小説の再編集とか、資料とか、必要な諸々を置いておくブログ
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まだ、光一の笑顔が特定の人にしか向けられなかった頃。恐らく、その花の様な笑顔を自分が一番見ていただろう。
少しの優越感の下で、まだ認めたくない恋心を抱いていた。もう、この気持ちに抗う事など出来ないと知りながら。
「つよ?もうやらんの」
ダンスの練習を休憩していた剛の所へ、頭にタオルを被った光一が近付いて来た。流れる汗の滴と顔に張り付いた長い髪が、やけに色っぽい。
「も、帰るか?」
練習等、とっくに終わっている。誰もいなくなってから練習をし直す光一と、それに付き合う剛の姿を知っている者は、ほとんどいないだろう。
「光ちゃんの気が済むまで、やったらええよ。俺此処におるし」
剛の言葉にふうわり笑って、光一がタオルを外した。一つ一つの仕草が可愛くて、普段見せているクールな印象等何処にもない。年上の男に抱く感情ではないと思ったが、つられるように剛も笑みを返す。
「帰ろ」
単語だけで告げられる言葉。
「腹も減ったし。明日は、帰らなあかんしな」
「何やねんなあ。もっとやってたいんやろ。俺見とるから、練習したらええねん」
光一を見ている事は飽きないから、苦痛にはならないのだ。
「ん、でもいい。帰りとうなった」
帰りたいと言うのが本当かどうかは分からなかったけれど、さっさと帰りの仕度を始めてしまう。バッグに荷物を詰め込んで、光一が立ち上がった。
「……光ちゃん。ジャージのまま帰るんか?」
「ええやろ?帰るだけなんやし」
光一は自身の容姿にひたすら無頓着で、どうすれば自分が映えるのかを知らない。勿体無いとは思うが、彼のそんな所も魅力の一つなんだろう。
「まあ、ええわ。帰ろか」
「うん」
レッスン室の電気を消して時計を見ると、十時を回っていた。腹も減る訳だと剛が一人納得していたら、向こうから誰か歩いて来るのが見えた。
人見知りの剛は、その姿を見て拒絶反応を起こしそうになる。しかし、それ以上に体を強張らせて他人を拒絶する光一の体が後ろに回りこんで来たから、しっかりしなければと言う気持ちの方が、人見知りする気持ちよりも勝ってしまった。
光一と二人だけの時に人に会った場合、剛は自分の緊張等お構いなしになってしまう。
「お疲れ様でした」
挨拶は基本中の基本だと、散々教え込まれていた。
「お疲れさん。こんな遅くまで練習してるの?熱心なんだねえ」
「はあ」
上手く返答が返せないのは、仕方がない。
「もしかして、関西から来た二人組って君らの事?」
「多分そうですけど……」
気さくな人らしく立ち止まって話をしてくれているのだが、剛としては非常に不本意だった。
(早よ、行ってくれや……)
それでもどうにか会話を続けられているのは、なかなか成長したと自分で思う。しかし、隣に立っている光一が、俯きかけたまま動けないでいた。この世界に入って、彼も大分人見知りをしなくなったのだが、まだ突発的に会った人にはぎこちなくなってしまう。
「そっちの子、疲れちゃってるんじゃない?」
やっと光一の様子に気付いて、話を切り上げてくれた。
「ごめんね、話なんかしちゃって。気を付けて帰りなさいね」
「はい、ほな失礼します」
「……お疲れ様でした」
光一がやっと聞き取れる位の声で、挨拶をした。
「じゃあねー」
元気に挨拶をしてくれたが、剛は光一を連れてエレベーターへと急いだ。
「すまんな」
申し訳なさそうに光一が呟いた。
「ええって、気にせんとき。辛い時はお互い様やん。たまにはこんな光ちゃんもええしな」
頭をポンポンと軽く叩く。エレベーターに乗り込んでも俯いたままの光一が、ぽつりと言った。
「俺、剛大好きやなあ」
その言葉に他意がないのは、充分分かっている。それでも、嬉しくなる自分を感じながら、剛は光一を抱き締めた。
