小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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何の前触れもなく、真夜中に剛が来た。俺ですらそろそろ寝ようと思う時間は、既に夜よりも朝に近い。
ドラマが始まってからこうしてふらりと現れる回数が増えた。あまり夜が強くないのだから、真っ直ぐ帰って疲れを癒せば良いのに。けれど、眠っただけでは取れない疲れもあるのだと言う事を俺も良く知っている。
「マネージャーに我儘言ってもうた」
剛の寄り道にマネージャーが良い顔をした筈はなかった。確か明日も(と言うか今日も)朝からの撮影だ。良くあの厳しい人が許したものだと思う。余程疲れているのかも知れない。
「今日も上手く行ったん?」
「まあ、ぼちぼちやな」
当たり前の会話をしないと、いつもの様に呼吸出来ない。どんな時間でもどんな場所でも剛といる空間は変えたくなかった。当たり前に、馴染んだ空気で。
「なあ、光一」
「ん?」
剛の声が甘く響く。
「お前明日ゆっくりやろ。ちょお今から海行かへん?」
穏やかに提案された言葉に素直に頷く事は出来なかった。剛の願いなら何でも叶えてあげたい。この気持ちは自分の中にいつでもある真実だけど。
今の彼のスケジュールでこんな時間から出掛けるなど、余りにも無謀過ぎる。躊躇いが顔に出たのか、剛が口許を優しく緩めた。
「ええねん。今帰っても寝れんから」
思わず不安を覚える程の優しさを溢れさせるから、諦めを二人の間に落とすしかなかった。神経が昂り過ぎるとどんなに体が眠気を訴えても寝る事が出来ない。自分もスケジュールが過密になると良く経験している事だから、その感じは手に取る様に分かってしまう。
「どうせ起きてるんなら光ちゃんといたいねん」
我侭過ぎる台詞は、甘さだけでは埋められない距離を簡単に縮めてしまう。
静かに頷いて時計を確認する事はせず、一緒に部屋を出た。
+++++
エントランスを出ると、剛の車が横付けされていた。車と相方の顔を交互に見詰めた自分に肩を竦めてみせる辺り、本当に我儘を言ったようだ。
恐らく撮影中に自分の車をマネージャーに取りに行かせて、帰りは一人で運転して来たのだろう。撮影の時期に自分で運転する事など、まずないかった。
そんな我儘すら受け入れられてしまうのは剛の人徳だなと思うけれど、限度と言う物がある。
「子供やないんやから、あんまり我儘ばっか言うてたらあかんで」
思わず眉を顰めた自分に唯優しい表情を見せるだけで、剛は何も言わなかった。
まさか運転させる訳にはいかないと思い、ごく当たり前の足取りで運転席へ向かったのだが、思いがけず剛に遮られる。手を引かれ助手席の方へ回ると、ドアを開けて座らされる。シートベルトまでされてもこのまま助手席に乗るなんて素直に出来る訳なかった。剛の瞳を見詰めれば、馬鹿みたいに甘い声と真面目な顔で言ってのける。
「助手席に座る光一が見たいねん」
二人の間にある空気が夏の夜よりも更に湿度を増した気がして、もう何も言えなくなってしまった。剛の瞳が満足そうに細められれば、それだけで。
充分だと思ってしまうのだ。
いつも考える。
自分が剛に出来る事は何なのだろうか。何も出来ないのではないかと不安になった。
でも。こんな風に俺の存在全てを必要としてくれるから。本当はこのままじゃいけないのに、これで良いと思ってしまう。
後悔なんて言葉には程遠いけど。
愛されてると意味もなく実感してしまうのだ。
案外スピード狂な剛の運転は思いの他しっかりしていて、本当に眠くないのだと分かる。道路は平日の深夜と言う事もあって、閑散としていた。街灯の奇妙な明るさが、時間の感覚を麻痺させる。
ライトアップされた橋を渡って少し走ると、道路脇に静かに車が止められた。エンジンが止まるのを確認して車を降りようとすれば、それすらも剛は自由にしてくれない。わざわざ助手席側に回って扉を開けると、手を差し出された。
俺はお姫様かと笑う余裕も生まれずに、とても嬉しそうに笑っている顔を見上げたまま手を重ねてしまう。
剛はたまにこうして酷く自分を甘やかした。いつもいつも甘やかされている自覚もさすがにあるのだけれど、この甘さは痛みの方が近い。
