緒に暮らせる中二の子がおってなあ。最近はその子が頑張ってくれるおかげで、園内は穏やかなもんやで」
 問題を抱えた子供達が集団で生活するのは、容易な事ではない。城島の肩には、大きな傷痕が残っていた。ずっと昔、子供が暴れて包丁を手にしたのだそうだ。自身の傷より子供に犯罪歴を負わせてしまった事をずっと悔やんでいる。
 そんな人だった。優しさや正義だけで、私営の施設を維持する事は出来ない。己に厳しい、度量の大きな人だった。
「もう君ら、受験も追い込みやろ?こんな所で油売っててええの?」
「今更焦る事もありませんし」
 答えたのは、岡田だ。のんびりした雰囲気は、どちらの方が勝っているだろう。目の前の世界をきちんと見ていないような親友の瞳は、いつも自分とは違う現実を追っていた。城島が苦笑する。
「准一は、そうやな。もう高校の授業で勉強する事なんかないやろ。僕は、早く大学行って勉強して欲しいなあ思てたから嬉しいわ。行くとこは決めとんのか?」
「はい、もう大体は」
「そうか。春が楽しみやなあ」
 小さい頃から岡田を知っている城島は、嬉しそうに目を細めた。関わった全ての子供達の成長をこうして心から喜んでいるのだろう。
 岡田は、自分と同じように長い間城島の施設に通っていた。家庭環境に問題があっての事ではない。自分達親子とは違って、彼の家族はいつでも大らかな空気が満ちていた。岡田の本当の両親は、幼い時に交通事故で亡くなっている。幸い叔父夫婦が引き取る事となり、小さな頃から大人びた所のある少年は、何の問題もなく養子として迎えられた。
 それでも、不安が大きかったのだろう。親交のあった城島に相談へ行くのは、当然の流れだった。園内で一人物静かに過ごしている少年に声を掛けたのが出会いだ。聞き慣れたイントネーションに安心した部分もあるのだろう。それから、不思議な距離感でずっと一緒にいた。小中学校と別々だったのに、秀才の彼が同じ公立高校にいるのは、恐らく自分の事を考えてくれたからだろうと密かに思っている。
「准一に心配はしてへんけどなあ。剛はどうなん?夏休み、数学で苦労してたやろ」
「俺、実はその事で今日来たんです」
「・・・どうしたん」
 子供の変化を城島は見逃さない。真剣な眼差しで話を促された。今日の三者面談の事や考えに考えた進路の事、早く自立したいと言う純粋な願いをゆっくり自分の心に偽らないように話す。隣に岡田がいてくれて良かったと、力の入った手を見ながら思った。
「それはまた、強引やねえ」
「2人のルール破ったのは、俺です。でも、光一の願う進路を選べない」
「剛、厳しい事言うようやけど、それは子供の我儘やで。養われてるから自立出来ないんか?子供やからって責任持って生きれん訳ちゃうで。親の期待背負うんも立派な責任や」
 違う、と言いたかった。子供だからだとか、親子なのにとか、そんな理屈ではない。唯、光一が好きで光一と対等になりたかった。守られるのではなく、一緒に生きたいのだと。けれど、こんな思いを口に出す事は出来ない。異常な恋である以上、口を噤んでいるしかなかった。
「俺は、光一を苦しめたい訳やない。でも、どうしたらそれが伝わるんか分からんのです」
「剛、僕に大事な事言うてないやろ」
「え」
「茂君」
 非難の声を発したのは、岡田だった。大事な事は一つしかない。話の中核にありながら避けていた、自分の恋心。幾ら彼の度量が大きいからと言って、簡単には話せなかった。
「全部言うてくれんと、分からんよ。きっと光ちゃんも、僕以上に困って混乱してるわ」
「茂君。そんな、青少年の育成妨げるような事、言うたらあかんのやないですか」
「うーん、別に助長させてるつもりあらへんよ。でもなあ、はぐらかしながら相談されると、やっぱり人間やから腹立つのよ。こんな中途半端な話じゃ、何を言うてあげる事も出来んしね」
「茂君て、立派な大人に見えて、そう言う人ですよね・・・」
 岡田が神妙な顔で頷いた。剛だけが一人、会話に追いつけず固まったまま。青少年の育成?はぐらかす?それは、自分の話なのだろうか。だとしたら城島は、全部知っていると言う事になる。
「茂君・・・?」
「剛が本当はどんな気持ちでいるのかなんて、毎日一緒にいる訳ちゃうから、ちゃんと分かってるんやないよ。でもな、ずっと昔から君らを見てて、お互いを大切にしている事や自分勝手に大事な事を決める親子じゃない事位は知ってんのよ。やからな、ちゃんと話して欲しい」
「俺・・・俺、光一が好きなんや。一番大切。育ててくれた恩とか、ずっと一緒にいてくれたからとかやなくて。俺は、もう長い事光一だけやった」
「剛」
「はい」
「自分がどんな感情で好きなんか、もう答えは出ているんやね?」
「はい」
「それが、光一の望んでへんものでもか?」
「はい」
「君は、一度決めたら強情やからねえ」