「俺も大好きやー」
「おい、つよっ。抱き着くなって。俺、汗臭い」
「光ちゃん、ええ匂いするで?」
「だあっ。匂いかぐなあ、阿呆っ」
思い切り抱き締めて、告白をする。この鈍感な人に届かないのは、分かり切っている事だから気にしない。本当に彼は、良い匂いがした。くらくらする。
(俺って、変態やんなあ)
髪の毛に顔を埋めると、いつものシャンプーの匂い。湿った髪が、鼻先をくすぐる。光一の背中を撫でてから、離れた。
「大好きやで」
念を押す様にもう一度、目を見ながら告げる。隠された気持ちはまだ包み込んで、優しさだけが届く様に。
「うん、知っとるよ」
何て、綺麗に笑うのだろう。心を許した者だけに見せる、花の笑顔。想いが伝わらなくても、この笑顔を見ていられるのなら良いと思う。自分にだけ向けられた表情は、何物にも代え難い宝物だった。
「つーよし?着いたで」
固まってしまった剛の顔を覗き込みながら、足取り軽く光一が降りる。
「行ってまうよ?」
まだ動かない彼の為に、エレベーターのボタンを押しておく。半秒後、我に返ったかのように剛が降りた。
「光一」
「ん?」
建物を出て、街灯だけが明るい道を二人で歩く。肩を並べて隣を歩くこの人に、何と言えば伝わるだろう。幸せだと告げれば良いのだろうが、それだけでは余りにも足りない。言葉では言い尽くせない想いを、どうすれば分かってもらえるのか。
光一が大切だと、過不足なく伝えられる方法を自分は知らない。
続くだろうと思っていた言葉が来ないでいるのを不思議そうに見ている人。首を傾げながらもじっと待っている光一の髪を緩く掴んで、立ち止まる。表せない想いを言葉を、この人ならどう言うだろう。
「あのな」
「うん」
街灯に照らされて、淡い印象が儚さを増す。
「どうすればええ?」
「何が?」
困らせるのを分かっているのに、それでも伝えたかった。恋じゃなくても良いから、光一への愛情をどうすれば。
「分からんねん」
「うん」
「此処にな、言いたい事はあんねん。でも、どうしたらええんか分からん」
心臓の辺りに手を当てて言う。
「光一に言いたい気持ちはあるのに、どうしたら伝えられるか分からんのや」
視界が滲んだと思ったら、すぐに涙が零れた。光一が大切で、光一と一緒にいられる時間が幸せなのに、どうして涙が止まらないんだろう。
「っく、……ひっく」
しゃくりを上げて泣く剛に困った顔も見せず、光一は微笑む。
「剛はきっと知っとるよ。俺にどうすれば伝わるのか」
自信に溢れた言い方の根拠が、何処にあるのかは分からない。光一自身、はっきりとした理由には思い当たらなかったが、自分の心には確かに彼から伝染している気持ちがあった。
「剛、しゃがんでみ」
変わった事を言うのは今に始まった事じゃないし、今の自分をどう扱ったら良いのかも分からなかったから、言われるままに歩道の真ん中でしゃがんだ。
「これ、通行人にメッチャ迷惑やないか?」
「大丈夫やって。時間ももう遅いねんから」
光一は、見上げて来る剛の前に膝立ちで座る。目線が合わないと思っていたら、ぎゅっと抱き締められた。
「光ちゃん?」
「ホントは立ったままで出来たらええんやけど、タッパが足りひんからなあ」
上から降って来る声は優しくて、また涙が零れた。聞こえるのは、静かな鼓動。少しだけ、くすぐったい。
「な、剛。お前はきっと難しく考え過ぎなんやって。もっと楽にしてみ」
光一の背中に手を回した。
「俺な、きっと分かってるんやと思うよ。剛の伝えたい事」
「ホンマに分かるんか?」
「何や、その言い方。他の人のは絶対分からんけど、剛やったら分かる自信ある」
時々、彼は素直に自分との繋がりを強調する事がある。呆気無い程簡単に紡がれる言葉は、容易く剛の心に届いた。
こうすれば良いのだと。言葉にし切れなかった思いをお互いにきちんと汲めるのだから、もっと単純に思えば良い。
「何かな、心がふわふわするねん。光一といると光が差し込んだみたいになる」