彼の中にあるのは、優しくしたい情よりも俺を『自分の物』だと誇示したい独占欲だった。
今剛の生活には仕事と言うかドラマしかない。友達と会う事も趣味に没頭する事も許されなかった。
彼の中には何一つ自分の自由になるものがないから。潜在的に強くある独占欲が満たされないのだ。
だから多分、今剛は俺を『自分の物』にしたいんだと思う。何も自由にならないからせめて光一位は、なんて子供じみた欲を。
まあ、剛と違って今は忙しくないから、そんな我儘にも付き合ってやる事が出来た。自分のプライベートは、気紛れに連絡を寄越す剛の為だけにあるのかも知れない。
指先を引かれて、暗い海岸へと向かう。波の音が二人を包み込んで心地良かった。対岸に見えるネオンの明りよりも海の闇に目が眩む。
剛は、手を引かれたまま存在全てを委ねてくれる光一をそっと見詰めた。身体は本当に疲れているのに、こんなにも優しくしたくて甘やかしたくて。
それが彼に負担になると分かっていても。
「静かやなー」
潮風を受け細い髪を軽やかに乱しながら、光一が気持ち良さそうに言う。返す言葉を必要としない、夜に紛れてしまう呟きだった。柔らかい声は、多分に眠気を含んでいる。
幾らスケジュールに余裕があると言っても、彼だって疲れていない訳じゃなかった。こんな時間に連れ出して良い筈がない。
暗闇を映した瞳が淡く滲んで綺麗だった。散らばる毛先にゆっくりと手を伸ばす。
「……なん?」
光一が振り返る。世界中の何よりも綺麗なものだと思う。
こんな人が隣にずっといてくれる幸福を、自分は誰よりも分かっていなければならなかった。
少しだけ腕を引き寄せて、暗がりでも分かる程澄んだ瞳を覗き込む。確実に毎年綺麗になって行く彼を、ちゃんと自分は繋ぎ止めておけるのかいつも不安だった。消えることのない焦燥を内包したまま、縋るように愛を囁き続けるのだろう。
俺を見詰める光一の瞳は、普通ならば暗く濁ってしまいがちな底の方まで煌めいて光っていた。純粋を保ち続けるその目に自分が映っている事を確認する。其処に確かにある愛情に安堵して。
不意に訪れた静かな衝動のままに薄い身体を抱き上げた。
「うっわ!」
突然地面から離れた事に驚いた光一は、焦った声を上げる。上半身を支えるものがなくて、肩を思い切り掴まれた。
「痛いがな、光ちゃん」
声に笑いを強く滲ませて言うと、耳まで赤く染めて抗議する。
「お前が、変な事っ……!」
「光一、焦り過ぎ」
穏やかに笑ってみせれば酷く気分を害したようで、眉を顰めて唇を突き出した。そんな子供みたいな仕草が可愛くて堪らない。悔し紛れの言葉も子供の様だった。
「お前、ヘタレの癖にー」
「光一さんが軽過ぎるだけですよ。少し太った思ったのになあ」
最近頬の辺りがふっくらして来たし、抱き締めた時の身体の線が変わっていた。それでも細い事に変わりはないのだけど。
「もうええやろ。降ろしてや」
ぶっきらぼうな口調で突き放す様に言うのは、光一の照れ隠しだと知っている。そんな言葉に聞く耳等持たずで、抱き上げたまま脈絡のない会話を持ち出した。
「今日な、差し入れに果物があってん」
「……え?」
抱き上げられた気恥ずかしさに気を奪われていた光一は、反応が鈍い。
「くだもの……?」
酷く幼い発音で呟いた言葉に頷く。薄く開かれた唇を見詰めた。
「食べたら光ちゃんにどぉしても会いたなってん」
そう言うと、嬉しそうに表情を綻ばせて行く。予想通りの解釈の仕方に笑い出しそうになった。
多分光一は俺が『この果物美味しかったから光一にも食べさせたい』なんて思って、会いたくなったんじゃないかと思ったのだろう。隣にいない時間に俺が思い出す事を彼は喜ぶから。四六時中光一の事しか考えていないなんて思いもしない。そんな事を考えてきっと嬉しくなったのだろう。
でも、本当は違う。
当たり前の愛情等とっくに越えてしまった。俺が抱えているのはもっと深い、欲だ。
せっかくの綺麗な笑顔を不機嫌に歪めるのは嫌だけれど。そっと光一の唇を指先で辿って本当を渡す。
「果物食ってたら光一に似てるなあ思て」
「何が?」
「ん、味がな」
ふわふわの表情が分からないとでも言うように少し曇った。
「そしたらメッチャ光ちゃん食べたくなった」