 父親譲りやな、と優しく笑われた。彼の懐の深さは、既に尊敬の域だ。誰にも告げてはならないのだと決意した思いは、秘めれば秘めただけ辛くなった。岡田がいなかったら、自分の身勝手な感情でとっくに光一との関係は壊れていただろう。それをまた、今城島が救い上げてくれる。
「しょぉのない子やね。光ちゃんがそんな思いを望んでない事、分かってんのやろ」
「はい」
「嫌やな、もう覚悟してる目やないの。困ったなあ、おっちゃんは何言うてあげたらええのかねえ」
 全然困っていない素振りで、温くなった日本茶を啜った。穏やかな仕草に、全身の力が抜ける。嫌悪のない眼差しに安堵した。全てを受け入れてくれる人だ。
「今日、帰ってから話しすんのやろ?」
「そのつもりです」
「うん、忘れたらあかんよ。今剛は大切にせなあかん人を、一番最初に傷付けてるんやで」
「・・・はい」
「僕は、昔から嘘を吐いたらあかん言うんが信条やから、アドバイスするとしたらな。黙ってたらええと思うよ」
「・・・黙る?」
「うん、そうや。光ちゃんが好きで、その為に早く対等になりたいから就職したいんやって、真っ正直に言わんでもええんやないかな。これからも、一緒に生きて行くつもりなんやろ?」
「はい」
「じゃあ、優先順位は一緒に生きる事や。・・・これから、辛くなる思うで」
「言えないまま生活して行くのがしんどかったら、とっくに諦めてます」
「そうやな。一番大事な事を見失わないで、ちゃんと話し合ってみたらええ。正直、剛も賢い子やから、僕は進学して欲しいけどなあ」
「後四年もなんて、待てません」
 言い切った剛に、城島は苦笑を零す。隣に座る岡田は、無表情のまま饅頭を食べ続けていた。
「若さやねえ。君ら親子の事にあんまり立ち入る訳にはいかんけど、二人が納得出来る答えを探しなさい。その思いが辛かったら、僕でも准一でもたっぷり聞いたるからなあ」
 光一はきっと、自分の恋を許してはくれない。二人の間にあるのは、親子の情であって、それ以外の何も要らないと言うだろう。分かっている。でも、自分を偽らずあるがまま生きていたかった。滑稽だと思われても構わない。理解されなくても良かった。ちゃんと墓まで、この恋は持って行く。光一には告げない。だから、傍にいる事を許して欲しかった。
 秋は日の落ちるのが早い。急に暗くなった外を見て、もうそろそろ帰りなさいと促された。岡田と別れて一人になると、自分の決断が間違いではなかったかと不安になる。本当にこれで正しいのだろうか。・・・否、城島は正しいとも間違っているとも言わなかった。識者の振りで頭ごなしの説教をしない彼を信頼している。心が揺れたらまた此処に来れば良いのだと、落ち着いた気持ちで思えた。

+++++

 三年前にも似たような事があった。一緒に暮らし始めて五年、剛が高校受験の時だ。二人で肩を寄せ合って暮らしていたからと言って、全ての生活が上手く行っていた訳ではなかった。離れそうになる手を何度も繋ぎ直して生きている。
 あの時も同じように、光一は剛の高校進学を希望していた。他の子供達が選ぶのと同じ、ごく当たり前の普通科。私立でも公立でも、資金面で問題がないようずっと積立を続けて来た。自分の力不足で、剛の未来を狭めたくない。なのに、彼が選んだのは夜間学校への進学だった。
 剛の葛藤が分からなかった訳ではない。全くの他人である自分に頼って生きるのは、気が引けたのだろう。中学校までは義務教育だけれど、これからは違う。生き方の選択が出来るのだ。社会生活への第一歩と言っても過言ではなかった。
 とは言っても、今の時代は高校に行くのが当然の選択で、光一自身もその感覚で大学まで進学している。まさか、こんな所で躓くなんて思っていなかった。剛の幼い時から変わらない強い瞳に、真摯な決意を見付けてぞっとする。
 どうして、そんなに潔く決断出来るのか。当たり前と思って進学を勧めた自分と、悩みに悩んでこれからの人生を選んだ剛とでは、厳然たる差があった。彼の結論を覆す説得力がない。あの時、焦っていたのは光一だった。自分の思うようにならない事実を変えようとする様は、まるで駄々っ子だ。みっともないと今なら言えるけれど、剛の瞳に気圧されて唯ひたすら必死だった。その為に、彼を傷付けてしまう位には。
 今でも、何が決定的な理由だったのかは分からない。幾つも投げた言葉の内のどれが、剛の心を抉ってしまったのか。優しい少年は、今も黙秘権を行使したままだった。明確な理由は分からないけれど、三日月の夜剛は家を出た。
 まだあの頃は、一緒に布団を並べて眠っていたように思う。どうしても思い留まって欲しくて、剛の作った夕食を摂りながら不用意に言葉を重ねてしまった。借り物の、頭ごなしの説教ばかり。あの敏感な子供が、偽物の言葉で納得する筈なかったのに。不器用でも足りなくても、ちゃんと自分の言葉で話せば良かったのだと今なら分かる。