「うん。分かるよ」
光一は、きっと本当に分かっている。
「お前がおるだけでええねん。光一の隣にいたい。光一がいないと、暗なんねん。周りが全部」
「うん」
慎重に頷かれる。回された腕が微かに震えた。
「光一がおらんと嬉しゅうない。光一がおらんと、生きて行けへんのやないか思うわ」
「大袈裟やなあ」
そう言って笑い飛ばすけれど、耳に響く鼓動が、しっかり伝わっている事を教えてくれる。
「好きじゃ、足りひん」
「うん」
「俺には、光一だけが必要なんや」
「プロポーズやん、それ」
軽く笑う。
「やって、そおやもん。光一と一生一緒にいたいんや」
「恥ずかしいやっちゃなあ」
「光ちゃんは、嫌か?」
下から光一の表情を窺うと、照れた様にはにかんでいるのが見えた。
「嫌ちゃうよ。俺はな、つよといると、暖ったかなる。俺も剛がおらんと駄目になる思うわ」
「ホンマに?」
光一の言葉を受けて、目線を合わせるべく膝立ちになった。肩に手を置いて、額をくっ付ける。誰も通らない静けさに、本当に自分には剛だけが必要なんだと思ってしまう。そんな事、あってはならないのに。
錯覚しそうな心を押さえようと、光一は目を閉じた。
「光一、今幸せ?」
「ん」
「俺といるから?」
「そおやな」
「ふふ」
一方的ではない気持ちを確認して、それでも収まらない心に押されるように、彼の額にキスをした。
「なっ、何すんねん!」
「誓約の儀式」
「阿呆かっ」
真っ赤になってしまった光一の手を取って、帰り路に促す。
「ずーっと、一緒やで」
満足げに笑う剛と、光一の想いが少しずつずれていたとしても、幸せだと感じるのは同じだった。いつか、この鮮やかな笑顔を独占したくなる日が来るだろう。彼が傷つく事を分かっていても、止められない想いが溢れ出す予感を剛は感じていた。
二人の関係がいつまでも同じではない事に、光一は気付かない。それでもいつかが来るまでは、一番近くでこの笑顔を守っていよう。
肩を並べて歩く人を、もう一度見詰め直した。
少しの優越感の下で、まだ認めたくない恋心を抱いていた。もう、この気持ちに抗う事など出来ないと知りながら。
「つよ?もうやらんの」
ダンスの練習を休憩していた剛の所へ、頭にタオルを被った光一が近付いて来た。流れる汗の滴と顔に張り付いた長い髪が、やけに色っぽい。
「も、帰るか?」
練習等、とっくに終わっている。誰もいなくなってから練習をし直す光一と、それに付き合う剛の姿を知っている者は、ほとんどいないだろう。
「光ちゃんの気が済むまで、やったらええよ。俺此処におるし」
剛の言葉にふうわり笑って、光一がタオルを外した。一つ一つの仕草が可愛くて、普段見せているクールな印象等何処にもない。年上の男に抱く感情ではないと思ったが、つられるように剛も笑みを返す。
「帰ろ」
単語だけで告げられる言葉。
「腹も減ったし。明日は、帰らなあかんしな」
「何やねんなあ。もっとやってたいんやろ。俺見とるから、練習したらええねん」
光一を見ている事は飽きないから、苦痛にはならないのだ。
「ん、でもいい。帰りとうなった」
帰りたいと言うのが本当かどうかは分からなかったけれど、さっさと帰りの仕度を始めてしまう。バッグに荷物を詰め込んで、光一が立ち上がった。
「……光ちゃん。ジャージのまま帰るんか?」
「ええやろ?帰るだけなんやし」
光一は自身の容姿にひたすら無頓着で、どうすれば自分が映えるのかを知らない。勿体無いとは思うが、彼のそんな所も魅力の一つなんだろう。
「まあ、ええわ。帰ろか」
「うん」
レッスン室の電気を消して時計を見ると、十時を回っていた。腹も減る訳だと剛が一人納得していたら、向こうから誰か歩いて来るのが見えた。
人見知りの剛は、その姿を見て拒絶反応を起こしそうになる。しかし、それ以上に体を強張らせて他人を拒絶する光一の体が後ろに回りこんで来たから、しっかりしなければと言う気持ちの方が、人見知りする気持ちよりも勝ってしまった。