光一を抱いている時に感じる甘さは、果物と同じ種類のもの。そう思ったらもう駄目だった。舌の上に残った甘みが、撮影中ずっと自分を苦しめるから。
会いに行こうと思った。
俺の言葉がやっと脳内で理解されたらしい。嫌な物でも見る様に光一の目付きが険しくなって行く。
「……お前、エロい」
「なぁんで。純粋やろ?フルーツなんて爽やかな感じやん」
「俺を食い物と一緒にすんな」
剛が俺のいない時間に俺を思い出してくれたのは、単純に嬉しい。けれど、発想がどうにも変態臭いのだ。
「やって、お前のケツ桃やしなあ。何処舐めても甘いし、唇なんかホンマに食ってまおうか思う位やし。乳首やって新鮮な……」
「っもおええ!」
俺が耐えられない言葉を選んで使っている。剛はどうしてかこんな身体に、と言うか尻に固執し過ぎだと思う。そりゃ、桃好きやけど。
……あかん、訳分からんくなってる。
「ええよ、分かった。どんなんが理由でも会いに来てくれたんは嬉しい」
最近少しずつ素直に言葉を渡す術を覚えて来た。剛が嬉しそうに笑うから、少し恥ずかしいけどそれも良いかななんて思うのだ。
「顔見たら絶対ヤりたくなると思って来たんやけど、会うだけで満足してもうた」
「剛さん、もう若くねーなー」
「阿呆か。お前とやったら俺はじいさんになってもヤれる自信あるで」
「そんな自信、必要あらへん」
笑いながら視線を絡めて、気持ちが重なり合うのを感じた。同時に自分が『剛の物』であると言う事も、強く。
きっと今一番の問題は、剛が俺を『自分の物』にしている事じゃなくて、そんな扱いを受けている事が苦痛じゃない自分だろう。『剛もの』になっている自分が嫌いではないのだ。
二人してどうしようもないと思いながら、今度こそ降ろして貰おうと足掻く。いい加減剛も腕の限界だったようで、すぐに離してくれた。
その代わり、強く引き寄せられて唇を奪われる。舐める様なキスの仕方は、もしかしたら今日食べた果物の味を思い出しているのかも知れない。
長い口付けの後、至近距離で見詰め合った。やたらと男前な剛の表情。口許だけを笑みの形にして。
「でもやっぱ、果物より光一の方が美味しいな」
果糖の甘みなんかじゃない、砂糖のかたまりみたいな言葉を平然と囁いた。
甘やかされて痛いだなんて。
幸せ以外の何物でもない。
ドラマが始まってからこうしてふらりと現れる回数が増えた。あまり夜が強くないのだから、真っ直ぐ帰って疲れを癒せば良いのに。けれど、眠っただけでは取れない疲れもあるのだと言う事を俺も良く知っている。
「マネージャーに我儘言ってもうた」
剛の寄り道にマネージャーが良い顔をした筈はなかった。確か明日も(と言うか今日も)朝からの撮影だ。良くあの厳しい人が許したものだと思う。余程疲れているのかも知れない。
「今日も上手く行ったん?」
「まあ、ぼちぼちやな」
当たり前の会話をしないと、いつもの様に呼吸出来ない。どんな時間でもどんな場所でも剛といる空間は変えたくなかった。当たり前に、馴染んだ空気で。
「なあ、光一」
「ん?」
剛の声が甘く響く。
「お前明日ゆっくりやろ。ちょお今から海行かへん?」
穏やかに提案された言葉に素直に頷く事は出来なかった。剛の願いなら何でも叶えてあげたい。この気持ちは自分の中にいつでもある真実だけど。
今の彼のスケジュールでこんな時間から出掛けるなど、余りにも無謀過ぎる。躊躇いが顔に出たのか、剛が口許を優しく緩めた。
「ええねん。今帰っても寝れんから」
思わず不安を覚える程の優しさを溢れさせるから、諦めを二人の間に落とすしかなかった。神経が昂り過ぎるとどんなに体が眠気を訴えても寝る事が出来ない。自分もスケジュールが過密になると良く経験している事だから、その感じは手に取る様に分かってしまう。
「どうせ起きてるんなら光ちゃんといたいねん」
我侭過ぎる台詞は、甘さだけでは埋められない距離を簡単に縮めてしまう。
静かに頷いて時計を確認する事はせず、一緒に部屋を出た。
+++++
エントランスを出ると、剛の車が横付けされていた。車と相方の顔を交互に見詰めた自分に肩を竦めてみせる辺り、本当に我儘を言ったようだ。
恐らく撮影中に自分の車をマネージャーに取りに行かせて、帰りは一人で運転して来たのだろう。撮影の時期に自分で運転する事など、まずないかった。