 剛はずっとしっかりした息子だった。連れ出したあの日から、自分の事は自分で出来たし甘えたがりではあるけれど、一人で夜を過ごさせても我儘は言わない。光一は当時、システム開発と言う今とは違う部署に配属されていた。営業が取って来る納期はいつもぎりぎりで、残業は日常茶飯事の部署だ。休日出勤をしなければ間に合わない事もままあり、剛と一緒に過ごせる時間は少なかった。それでも生活の為には仕方ない、と何処かで言い訳をしていた自分がいる。もっと早くに引き返せば良かった。自分一人の生活ではなく剛と二人の生活なのに、いつの間にか大事なものを見失っていたのかも知れない。
 遅い夕食を気まずい空気で終えた後、いつも通り布団を敷いた。二人きりだと言う事を思い出させる距離感。電気を消した室内には、互いの押し殺した呼吸音だけが広がっていた。すぐ傍にある体温。何度も抱き締めて朝を迎えて来たのに、気付けば剛は自分で人生を選ぶまでになっていたのだ。随分歩いて来てしまったのだと思う。
「・・・光ちゃんは、いつになったら分かってくれるんかな」
「俺は、分かってなんかやらん」
「もう、子供やないで?」
「剛は、一生俺の子供や。阿呆な事言うな」
 迷いのない言葉に、剛の胸の裡はすっかり混乱してしまった。「一生」と「俺の子供」。泣きたい程の喜びと、死にそうな絶望が血流に乗って指先まで行き渡った。一生傍にいられる。子供と言う距離から抜け出す事は叶わない。
 気付いてしまった恋は、自覚したその瞬間から剛の身を苛んでいた。何故、自分は他の同級生と同じように、女の子を好きにならなかったのだろう。若い故の留まる事のない熱情が剛を甘く苦しめる。
「そんなに早く大人にならんでええよ」
 目を閉じて聞く光一の声は、いつも通り優しかった。愛する人を苦しめている。愛してはいけない人に恋を抱く自分は、彼の望む普通の子にはなれなかった。父親も母親も兄弟もいる他の子供達と同じように成長出来ないのが、環境のせいだとは思いたくない。
「光一・・・」
 普段は口にしない名前で小さく彼を呼ぶ。「父さん」と言わない事に苦痛を感じないでいてくれるのが、せめてもの救いだった。この人を父と呼ぶ事は、一生出来そうもない。
「ん?何・・・剛?」
 名前を呼んだきりの自分に焦れて、光一が動くのを気配だけで感じた。目は閉じたまま。彼の舌足らずな発音が愛しい。可愛い、なんて言ったら怒られるだろうか。
「剛。寝たん?」
 思いがけず近い場所で声が聞こえて、反射的に目を開けてしまう。
「っこうぃ!」
「・・・ああ、吃驚したあ。寝てなかったんやね」
 自分の声とは対照的に、光一はのんびり笑った。元々近い距離にいる二人だ。僅かの差を縮める事なんて容易い事だった。頭では分かっていても、勝手に走り出した心臓は止められない。無防備な光一は、簡単に手を伸ばせる位置にいるのだと思い知らされた。
 反応のない自分を不審がって身体を起こした事もこちらを伺っていた事も気付いている。けれど、自分の頭を跨ぐように手を付いて、髪が触れ合う程の至近距離にいるとは思わなかった。
 光一の黒目がちな瞳は、薄い闇の中にあっても綺麗だ。頬を擽る柔らかい猫っ毛も、筋張った腕の内側の白い肌も全て。剛の目には魅惑的に映る。
 まともに視線を合わせて、まずいと思った。正直な身体に打ちのめされる。下半身に集まる熱は、明確に彼への劣情を示していた。絶望的な欲だ。自分が抱いている恋だと思っていたものが、呆気無く浅ましい欲望に飲み込まれた。
「剛?」
「っ何でもあらへん!もう寝るわ!おやすみ」
 無理矢理顔を背けて、きつく目を瞑る。己の劣情を恥じた。これは、光一を傷付ける感情だった。同じ場所で生きて行くのに、こんなものを抱えて良い筈がない。
 光一が好きや。どうしようもない程に。本能から生まれた欲は、醜い分はっきりと分かりやすく剛に愛を示す。自分の中にある愛する感情は全て光一に向いているのだと、思い込める程だった。
 小さく溜め息を零すと、諦めたように布団に入る気配がある。離れた距離に安堵して、同時に泣きたくなった。一緒にいられない。このままでは遠くない未来に父親である彼を壊してしまう。
 確信だった。大切に慈しみ育ててくれたこの年月を全て粉々に砕いてしまう。怖かった。唯、彼を誰よりも愛したいだけなのに。
 剛に優しい眠りは訪れなかった。行く先はない。それでも、今の気持のまま此処にはいられないと思った。
 真夜中、光一の眠りを確かめる為に首筋に触れる。小さく身じろいだ彼にごめんな、と囁いた。いつも使っているバッグを一つ抱えて、二人きりの部屋を出る。青い空に浮かぶ月の頼りない明かりに照らされて、剛は歩き出した。
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