光一と二人だけの時に人に会った場合、剛は自分の緊張等お構いなしになってしまう。
「お疲れ様でした」
挨拶は基本中の基本だと、散々教え込まれていた。
「お疲れさん。こんな遅くまで練習してるの?熱心なんだねえ」
「はあ」
上手く返答が返せないのは、仕方がない。
「もしかして、関西から来た二人組って君らの事?」
「多分そうですけど……」
気さくな人らしく立ち止まって話をしてくれているのだが、剛としては非常に不本意だった。
(早よ、行ってくれや……)
それでもどうにか会話を続けられているのは、なかなか成長したと自分で思う。しかし、隣に立っている光一が、俯きかけたまま動けないでいた。この世界に入って、彼も大分人見知りをしなくなったのだが、まだ突発的に会った人にはぎこちなくなってしまう。
「そっちの子、疲れちゃってるんじゃない?」
やっと光一の様子に気付いて、話を切り上げてくれた。
「ごめんね、話なんかしちゃって。気を付けて帰りなさいね」
「はい、ほな失礼します」
「……お疲れ様でした」
光一がやっと聞き取れる位の声で、挨拶をした。
「じゃあねー」
元気に挨拶をしてくれたが、剛は光一を連れてエレベーターへと急いだ。
「すまんな」
申し訳なさそうに光一が呟いた。
「ええって、気にせんとき。辛い時はお互い様やん。たまにはこんな光ちゃんもええしな」
頭をポンポンと軽く叩く。エレベーターに乗り込んでも俯いたままの光一が、ぽつりと言った。
「俺、剛大好きやなあ」
その言葉に他意がないのは、充分分かっている。それでも、嬉しくなる自分を感じながら、剛は光一を抱き締めた。
「俺も大好きやー」
「おい、つよっ。抱き着くなって。俺、汗臭い」
「光ちゃん、ええ匂いするで?」
「だあっ。匂いかぐなあ、阿呆っ」
思い切り抱き締めて、告白をする。この鈍感な人に届かないのは、分かり切っている事だから気にしない。本当に彼は、良い匂いがした。くらくらする。
(俺って、変態やんなあ)
髪の毛に顔を埋めると、いつものシャンプーの匂い。湿った髪が、鼻先をくすぐる。光一の背中を撫でてから、離れた。
「大好きやで」
念を押す様にもう一度、目を見ながら告げる。隠された気持ちはまだ包み込んで、優しさだけが届く様に。
「うん、知っとるよ」
何て、綺麗に笑うのだろう。心を許した者だけに見せる、花の笑顔。想いが伝わらなくても、この笑顔を見ていられるのなら良いと思う。自分にだけ向けられた表情は、何物にも代え難い宝物だった。
「つーよし?着いたで」
固まってしまった剛の顔を覗き込みながら、足取り軽く光一が降りる。
「行ってまうよ?」
まだ動かない彼の為に、エレベーターのボタンを押しておく。半秒後、我に返ったかのように剛が降りた。
「光一」
「ん?」
建物を出て、街灯だけが明るい道を二人で歩く。肩を並べて隣を歩くこの人に、何と言えば伝わるだろう。幸せだと告げれば良いのだろうが、それだけでは余りにも足りない。言葉では言い尽くせない想いを、どうすれば分かってもらえるのか。
光一が大切だと、過不足なく伝えられる方法を自分は知らない。
続くだろうと思っていた言葉が来ないでいるのを不思議そうに見ている人。首を傾げながらもじっと待っている光一の髪を緩く掴んで、立ち止まる。表せない想いを言葉を、この人ならどう言うだろう。
「あのな」
「うん」
街灯に照らされて、淡い印象が儚さを増す。
「どうすればええ?」
「何が?」
困らせるのを分かっているのに、それでも伝えたかった。恋じゃなくても良いから、光一への愛情をどうすれば。
「分からんねん」
「うん」
「此処にな、言いたい事はあんねん。でも、どうしたらええんか分からん」
心臓の辺りに手を当てて言う。
「光一に言いたい気持ちはあるのに、どうしたら伝えられるか分からんのや」