そんな我儘すら受け入れられてしまうのは剛の人徳だなと思うけれど、限度と言う物がある。
「子供やないんやから、あんまり我儘ばっか言うてたらあかんで」
思わず眉を顰めた自分に唯優しい表情を見せるだけで、剛は何も言わなかった。
まさか運転させる訳にはいかないと思い、ごく当たり前の足取りで運転席へ向かったのだが、思いがけず剛に遮られる。手を引かれ助手席の方へ回ると、ドアを開けて座らされる。シートベルトまでされてもこのまま助手席に乗るなんて素直に出来る訳なかった。剛の瞳を見詰めれば、馬鹿みたいに甘い声と真面目な顔で言ってのける。
「助手席に座る光一が見たいねん」
二人の間にある空気が夏の夜よりも更に湿度を増した気がして、もう何も言えなくなってしまった。剛の瞳が満足そうに細められれば、それだけで。
充分だと思ってしまうのだ。
いつも考える。
自分が剛に出来る事は何なのだろうか。何も出来ないのではないかと不安になった。
でも。こんな風に俺の存在全てを必要としてくれるから。本当はこのままじゃいけないのに、これで良いと思ってしまう。
後悔なんて言葉には程遠いけど。
愛されてると意味もなく実感してしまうのだ。
案外スピード狂な剛の運転は思いの他しっかりしていて、本当に眠くないのだと分かる。道路は平日の深夜と言う事もあって、閑散としていた。街灯の奇妙な明るさが、時間の感覚を麻痺させる。
ライトアップされた橋を渡って少し走ると、道路脇に静かに車が止められた。エンジンが止まるのを確認して車を降りようとすれば、それすらも剛は自由にしてくれない。わざわざ助手席側に回って扉を開けると、手を差し出された。
俺はお姫様かと笑う余裕も生まれずに、とても嬉しそうに笑っている顔を見上げたまま手を重ねてしまう。
剛はたまにこうして酷く自分を甘やかした。いつもいつも甘やかされている自覚もさすがにあるのだけれど、この甘さは痛みの方が近い。
彼の中にあるのは、優しくしたい情よりも俺を『自分の物』だと誇示したい独占欲だった。
今剛の生活には仕事と言うかドラマしかない。友達と会う事も趣味に没頭する事も許されなかった。
彼の中には何一つ自分の自由になるものがないから。潜在的に強くある独占欲が満たされないのだ。
だから多分、今剛は俺を『自分の物』にしたいんだと思う。何も自由にならないからせめて光一位は、なんて子供じみた欲を。
まあ、剛と違って今は忙しくないから、そんな我儘にも付き合ってやる事が出来た。自分のプライベートは、気紛れに連絡を寄越す剛の為だけにあるのかも知れない。
指先を引かれて、暗い海岸へと向かう。波の音が二人を包み込んで心地良かった。対岸に見えるネオンの明りよりも海の闇に目が眩む。
剛は、手を引かれたまま存在全てを委ねてくれる光一をそっと見詰めた。身体は本当に疲れているのに、こんなにも優しくしたくて甘やかしたくて。
それが彼に負担になると分かっていても。
「静かやなー」
潮風を受け細い髪を軽やかに乱しながら、光一が気持ち良さそうに言う。返す言葉を必要としない、夜に紛れてしまう呟きだった。柔らかい声は、多分に眠気を含んでいる。
幾らスケジュールに余裕があると言っても、彼だって疲れていない訳じゃなかった。こんな時間に連れ出して良い筈がない。
暗闇を映した瞳が淡く滲んで綺麗だった。散らばる毛先にゆっくりと手を伸ばす。
「……なん?」
光一が振り返る。世界中の何よりも綺麗なものだと思う。
こんな人が隣にずっといてくれる幸福を、自分は誰よりも分かっていなければならなかった。
少しだけ腕を引き寄せて、暗がりでも分かる程澄んだ瞳を覗き込む。確実に毎年綺麗になって行く彼を、ちゃんと自分は繋ぎ止めておけるのかいつも不安だった。消えることのない焦燥を内包したまま、縋るように愛を囁き続けるのだろう。
俺を見詰める光一の瞳は、普通ならば暗く濁ってしまいがちな底の方まで煌めいて光っていた。純粋を保ち続けるその目に自分が映っている事を確認する。其処に確かにある愛情に安堵して。
不意に訪れた静かな衝動のままに薄い身体を抱き上げた。
「うっわ!」
突然地面から離れた事に驚いた光一は、焦った声を上げる。上半身を支えるものがなくて、肩を思い切り掴まれた。
「痛いがな、光ちゃん」
声に笑いを強く滲ませて言うと、耳まで赤く染めて抗議する。
「お前が、変な事っ……!」
「光一、焦り過ぎ」
穏やかに笑ってみせれば酷く気分を害したようで、眉を顰めて唇を突き出した。そんな子供みたいな仕草が可愛くて堪らない。悔し紛れの言葉も子供の様だった。
「お前、ヘタレの癖にー」
「光一さんが軽過ぎるだけですよ。少し太った思ったのになあ」
最近頬の辺りがふっくらして来たし、抱き締めた時の身体の線が変わっていた。それでも細い事に変わりはないのだけど。
「もうええやろ。降ろしてや」
ぶっきらぼうな口調で突き放す様に言うのは、光一の照れ隠しだと知っている。そんな言葉に聞く耳等持たずで、抱き上げたまま脈絡のない会話を持ち出した。
「今日な、差し入れに果物があってん」
「……え?」
抱き上げられた気恥ずかしさに気を奪われていた光一は、反応が鈍い。
「くだもの……?」
酷く幼い発音で呟いた言葉に頷く。薄く開かれた唇を見詰めた。
「食べたら光ちゃんにどぉしても会いたなってん」
そう言うと、嬉しそうに表情を綻ばせて行く。予想通りの解釈の仕方に笑い出しそうになった。
多分光一は俺が『この果物美味しかったから光一にも食べさせたい』なんて思って、会いたくなったんじゃないかと思ったのだろう。隣にいない時間に俺が思い出す事を彼は喜ぶから。四六時中光一の事しか考えていないなんて思いもしない。そんな事を考えてきっと嬉しくなったのだろう。
でも、本当は違う。
当たり前の愛情等とっくに越えてしまった。俺が抱えているのはもっと深い、欲だ。
せっかくの綺麗な笑顔を不機嫌に歪めるのは嫌だけれど。そっと光一の唇を指先で辿って本当を渡す。
「果物食ってたら光一に似てるなあ思て」
「何が?」
「ん、味がな」
ふわふわの表情が分からないとでも言うように少し曇った。
「そしたらメッチャ光ちゃん食べたくなった」
光一を抱いている時に感じる甘さは、果物と同じ種類のもの。そう思ったらもう駄目だった。舌の上に残った甘みが、撮影中ずっと自分を苦しめるから。
会いに行こうと思った。
俺の言葉がやっと脳内で理解されたらしい。嫌な物でも見る様に光一の目付きが険しくなって行く。
「……お前、エロい」
「なぁんで。純粋やろ?フルーツなんて爽やかな感じやん」
「俺を食い物と一緒にすんな」
剛が俺のいない時間に俺を思い出してくれたのは、単純に嬉しい。けれど、発想がどうにも変態臭いのだ。
「やって、お前のケツ桃やしなあ。何処舐めても甘いし、唇なんかホンマに食ってまおうか思う位やし。乳首やって新鮮な……」
「っもおええ!」
俺が耐えられない言葉を選んで使っている。剛はどうしてかこんな身体に、と言うか尻に固執し過ぎだと思う。そりゃ、桃好きやけど。
……あかん、訳分からんくなってる。
「ええよ、分かった。どんなんが理由でも会いに来てくれたんは嬉しい」
最近少しずつ素直に言葉を渡す術を覚えて来た。剛が嬉しそうに笑うから、少し恥ずかしいけどそれも良いかななんて思うのだ。
「顔見たら絶対ヤりたくなると思って来たんやけど、会うだけで満足してもうた」
「剛さん、もう若くねーなー」
「阿呆か。お前とやったら俺はじいさんになってもヤれる自信あるで」
「そんな自信、必要あらへん」
笑いながら視線を絡めて、気持ちが重なり合うのを感じた。同時に自分が『剛の物』であると言う事も、強く。
きっと今一番の問題は、剛が俺を『自分の物』にしている事じゃなくて、そんな扱いを受けている事が苦痛じゃない自分だろう。『剛もの』になっている自分が嫌いではないのだ。
二人してどうしようもないと思いながら、今度こそ降ろして貰おうと足掻く。いい加減剛も腕の限界だったようで、すぐに離してくれた。
その代わり、強く引き寄せられて唇を奪われる。舐める様なキスの仕方は、もしかしたら今日食べた果物の味を思い出しているのかも知れない。
長い口付けの後、至近距離で見詰め合った。やたらと男前な剛の表情。口許だけを笑みの形にして。
「でもやっぱ、果物より光一の方が美味しいな」
果糖の甘みなんかじゃない、砂糖のかたまりみたいな言葉を平然と囁いた。
甘やかされて痛いだなんて。
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