視界が滲んだと思ったら、すぐに涙が零れた。光一が大切で、光一と一緒にいられる時間が幸せなのに、どうして涙が止まらないんだろう。
「っく、……ひっく」
しゃくりを上げて泣く剛に困った顔も見せず、光一は微笑む。
「剛はきっと知っとるよ。俺にどうすれば伝わるのか」
自信に溢れた言い方の根拠が、何処にあるのかは分からない。光一自身、はっきりとした理由には思い当たらなかったが、自分の心には確かに彼から伝染している気持ちがあった。
「剛、しゃがんでみ」
変わった事を言うのは今に始まった事じゃないし、今の自分をどう扱ったら良いのかも分からなかったから、言われるままに歩道の真ん中でしゃがんだ。
「これ、通行人にメッチャ迷惑やないか?」
「大丈夫やって。時間ももう遅いねんから」
光一は、見上げて来る剛の前に膝立ちで座る。目線が合わないと思っていたら、ぎゅっと抱き締められた。
「光ちゃん?」
「ホントは立ったままで出来たらええんやけど、タッパが足りひんからなあ」
上から降って来る声は優しくて、また涙が零れた。聞こえるのは、静かな鼓動。少しだけ、くすぐったい。
「な、剛。お前はきっと難しく考え過ぎなんやって。もっと楽にしてみ」
光一の背中に手を回した。
「俺な、きっと分かってるんやと思うよ。剛の伝えたい事」
「ホンマに分かるんか?」
「何や、その言い方。他の人のは絶対分からんけど、剛やったら分かる自信ある」
時々、彼は素直に自分との繋がりを強調する事がある。呆気無い程簡単に紡がれる言葉は、容易く剛の心に届いた。
こうすれば良いのだと。言葉にし切れなかった思いをお互いにきちんと汲めるのだから、もっと単純に思えば良い。
「何かな、心がふわふわするねん。光一といると光が差し込んだみたいになる」
「うん。分かるよ」
光一は、きっと本当に分かっている。
「お前がおるだけでええねん。光一の隣にいたい。光一がいないと、暗なんねん。周りが全部」
「うん」
慎重に頷かれる。回された腕が微かに震えた。
「光一がおらんと嬉しゅうない。光一がおらんと、生きて行けへんのやないか思うわ」
「大袈裟やなあ」
そう言って笑い飛ばすけれど、耳に響く鼓動が、しっかり伝わっている事を教えてくれる。
「好きじゃ、足りひん」
「うん」
「俺には、光一だけが必要なんや」
「プロポーズやん、それ」
軽く笑う。
「やって、そおやもん。光一と一生一緒にいたいんや」
「恥ずかしいやっちゃなあ」
「光ちゃんは、嫌か?」
下から光一の表情を窺うと、照れた様にはにかんでいるのが見えた。
「嫌ちゃうよ。俺はな、つよといると、暖ったかなる。俺も剛がおらんと駄目になる思うわ」
「ホンマに?」
光一の言葉を受けて、目線を合わせるべく膝立ちになった。肩に手を置いて、額をくっ付ける。誰も通らない静けさに、本当に自分には剛だけが必要なんだと思ってしまう。そんな事、あってはならないのに。
錯覚しそうな心を押さえようと、光一は目を閉じた。
「光一、今幸せ?」
「ん」
「俺といるから?」
「そおやな」
「ふふ」
一方的ではない気持ちを確認して、それでも収まらない心に押されるように、彼の額にキスをした。
「なっ、何すんねん!」
「誓約の儀式」
「阿呆かっ」
真っ赤になってしまった光一の手を取って、帰り路に促す。
「ずーっと、一緒やで」
満足げに笑う剛と、光一の想いが少しずつずれていたとしても、幸せだと感じるのは同じだった。いつか、この鮮やかな笑顔を独占したくなる日が来るだろう。彼が傷つく事を分かっていても、止められない想いが溢れ出す予感を剛は感じていた。
二人の関係がいつまでも同じではない事に、光一は気付かない。それでもいつかが来るまでは、一番近くでこの笑顔を守っていよう。
肩を並べて歩く人を、もう一度見詰め直した。
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